人間機械と失業 第三次産業革命からみた社会・経済論
経済学に於いて機械を労働人口とみなす考え方
『人間機械労働人口・論』
| 第三次産業革命とは何か ? |
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なぜ経済恐慌は起こらないのか ? |
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機械の労働人口としての振る舞いとは ? |
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ぜひ本書をご覧下さい !
『人間機械と失業』

小学生・高学年から一般まで読める本 |
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経済学に於いて機械を労働人口とみなす考え方
『人間機械労働人口・論』 |
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定義 ;
【イ】 ; 労働人口とは、失業人口を含む働く人間の数 [人間の労働人口・人] と、
稼動する人間的な行動のできる機械の数 [人間機械の労働人口 (人) ]。
総労働人口とは、この両者の合計数。
【ロ】 ; 労働力人口とは、労働制度の下で働く、失業人口を含む人間の数 [人間の労働力人口 (人口) ] と、
稼動する機械が労働力人口1 (人口) の人間に変身した、その 「人間」 の数
[人間機械の労働力人口 (人口) ]。 総労働力人口とは、この両者の合計数。
【ハ】 ; 労働量とは、人間と機械のそれぞれの労働力が造りだす労働の量。 (人口)
総論 ;
昔から、機械は労働人口として振舞っていた。例えば、19世紀の蒸気機関で動く紡織機やポンプは 「何百人分の仕事をする」 とか言われてきた。しかし、これらの機械を作るのに膨大な人間の労働力を要したため、労働人口とはみなさず、経済学では 「機械は機械」 とされてきた。
ところが、トランジスタの発明による産業革命によって、膨大な仕事をする機械が、僅かな人間の労働力で出来るようになった。つまり、安いコストで 「人間」 が作られるのである。アメリカの数学者ノーバート・ウィーナーは、著書 『人間機械論』 で 「これが失業を醸し出す事は明白」 としている。
機械を “労働人口とみなす” ことによって、新しい経済学理論が生まれ、社会のありさまを人々は理解し、希望のある未来が見えてくる。
[論旨];人間的労働が注ぎ込まれた結果、商品が完成する。依って、商品の価値は、その商品に注ぎ込まれた労働量で決まる。商品には労働量以外、何も無い。従って、「商品の価値」
は、労働量で比較されるものであって、値段ではない。
「商品の価値」 の絶対的な数値は、算出不可能だが、比較する事によって、相対的価値を算出できる。相対値算定法を用いて、「人間機械論」
を発展させた新しい『労働価値説・性能価値論』の展開。
商品(製品) = 労働量 = 性能(Efficiency)
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「人間機械労働人口・論」 図解論文 : 安達謙冶郎
| 項目 |
内容 |
解説・図解 |
| 商品 |
一定の社会制度の下で生活する人々の必要とするものは、すべて商品になる。
『商品』 には、二通りの 「価値」 表現がてきる。
@ 販売価格(原価+利潤)=交換価値
A 性能具現物(総労働量)=性能価値
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| 商品の価値 |
商品造りに直接働く労働者や関係者等の労働力によって造り出される労働力と機械や材料、光熱、各種資産税、等の労働力によって造りだされる労働力、この二つによって造りだされた労働量。
※ 『耐用年数』 や 『エコ』 は、性能価値のひとつ。 |
労働量。ただし、絶対量の算定は不可能。
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| 労働力の価値 |
労働制度の下で働く人間の働きと、機械(生産手段)の稼動。
労働力の価値とは、その能力であり、その値段では無い。 |
【例】 : ほぼ同じ商品を造るのに、生産体制の違いから、ある生産体制では、1(人口)の労働力で労働量10(人口)を造りだすが、別の生産体制では、1(人口)の労働力で労働量100(人口)を造りだす。 |
| 労働力の値段 |
「人間・労働力の価値」の値段は生活費。「機械等・労働力の価値」の値段は減価償却費やその他の経費。 |
原価。
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| 剰余価値 |
{ [商品の総労働量] − [原価の分の労働量]
} = 剰余価値 = { 利潤 + 現物 } |
