|
「人はなんで生きているんだと思う?」と聞きまくった。「幸せになるためでしょう」とほとんどの人が答えた。ナンダカナーとずっと思っていた。あるいはある書物には生きる意味を問うのではなく、人生が意味を問うのだなどとわけがわからないことが書かれていた。
トルストイの民話に「人は何で生きるか」北御門二郎(きたみかどじろう)訳がある。
神様が主人公の天使に与えた課題は3つ、「人の心の中には何があるのか」「人に与えられていないものは何か」「人は何によって生きるか」神様はあの世の天使に地球で言う所の人殺し?を命じるが、産婦の魂を抜き取ることなど天使にはできなかった。神様に罰せられた天使は、下界の道端に裸でほっぽり出されてしまった。そこに死相を帯びた男がどうやって妻子を養おうかとひとりごとを言いながら通り過ぎる。果して寒さとひもじさで死にかけている天使は、助けられて神様の3つの課題を解くことができるだろうか。
ともかく良心的兵役拒否者である北御門さんの生き方が素晴らしいのだ!「翻訳に大切なことは、原書に感動し、読者とその喜びを分かち合いたいと思うこと、だからトルストイが涙して書いたところは、私も泣いて訳します。」トルストイも言うように、「農耕が一番罪がない」と人里離れた山にこもり、農業を営みながらトルストイの翻訳に没入する。なので、神様が与えた3つのクイズの答えはお分かりになっただろうか?これが正解すると、自動的に人はなんで生きるかも心に深く届き、天使も神様の元に帰れるというもんだ。
「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」「復活」は読めなかったけど、「イワンの馬鹿」には度肝を抜かれた支援者より
|
|
交通事故が原因でムチ打ちになった。30代前半、30年前に私は望月阿南先生(精神科医・現在は愛クリニック院長)より気功を学び、患者さんたちと週一回山角病院で一緒に気功を続けた。そして、水泳と気功でいつの間にかムチ打ちが治っていた。そもそも私は病気になっても寝ていれば自然と治るもんだと確信している。治らない時は死が待っているとなんとなく理解している。そんな訳だからお薬手帳もなければ検査もしない。健康でもないけど病気でもないという状態にいると思う。これこそが元祖「未病」ではないか!でも日々、自分たちでつくった野菜やお米を食べ義高は、賢治ワールドのような人助け生活をしている。私はだいたい生まれつき、肉・魚は大嫌い。梅干しとご飯の友があれば大満足という粗食の大家。病気はこんな粗末なものしか食べていない体には棲みつきようもない。私って、すべてが今どきの健康ライフではないかと、しみじみあきれた。
ハーブやアロマで癒す前世はきっと魔女の支援者より
|
|
メダカは英語で「ライス フィッシュ」学名はオリジアス・ラティペス(Oryzias latipes)
とラテン語で表記される。オリジアスはラテン語のオリザ(Oryza)=稲からつけられた。おそらく水田地帯にあまねくいたメダカを見てこの学名がつけられたのだろう。中央市は田富・玉穂・豊富の旧町名からしても、メダカがイネい訳ないのだ。
2011年11月11日「やまなしメダカシンポジウム」が田富町で開催された。その中で当時の時習塾会長がこのように発言している。「・・・観察会もできるし、そこで作ったお米はこれはもう安心して給食で子どもたちに食べてもらえるし、PTAで餅つきなんかしても面白いし、それを面白いと
思った近所のおじいちゃんおばあちゃんが今度はうちの白菜やキュウリ、トマトを学校給食で使ってもらおうなんて思ったらステキな地域になるかなって密かに考えています。」 夢みたいなことかもしれない。でも、中央市にはりっぱなブランド米「富穂」という特別栽培米がある。これを「富穂で元気なメダカと子ども」と宣言してまずは給食から利用していくのだ。中央市には絶滅危惧種のメダカがいる!まだ間に合う。「富穂」が貧困もメダカも農業までも救う救世主となるのだ。
メダカ米を作り続け22年。小さな命をつないできた支援者より
|
|
外出したらもう連絡が取れない。公衆電話を見つけるしかない。
ネットにつながっていない人たちは、わずかながらちゃんと生きている。
私もその一人。でも、いくらテレホンカードを持っていても、そもそもデンワが消えてしまった。ケイタイすら持たない私は、「すみませんねえ、ここに電話してもらえますか」と赤の他人に頼むしかない。見かけがもうちょっとおばあさんなら「しょうがないなぁ」というふうに助けてもらえるけど、服装の趣味が個性的というか、ある意味ハデ。なので、無視されるか、引かれるのがオチ。
ケイタイを持たない理由はゴマンとある。けどぐちゃぐちゃ説明している暇はないので、「家に忘れて来てしまったので」ということにしようと思っている。
実はまだ試したことがないのだ。たいがいどうにかなっているから。それは日頃から、第六感というものを鍛えているからだ。困った時、このカンが冴え渡るには、ネットの網にからめとられていない方が迷いがない。
日々、自由も謳歌できる。
ポケベルで満足していたあの頃は確かにあったんだと問いかける支援者より
|
|
私には夢がある。
ひとつ屋根の下で暮らす家族ではない家族。
血はつながっていないけど、泣いたり笑ったり、たまにしんとしたりする。
そこには、赤ちゃんも妊婦さんも不良もひきこもりも認知症もPTSDも、学童保育も手話で会話する人もいる。
たばこを吸う人も摂食障害でもどんな人もいられる場所。
そんな居場所づくりって無理じゃない?なんて、全然思わない。
きっと、どんどん広がって、性同一性障害でもバイセクシャルな人だってなんでもないようにいられる。
地球って、ほんとうはそれを目指す場所なんじゃないかとも思う。
地球家族は宇宙にも旅立てると思っている支援者より
|
|
琴奨菊(ことしょうぎく)と稀勢の里(きせのさと)の区別もわからなかった。
そもそも、私は汗をかくスポーツは大嫌い。それなのに、夕方の5時半頃になると落ち着かない。包丁持つ手をリモコンにかえ握りしめている。
相撲はここ一番をまとめてみせてくれるから盛り上がるのだと日馬富士(はるまふじ)や白鵬(はくほう)の取り組みをみていて気づいた。モンゴルのナーダムはやはり手ごわい。
義父母が死んでしまってから、一人でテレビをつけ、一人で歓声をあげている。
相撲の面白さは二人から教えてもらった。ここ数年、どこへも連れていかないかわりに週末を一緒に過ごしていた。朝から寝るまでまるでテレビと三人で暮らしているような両親につき合うということは、一緒におばあさんの好きなコーヒーを飲みながらTV観賞にひたるということになる。
「これ誰!」とおじいさんに聞いても答えはない、
力士の名前は読めないし、皆同じ体にみえる。おばあさんは、ほとんどのお相撲さんの名を知っている。さすがだ。おじいさんは、ボクシングをやっていたから、「勝ち」を目利きする。ほんとうは読売ジャイアンツが好きなのに阪神ファンを装っているように。おじいさんの好きな力士は聞いた事なかったし、口には出さなかったけど、私は白鵬じゃなかったかとにらんでいる。おばあさんはイケメン遠藤に違いない。私は日馬富士が嫌いだったけど、今はちょっと応援している。相撲を見ることが両親の供養になったらいいなと都合良く思っている。
日馬富士の塩をふる時のわずかな腰のひねりと石頭が気に入っている支援者より
