*けんじ*の生い立ち1977年10月 長野県に生まれる 5歳のお兄さんのいる次男
1984年 4月 小学校入学
1990年 4月 中学校入学 水泳部
1993年 4月 高校入学 水泳部がないため別の高校の水泳部で泳がせてもらう
1994年12月 交通事故に遭う
1994年12月 T病院入院
1995年 6月 S病院転院
10月 K病院転院(9月だったかも)
1997年 4月 退院
1999年 5月 Cセンター 入院
8月 退院
8月 K病院再入院(退院で長距離移動したため、疲労がたまりひきつけを起こしてしまい緊急入院)
8月 M病院入院(Cセンターでの経口食訓練を引き続き行ってもらうための予定入院)
.......and so on --あまりにも入退院が激しくてすでに覚えていない(-_-;)
*けんじ*が履歴書を書くとしたら....*けんじ*の経歴はたった三行(小学校入学〜高校入学)しかない。卒業を含めても二行しか増えない。
この少ない経歴の中にも楽しいことや悲しいこと、辛いこと、がんばったことがたくさん含まれているはずだが、その経験を増やしていくことはできていない。事故にあってからの道のりは*けんじ*にとってなんの経験にもなっていないからだ。ただ横たわり、痛みと闘っているだけだ。その痛みを自らの経験値に取り込むことすらできない。
しかし、経験値になっていないと思っているのが、周囲に居る者の勝手な憶測であって、*けんじ*の中にきちんと経験として残るだけの意識があるのであれば、それは予想外の嬉しい事項ではあるのだが...。
事故後の*けんじ*の経歴は入退院歴である。初期の転院は現在の医療保険制度の弊害の賜物でもある。それでも*けんじ*の場合、病院のケア・ワーカーさんに口を利いてもらうなどのおかげで転院先があっただけ幸せだった。
あの12月の寒い日に、菓子屋のワゴン車が一時停止さえしていたら、*けんじ*の履歴書にはまだまだ経歴が記載されていったはずだし、本人の経験値も高まっていたはずである。*けんじ*は36歳の今も17歳の経験値で止まったままなのだ。ほんの一瞬の過ちだったかもしれない。ほんの何秒のことだったろう。それなのに、*けんじ*から奪われた月日は既に20年に達しようとしているのだ。
*けんじ*
五歳違いの兄と両親の4人暮らし
*けんじ*の介護は兄と母が交代で見る。父も会社が休みの日は*けんじ*の介護にあたっていたが、この闘病期間中に退職し、自宅で事業を始めた。仕事で外出となる日以外は介護の手助けをしている。
*けんじ*の家族に休日はない。
兄の*けんじ*に接する様は、優しく愛しげで、兄弟の情愛を感じる。通常兄弟とはこんなに愛情があるものか??と感心する。
2014年8月1日(綿)