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| 利潤と現物 |
「剰余価値」 は、利潤部分の労働量と現物部分の労働量とに分けられる。
前者は、貨幣と交換される。
後者は貨幣と交換されない。
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| 生産性 |
単位時間当りのコストと「商品の価値(性能)」の比較。 |
一定のコストで、基準となる性能の商品が、時間あたりどれだけ生産されたか、又、商品のコストを時間あたりどれだけ減らしたかである。 |
【注1】: 「労働量」の単位は、労働制度の下での一日の働き(人口)。
【注2】: 機械は、人間的志向以外の方法では、商品をつくることは出来ない。よって、機械の稼動は労働力と見做す。
【注3】: 「機械の労働量」の存在は、その製造された商品によって証明されるが、その数値は計算できない。が、「価値」の比較が目的であるので、適当な正数を1項目に設定することによって論理が成り立つ。 |
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『人間機械労働人口・論』 (労働価値説・性能価値論) ( 相対値算定法による)
商品は “労働の固まり”
商品は、自然界に存在するあらゆる物から人間の志向によってつくられます。
商品の成り立ちを巻き戻していくと、最終的には自然界に存在する物質にたどり着きます。例えば、鉱石、原油、山の木材、海の魚、などにたどり着くわけです。これらの物質は、自然界に存在するだけでは、商品にはなりません。それを運んだり、加工したりする人間の労働によって、さまざまの商品になる訳です。従って、すべての商品は 「労働の固まりである」 と言えます。この事は、小学生でも理解できる筈です。しかし、いざ、その 「労働量の算定」 となると、数値は存在する筈だが現実的には不可能です。しかし、『相対値算定法』によって、論理は成り立つと考えます。
商品は膨大な剰余価値を含んでいる
マルクス経済学の 『剰余価値論』 は間違いだらけ
@ 「剰余価値」(利潤) は資本家だけが懐に入れる。と言う間違い。
剰余価値は、その商品を購入する購入者(消費者)
にもタダで渡る(上図参照)。
A 「剰余価値」 = 「搾取」 という間違い。
マルクスの 「剰余価値」 の発見は、理論的な解明は無く、「肥え太る資本家」
の姿をみて、これは労働者の働きから生み出された富の一部であり、労働者を搾取したもの、としている。が、「搾取」
の大小に関係なく、「剰余価値」 は存在する。
B 利潤 = 剰余価値 という間違い。
利潤は、その商品の “需要と供給” によって変化するので、剰余価値の全てではなく、剰余価値労働量の一部分が利潤となる。
[ 剰余価値 = 利潤 + 現物、と成るので、利潤は、剰余価値から現物を引いた残りと成る。(上図参照)
]
C 「利子、地代」 = 剰余価値 という間違い。
土地や貨幣は商品として取引されるので、その、利子や地代は
「商品」 となり、「剰余価値」 ではない。「人間機械論」
から観れば、「労働力」 として作用する。
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カール・マルクスは、『剰余価値論』 を完成させるのに10年かかったとされていますが、残念ながら、彼の理論は間違っています。
その間違いの元になったのが、労働力を人間だけに限定した事です。自明の通り、商品を造りだすことは人間的志向だけができる事です。従って、商品造りに参加するものは全て労働力となる筈です。マルクスは、人間の労働力だけを労働力としたために、その後の論理は訳の分からないものになっています。
「剰余価値」 についても、なにも、そこに働く労働者をこき使わなくても、最新の設備を導入すれば、商品コストは減少し、その分、利潤が増えます。この論理は、論述するよりも図解したほうが分かりやすく、「剰余価値」の存在が証明されます。その
「剰余価値」 の 「利潤」 は、商品の普及との関係で変化します。しかし、「剰余価値」
そのものの変化はなく、『現物』 は残っている筈です。
「剰余価値」 から 『利潤』 を引いた残りが
『現物』 です。
例えば、今使っているパソコンです。このパソコンを真空管時代に作ったとしたら、パソコン本体もさることながら、その本体を作動させる為の電力は、数十万キロワットの消費電力となり、発電所の建設が必要となります。それを考えたら、今の、消費電力150ワット10万円前後のパソコンはタダみたいなものでしょう。
つまり、「剰余価値」 の巨大な 『現物』
のお陰で、豊かで便利な生活があるのです。この事は、すべての人々の学問や労働などの勤勉な行いは、社会を豊かにする事を意味しています。又、『物を大切にしないと罰が当たる』
と言い伝えられて来た事も、頷けます。

大根14本とヤカン1個との交換 不思議に思いませんか?
