三階屋台について
■三階屋台とは
浜松市(旧・浜北市)宮口地区の祭典において、町区町内会が所有する「三階屋台」といわれて親しまれている山車があります。この三階屋台は祭典期間中は町区内を引き回すだけで、見た目には単なる古い屋台でしかないのですが、その歴史には非常に興味深いものがあります。
詳しい由来については以下に記しますが、この三階屋台のルーツである現在の名古屋市中村区名駅5丁目が所有する「二福神車(二代目)」は、名古屋市の重要文化財に指定されていることから、三階屋台は重要文化財級の価値があるといっても過言ではありません。
■三階屋台の歴史
三階屋台の歴史については、いろいろなインターネットサイトなどにも解説があるのですが、ここでは町区における研精社のOB団体・研友会から入手した資料をもとに記します。(多少、管理人独自に加筆をしてあります。)
三階屋台の歴史は古く、文政四年(1821年)頃、広井村の下花車町(現在の名古屋市中村区名駅5丁目)より、海路掛塚に運ばれ、その後二俣、宮口と移動した。
宮口には明治23年頃にやってきたが、屋台を移動した後には掛塚、二俣でも災害が発生し、「屋台を渡すと災害が起こる」といわれたことが、現在まで町区で保存され続けた理由だそうです。
明治25年から昭和13年まで毎年組み立てし町内を引き回した。
昭和6年に研精社屋台(現在の屋台)完成。
昭和13年の満州事変により引き回しを中止。
昭和21年から昭和33年頃まで毎年組み立てをし、三階屋台の再現を実施する。
その後組み立てを中止し、昭和47年に組み立て、その後は組み立てた状態にて保存をする。
昭和47年から現在まで屋台小屋にて保存。
昭和50年から研友会として三階屋台の管理、保管をする。
平成11年から町区町内会より助成金(30,000円)を交付。
平成9年に二福神車の方々の協力を得て、「宮口まちおこしの会」により約180年ぶりの三階屋台へのからくり人形講演の再現を実施する。
平成16年に二福神車の方々の協力を得て、100個もの提灯とからくり人形を取り付ける。
■その他補足事項
現在の三階屋台は180年以上の歴史を積み重ねてきたこともあり、随所にかなりの老朽化が見られます。現在、三階屋台の運行を管理している研友会の話によると、修復等も少しずつ施してはいるのですが、ある程度大規模な修復が必要となっているそうです。
大規模な修復に関しては金銭的な問題と、なるべく現状のままで次世代へ伝えていきたいという意図のために、なかなか難しい判断が求められています。
三階屋台の所有者である町区町内会、研精社、研友会の三者による話し合いの場もあるのですが、今のところは目立った進展がないのが現状です。
この三階屋台を末永く保存していくためのご意見・ご感想を送っていただけると幸いです。
■おまけ
研精社という名前の由来は不明なのですが、研友会の由来については「研精社友の会」を略して研友会となったそうです。