更新日記


8月22日(金)--2014年--

法律問題って、どこまで書いていいのか難しい。
法のウンチクはWikipedia様にお任せするとばかりに、リンクを貼りました。
現在のけんじ
成年後見

8月19日(火)--2014年--

8月15日に*けんじ*にあって来たので、「現在の*けんじ*」を更新しました。とはいえ、一週間に一度くらいの割合では会っているのですけどね。
「介護」について書き始めました。まだ書き始めなのでカテゴライズする分量はないと思い、ブログ調に書き綴ります。ある程度まとまったらカテゴライズしようと考えています。
現在のけんじ
自宅介護

7月29日(火)--2014年--

関連本へのリンクを貼ったのだけれど、やはり長い年月が経過しているせいで、amazonで手に入らない本が多い。本の販売サイクルって短いんだな〜。
多分、形を変えて「新刊本」として再発売されているものが多いのだと思うけど、タイトルが変わってしまっていると、もう〜わかりません。
事故以降、HP管理人が購入した本

7月25日(金)--2014年--

なんと、1年半ぶりの更新のあとは、6年(以上)ぶりの更新ですよ。体たらくですね。
その間何があったのかといえば、このサイトの管理人である綿が超激務となり仕事で怒り狂っていたり、自宅に帰れない出張生活ばかりだったりという年が続き、昨年晴れて退社。その後受験生生活を送っていましたが今は一段落です。受験生生活が終わったわけではないのですが、中休みだと思っています。
今年は従妹のだんなさんが脳炎により重篤な状態となり入院生活を送ることになったなんてこともありました。当初は、意識が戻らないのではないかとも言われましたが意識はハッキリとし、ほぼ健常な状態と言えるようです。手も動く。しかし、下半身が現状全く動かないということでリハビリ施設に入っています。回復する可能性があるのかどうかもなんとも言えないようですが、脳の機能がいつどこまで働くかというのは謎なので、奇跡にかけましょう。
このサイトの更新が止まってしまったのは、良い意味で言えば*けんじ*の状態が安定した、ということがあります。一昨年の暮れには入院騒ぎとなったものの、また皮膚疾患等こまごまとした病状はあるものの、事故当時に比べれば全く安定しています。だからといってサイトをやめてしまうのもしのびないので(カウンタも廃止になっちゃったし、アクセス解析も廃止になってしまったので、どのくらいの人が読んでくれているか把握できず、更新するモチベーションがいまいち見いだせませんが)トップページに書いたように、事故に関する苦痛が主だった内容を介護にシフトさせて継続させたいと考えています。
現在のけんじ

1月4日(木)--2008年--

なんと、1年半ぶりの更新。その間に、ブログ化を検討したりもしたけれど、どうも古い人間なのでなじまない。地道に更新する方向で決着。
さて、更新を怠っていた1年半の間には管理人"綿"の父が亡くなったり、その妹である叔母が亡くなったり、*けんじ*の家では母親が急病で運ばれたり、*けんじ*の父方の伯母さんが亡くなったり、管理人"綿"の周りも、従弟である*けんじ*の周りも何かと暗い話題が多かった。
そんな中、このサイトの中心人物である*けんじ*に関してだけは少し明るい兆しが見えた。
明らかに会話に対して反応する「笑顔」が見られるようになったこと。問いかけに対し、意思表示らしきものが見えるようになったこと。
今年の正月には年下の従弟に抱きつかれ、なんとも微妙な表情をしていた。元気な頃だったら、率先して宴席に入ってきていたであろう*けんじ*が黙って皆の傍らに車椅子で居るのは、何年経っても慣れず、悲しい光景ではあるけれど、着実に毎年「意思」を感じるようになってきた。それだけは、明るい話題といえる。
家でPCを起動するのは何だかイヤなのだが、今年はがんばって更新していこう....。
現在のけんじ

8月13日()--2006年--

リンク更新のときに既存リンクの確認をしました。半年前には存在していたサイトがなくなってしまっていて(当時もリンク切れていて、暫定的に残したような気もしますが...)、サイト継続の難しさを痛感しました。
趣味のページと違い、続けなきゃいけないという義務感を持ちつつも、忘れなきゃ、いや忘れることはできないけれど、前に進まなきゃという気持ちもあるのでしょう。いずれもご兄弟を亡くされた方のページでした。生きている人は、亡くなった人の分まで幸せになって、前へ前へと進んでいかなければなりません。
りんく・りんく

