| 選手名 |
応援メッセージ |
倉野 隆太郎
クラノリュウタロウ
91期 A級2班
1984/5/24 |
競輪界期待の星。数年後には特別の決勝に乗ることが期待できる。街道での練習を見たが、外国のレーサーを思わせる体型で、筋肉がしなやかで、やわらかそう。
三重県出身も、妹の柔道国内留学で桜ヶ丘高校に通うため家族全員で豊橋に移住するほどのスポーツ一家。
地脚タイプでありながらスプリント能力も備えるオリンピック強化選手。(2007年) |
松井
英幸
マツイ ヒデユキ
52期 S級2班
1964/2/14 |
豊橋のレーシングチーム「天狗党」の出身。
高校時代、担任の勧めで天狗党に。自転車の才能があることは誰もが感じたことだが、ここまで天才的な能力を秘めているとは。思いもかけぬ競輪学校入学を果たし、世界大会で活躍するまでになるとは。練習はマイペースで孤高を誇り、いぶし銀の味を出す。愛好会の面倒を見る。ハンドルネームは「世界のマツイ」(2004年記) |
和田 治恭
ワダ ハルヤス
64期 A級2班
1964/12/18 |
豊橋のレーシングチーム「天狗党」の出身。
追い込みの切れ味をもう一度見せつけてほしいところです。
位置にこだわらず、三番手からの差しを見事に決める。
ファンを大切にし、豊橋競輪が永遠に続くよう、地道な努力をしている。ネットを通じてのファンが全国の競輪場で声援を飛ばす。(2004年記) |
富永 益生
トミナガ マスオ
66期 S級1班
1971/3/31 |
豊橋のレーシングチーム「天狗党」の出身。
高校時代、天狗党に入党した時から、サッカーで鍛えた身体は抜群の能力を発揮し素材の良さを見せつけた。
父親も地元ではスポーツマンとして知られ、弟は相撲の武雄山と正にスポーツ一家。平成16年の名古屋場所では「豊橋競輪」の懸賞幕が話題になった。(2004年記) |
谷口
哲司
タニグチ テツジ゙
78期 A級3班
1973/8/21 |
豊橋のレーシングチーム「天狗党」の出身。
社会人として勤務しながら天狗党で脚を鍛え選手に。
体格には恵まれないが、努力により選手としての体になってきた。
予選、一般戦では着を狙える先行力を持ち、捲りのタイミングも決まるようになってきているので、飛躍を期待したい。(2004年記) |
小林
信晴
コバヤシ ノブハル
83期 A級1班
1978/4/1 |
実業団レースにも出場するために天狗党に入党。これからもS級へのこだわりを持ち続けてG1への参加を実現して欲しい。(2006)
一時は小さくまとまりかけてA級止まりかと思わせたが、ここへ来て大きな走りを見せるようになって、S級に定着するこだわりを感じさせる。本人の談「選手になると、そこそこ戦えるようになる。すると、練習もそこそこで終えてしまう。私も、そのような時期があった。しがし、これでは、上に行けないと思うようになり、納得いくまで気合いを入れて練習するようになった。」これからに期待。(2004年記) |
深見 仁哉
フカミ ヒロヤ
91期 A級2班
1982/9/15 |
愛好会では管理人と一緒に練習し、天狗党の会員であり我が息子のような選手。スプリントタイムの脚質と思われるが、まだまだ練習により持続力をつけて先行に徹すれば、成果を期待できる身体能力を持つと思う。2007年は早く優勝を経験して自信をつけて欲しい。
(2007年記) |
青木 佳辰
アオキ ヨシタツ
51期 S級1班
1963/5/3 |
40を過ぎて本来の力を発揮し、G1の常連になってきた。2007年は記念での優勝を期待したい。(2006.12.4)
高校時代からハンマー投げでは全国級で、高い身体能力を生かし適正で選手に。一時は、調子を落とした時期もあったが、40を迎えてなお直線の切れは鋭く先行選手に信頼されるマーカー。
豊橋バンクでは根強い人気持ち、愛好会の面倒を見る。
温厚で優しい紳士だが闘争心はかなりのもので、斡旋停止が悩みの種。これからも進化を期待でき、松本整に続く中年の星になるか?(2004年記)
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島野
浩司
シマノ コウジ
62期 S級2班
1969/1/28 |
先行はなくなってきており、追い込み選手として定着。
スマートな体とシャープな走りは、彫りの深い甘いマスクと相俟って輪界において置くのがもったいない。競輪場に女性ファンを呼ぶには絶好の素材と思える。日本ハムの新庄と張り合って輪界からもスターを生み出しましょう日自振さん。(2004年記) |
渡会
宏和
ワタライ ヒロカズ゙
65期 S級1班
1968/4/13 |
成章高校野球部出身。
バンクでおもむろにストレッチを始めると、その姿はおしりの大きさ、動作から、キングコングと見間違うほどだ。がに股でバイク誘導をる姿は暴走族を彷彿させる凄みを感じる。調子が悪いと言っている時も、脚プラスアルファの力を出し着をまとめてくる。このところ低迷気味だが、まだ老け込む年齢ではないはず。(2004年記) |
白井 一機
シライ カズキ
65期 S級2班
1969/9/24 |
