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やすいゆたか(保井 温)ー哲学

手作り集音器; 一式8,000円 

スピーカーの製作記録


長崎市の電子工作パーツ専門店
エイデンパーツ


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  見積もりによる安心価格

 (有)長崎瓦工事センター 
    長崎市城山町4-21
 (電話095ー861−0241)




来歴
2002/01/02  asahi-net / release (3p.)
2002/10/30                  (17p.)
2003/01/14                  (19p.)
2003/06/20                  (20p.)
2003/08/30 geocities / change (21p.)
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『人間機械と失業』

小学生・高学年から一般まで読める本

    
 
ジオログ
 
余話
インターネットの世界
 世界広と言えども、経済学者や経済専門家の中で、「経済学に於いて、機械を労働人口とみなす」 と発表した人はいない。発表しているのは、『人間機械労働人口・論』 の、このサイトだけである。
 リリースしてから2年を経過。本サイトの、ページ・カウントの合計数は51,200となった (04・06・16) 。が、感想や意見はまったく無い。ホームページを沢山公開している政党、労働組合、経済団体、等からの意見もまったく無い。インターネットの世界とはこんなものだろうか?!
 その一方で、わが長崎県の佐世保市で、11歳の女子による猟奇殺人事件が起きたが、その原因の一つにインターネットが指摘されている。そんなにネット世界は別世界なのか?
 
この事件で一ついえることは、少女は未来に対して希望を持てなかったのではないのか。現実の社会は希望の無いものかもしれない。未来に希望があれば殺人などする筈が無い (天秤の片方に “希望” その反対の片方に “雑念” があり、希望がバランスを保っている。希望が無くなれば、雑念が暴走する)。

具体的な “命の大切さ” を教えよう
 子供に 『命の大切さ』 を教えるとき、「人を絶対殺してはいけない」 とか 「殺人をしたら死刑になる」 などの話しているのか、親子の話し合いや授業の内容がマスコミでは伝わってこない。子供達には、やってはいけない事をハッキリと伝えなければいけない。たとえ、殺人や死刑とは無縁の子供であっても躊躇してはいけない。なぜなら、人権上 「殺人」「死刑」 などの話は、他人の子供には直に云えないからである。と同時に、いじめを原因とする自殺についても、「自殺することは、悪いことだ」 と、シッカリと教える必要がある。
 そして、『人間機械と失業』の著者・私は、子供三男を育て、広大、東大、名大と、それぞれ卒業させた経験から、NHKなどのニュースや新聞などを家族で観、話題にする事が大切であると考える。

ボタンの掛け違え
 ソビエトの社会主義崩壊は、「トランジスタの発明による産業革命」 の軽視が原因ではないか、と、私は推測する。その思想的支柱がマルクスの「資本論」 に有ると観ている。それは、 『一商品の価値の大きさは、その商品に実現される労働の分量に正比例し、その労働の生産力に反比例して、変動する』 とするマルクス・「商品の価値・論」 の誤りである。
 私は、「資本論」 はよく知らないが、これを読む限りでは、『生産力が上がれば、「商品の価値」 は減ってくる』 と解釈する。つまり、機械化=商品価値の増大、あるいは、商品価値の増大=機械化という概念がなくなるからである。
 労働価値説は昔から支持されていている。つまり、すべての商品は労働の固まりである。その限りではマルクスの労働価値説は当たり前のことを言ってる。が、この後、ボタンの掛け違えをしている。それは、機械や道具などの人間的な振る舞いを “労働力” とみなさなかったことである。そのため、マルクスは訳けの分からない説明を長々としている。将来の見通せる経済学の復興が待ち遠しい。


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