2月11日(土)--2006年--

久しぶりの更新です...。更新を滞らせている間も決してこのページのことを考えていないわけではなく...(ただ、PCを扱いたくないだけ)。徒然なるままに..に書きたかったこともあるんだけれど、忘れてしまいました。不満はたくさんあるんだよね..。
最近、仕事場にバイクの音が轟いて来ることがある。最近でもあぁいうバイク族というのは健在なんだな。ああいう輩を見るたびに、「あの子達なら居なくなってもいいのに、なんでけんじだったのかな」と思う気持ちは、何年たっても改善されることはない。彼らには彼らなりの悩みや葛藤、想いがあってああいう行動をしているのであり、時が過ぎれば子煩悩なおやぢに変わるのだとわかっていても、その一瞬の行動を見ると、どうしてもけんじよりも劣っていると思ってしまうのだ。いらない人間だと思ってしまうのだ。彼らがけんじのような目に逢ったとき、その家族はやはりけんじの家族のように献身的に尽くすのだろうか。見捨てるのだろうか。
りんく・りんく

10月1日(土)--2005年--

けんじが笑ったのがうれしくて書いてみた。詳細は「現在のけんじ」を参照していただきたいが、逆に他のネタがなかったので、更新はここだけ...。
9月最終週は、遅れてやってきた夏休みを利用して関西旅行に行ってきたので、そこで感じた関東(東京)と関西(大阪)のマナーの違いを書こうと思ったが、どうしても「関東が正しく、大阪が異流」といった目線になってしまうため、やめた。客観的に書けないのはよろしくない..。
しかし、10年近く前に行ったときと明らかに感想が異なるのは、洋服のセンス。10年前といえば、すでにバブルははじけていたが、関東と関西では洋服の色彩や、絵柄が明らかに異なっていた。昔は「派手」の一言につきたが、最近は関東と変わらないようだ。関東が近づいたのか、関西が近づいたのかはわからないが、コンビニやデパートの店員はコテコテの大阪弁を話すこともなく、あまり「関西にいる!」という違和感がなかった。
楽しい、関西旅行を終え、けんじの見舞いでは、笑顔が見られ、とてもいい夏休みだったなぁ。
現在のけんじ

7月2日(土)--2005年--

「徒然なるままに」を復活させた。書きたいことが溜まってきたのだ。事故から10年の重み、JR西日本の事故、桶川ストーカー事件(6年前)、加害者の勤めていた会社の倒産、やっぱり生きていると日々考えることは多い。
先週、けんじの見舞いに行ってきた。すぐにここに掲載したかったが、PC立ち上げが面倒な今日この頃...<^!^>
けんじの母親はすごい。変な医者よりよほどけんじの症状を説明できるだろう。医者や看護師、福祉関係者を動かす力を得てしまった。けんじはバリウム(造影剤ではないのか?と思ったがけんじの母親が言うにはバリウム)をまぜたおかゆをレントゲンを取りながら食べて、嚥下リハビリをしたとのこと。気管の方に流れることもなく、胃に流れていったとのことだった。食べるようになれば、もっとよくなるだろうか。最近は若い女の子を見ると笑うそうだ。
なんだか、そんな話を聞いても、「早く目覚めてほしいな」とあらためて思ってしまう。たとえば、けんじが50歳で目覚めたとすると、けんじ自身の感覚は17歳のままだ。好きになる女性も17歳近辺だろう。50歳のおやぢが17歳に色目をつかっていたら、ただのスケベおやぢに見える。くだらない想像だが、結構大切な感性じゃなかろうか?

徒然なるままに、再び
現在のけんじ

4月9日(日)--2005年--

自分の名前が掲載されっぱなしだと指摘を受けた。過去にBBSを運営していたときの名残かと思いきや、かつて投稿用フォームを用意していた時代のコンテンツだった。とりあえず、削除した。個人情報保護法が施行されたこともあり、個人情報につながる掲載は見直さなければならない。...と考えたが、増えてしまったページを見直すのはなかなか大変である。管理者として怠慢!徐々に見直し中。
今年は「徒然なるままに」を再開したい。今書きたいのは、東名高速で飲酒運転のトラックに2人の幼子を亡くされたご夫婦のこと。先日、週刊朝日(だったよなぁ)の記事を読んだ。彼らの志に共感する!尊敬してやまない。この気持ちを長々〜と書いてみたい。来週はサイト更新できないだろうけど、近々絶対。