番手の仕事をきっちりとこなし、先行選手に厚い信頼。自転車競技の普及に夢を持ち、少年少女が自転車に興味をもてるように、お手伝いし指導できる日を楽しみにしている。
競輪場のすぐ近くに住み、キムタクが豊橋競輪に出入りしているのかとファンが騒いだとか。最近、TOKIOの城島との声も挙がっている。(2004年記) |
金子 貴志
カネコ タカシ
75期 S級1班
1975/9/5 |
豊橋競輪一番の期待の星。アテネを目指したが、あと一歩及ばなかった。平成16年に「ふるさと」で優勝をし、豊橋の選手ではただ一人のビッグ優勝経験者となった。
位置取りに磨きをかけてダッシュ力を生かすことができれば、一段と高いステージに登れることは間違いなし。自宅もトレーニングの環境を整えて、ウェイトの成果が着実に稔りつつある。次はG1での優勝を期待したい。(2004年記) |
杉本
達哉
スギモト タツヤ
79期 A級1班
1976/1/12 |
豊橋西高の卒業。デビューまもなく追い込みに転向。
位置取りの厳しさは、広島の塩川、丸本と並び、追い込み転向時、競りが未熟で何回も落車し、させたことか。
サインは「ニャンコ」と書くが、正にドロボーネコのように番手を奪い取ってくる。A級戦では番手が回るようになり着を残すようになった。
(2004年記)
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加藤
寛治
カトウ カンジ
83期 S級2班
1978/4/24 |
デビュー時から将来を期待された大型選手。
今期からS級において徹底先行で存在を示すことができるのだろうか。気さくな性格で、風貌は純朴そのもの。場の盛り立て役を担っている。こらからは中部の機関車として名前を売れるよう精進してほしい。中部で加藤と言えば慎平か寛治かと言われる時代がくるのだろうか?(2004年記) |
柴田
昌樹
シバタ マサキ
79期 S級2班
1975/8/30 |
S級に昇格したが苦闘している。先行にこだわり突破口を開いて欲しい。(2007)
徹底先行で中部を引っ張っている。
1年間のブランクあったが復帰後も先行にこだわり、着実に力を蓄えている。末足の甘さを、さらなる練習でパワーアップし、克服すればランクアップも期待できる。(2004年記)
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野澤
金五
ノザワ キンゴ
40期 A級3班
1957/9/14 |
豊橋競輪開催指導員を務める。
14年秋の閉鎖問題では選手のまとめ役となり、存続を賭けて走り回った。
開催指導員の仕事の関係で、豊橋競輪ではここ何年か斡旋がない。ファンにとっては幻の地元選手である。気さくな人柄でファンを大事にすることに賭けては誰にも負けない。(2004年記) |
石川
浩史
イシカワ ヒロシ
40期 A級3班
1956/2/17 |
特別ファイナリストとして今でも全国区の知名度と人気を持つ。
運動能力抜群で、小学校の時から兄弟揃って運動会では大活躍。
兄は家業の自転車店を営みながら毎朝の街道練習からバンク練習で周回速度はぶっちぎり。石川選手も早朝練習を欠かさない。(2004年記) |
大竹
広治
オオタケ コウジ
41期 A級2班
1960/2/13 |
小柄ながらしぶとい走りを見せるベテラン。
見かけはラーメン屋のおっちゃんかと思わせる雰囲気で飄々としている。本人の弁によると「いや−、競輪は身体の大きさは関係ないね−」とS級まで上り詰めた誇りを感じさせる。(2004年記)
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高橋
慎一
タカハシ シンイチ
47期 A級2班
1961/10/15 |
40を過ぎてなお自力にこだわる先行マニア。
一時は病気により長期欠場も、回復し先行力復活に期待がかかる。
練習では、若手に引けをとらない脚力を見せる。(2004年記)
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堀田 伸一
ホツタ シンイチ
55期 A級1班
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引退後、2007年から豊橋市議会議員。
現在もアマチュア大会に参加し、競輪で優勝を果たす自転車愛好者。
2007年9月定例会では競輪事業活性化のための提言を市に質した。
市民の声を集約し、豊橋競輪発展のための施策の推進を期待したい。(2007,9.7記) |
加藤
栄一
カトウ エイイチ
52期 A級2班
1960/6/28 |
残念ながら2006年に引退しました。現在は競輪学校の教官に就任しています。同じ自転車の世界で未来のトップレーサーの育成を期待。(2007.9.7)
一時の勢いは見られなくなったが、もう一踏ん張りしてほしいベテラン。地道にオートバイ誘導練習も続けており、意欲は衰えない。
青木選手と同じく学生時代は陸上で能力を発揮して、適正で選手になった。選手になる前は名鉄の車掌をしていたそうだ。
一般戦で狙ってみるのも面白い。(2004年)
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