私は、会社を定年退職してから、よく、大型のショッピングセンターへ買い物に行くようになりました。食料品を買うついでに、最近買ったのは、3.7g笛吹き薬缶 (ヤカン) 1,400円です。そこで、ふと感じたのが、品物の割には安いことです。その時買った大根と比べてみましたが、大根14本に対してヤカン1個と掛け合う勘定になりました。
ヤカンはステンレス製ですから、原材料にも沢山の労力が掛かっているし、又、製造にも相当の設備を要している筈です。一方、大根は、畑さえあれば簡単に栽培できます。どうみても、大根よりもヤカンの方が値打ちがある筈です。
両者の値打ちは同じなのか、それとも違うのか?
14本の大根とヤカン1個、価格は同じでも両者の値打ちは違うのです。
例えれば、つまり、大根は、1400円の元手で、2千ポイントの大根を作り出し、その内の1400ポイントを販売価格として回収した訳です。ヤカンは、1400円の元手で、10万ポイントのヤカンを作り出し、その内の1400ポイントを販売価格として回収した訳です。
この場合、大根の、[2千−千4百] の6百ポイント、又は、ヤカンの [10万−千4百] の9万8千6百ポイントは、貨幣と交換されない剰余価値です。私は、これを 「現物」 と名づけました。このヤカンの 「現物」 は貨幣にすると9万8千5百円の値打ちがあることになります。
「現物」 は全ての商品に大なり小なり商品に付いていて、買い手側の利益になります。
トランジスタの発明による第三次産業革命は、この
「現物」 の相乗作用によって、より巨大な
「現物」
を造り、それによって、生活必需品の普及度をほぼ100パーセントにしました。
農家の人が、大根を1000本 (10万円) 売れば、パソコンを一台
(10万円) 買えるのです。

“性能” という熟語の意味
ヤフー辞書:【性能】
1 機械や道具の性質と能力。また、機械などが仕事をなしうる能力。
「―のよい自動車」「―を高める」
2 生まれつきの能力。
エキサイト辞書:【性能】
(1)機械などが仕事をなしうる能力。
「―のよいカメラ」
(2)生まれついての性質や能力。
カシオ国語辞典:【性能】
性質や能力
講談社・国語辞典:【性能】
物の性質と能力。
機械などの働き・能力。
“性能”という熟語は、経済学ではあまり重要な扱いは受けていない。その証拠に、“効用価値論”はあるが、“性能価値論”はない。
しかし、現実の社会では、商品を購入する時、どんなささやかな商品でも“性質と能力”を確かめながら、あるいは他の同類の商品と比較して購入している。
すべての物資や商品は、「性能」と言う価値を持つので、「性能価値」で表す事も出来る。しかし、商品の価値は、「価格」で表されている。
すべての、製品や商品は“性能”を持っている。
例えば、近くの山へ山菜を採って家で料理して食べたとする、と、山菜という性能の“現物”をタダで手に入れた訳だ。
しかし、インターネットのサイト閲覧する限り、“性能”を持っているのは機械や道具だけのような解説をしている。
食料やトイレットペーパー、などには“性能”はないとでも思っているのだろうか。
商品 (製品) とは、性能具現物 (性能を具現する物) であり、Specification (仕様) で表現される。
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[商品(製品) : commodity. (Products)] 売り買いや取り引の対象となる品。(製造した品物。)
[性能 : efficiency] : 物の性質と能力。
[具現 : embodiment] : 具体的に現すこと。 |
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“IT社会” 発展のために、7時間労働制・労働制度の改革と減価償却資産・耐用年数30%伸長 の実現を。
『人間機械と失業』

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世界の失業者数 (millions) ILO発表
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2008 |
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170.4 |
185.9 |
190.2 |
215 |
| Youth, total |
69.5 |
79.3 |
88.2 |
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