|
|
図書館でふと手にした新刊が、風変わりなタイトルの笙野頼子(しょうのよりこ)著、
「植民人喰条約 ひょうすべの国」だった。ひょうすべは「NPOひょうげんがすべて(ひょうすべ)」のこと、日本のマネーを狙っている。ゆうちょ銀行205兆円、年金基金140兆円、かんぽ生命85兆円、JA共済52兆円など。ひょうすべの正体、それは大きい大きいお金の精。世界的権力企業の金庫守護霊だ。権力者と大企業の商業宣伝広告だけには「表現の自由」をゆるしている妖怪。キーワードは「特区、緩和、民営化」「・・・つまり衣、食、住、生命、身体、軍事、産業、言論、賃金、国保や共済、そして、水道事業から学校の給食までも、まったくもう、日本がまるごとぶち壊れてゆくのである・・・。」「1こんにちは、これが、ひょうすべ、です」より抜粋。純文SFか、私小説か、恐怖の怪談か。
芥川賞作家が書いたこれほどこわい本はないと力説したい支援者より
|
|
私のお気に入りの場所は、岡島のジュンク堂書店。
ここだったら、寝袋持って毎日だって通いたい。
そこに平積みになった本があった。奥田愛基著「変える」だ。
ネット情報にはうといからSEALDs解散も知らなかった。
それでも国会前デモで超有名な若者らしいことは知っていた。パラパラと速読してみる。
小学校の時先生に「何人家族?」ときかれて、彼は困ってしまった。
家には、昨日までいなかったオジサンや知らないお兄さん、お姉さん、妹や弟だっていつの間にか増えていることがある。彼のお父さんは牧師で、元祖困窮者支援の発祥地のような家庭であるから、「今日から○○さんは家族です。よろしく」などあたり前のように言い「僕はあなたのお葬式を出しますから、あなたも私の葬式に来てね」と野宿だった人にお願いしていたという。彼は、マザーテレサが家にいるようなものだったと言う。そりゃーインドの混沌が押し寄せてきたようなものだと私も恐ろしくなった。結局その本は元に戻し、ソーイングの本を買った。けど、「家族」というものがとても新鮮にうつり、目からウロコな気がした。
家庭には世界平和や人類愛は持ち込まない方がいいのかもね?の支援者より
|
|
市民にとって住民投票はかけがえのない、最後の宝刀のようなもの。
堂々と選挙で住民の意思を決めたらいいんだ。20年前の巻町の住民のように。お金はかかるけど。それは国民投票だって同じことだとおもっていた。
所が、憲法九条戦争放棄さえ失なわれようとしているこのご時世、これを国民投票して白黒つけたらどうなる・・・と震える。「九条を守る人々」が大多数の世間はもはや「テロとの戦い」でくつがえってしまった。恐怖におびえる国民は、権力につきつけられる「九条」という「伝家の宝刀」を自ら手離してしまいそうだ。やれやれ、九条を御老公の印籠のように、見せびらかせるだけではもはや効力のない味気ない世の中になり果てた。
不戦の誓いを守ってきた日本国憲法は、私たち一人ひとりの不断の努力で憲法が保障する自由と権利を守れとも教える。戦争のない平和な世の中をつくるのは、このまちをこの国を良くしようとする普通の人々のちょっとしたやさしさ、勇気、笑いだと思う。チャップリンも言いそう。そして、毎日体を鍛えられたらもっといい。
筋トレストレッチでムキムキ女子の支援者より
|
|
私は釜無川の川原が好きだ。
空は高く、山は迫り川の流れはワイルドそのもの。
ここで子どもたちと「川原の四季」自然観察会をやっている。
秋はバッタ。カワラバッタとトノサマバッタがニアミスする面白い場所が、
田富北小のすぐ隣の川原だ。道路沿いに大木のシンジュがある。
網を片手にやってくる子どもたちは、ドキドキワクワク。
いざとなると自分より何万倍も小さなバッタを恐れるのが私にはおかしくてしかたない。なのに捕まえたいんだから始末におえない。
ねらいを決めたら、迷わず素早く動いてゲットする。
そこで私はヒーローになる。子どもの手の中でバッタがもがく。
この命の躍動をこそ子どもたちは忘れはしない。
リニアが、この場所めがけて直線でやってくる。
自然の中にはやわらかなものばかり、まっすぐなものなどありはしない。
私は、あったかくてやさしくってこの上なく賢い何かを伝えたい。
そう、土の中で川原の春を待つバッタの卵のように。
リニアはいらないのらない支援者より
|
|
タニタの食堂で体脂肪は無くなるんだろうけど・・・。こんな学食があるんだったら、この学校に通わせたい。この食堂で食べられるんだったら、あの会社に就職したい。と自分の進路を給食で選んでもいいと私は思う。自由の森学園(埼玉県飯能市)は1985年に創立した中学・高校だ。校則ナシ。偏差値ナシ。自主性尊重、革新的。所が、最近知る所によるとどうやらこの学校の食生活部=食堂がすごいらしい。国産小麦の天然酵母パン・うどんまで自家製だという。当初から、無添加・有機・無農薬の食材は当たり前。肉はGMO抗生物質漬けの餌を食べていない動物たちのもの。化学調味料ナシの伝統食重視。これがワンコインで食べられる。
しかし、公立小学校でもすでに元祖「おいしい安全安心給食」を実現していた学校があった。東京都武蔵野市境南小学校だ。たったひとりのお母さんと先生の「こういう野菜を、子どもたちに食べさせたいね」と語ったそのまっすぐな思いが17年間素性の分かる食材1200食分を給食室に届けさせた。このことが、武蔵野市の誇る学校給食の始まりとなった。「ただの主婦にできたこと」は、輝かしい武蔵野市の給食の歴史には登場しないのかもしれない。だけどその精神は、親から子へと確実に受け継がれている。それは、学校給食を経済だけで考えない、つまり「民間委託」しないという運営方法をとったことによる。「給食・食育振興財団」だ。全国初のこの財団の給食づくりに注目したい。
ヨ―ガンレールに就職してここの社員食堂でベジタリアンメニューを毎日食べたい支援者より
|
|
「流血の記録・砂川」を観た。
スクラムを組むピケ隊は、足をふみならしみんなで歌声に合わせ体を揺らす。かっぽう着
の主婦、はち巻きの農民、学生服を着こんだ学生さん達がどこからともなく現われて群衆となし、
ヘルメットを被りこん棒を抜いた警官隊を押し戻す。
非暴力の彼らが無情にも血を流し次々と倒されていく。
それでも何度でも何度でも、最前列に立ちはだかる者たちがいる。
この「あきらめなさ」はどこから来るのだろう。
あの「共に」をどうつなげていったのだろう。
上映後の話し合いの中で、SNSなどない時代、どうやって連絡し人を集めたのかと話題になった。
現代人の効率の良さとスマートさに比べたら、およそバカみたいに途方もない無駄な労力が使われている。
いつ襲ってくるかもしれぬ、突撃にじっと待機しているのだから。その間、学生さんは農地で教科書を開き、女たちは炊き出しを、お年寄りは背に赤子を背負う。
それぞれが自分の役割を持ち己をキラキラさせている。
生命力と天の力が彼らに味方をする。
これからの闘いには、何が必要なのだろう。それとも何かを捨てていかなければならないのだろうか。
貧しくても誰も困ってなどいないのが嬉しくてジーンとしてしまう支援者より
|
|
「ねぇ、専用機ないから乗せてって」「いいよ」
南米の小国ウルグアイの第40代大統領(2010年3月〜2015年2月末)
ムヒカさんとメキシコ大統領とのやりとり。
飛行機に便乗ってあるんだ!?
