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西山(せいざん)と号した荻野山中藩主
東丹沢西山尾根道裁判は公害予防裁判です!
黄色いチラシ情報
東丹沢西山尾根道裁判第二回公判は二十日
コラム:活かし活かされ

おことわり:Web版では広告を掲載していません。

平成17年7月1日号NO.296号 Web版
荻田印刷 TEL・FAX 046-241-8990
1981年創刊 毎月1日発行
編集発行人:荻田豊 上荻野車庫前
西山を守る会ホームページ
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郵便振替口座(名称・西山を守る会)
00260-1-41948

西山(せいざん)と号した荻野山中藩主

荻野山中藩の歴代藩主の名前にほ「教」が付きます。そうか、だから、私の田代小学校や愛川中学校時代の先生は荻野の方が多かったのか」などと結び付けるのは早計ですが、このように考えることは、郷土史に興味を持つ第一歩にはなるでしよう。今月号は「西山」を雅号にした荻野山中藩七代殿様の墨跡を捜してみました。

★荻野山中洋の系図
 荻野山中藩主大久保氏の始祖教寛(のりひろ)は小田席城主大久保忠朝の次男で、居所は駿河国駿東郡松永村(現沼津市)でした。以後、ニ代教端(のりまさ)、三代教起(のりおき)、四代教倫(のりみち)と続き、五代教翅(のりのぶ)の天明三年(1783)十月六日に所領相模国愛甲郡中荻野に居所を営み、これより荻野山中藩の名がおこり、六代教孝(のりたか)、七代教義(のりよし)と続きました。


★よくぞつけてくれました
 教義は最後の藩主で、明治四年の廃藩置県により山中県知事となりましたが、すぐに足柄県に併合されたので職を退きました。後に東京駿河台で印刷工場を営みましたが、破たんしたそうです。
 この殿様は陣屋のある荻野を大切にしていたのでしょう、その象徴である西山を雅号にしたのです。

★荻野小学校の菁莪閣(せいがかく)

 右上の写真の「菁莪閣」は荻野小学校の創立百周年記念誌『百年のあゆみ』(昭和62年発行)にも掲載されています。その写真説 明には「この額は荻野山中薄第七代の殿様・大久保教義が書いたもので、山中学校にかけてあったといわれています。」とあり、故高瀬 慎吾翁がこの額について「山中学校に『菁莪閣』の額がかけてあったと言い伝えています。『菁莪』の文字は育英つまり教育するということで、藩校の固有名詞ではありません。前記のとおり教義は父の志をついで学者であったから、このような格好の熟語を揮毫して壁間にかけたものと思います」と説明されています。
 この額は、児童数が増え、展示スペースが確保できなくなり、現在は倉庫に保管されています。

★三田清源院の法堂額

 曹洞宗文化財調査目録解題集6(2003年曹洞宗宗務庁発行)に「西山筆『湘江禅林』法堂額 横領一面(彫刻)」と掲載されてい ますこの頼(上の写真)は、本堂正面に掲げられています。「湘江禅林」の「禅林」は禅宗の寺院のことですから、禅宗である曹洞宗の 清源院を指し、その寺の前方を流れる中津川を中国湖南省を流れる川・湘江になぞらえ、川のほとりの禅寺という意味でしょうか。

★妻田村郷学校七言律詩
 当紙が事務局をしていた『こういう会』のメンバーだった及川の故菊池貢さんが所蔵されていた明治四年の軸(右の写真)にも「西 山」の雅号が見えます。

★妻田村郷学校七言律詩
 大久保教義の墨跡はこれらの他には、三田八幡神社の扁額、中荻野智恩寺旧蔵の小野木守三遺髪塚銘、子合日吉神社の幟などに見ら れます。


       ◆    ◆    ◆
< 『西山を守る会』ではふる里の山を雅号につけた最後の荻野山中藩主のその思いに共感して陣屋ゆかりの厚木名物とん漬で教義公を讃えるバーベキュー会を催します(詳細)。ぜひ、ご一緒に。




東丹沢西山尾根道裁判は公害予防裁判です!

 ある席で、裁判の質開を受けた。「高取山の景観が消えてしまうんだよ」と言ったら、半信半疑。本当だと分ったら目を丸くした。  市道だった尾根道を私企業に天辺から削らせる。まさか市長が。目ん玉をむくのも無理はない。
 さて、裁判の目指す要点を二つ。
1.子ども達の目の前で、校歌が 讃える西山を削らせない。
2.今でも限界の交通渋滞。西山の採石でさらに1000台のダンプ増。一方、渋滞解消を理由に、市のゼネコン向け道路工事の計画が、そのまま砂利骨材の売り先で、渋滞連鎖の悪循環と果てしない税金の無駄遭い。市民不在の厚木式マッチポンプは許せない。

 『西山を守る会』代表 花上義晴

▽毎日412号を通行して西山を眺めています。  運転手・52歳

▽古民家岸邸の二階に猿が入ったそうです。採石場拡大はさらに猿害をもたらします。  45歳



黄色いチラシ情報

●小林貢 −華麗なるガラスアートの世界− 鈴鹿山脈の麓で!
 会期 2005年7月1日〜9月30日
 時間 9時30分〜17時30分(入館17時迄)
 会場 パラミタ・ミュージアム
 住所 三重県三重郡菰野町大羽根園松ヶ枝町21−6
    (東名阪「四日市IC」より国道477号線を湯の山方面へ約6.5km)
    TEL 0593-91-1088
上荻野在住のガラス工芸家・小林貢さんの百点を超える作品が展示されます。愛知万博見物かたがた如何でしょうか。

