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採石許可はまだですよ!!
黄色いチラシ情報
コラム:相州アルプス

おことわり:Web版では広告を掲載していません。

平成16年4月1日号NO.281号 Web版
荻田印刷 TEL・FAX 046-241-8990
1981年創刊 毎月1日発行
編集発行人:荻田豊 上荻野車庫前
西山を守る会ホームページ
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郵便振替口座(名称・西山を守る会)
00260-1-41948
採石許可はまだですよ!!
 荻野高取山以南の稜線(最高点で標高四百メートル以上)を千メートル以上も削り取る採石場計画があるにも拘らず、住民 のほとんどが知りません。そこで 「西山を守る会」 では市に要請して採石場増設事業説明会を去る二月二十九日に開催しまし た。一部に「採石はもう決まったこと」と誤解されているようですが、この日現在、まだ事業者から県知事に環境アセスメン トの予測評価書は提出されておらず、当然に採石許可申請は県に出されておりません。申請がまだなのですから、許可はおり ていません。このことは当日出席された神奈川県厚木土木事務所計画建築部許認可指導課川本課長が明言されました。

★あれぇ、あれぇ
 採石場増設事業説明会には事業者、県厚木土木事務所川本課長、市側から市政企画部と環境部の職員が出席されました。  幾つもの面白いことがありましたが、紙面の関係でその中の二つを紹介しましょう。
〔失笑その一〕
 採石後の利用について、「市会議員の中に、公共事業の建設発生残土を受け入れていただくと言っている人がいますが」との質問に、 事業者も市側も「そんな約束はありません。議員が勝手に言っているのでしょう」と応えていましたが、その直後企画部の職員が読み 上げた平成十一年七月一日に市長と事業者が交した「華厳採石工場における岩石採取拡大計画に係る覚書」の十二項日の七番目に「甲 が採石後の一部を公共事業の建設発生土等の処分場としたい旨の一要請をした場合は、検討すること」とありました。
〔失笑その二〕
 同様に企画部職員が読み上げた平成十五年七月九日に市長が知事に提出した「採石場増設事業に係る環境影響予測評価書案に対する 意見書」の四項目でもどっと笑いがおきました。そこには「西山は本市のハイキングコースに指定していないが、起伏に富み眺望も良 いコースとして知られ、多くの登山客が経ケ岳・華厳山・高取山と稜線(上飯山・平山間)を歩いている。また、西山には、発句石、 経石、子蚕石等もあり山全体として本市の観光資源の一つであることから、景観が大きく変化しないように配慮すること」と書かれて いたのです。
 このような認識を持っていた市当局が、二ケ月後の九月議会に、その起伏に富んだ眺望の良い本市の観光資源の一つである西山の一 部を破壊する尾根道(市道)の廃止及び認定を提出したのです。都市経済常任委員会で道路管理課長は「現況は山の中で、私ども何回 か現地調査をした中で、ハイキング道には指定されていない。それとたまたま現地に行ったときに、ハイカーというんですか、そうい う人たちともお会いしなかったと。ですから、道路利用形態としてはほとんど利用されていないのかなと、そういう考えを持ってございます」と、観光資源や景観、登山者を無視したおかしな答弁をしているのです。

★猿たちも困るのでは
 二月議会の一般質問通告一覧を見て、思わず、プッと吹き出しました。それは荻野の地元議員の質問事項の中に「現況の猿被害を把 握されているのか」と「先日のNHKの番組で厚木市の北部地域の皆さんが猿の被害を訴えられましたがその感想は」というところでした。
 私もNHKテレビは見ました。同じ時期に自治会長を務めた荒井の大谷さん、北部の大江さん、元市議の関原さん、まつかげの平田さんなどが出演されていました。この放送の要旨は「住み分け」つまりは「猿は山に」ということと私は理解しました。
 大晦日、三ッ沢切り通しから西山に登ったとき、高取山の山頂手前で猿の一群が目の前を横断するのを見かけました。その後の登山でもしばしば見かけます。この山がなくなったら猿はどこに行ったらいいのでしょうか。
 「自治会長と市長との集い」の議事録を見ますと、十四年に泉自治会、十五年に用野・田尻・真弓自治会から鳥獣被害関連の質問が出されています。それはど荻野地区にとってはこの問題は重要なことなのです。
 前記の地元議員も出席していた都市経済常任委員会(十二月議会)で農業政策課長は「今鳥獣の被害の関係が出ましたけれども、あの辺はご存じのとおり、猿が生息しておりまして、特に上飯山、あるいは荻野、この辺は被害も出ております。ですから、この山が一つかなり削られるということになりますと、その辺で若干その影響が及ぶかということは考えられます」と答弁しているのに、この地元議員はこの時にはこの件には触れずじまいで、山を削り、猿の居場所を奪う尾根道の廃道を決めておいてから質問するのですから、もはや笑うしかありません。



▲西山の市道廃止は、鳶尾小学校生徒からこの景観を奪い、さらに自然破壊を三十年間も見せ続けることなのです。


★インターネットで
 十二月議会都市経済常任委員会議事録をぜひ市のホームページでご覧ください。

★誤った情報が
 平成十四年十一月八日の「荻野地区自治会長と市長との集い」に於いて、宮郷自治会長が「西山採石計画の廃止は出来ないか」と問いかけたところ、「西山採石計画の廃止については、既に許可されておりますので、難しいと思います」と市側は応えていますが、これは間違った情報を自治会長に与えたことになりませんか。