「世界でいちばん貧しい大統領」は、月収97万円のほとんどを寄付し、公邸には住まず郊外の農場で花を育てながらウルグアイの平均収入6万円で暮らす。
個人資産は、愛車の1987年製フォルクスワーゲン・ビートルのみ(時価約32万円)。友人たちからの贈り物だ。所がこの車にアラブの富豪が、100万ドル(約1億1600万円)の値を付けたが「売れば友人たちを傷つけることになる」とムヒカさんは断った。ここがマザー・テレサとは違う。マザーは、ローマ法王からもらった純白のリンカーン・コンチネンタルを宝くじの賞品として売り払ってしまった。
男と女の違い・・・?
ムヒカさんはゲリラだった。6発の銃弾をくらって、4回逮捕され、2回脱獄した。軍事政権下、人質として13年近く収監されていた。
ゲリラの友情は厚い。
リオ会議(20回)でのムヒカスピーチと絵本が超話題。
読んでみてね!
1991年製の愛車ニッサン・アベニールの値が
上るかも?と杞憂する支援者より
|
|
ギインの妻が一番ツライ時、それが「 ザ選挙だ」。私はエコのかたまりのような者だから、いちいちみんなのやる事が気になる。
「あ、そのお鍋そのまま持っていきます。」
「このカッパ、いらないならもらっていきたい。」
初めての方には理解不能な行動をとる。共に星団選挙をやり抜いてきた人には、当たり前の、「その手で洗う乾かす缶・ペット」でも、なんでゴミにしないかと疑問がふくらむ。
合成洗剤は使いたくない。紙皿や紙コップはダメ、割り箸なんてもっての他。なあんて我がまま過ぎる?
「みんなに迷惑かけるから、私、紙皿や紙コップにしてもいいよ。」と義高に言った。「この選挙で、これが出来ないじゃ、オレが選挙をする意味もないし議員になれなくてもいい。」ときっぱりと断言してくれた。
つくづくこのギインの妻で良かった!極道の妻よりやっぱりいいかもとちらっと思った。ちなみに鍋汁は、ノーカの庭先みたいに肥料をまく感じで土にもどし、塩化ビニールのカッパは、燃やせばダイオキシン、何もしなくても環境ホルモンをたくわえている。だから絶対ゴミにしない。
ちゃっかり3回目の選挙でもエコ活動をしていた
支援者より
|
|
スマートフォンじゃなくって、「スマートメーター」。
1人1台ではなく、一家に一台。
政府はすべてのデンキ利用家屋にスマートメーターなるものを取り付けようとしている。すでに導入が始まっている関西電力では約61万戸以上。九州電力でも約37万台が導入されている。北杜市の知人宅でも、つい先日設置された。スマートメーターは、これまでのアナログメーターと違い電気の使用状況を30分ごとに、1日48回マイクロ波で電力会社に送り続ける新機種の電気検針器だ。検針員はもちろんいらなくなる。電気会社は「電力使用量を把握し、効率的な運用ができる」と宣伝しているが、諸外国では健康被害・火災のリスク・コストの問題などスマートメーターの必要性が疑問視されている所がある。カリフォルニア州の45の自治体が一時停止条例を採択。オランダとイギリスでは、設置が強制ではなく任意になった。
スマートメーターの脅威はこれらに限らない。社会全体がなにものかにコントロールされてしまうのではないかという恐怖。「スマート家電」という新商品が次々と発売され、コードレス電話の親機・子機と同じように双方にマイクロ波が飛び記録が蓄積されたり、外部から操作が可能になる。いつ帰宅し、お風呂に入り、食事し、寝たのかが、簡単にわかる。便利で、快適、安心だけど、ぞっとするのはなぜだろう?大きな者により個人が制限されてしまう危険性。自由な朝が茶色の朝に変わっているかもしれない・・・。あなたの近くにも賢い?「スマメ」がやってくる!
スリムとスマートが同じだと思っていた支援者より
|
|
それを見るまでの私には偏見があった。その舞台で心と体、魂を一体化させ打ち鳴らす若者たちの太鼓の鼓動を、私は忘れない。覚せい剤をやる人たちは、ヤクザか芸能界に属している特別な人だと思っていたし、どうしょうもない人たちだと決めつけていた。でも、そういう人たちが仲間と心をひとつにし、信頼し、黙って仲間を受け入れ、認めあってきた姿に、心を洗われた。
山梨ダルクでは、毎年薬物依存症者が中心となり集う報告会を開催している。涙と笑いありの充実感で疲れきるほどの会だ。いつも感じるのは、彼らのスピーチの誠実さだ。さんざん嘘ばかりついてきたであろう影の部分もなにもかも全部差し出し、私は無力であると宣言する。
「神様、私にお与えください。自分に変えられないものを受け入れられる落ち着きを!変えられるものは変えていく勇気を!そして2つのものを見分けられる賢さを」(ラインホルド・ニーバー)
この言葉は何もかも失ってしまった彼らのバイブルだ。
あなたは、きっと大丈夫。気づきが回復への一歩なのだ。昨日はいいのだ。今こそすべて。クリーンな一日を積み重ねていくのだ。そしたら、正直な明日が迎えられる。私たちはそれを見守りただ信じていこう。
愛とは、受け入れること、認めることと
教えられた支援者より
|
|
本物の惚けだか、ただのボケだか分からない母だった。
遊びにやって来ても、いつもそうじと片付けをやめなかった。
こどもたちは、「明日、おばあちゃんが来るよ」とおどすと、机の上のあれこれをさっさとどこかにしまっていた。コンマリ流片付けの魔法などなかったし、B型のマイペースにボケのシカトぶりが加味されて、きれいに片付いているけどそのあれこれが消えていた。仕舞には、隠し場所をゲームのように当てっこしたりした。
そんな母と暮らした4年間。「神さまに頼まれた仕事」と言っては、平和のための千人針をあきることなく刺しゅうし、サラ−ム(アラビア語で「平和」)と描かれた4枚のタピストゥリーが残された。梅雨の合間、形見の4枚を広げて虫干しした。11年前に成し遂げた母の手仕事を今、こんなにも高く、大きく揚げなければならない。
老いてもボケても、きっと輝けることが
あると知った娘の支援者より
|
|
日本は世界で158番目の批准国です。批准したのは1994年5月。さて、この条約とはいったい何でしょう?
