中山道六十九次


木曽の桟(かけはし)は川を渡る赤い鉄橋でなく、崖渕の絶壁の岩に沿って作られた木の桟橋でした(左写真)。
木曽路は殆どが尾張藩の領有地であったため至るところで活躍、施政(白木改番所など)を行ってい
ました。
木曽の桟
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歌川広重 [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由で

祐泉寺前の堤防から対岸の「大井戸の渡し」を見る。可児市側は船着場付近が林で見れませんが
太田側でははっきり見ることが出来ます(左)。写真右は上段の広重画と良く似ています。
祐泉寺滞在中に描いたものと推察できます。

八幡神社東の細い道を約200mで木曾川堤防に突き当たります。ここに建つ
「大井戸の渡し場跡」の標識です。江戸時代はじめまで使用され、その後流れ
が変わったため上流の太田の渡しに変わりました。

渡船場へ向かう石畳道路。ブルーの橋は太田橋。
渡船場

渡船場から見る対岸と下流の木曽川風景。江戸時代後期まで使用されたという。

「大井戸の渡し」から約7〜8キロ下流の犬山木曾川対岸犬山「内田の渡し場跡」説明板の図絵。
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ウィキメディア・コモンズより・旧碓氷峠(長野県北佐久郡軽井沢町大字峠町)
ウィキメディア・コモンズ経由で
旧信越本線の碓氷第3橋梁。
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京都
馬籠宿
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中山道69次・木曽路の旅(11宿場)画像全体ををクリックして下さい。
中山道69次の旅は草津宿〜京都から始まり木曾11宿の贄川宿で打ち止めていましたが
今回
のコラボにより江戸日本橋までネットの旅を
本山宿から続けてまいりますので
ご理解の上ご覧下さいますようお願いいたします。
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ウィキメディア・コモンズより・山梨リニア実験線で試験中のL0系7両編成。
2014年8月8日10:06、笛吹市御坂町竹居にて撮影。
甲州街道44宿・下諏訪宿から始まり長野県〜山梨県〜神奈川県〜江戸・日本橋まで
のコラボにより江戸日本橋までネットの旅を続けて
まいりますのでご理解の上ご覧下さいますようお願いいたします。