3月13日(日)--2005年--

けんじと同じ年頃の子は、かわいく感じて仕方がない。けんじが事故に遭った頃から、この思いは変わらない。年齢を聞いて、けんじと同じ年齢が回答されると、「けんじも事故に遭わなければ、こんな感じになっていたのかな」という思いが絶対に沸いて出てしまうのだ。
10年という月日は重い。阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件。経った月日は「長い」のに、トラウマ(PTSD)に悩まされ続けているという話題は、マスコミで取り上げられていたりする。そして、けんじのように意識回復しないまま10年という月日をむかえてしまった者は...。心無い人は、「植物人間」という言葉を使うだろう。医学的にけんじは「植物状態」という状態ではないし、最近は経口でプリン等を一人前食べることもできる。口からものをいれると目つきもしっかりしてきた。突然、話し始める日が来るのかもしれない。毎年、毎年そんな希望を抱えてけんじを見守っている。そんな中、2月には海外ニュースで長らく話せず寝たままだった女性が突然話し始めた、奇蹟がバレンタインデイにやってきた--というニュースがあった。長い年月の中で希望を見失いがちなものたちにとって、まさに「明るい希望」となるニュースだった。
けんじの事故から10年

1月10日(月)--2005年--

2004年は2回しか更新してない(>_<)。
2004年を象徴する言葉として「災」が選ばれていたが、まさにその通りの1年であった。台風による全国的な被害。その恐怖も覚めやらぬうちに、新潟中越地震。「災」という言葉が選ばれ、多くの人がその言葉にうなずき、希望ある新年を待ち望んでいる矢先に起きたインドネシアの地震→大津波。
自分自身も、理不尽な仕事を受け、はまり、「私」のない「公」だけのような1年を送り、気づけば、けんじの見舞いにも行ってない、親の不調にも気づかない、自分自身がギリギリの精神状態でいつ鬱に陥るかわからない、ストレス解消のひとつであった旅行には、行けていない。県外に出たのは出張のみである。
今年は、皆さんにとっても、わたしにとっても明るい「輝」の年になるといいですね。禍福はあざなえる縄の如し。不幸であった2004年を経て、お互いに思いやる心が生まれ、育ち、協力し合える2005年となってほしいものです。

5月24日(月)

年頭の誓いもむなしく、ほぼ半年更新なし(>_<)
...というのも当然で、*けんじ*の見舞いに行けてなかったのです。これは全くわたしの都合で、週末はのびていました。ストレスが去っても、なかなかもとのアグレッシブな生活には戻せないもので、復活(?)するまでこうして半年近くが経ってしまったというわけです。
*けんじ*は落ち着いています。ただ、落ち着いているとはいっても、それは「大きなトラブルがない」に過ぎず、けっして回復したわけでも、順調なわけでもありません。病人ではあるのです(病気ではないけれど、けが人とはニュアンスが違うので、病人と呼ばせてもらいます)。
現在の叔母の構想は「ラーメン味のゼリーを食べさせる」です。*けんじ*はラーメンが大好きで、でも現状*けんじ*が口にできるのはゼリーだけ...ということからこの構想が持ち上がったそうです。塩分を取ることが問題ないか、医師に問い合わせてチャレンジしたいということです。

1月4日(

ことしは、せめて月一程度の更新は行いたいものです(初っ端から志の低い目標...)。
同じ頃、HPを立ち上げた人たちのサイトがことごとく長期未更新に陥っていたり、閉鎖されていたりする。サイトのジャンルに寄らずである。5〜8年という月日がネタ切れの時期なのだろうか。振り返るとここ二年、仕事の忙しさを理由に更新を怠ってきたが、それだけが理由だろうか。確かに仕事が忙しいと、更新の労力をひねり出すのも難しいが、ネタ集め自体ができない。しかし、今以上に忙しく、精神的にもかなりのダメージを受けていた4年前には、週単位で更新を行っていたのだ。BBSを運営していたことも理由のひとつではあったが、サイトに対する責任感のようなものも今より強かったように思える。
実はここ2年、掲載を予定して、お題目を掲載しておきながら、中身をつくれずに居るものもある。やはり、年頭の目標としては、これらコンテンツの充実を掲げるべきかな。
それと同時に、同時期にサイトを立ち上げた同志たちの健闘も祈る!ってとこでしょうか。週末にパソコンを起動するのがイヤにならないような生活を送りたいと思っております。
--*けんじ*の今の写真を粗画像ですが掲載します。多分、*けんじ*は今の姿を撮っては欲しくないんだろうな、という感じで、カメラを向けると変な顔をしたり、ソッポを向いたりします。元気な頃の自分で居たいんだろうな--(携帯のカメラで撮ったので、本当に画像は悪い...)
現在の*けんじ*

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