世界中の子どもたちの幸せのために
児童の権利に関する条約
(こどものけんりじょうやく)
すべての子どもが差別なく大切にされる世界
すべての子どもが自由に考え、自由に感想を述べ、
自由に笑える世界
子どもの立場から何が最も良いことかを
考えてくれる世界
子どもが暴力の犠牲とならない世界
不幸な境遇にある子どもたちに
救いの手が
さしのべられる世界
すべての子どもが遊び、学び、 育っていく
ことができる世界
※ 批准書に伴い、外務省が作成した小学校用のPR
ポスターの文面から引用
「子どもの幸せを祈る親の幸せ」を願い
サポートする社会にしたい支援者より
|
|
「がんもどき」は恐くない。あたり前だ。がんは、今や二人に一人はかかるという恐ろしい病気。でも、どうやらがんのように見えるけど本物のがんではないらしい。名付け親は近藤 誠さん。慶應義塾大学医学部放射線科講師として、がんの放射線治療を専門としてきた。* 『医者に殺されない47の心得』はベストセラーとなり、第60回菊池 寛賞を受賞した。
以下は受賞の弁 ― 「私はこれまで、同業者がいやがることばかり言ってきた。がんは切らずに治る。抗がん剤は効かない。健康診断は百害あって一利なし。がんは原則として放置したほうがいい。(中略)また、がんは治療しないほうが長生きできる。という私の話に納得し、がん放置を決めた、150人以上の患者さんたち、そのおかげで「がん放置療法」を確立することができました。この賞は、その患者さんたちにも与えられたものだと考えています。」―
症状がなくても検査で見つかったがんはほぼ、命を奪わない「がんもどき」、本物のがんならすでに転移しているので切除手術や抗がん剤治療は無意味だという。「がんで自然に死ぬのは、すごくラク。検診などで無理やりがんを見つけ出さず、もし見つかっても治療しなければ、逆に長生きできる。これは、日本人が大人になってからかかる、ほかのほとんどの病気にも言えることです。」(*P95より)
彼は、30年間どうしたらがん患者さんが最も苦しまず、最も長生きできるかと無理や矛盾のない診療方針を考え抜いてきた。そして、世界で最も新しい治療法であり、考え方であり、最善の対処法である「がん放置療法」に到達した。「早期発見、早期手術」で助かるがんは「がんもどき」。何もしないで忘れてしまえばいい。本物のがんは、どんな最新鋭機でどんなに早く見つけられたとしても、そのときすでに転移している。本物のがんと「がんもどき」の違いは唯一つ、臓器への転移の有無だ。転移がんを治す方法はない。どちらのがんも無治療が最高の延命策だという。あなたは、信じられますか。がん検査はいらない…?
「がんが恐ろしいのではない。がん治療が恐ろしい
のです。」と教えられてナットクの支援者より
|
|
化学物質・電磁波過敏症の人々が暮らす「あらかい健康キャンプ村」は、2007年8月に福島県南会津に誕生した。南会津町営の行政が支援する日本初の環境病発症者のための転地療養施設である。彼らが避難民となって、あらかい村に落ち着くまでの七転八倒の「物語」を想像してみる。ある日突然閾値もなくきっかけも症状もさまざまに発病するが、原因となる化学物質や電磁波から遠ざかるとつらい症状は軽減される。日本全国山の中にでもこもらない限り、これらから逃げることはできない。当然普通の人の中でフツーに暮らすことはできず、毎日、死を考えていただろう。壮絶な闘病生活からよみがえり、自分の居場所を見つけられるまでの軌跡は、私たちの生き方をも問い、示唆する。これからのユビキタスIT未来社会が、彼らの暮らしぶりをなぞるようになるかもしれないとの私の危惧が杞憂であってと願うばかりだ。
「世界の車窓から」というTV番組で見る風景に
あこがれる支援者より
|
|
「ターミネーター」「バイオハザード」
まるでハリウッド映画のようなことが、現実に起きているらしい。ターミネーター技術とは、作物に実った二世代目の種には毒ができ、自殺してしまうようにする技術。この自殺種子技術を「おしまいにする」という意味の英語(terminate)から名づけられたというのだ!そういえば、シュワちゃんも「I'll to be back」と言っていたけど、結局帰ってこなかった。あんな燃えさかるマグマのような炎の中に自分から入っちゃって終わりにしていたなあ。
バイオハザードは、アポロ計画で月の石を持ち帰ってきた頃、石に未知の生物がいて災害をもたらすと騒がれたのが始まりだ。つまり、これまでの病原性ウイルスや細菌がもたらす危険ではなく、新たな生物がもたらす危険をバイオハザードという。しかし、今や遺伝子組み換え技術を用いたウイルスの改造やワクチンの開発は活発で、私などはつい、ミラ・ジョヴォヴィッチの映画「バイオハザード」の世界を心配してしまう。
それよりももっとビックリしたのは、天笠啓祐さんの著書「暴走するバイオテクノロジー」という本に書いてあったこと。除草剤耐性や殺虫性の性質を持たせたGM作物や除草剤ラウンドアップの多用が原因で、新種の微生物が出現したというのだ。※予期しない生物の誕生「新バイオハザード」。これこそ科学の暴走と言わないのだろうか。シュワちゃん「ターミネート」と言っておくれ。
ハリウッド映画をバカにしながら実は
利用もしている支援者より
|
|
「飲むヨーグルトみたい」と思いながら、コップの中のドロドロの液体をひと口飲んでみた。胃がん検診のバリウムだった。
20年程前、私はその液体を「うわっ」と、床に吐き出してしまった。慌てたことでさらに、コップに残っていたものまでぶちまけてしまった。あたり一面の白いバリウムを前に、茫然としながら叱られていたことを私は今でも忘れはしない。以降、あらゆる検診を受けたことがない。それが良かったか悪かったかはわからないが、最近、目からウロコの本と出会った。
PHP新書「検診で寿命は延びない」岡田正彦 著。著者は、新潟大学名誉教授で予防医学が専門。その中で結論は「適切な食事と運動はどんな検診にも勝る」とひと言でまとめている。日本の現代医療は、過剰な検診と治療、早期発見・早期治療が中心。ところが、定期的に検診を受けている人の方が寿命が短いという、大規模調査結果が世界的にでているという。
見つけなくてもいいものまで見つけて健康な人まで「患者」にされ、受けても受けなくても罹患率、死亡率が変わらないのであれば、医療費削減どころか検診そのものに意味がなくなってしまう……。
平成22年度の国民医療費は37兆4,202億円。一人あたりの年間医療費は29万2,200円。前年度より1兆4,135億円増加し、過去最高を更新したという。
○○ドックが肌にあわない支援者より
|
|
「立川ねぶた祭り」の看板が立ち、通りの両側に、大きなちょうちんがつるしてある。空き地や駐車場には紅白の幕が張られ、演台や屋台の準備が始められている。
立川市羽衣町の商店街。高齢母子の孤立死が、連日マスコミで取り沙汰された自治会の昼下がり。私たちは車でここを通過した。全体が活気に満ち、老若男女が忙しく立ち回り働いている。
ところが、空模様は暗雲が立ち込めてきた。遠くに雷鳴が聞こえてくる。耳をつんざくようなどしゃぶりの雨が路上を打つ。
8 月17 日、夕立がすべてを流し、息をひそめていた人々が再び動き出した時、羽衣町の夏祭りは、力強く蘇ったに違いない。私は、そう確信した。
お祭り好きのつれあいを持つ支援者より
|
|
真実を見抜く確かな目を欲しい。
時流に左右されず、事の本質をとらえ、
独自の視点を持てる強さと勇気が欲しい。
自然と接する時、「作為」はいらない。
ありのままの自分が受け入れられるからだ。
人は人と接する時、身がまえ操作し、
優劣を判断し、比べ、踏みつけようとする。
だから安心できない。心を開けない。
そんなくりかえしを続けてきた。
大地と「までい」につきあい、鳥や虫、
カエルや草木が一緒になって応援してくれた時、
本当の所で事は動く。
本物の平安が生まれる。
これからの日々は、嘘のない真心で真手いに
生きたいと思う。
これ以上、自然を欺くのは嫌だ!