【オオタカ】:全長50〜57cm、翼開長106〜130cmの大型のタカ。成鳥では暗青灰色の背面、白い下面、際立ったオレンジ色の虹彩をもつ。オオタカは本州以南に留鳥として分布する。平地から低山地の林にすみ、森林と開けた場所(畑・草地など)との組合わせを好む。営巣には、特に壮年期の赤松林を選ぶことが多い。ツグミからハトくらいの鳥をおもに捕食するが、稀にネズミなどを捕えることがある。やや長めの尾と幅が広く短めの実は狭い空間での飛行や方向転換が容易で、森林内での活動に適応している。

★神奈川県知事に手紙を出そう
 公民館などに知事への手紙が用意されています。活用しましょう。

★オオタカの写真を
 市長が岡崎知事に提出した平成十二年三月二十四日付けの「採石場増設事業にかかる実施計画書に関する意見書」に「実施区域は、オオタカの営巣地に近く、その行動圏(半径二km程度)内に当たるため、特に繁殖期(二月頃から七月頃まで)について留意されたい」とあり、さらに、十五年七月九日付けで松沢知事に出した「採石場増設事業に係る環境影響予測評価書案に対する意見書」には「事業予定周辺について、中荻野などにオオタカが生息してるので、当該地が餌場などになっているか否かの検討をすること」とあるにもかかわらず、私が傍聴した十二月議会の都市経済常任委員会ではオオタカの「オ」の字も聞かれませんでした。ですから、オオタカはもういないものと思っていまし たが、三月六日の「西山を守る会」のバザーの時、当紙イベントの尺八でお馴染みの櫻井武さんが「二月十日の荻野小学校のバードウォッチングで児童たちと見つけて写真を撮ったよ」と。

★日本野鳥の会に
 十年前オオタカの営巣地があることにより、国体ソフトボール会場が荻野運動公園から及川に移った当時の経緯を確認するため市民かわら版の山本編集長にバックナンバーをいただく一方、小原俊彦さんに日本野鳥の会に連絡していただき、平塚市博物館の浜口さん、さらに藤沢の森さんとコンタクトをとりました。三月十六日荻野運動公園ロビーで地元の自然観察会の面々と共に「西山を守る会」の都合十六名で森さんにレクチャーを受けた後、櫻井さんが写真を撮った場所に行こうと外に出ると、偶然駐車場上空をオオタカが飛んでいました。市は二つの団体に観察調査を依託しているようですが、地元に住む私たちは日々の生活の中で観察することが出来ます。目撃情報を当紙までお寄せくだ また観察会を立ち上げました。ぜひご参加ください。問い合わせはрQ41−9804小原さんまで。

★第四回西山登山開催
◎四月十一日(日) (雨天十八日)
◎松石寺午前九時三十分集合
 (バス停源氏河原下車歩二十分)
◎松石寺→ゴルフ場→山入り→四国八十八箇所石仏群→高取山尾根道→高取山々頂→大たるみ→華厳山々頂(昼食)→折り返す・松石寺分岐→発句石→上飯山・三ッ沢分岐→三ッ沢切り通し→敬和荘前→宮本老人憩いの家(解散午後四時頃)弁当持参
 当ルートは登山コースです。軽登山靴以上を履き、杖があると楽です。事故は自己責任で。ご自身の目で、足で、身体全体でふるさとの山を体感してください。

黄色いチラシ情報

●故熊坂東以画伯の珍しい絵公開
 上荻野用野の観音堂で4月4日に「さくらまつり」が開かれます。その折、昭和23年秋に描かれた観音さまの後光の中で産湯を使わせる絵が公開されます。この絵は参道に吊るした行灯(あんどん)に用いたものです。数年前に生まれた長男を思い描かれたのでしょうか、得意の花 鳥画とは違った趣があります。ぜひご覧ください。正午から午後4時まで。

●県名木百選「新久のミツバツツジ」
 開花状況は荻田印刷へ241−8990

●「半僧坊繋り」4月17日(土曜日)
 遷座百周年を記念して奉納した「百人一句の大額」ぜひご覧ください。

●西山称賛展開催準備中
 西山やその周辺の動植物の写真・絵画・俳句・短歌・登山記録など募っています。
 お問い合わせは荻田印刷まで。

コラム:相州アルプス

◆96年に卓球部で尾瀬に行った時に買ったキャラバンシューズはその三年後に三男と富士登山した際に一度履いたきりでしたが、ここにきて急に大活躍を始めました。十月に文化財協会の調査で発句石登山をしたのが皮切りで、大晦日に一人で三ッ沢から高取山、筆厳山、経ケ岳と西山を縦走し、一月から「西山を守る会」の登山が始まり毎月一回登り、その間下見に行ったり、標識を付けに行ったりしているうちに、登山翌日の筋肉痛がなくなりました。

◆昭和五十六年十月二十五日の神奈川新聞が「タカトリ山はタカの通い路」の大見出しで、横須賀の鷹取山、大磯の鷹取山、そして荻野の高取山上空を鷹の一種であるサシバが通過すると報じています。

◆故天利茂義さんが仙右衛門爺さんの話として「山中陣屋の殿さまが、上荻野運上山(蚕種石方面)へ、浅間神社前から後谷にはいり、荻野川上流の橋を渡り、げんば山・山の神の峰づたいに天丸、大だな方面に、鷹狩りや猪狩りにのぼられた」と。半原にはクマタカが、荻野にはオオタカが。おそらく、荻野の高取山も半原のそれも鷹取山が本当なんでしょう。

◆荻野高取山−華厳山−経ケ岳−仏果山−半原高取山と続く稜線は小田急で都心から来ると最初の山で、日帰りができることもあり、昔から多くの登山者が入っています。山好きの間では、沼津アルプスや鎌倉アルプスにならい愛甲アルプスと言っている人もいるようですが、ここはひとつ大きく「相州アルプス」と命名しましょうょ。