実のところあらためて考えると「おぉ、これは完璧に治った。満足じゃ」と言い切れる部分がない。一番は命を救ってもらったことに尽きるのだろうな。
★脳挫傷
脳の腫れは治まった。交通事故の脳傷害に対する処置として一番大切なのは「冷やす」ことなのだと以前テレビの医療特集でみた。N大病院にその道の権威である教授がいるということもやっていた。以前は「冷やす」という治療が行われていなかったせいで命を失ってしまう人が多かったことも。N大の教授を*けんじ*家族は訪ねたが、この治療法はやはり事故直後でなければ効果がないということで*けんじ*には適用されなかった。*けんじ*も事故直後脳に繋がる動脈の流れている個所を徹底的に冷やしていた。何度凍りや保冷材を変えたかわからない。この治療を考えると、事故直後運び込まれた病院でもきちんとした治療をしてくれたのかもなぁと思える。
★骨折
左足は曲がっている。右手はどうなのかわからない。今動くのは左手の指先と両手のひじ関節くらいのものだから。左足に関しては驚くほどの月日がたったあとも「まだ繋がっていない」と言われた。この治りの遅さは脳にダメージを受けたせいなのか、初期治療が上手くいっていなかったのか、素人にはわからないが。
★傷
傷自体はふさがった。しかし、結構はっきりと跡が残っている。男だからいいと言う人も居るかもしれないが、親からもらって生まれた身体にはついていなかったものだ。事故の勲章とはとても思えない。
★血圧と脈拍
治ったのか?寝ているせいもあってかなりの低血圧だ。家庭用血圧計で計ると上が90程度である。
さて、何を治して貰ったといえるでしょう?
事故直後の傷以外で治療してもらったもの
★MRSA
院内感染させられたMRSA。しかも感染させた病院は「容態安定」を理由に退院を迫った。当時の*けんじ*は首も据わってないし、車椅子に座らせれば身体はずりおってきて、脚には血液がたまって紫色になってしまう状態だった。MRSAをもったまま退院すれば、次回入院する際もMRSA扱いになる。感染させた病院が責任をもって除去すべきである。
S病院のケア・ワーカーさんの口利きでS病院に転院できた。通常MRSAをもった患者の転院は受け入れられにくい。転院当初は個室に隔離されていたが、ほどなくMRSAの数値は下がり、普通病室へ移動できた。
★口からの食物摂取
意識の無い者に口からものを与えるのは危険である。一歩間違って気管支に入り込んでしまうと肺炎の危険性がでてくるからだ。ひとつめの転院先のS病院でもリハビリとして経口食(ものがなんだったか忘れた)も試していた。完全に治療として成功させてくれたのはCセンターで、食事まではいかないものの、吸い飲みで牛乳を口から飲めたり、ゼリー・プリン・アイスの類を小さなひとカップ程度ならば食べられるようになった。その治療は長野に帰ってきてからもM病院で引き続き行ってもらった。
口からものを食べないと体力がつかなくってねぇ--よく点滴生活・流動食生活のひとから聞く言葉だが、体力をつける以外にも「痰」に効果があるようだ。経口食を摂る以前の*けんじ*は痰がからまり、つらい痰引きを日に何度もしてもらっていたが、経口食を摂れるようになって痰をひく機械を片付けられるようになった。
★人として縦型の生活を送ること
寝たきりの生活をしていると、立ったり椅子に座ったりしたときに脚に送られた血液が上手く心臓方向へ送り返されなくなり脚が紫色にむくんでしまう。見るからに痛そうである。これは3件目の病院であるK病院(リハビリ病院)のリハビリによって回復してもらった。
★首
寝たきりの生活のせいか、事故による衝撃のせいか、*けんじ*は首が据わらなくなっていた。身体を起こしてあげても自分の首で自分の頭の重さを支えることができない。これもCセンターへの短い入院の間に改善され、Cセンターへの入院時には首が固定するよう色々なクッションをつけて民間救急車で搬送していったのに、退院時は自宅のワゴン車で自分の車椅子に座った状態で帰宅することができた(ただ長旅は身体にさすがに堪えたようだが)。
2001年8月11日(綿)