までいに梅仕事をする支援者より
|
|
「13歳のハローワーク」じゃないけど、中学2年の時「将来の職業」というテーマで作文を書かされた。彼はララミー牧場で馬に乗る主の夢だった。私は「博士、やっとピラミッドに着きましたぞ。」で始まる作文。つまり吉村作治もどきのピラミッド専門の考古学者。
あれから44年・・・。二人は、牧場やエジプトの砂漠で働くことはなく、川原で自然観察会を楽しんでいる。決して13歳のハローワークをあきらめている訳ではなく、57歳にしてやっと「ソウイウモノ」はつながっているんだと手応えを感じている。川原の石をひっくり返しては、その履歴を想像し、栄華衰退・諸行無常を身に染みている。義高は、牧場よりだいぶ小さいけど、自分の田畑で耕す手を止めてはたたずみ、腰に手を当て、満足そうにあたりを眺めている。何度、生まれ変わっても、川原と田んぼは私たちの原風景であり、水と土は自然と、人の営みの根本だ。ララミー牧場で死のうがピラミッドでご臨終になろうが、水に環り、土となる。そんな生き方を、できるならこれからも続けたい。
支援者より
|
|
先進国で唯一「国民健康保険」が存在しないアメリカ。国民の2割、6人に1人が無保険で、毎年1.8万人が医療費を払えないために治療を受けられず死んでいく。
TPPは日本の国民皆保険制度を崩壊させると、日本医師会は訴える。そこで、マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー「シッコ」(sicko=ビョーキ・2007年/アメリカ)をDVDで再度観た。いきなり事故で足を怪我した青年が、自分で足を縫う場面からスタートした。
でも、彼のように全米で5,000万人の医療保険を持たない人が主人公の映画ではない。2億5,000万人のれっきとした医療保険とアメリカンドリームを持っている人々の映画だ。ところが、保険会社が検査も手術も認否し、医者は何も手を施さない者が出世し金持ちになっていく。保険会社は膨大な利益をあげる。アメリカの医療保険システムは、高い保険料を払っていても一度大病を患えば高額の治療費が払えず、どうやら死か破産が待っているようだ。保険加入の有無にかかわらず、どっちにしても、助からないことに衝撃を受けた。
皮肉なことに米国で唯一、無料で医療が受けられるのが、キュ−バ領の「グアンタナモ収容所」だ。アポなし突撃監督と棄てられた患者たちは、この収容所行きを密かに企てる。「せめて、アルカイダのエリートたちと同様の医療を受けさせて!」とグアンタナモ湾からメガホンで叫ぶ。サイレンが鳴り、発砲されかねないから、キューバに上陸する。米国で120ドルしていた薬がたったの3ペソ=5セント(100セント=1ドル)だったことに、涙を浮かべて「トランクいっぱいにして帰りたい。」と悔しがる。患者たちは、名前と生年月日を申告しただけで、近代的な病院で手厚い看護と高度な医療を受け、めでたく帰国する。その他にもカナダやイギリス、フランスのうらやましい限りの医療と生活支援をみせつけられる。日本では、2007年には35万人に無保険者が急増している。果して、日本の保険と医療の未来は・・・?
TPPの真実を知って正しく恐がりたい支援者より
|
|
faxが壊れた。25年ぐらい使っていたけど一度もインクリボンなんて替えてやらなかった。
「ピー」とfax音がすると、命がけの素早さでコンセントをつなぎ、ボタンを押してな
んとか間に合わす。この緊張感がたまらない。
ぐるぐるんと巻紙が回ってfax がやって来る。
パソコンやケータイを使わない私にとってはfaxがe メールのようなものかも。
思いきって新しいのを買った。
電話つきfaxにコードレスのおまけつき。
便利が突然やってきた。たったひとつの家電を変えただけで世界は変わる。
だけど、この新製品がもたらす根源的な問題が生じた。
今まで使っていた電話にはコンセントがなかった。だから停電でも電話だけは使えた。
そして電磁波はゼロだった。
この事が大事なのに、このfax電話は一日中、つかってもいな
いのに電磁波が出ている!
多機能家電が当たり前の世の中で、私はひどく不都合を感じてい
る。放射能や電磁波、化学物質と世の中便利になりすぎると見えない恐怖でいっぱいにな
るのだ。
ブラウン管テレビで砂嵐をみた支援者より
※契約電力を30A(アンペア)から20Aに落として、
273円儲かる(?)究極の節電方法を推奨します!
|
|
「自然エネルギーって良くないんだよね。」とうっかり言っちゃったら怒られた。「デンマークの風力発電は20%相当の設備を持っています。国や市民がCO2削減のため推進しています。日本でも!」といった報道が最近目立ちます。実際には電力需要の20%を賄っているわけではないのですが……。デンマークでは、送電網がドイツ、スウェーデン、ノルウェーとつながっていて常時、電力のやりとりをしていて輸出入しています。デンマークの風力発電の87%は輸出されています。せっかく流行の再生可能エネルギーで発電したのに、自分の国で使えないのはなぜでしょう?
