感情的な及第点

時の運 track06  あまり今まで生きてきた中で考えも感じもしなかった事を最近考え、感じるようになってきたので書き起こしてみようと思う。対象と自分の感情、そして自ら課す及第点とでも言おうか、それらについて。

 人は、数字にならない評価であっても成績であっても、外から下される評価や成績とは別に、自分の目標や願望を持っていると思う。即ち、自分の自分による自分のための及第点だ。それは人から低いと評価される事もあるかもしれないし、高いと評価されるかもしれないが、この際それはあまり関係ないと考えている。大事なのは自分で「ここまではできたい」と思うレベル、結果だ。それをクリアしながら人は成長していく。

 大抵の人は大抵の事柄において対象と自分の能力や人格を冷静に照らし合わせ、適切な目標を定める事ができると思うのだが、時にそれが出来ない場合があると気付いた。俺はTrack03で自己分析の重要性について説いた。しかし、何事にもあのように冷静に目標設定できるとは限らないようだ。
自己分析ができていても、今から目標を設定しようという対象への思い入れが多分に強い場合では、冷静な自己分析が効かなくなる。というより、対象と自分の相対関係の分析が疎かになる。この場合、自分の能力等と対象の難易度とは関係なく「ここまでとにかくできたい」という願望が強くなってしまう。こうなると問題である。

 Track03で既に説明しているが、無理な目標設定から産まれる悪い結果からは劣等感しか得る事ができない。今回のケースは思い入れから無理な目標設定をして、同じく悪い結果を招いてしまう場合だ。これは自己分析の不足に起因する目標設定より悪質だと考えている。なぜか。それは、自己分析を深める事によって無理な目標設定から脱するという事が困難であるからだ。「自分の能力や才能等が至っていない」「これでも人より出来ている」と頭では理解しても、それについて諦める事も手放す事もできず、満たされる事もないのだ。これは非常に厄介な事である。

 この悪循環に対する解決法を再三に渡って考えてきたが、実はまだ俺はその方法を見つけていない。もしかするとこの類の問題の解決法は十人十色なのではないかという気もしてくる。そうなるとこのTrackはただの俺のお悩み相談になってしまうので、ここではその可能性については目を瞑る事にする。
そうした上で、考え得た方法が一つある。それは、まず対象と自分を物理的に断ち切る事だ。思い入れ故に自分への及第点を下げる事も出来ず、人並み以上に出来ていたとしても満足感が得られず、劣等感や自己嫌悪感しか得るモノがないのだから続けても実りがない。精神的に切れないのだから、まず物理的に切ってしまう。自ら対象に触れる事を不可能にしてしまうのである。そうしていれば精神的にも自然に切れていく。
実らないのに実りを求め、続けてしまうキリのない道を歩む事を止める。運動や学問、芸術ならもう触れないようにする。人間であればコンタクトを断つ。これらは簡単でも楽でもないのだが、手早い方法として思いつくのは残念ながらこの方法しかない。

 最後になるが、正直に言うとこの解決法には納得がいっていない。俺自身愚かなタイプの人間で、それだけの思い入れがあれば、ないかもしれない解決法や実りの可能性を求めてしがみついてしまうだろう。感情を断ち切る事ができる者が賢者であろう、と考えこのTrackを書くに至った。

ほったの意見

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