お天気まかせのエネルギーは、人の都合のいい時に発電してはくれません。つまり電気を一番使いたいピーク時には、残念ながら風が吹いてくれません。皆が寝静まっている夜中の時間帯に発電量が多いのです。電気は貯めておけません。やたら捨てるわけにもいきませんから、隣国に輸出します。風力発電のような予測のつかない電力は、安定供給のジャマになるだけです。
変動の激しい電力が系統に入ってくると電圧が揺らぎ、周波数に乱れを生じさせます。
「…風力発電施設を増やせば増やすほど、電力生産の安定を図るための火力発電施設が必要となり、二酸化炭素の排出削減にはつながらない」(フランス「フィガロ・マガジン」2008年2月9日号)
風力発電の導入が日本よりはるかに早かったヨーロッパでは、マスコミでも風力発電を疑問視する報道がされているそうです。
A↓(アンペアダウン運動)※を始めた支援者より
※契約電力を30A(アンペア)から20Aに落として、
273円儲かる(?)究極の節電方法を推奨します!
|
|
○○な支援者よりというこのコラムの書き手が、実はなとり義高の妻だったと告白しよう。
私は4年前の秋、義高から議員になりたい、なる。と打ち明けられた時、彼にとってははまり役というか正直、適役だとわかっていた。しかし、私は大の政治家嫌い。何しろ権力側に近づきたくないし、ギインの妻なんてもってのほか。これは禁句かもしれないけど「極道の妻」と同じ響をもつ。「やっぱり離婚しかないか・・・」と娘に相談した。「そうだね、お母さんは体制側にいることが大嫌いだもんね。でもその立場を利用して、マコちゃん(私のこと)の望む社会をつくったらいいんだよ。二人で今までやってきたこと、考えてきたことを中央市で始めたら素敵だと思うな。」と逆に背中を押されるようなアドバイスを受けてしまった。私には大きな夢がある。弱い者が踏みつけられることのない世界をつくること。「ソウイウモノニナリタイ社会」を築きたいのだ。自然と共に生き、みんながイツモシズカニワラッテイル笑顔の国づくり。まるで宮澤賢治ワールドか、はたまた女龍馬伝みたいに勇ましい。でも二人でやればかたい岩盤も穿つことができるかもしれない。決死の想いで16回を書き、4年を積み重ねてきた。私たちの希望を5年目につないでいきたい。
だからこの人を応援する支援者より |
|
私たちの母校の中学校には長めのチョークが好きな社会科の教師と、短いチョークしか使わない数学の先生がいた。後者はいつもタクトの様な木製の長い棒を持ち、振り回していた。黒板に向かっていてもまるで背後に目が付いているかのように、ぼんやりしている私たちにチョークが飛んできた。野球部の監督だからコントロールはいい。下手に逃げると当たるから、動かない方がいい。「ショウエイが来た!」という声でクラスの全員が席に着き、一瞬でお利口生徒に変身した。戸を開けて、教室に一歩踏み込んだ時のニヤリとする先生の顔が私は好きだった。
ダンディで、めちゃくちゃ恐くて正しいことしかしない先生なんだけど、私は密かにお茶目な性格を見抜いていたので怖くはなかった。
社会の先生はエコヒイキというのをするし、いつもいつも真新しいチョークばかり使うので嫌いだった。黒板に向かって、インギンに小指を立てて一字一句教科書に書いてある事を写す先生の行為に意味を見いだせなかった。黒板や教科書が電子化したら、名物先生っていなくなるよね。きっと。
教科書iPadはいらない支援者より
|
|
赤い爪にイヤリング、パールのネックレスに春色のドレス。私なんかよりみんなずっとおしゃれしている。
「米国ボストン近郊の小さな町にとても珍しい工場がある。従業員の平均年齢は74歳。最高年齢96歳。誰も解雇や退職を迫られたりしない。定年後ここに再就職した高齢者も大勢いる。ここには人間の「成熟」と「経験」が詰まっている。しかも、彼らは伝統的な町工場を非常に好成績の企業へと転換することに成功した。」とチラシにあった。そんな会社があるもんかと東京まで行ってこの映画を観てきた。
彼らは「もし、ここに来なくなったら3ヶ月で死んでしまう。」などと口にする。96歳のローザは「私はここでまだ新しいこと習っているの。」とほとんどお化けのようなことを口ずさむ。
今日より更なる可能性に挑戦し、必要とされている喜びを明日につなげて、彼らは自分たちの存在理由を問いかける。おかしいけれど気の抜けない、観た後誰でもいいから話したくなるドキュメンタリーだった。地域で、それぞれが好きな事をして共に働き、みんなが幸せになる方法ってないようであるもんなんだとびっくりして希望を持った。
老いなんかこわくない支援者より
|
|
木更津駅から徒歩5分。シャッター通りの商店街、直売所のすぐ横の路地裏を入るとそこがレトロな「井戸端げんき」の宅老所。普通の民家だから回覧板も回ってくるし、猫も遊びに来る。生活感あふれる建物を利用して少人数のディサービスを行う福祉施設の総称が宅老所というものらしい。
登場人物は、認知症の老人・失語症の男性・知的・精神障がい者・自閉症の青年・学童保育の子どもたち・・・時には住まいがない現代の寅さんみたいな人たちもふらっとやってきて居候する。多彩で多様な人たちのごちゃまぜの人間関係の中で、死ぬ寸前まで自分らしく生きたいという利用者の願いを叶えようとするスタッフたち。誰もが主役の共生ケアを目指して、看取りもする。
「求められる振る舞いができない人と共に生きることだ。共にあり続けることができれば、どこかに心がほどける瞬間があって、わかり合える可能性が生まれてくる。」と彼らは断言する。
家族を困らせていた「求められる振る舞いができない」マイノリティをドタバタあくせくしながら、家族の物語を共有していくことで、「あれ、こんなこともあるんだね。」と奇跡のように快復し蘇らせていく驚きの数々。その人をまるごと受け入れることで変わる希望の未来。 家族の絆を宅老所という外から眺めることで、またきれいに結び直される強い絆。
ソウイウモノニ ナリタイ社会がこの本にぎっしり詰まっていてどうしても「井戸端げんき」を見学してみたくなった。
※本の紹介
『奇跡の宅老所「井戸端げんき」物語』 伊藤英樹 著・講談社
|
|
木漏れ日を浴びながら木枯らしが色とりどりの葉を吹き散らすこの季節、胸がキュンとなりながら想い出すシーンがある。米袋に公園の落ち葉をぎっしり詰め込んで塚ちゃんが我が家の庭に積み重ねている姿。畑の堆肥にはこれが一番いい。塚ちゃんは、援助物資をうまくコーディネイトしてオシャレに着こなす。さすが世田谷生まれの都会育ちだ。マイペースで嫌いなものは、はっきりと「ヤダ」とぴしゃりと言う。私はそんな塚ちゃんが好きだった。
3年前、東京に帰る塚ちゃんの後ろ姿をいやという程せつない気持ちで見送った。それは私のトラウマにもなった。野宿の人が自立するのは難しい、仕方がないと思った。
でも今になって思う。私の心の中に偏見や差別、優越感がなかったかと。塚ちゃんは保護してもらったり、助けてもらいたかったわけではなく、本当はもっともっと私たちと関わりを持ちたかったのだ。そしたらもっと頑張れたのかもしれない。今、どうしているのかなと落ち葉を掃きながら振り返っている。
|
|
スカートをはいているようなマメ科の花のつくりをよく見ようと、ピンク色の花を覗き込んだ時「あなたには自然を享受する権利がある。しかし希少種を知らなければならない。」といきなりミカエルさんのお父さんに言われた。彼は別に自然監視員でもなければ自然保護運動をしている人でもないごく普通の人だ。私が自然観察会で子供たちに向かって言いそうなことを、スウェーデンに来て言われるとは思ってもいなかった。彼は別の場所に生えている希少種を皆に教えてから、散歩に連れて行ってくれた。
それは「アッレマンスレット(Allemansra¨tten)=自然に対する万人の権利」と呼ばれるもので明文化された法律ではなく、自然に対する心構えや約束を示した慣習法らしい。誰でも他人の所有地であっても森や野原に入り、キャンプをしたり自由にキノコやブルーベリーを採ることができる。しかし知らなかったでは済まされない義務と責任があった。「…私たちはすべて自然に迎えられるゲストである。ただ、そこに生息する自然の一切の存在を脅かしてはならないし、破壊してはいけない」と示されている。人々は幼い頃からこれを学ぶ。人と自然のつき合い方はマナーであり、社会常識ともいうべきものだから、特別に法律で決めるようなことはしないのだそうだ。
ブルーベリー食べ放題の恩恵にあずかった支援者より
|
221,800もの島からなるスウェーデンの自然  |
「緑の効用」を実感した。めだか広場をとりまく西欧風住宅は、ガーデニング効果より一層グレードアップの癒し効果で満ちていた。木漏れ日が差し、そよ風に若葉が笑う。しかもその緑はスウェーデンハウスをお城のように見せていた。広場の木々がなくなって初めて気づかされた。
「ここ、ナトリさんちだよ。」とよく我が家の前で子どもたちがささやく。小さな家の比較的大きな庭。うっそうと緑がある中は、どうやら子どもの冒険心をかきたてるらしい。時々、我が家の庭を子どもが疾走していく。赤や青や白、黒い実、みんな鳥が運んだ木。いつの間にか増えていた。我が家の緑は、子どもたちの肝だめしになり、築30年ぐらいの家のボロ隠しになっていた。これもひとつの緑の効用だ。
グリーンでピースな支援者より
|
ナトリさんちの緑の迷路  |
23歳のパパ、ママだった私たちは「子どもが子どもを抱いている」とよく言われた。経済的にも精神的にも未熟な両親のもとで、続けざまによく三人も子育てができたものだ。「子どもには親を選ぶことはできない。」などという言葉に多少なりとも傷つき、「だからナンナノサァー。まっすぐ育て!」と子育てを頑張ってきたのだ。
そんな中で保育園は、子どもが親以外の人の愛を知ることができる初めての社会的な場所だと私は思っている。決して、市場主義を持ち込めない神聖な空間だ。だから保育園の先生は、私にはマリアさまに見えた。子育て支援センターなどない時代、私はその場で一人ひとりの子どもが尊重される保育を学んだ。子育ては親育ちでもあるのだ。長い時間を使って親も育てられた。今度は子どもたち三人が「親育て」を学ぶ番かな?
十分育ちすぎた支援者より |
ドキドキの初登園  |
屋根に降った雨を集めて使うドラム缶利用の雨水タンクを「天水尊」と呼んでいる。設置してかれこれ10年以上経つが、メンテナンス無し故障ナシ。我家の草木は100%以上雨水ですくすく育ち過ぎている。塩素処理なしだから、苗を仕立てる時、安心だしジョウロでシャワシャワと振りかける雨水が、なんだか発芽にとっても効くような気がしている。お天気まかせの我家の天水尊、申し訳ないくらい何もかまってやらない替わりに、古くなった今の方が性能がいいのだ。というのは、義高が手作りした当初は嬉しくて何度も落ち葉を取り除いてやったり、水抜きをしたりと世話を焼いた。その割に、手抜きをすると、何やらドブ臭いにおいが漂った。何もしない赤さびだらけの今の方が、ドラム缶の中の雨水は不思議なことにちっとも臭さもなくきれいなのだ。
この原因が最近読んだ本の中に書かれていた。どうやら、鉄がイオンとなって水中に溶けだし、この鉄イオンが微生物を育て、水を浄化していたらしい。世の中万事塞翁が馬。人生なにが試練かチャンスかわからない。
水瓶座の彼をもつ魚座の支援者より |
ますます頼りになってきた我家の天水尊  |
昔、コカ・コーラの大びんというのがあった。若い頃、透明な曲線ラインにcoca colaと白い英字で書かれたビンがかっこ良くて空きビンに小銭をためていた。ずっと小銭は減りもせず、増えもしないでいた。ある日、電話をしながらふと、黒電話の横に置いてあるそのビンの中身がそっくり消えていたことに気づきびっくりしたことがあった。犯人はわからずじまいだったがどうせ義高が調達したのだとばかり思っていた。所がとんでもないことが判明した。ガラス戸が割れていたのにだいぶ経ってから気がついたのだ!普段開閉しない戸だったので、気づきもせず鍵もかけていなかったのに、建てつけが悪くて開かなかったのか、コソドロはわざわざガラスを割って家の中に入っていた。せっかく半分ぐらいためこんであったのにもったいない。だけど盗人、あせっただろうな。だって中身の小銭を失敬するには、ビンをジャラジャラと振り出さないとお金はザクザクとは出てこない。ばらまかれた小銭をかき集め、さぞやハラハラしていたに違いない。どうせならビンごと持ち出せば良かったんじゃないのかしらん。そのビン、1992年まで流通していて、保証金は30円であった。
今は昔、びんコーラだから貯金ができた。今の空ペットボトルは、捨てられて、いつまでたってもどんぶらこと川に浮かんで漂っている。リユースびんがまだあった良き時代の懐かしい我家の実話である。
リサイクルよりリユース好きの支援者より |
プレミアになるといいな。昔の1?コーラのビン  |
「困っちもう。ぼこんとー(子どもたち)がメダカを捕っちまって。」義高が悩ましげにめだかの里から帰ってきた。毎年この季節、ここで繰り広げられる絶滅危惧種どうしの合戦。義高は、メダカの産卵が始まると、とたんに心配性になる。この時ばかりはメダカの味方だ。川ガキ(水辺で遊ぶ子ども)vs メダカの死闘なんて、近頃とても見られないほのぼのした情景ではないか!
メダカは、あの「春の小川」さえあればいくらでも増えるのだ。それが13年もからかってきたけど、なかなかそんな場所は造れないし、できなかった。唯一、この「めだかの里」から旅立つメダカはいるだろうけど……。
私たちは、40歳になって初めて子どもたちと米作りをやってみた。それは、中央市(旧田富町)にメダカが生き残っていたからだった。ひょんなきっかけでやりはじめたたんぼなのだけど、そんな私たちはトキでもいい。けど、子どもやメダカは小さな命。当り前に、ごく普通に身近な風景の中で息づいていて欲しい。いつの日か、メダカが田んぼに帰ってくる日、私は小さな命たちが弾ませる未来を、希望を信じよう。
自然観察指導員の支援者より |
 ' 04/12/15 読売新聞(山梨)  |
凛としたその人の前に出ると、義高はまるで小さな子どものように見える。「ハイ、ハイ」と返事が聞こえると、どこからともなく参上し召し使いのように従順になる。ただの主婦?の山田征さんは、世界中の貧しい人の所に手を差しのべに行く。渋谷、多摩川の河川敷、イラク、北朝鮮、フィリピン、パレスチナ…。ひとりNGOなのでやたら忙しい。こんな人に私はちゃっかり草むしりをやらしている。
環境問題、自然保護活動をやってきた中で、私たちは征さんに教えられた事がたくさんある。マンガ本(最低の紙質)でできているトイレットペーパーや持ち歩き箸の普及、いつでも・どこでも・だれにでもできることで、あらゆる生き物に迷惑をかけない「使い捨てない生活」。農的生活。平和な心。柔軟な思考で野宿の人に仕事をつくる。
なによりも私は、征さんの権力を振りかざす人に厳しく、持たざる人にやさしい所が大好きだ。カルカッタのマザー・テレサは、三本の青いラインがはいった白いサリーを身にまとっていたけど、日本のマザー・テレサは、もんぺ姿でげたを履き、継ぎ当てだらけのなんともリメイクでオシャレな布袋を持ち歩く。貧しい人と共にあり、貧しい人をきらめくアイディアで笑顔にする征さんは、もうすぐ古希を迎える。
行動と実践を信条としたい支援者より |
|
不完全ながら我家は自給自足である。玄米・味噌・少しの野菜ぐらいはいつでも食べられるのだ。が、彼はまたもや「これ食わせてくれ」と息も弾んで草を採ってきた。子供の頃とちっとも変わっていないようだ。地面に葉がぺたっと張りついていたであろうナズナ、愛称ぺんぺん草、漢字で書くと撫菜(なでな)だった。いにしえの人が若葉のおいしさを知っていて、見つけると嬉しくて撫でたくなるから名付けられたともいわれる。ちょっとルッコラみたいな味がするけどそれほど辛味がなく、ちくわと干し柿を細切りにしたサラダにすると一見ミスマッチ感があるが、絶妙な一品になる。
それはさておき、この地に住んで20年以上になる。私たちが出生地で暮らしたよりも長くリバーサイドに住んでいたことになる。いつの世も少年時代を懐かしい風景の中の人が息づくまちで、子供たちには過ごしてほしいと私は思う。子供の花々しい遊び声が聞こえなくなったのを淋しく想いながら、魚を食べた跡の骨の形によく似たナズナの葉を刻んだ。
雑草料理に励む支援者より |
 |
夏・冬用限定仕様のパンツが必要だ。田んぼを干すお盆前までに田の草を取り終えなきゃならない。稲の株がふくらみ、もうすぐ朝露にぬれた小さな地味な花が咲くからだ。中腰でぬかるみに頭を突っ込み、株元まで水草を取り除き泥を拭い、根に空気を入れてやる。この手間をかけるからおいしいお米ができるんだと自分に言い聞かせ、私は一年間の汗を全部出し切る。
しかし、なんなの。このしごきを楽しんでいる人がいる。「ひと汗かいてくるか?」と体育会系クラブ活動のノリで毎朝ルンルン田んぼへと通う。汗がすがすがしいのは甲子園球児たち。なんで義高はこの年になってまでひたすら汗をかくのが好きなんだろう?という訳で、夏の間の期間限定の産直品みたいな話しだけと、彼のお腹はみごとに今、凹んでいる。そして若者みたいに、ズボンをズリ落ちさせてはく。とっても嬉しそう。
私は考える。汗の結晶、労働の意味を。実は農家にとっては、水田が一番手のかからないものらしい。頭を低くし、額突かなければ仕事ができない中で、なんだかみえてくるものがある。羽化直後のトンボが稲の茎にしっかりしがみつき、じっと濡れた羽を乾かしている。(人生最大の無防備状態)青い糸のようなトンボは、空気をわずかに振るわせあいさつに来る。跳ねたバッタが水の上で慌てる。アメンボウがいつまで経っても水上スケーター。命の輝きを小さな命たちは、一瞬一瞬に無心でこめる。田んぼはにぎやかで、ひょうきんな命でいっぱいだ。それにしても意味など考えずに全生できる人が私はウラヤマシイ。
田んぼで哲学する支援者より
|
   |
「朝からコーヒーもいれないで、何やってるの!」と私は不機嫌だった。いつもならコーヒーのいれたての香りで目覚めるのに、彼がギインになってからこの楽しみがあやうくなりそうだ。最近彼は市章が型染めされた風呂敷に、なにやらぶ厚い書類(議案書や予算書?)を隠し持っている。朝からその包みを開け、新品の老眼鏡をかけて読みいっている。時には電卓をたたいて計算しているが、黒い辞書のような本を開いては調べ、アンダーラインを引いて勉強している。この謎の本には「議員必携」と金文字が刻まれていた。彼が当選した時、金ピカバッチと一緒に渡されたものだった。このバッチはギインバッチだとすぐわかった。おもしろいことに裏には”U・S・A”と刻印があり米国製であることがわかった。議員必携とは…いったいどんなことが書いてあるんだろうと開いてみた。たとえば、ピンクマーカーのアンダーラインが引いてあったところ、10ページ。 「 3 議員の職責 議員の一言一句は、とりもなおさず住民の意見であり、 住民の声であるというべきであり、(中略) 議員は住民全体の代表者であり、奉仕者であって、これが議員の本質というべきである。」とっても良いことが書かれていた。奉仕者という言葉に気分が良くなり、目覚めのコーヒーもおいしくなりそうだった。
金ピカバッチが嫌いな支援者より |
|
「雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ・・・」
言わずと知れた宮澤賢治の詩。毎朝、我家では目にすることになる。
義高は、トイレの壁にこれを貼りつけお経のように暗唱するのが日課だ。
実は私は、この詩が小学校のときから大嫌いだった。清貧の極み、ギゼン者のかたまり、そんなふうに生きていたら、それこそつまらない人生になってしまう。
「ナリタクナーイ!」といつも心の中で大きく反発していた。
だけど、今、こんな人にこそ政治家になってもらいたい。少なくともそうなりたいと切望しいている人に!
もっとも身近にいてやっかいな支援者より
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
欲ハナク
決シテ瞋(いか)ラズ
イツモシズカニワラッテイル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリソウイウモノニ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニイテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
南ニ死ニソウナ人アレバ
行ッテコワガラナクテモイイトイ
北ニケンカヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイイ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
ソウイウモノニ
ワタシハ
ナリタイ
|