●黄色いチラシコレクションへ
 花上友彦さんから自然観察随筆集「自然から学ぷ」をいただきました。

※西山土曜サロン 毎週午後三時〜五時 今年誕生したオオタカのビデオ放映 花上代表宅車庫
※丹沢写真・資料展「丹沢〜むかし・今・あした〜」 7月22日〜8月31日 宮ケ瀬ビジターセンター




東丹沢西山尾根道裁判第二回公判は二十日
 その前に、とん漬でパワーをつけよう!!
『西山を守る会』の活動報告とお知らせ

●報告会は開港記念会館、昼食は県庁十二階食堂で
 七月二十日(水)午前十一時より横浜地方裁判所五〇二号法廷で第二回公判が開かれます。閉廷後は、はす向かいの横浜市開港記念 会館一階五号室で梶山正三弁護士を交えて報告会を行います。終了後希望者は、県庁十二階食堂でレンガ倉庫広場や横浜港を眺めなが ら昼食をとります。横浜見物かたがた傍聴にお出かけ下さい。
 なお、荻野での報告会は八月七日(日)午後三時より生協鳶尾店二階で行います。

●“相州アルプス”全国区に
 登山雑誌『山と渓谷』六月号の「小林泰彦の百低山巡礼」で「相州アルプス」が全国デビューを果たしました。
 昔から荻野の人たちは、自分たちが住む里の西側にある山々、高取山・華厳山・経ヶ岳を西山と呼んでいます。その西山の右側に稜線はさらに仏果山、半原の高取山へと続き、宮ケ瀬ダム堰堤に下ります。この荻野と半原の二つの高取山の間の山々は国道412号線と平行に走っています。「西山を守る会」では、昨年この峰々を「相州アルプス」と名付けました(当紙16年4月号参照)。
 今年から月例登山は経ヶ岳まで足を伸ばしていますが、毎回平山登山口からのハイカーに出会い、愛川町側の経ヶ岳・仏果山は人気の登山コースであることがわかります。これからは、経ケ岳から拳戯仰山、薪一対⊥商瀬山へと登山心召を題椚導し、拳厳山と高取山間の“大たるみ”の素晴らしさを知っていただきたいと思っています。
 余談ですが、この“大たるみ”の登山道に発句石に匹敵する大きな石が二つあります。その石には浅間森、斉藤、奈良など、麓の地名や苗字などが彫られています。そこで先日、畑が隣り合う方と同じ名前もありますのでお尋ねるとその方は、小学校四年生の時に薪拾いに行き、彫ったものだと話してくれました。

●クマタカの風切り羽根を拾う
 6月の月例登山の折、華厳山で大型の鳥の羽根を拾いました。後日オオタカ部長らが七沢の自然環境保全センターにこの羽根を持込み、野生生物課の露木副主幹らに鑑定をお願いしたところ、クマタカの左翼次列風切り羽根と判明しました。五月の登山の時には上荻野狩野の初代荻野村々長屋敷奥の登山道(市道Tの776)で猛禽類の調理場を見つけています。また、会では今年も荻野の登山でオオタカの巣立ちを確認しています。このように西山は絶滅危惧種のクマタカや危急種のオオタカの生活の場なのです。
 ちなみに、相州アルプス北端の半原の山では、数年前にクマタカの営巣が確認され、林道工事が中止になっています。

●七月月例登山〜高取・華厳へ〜
 今月は、同じ日の午後三時から西山展望塾がありますので、ショートコースです。一人でも多くの方々にふる里の山の良さを体感していただきたいと思います。
◇7月17日(日)雨天24日
◇JA荻野支所午前九時集合(本厚木駅北口午前8時20分発半原行き乗車、東谷戸入口下車) ◇JA→横林→深堀→ゴルフ場→付け替え市道→松石寺登り→新四国八十八箇所石仏群→松石寺分枝(相模興業採石場を見下ろす)→高取山→華厳山(折り返し)→ゴルフ場→大平→横林→荻野神社入口パス停(西山展望塾参加者は会場へ)
◇弁当・飲み物・登山靴・杖
◇参加自由(事故は自己責任。但し、厚木市民は、ふれあい保険が適用されます)

●第二回『西山展望塾』
〜とん漬バーベキューと荻野神社夏祭り〜
 厚木名物の「とん漬」は、初代厚木市長を努めた波多野元正さんが荻野山中藩陣屋に伝わるエピソードをヒントに考えついたのだそうです。

       ◆    ◆    ◆

 ある日、陣屋で大事な催し事がありましたが、予定外の客で料理が足りなくなってしまいました。饗応役の藩士は困り果てて、「なんとかならぬか」と無理な相談を板前にしました。発想豊かな板前だったのでしょう、彼は機転を働かせ仲間に言いました。
「オイ、構わねえ。さっき猟師が持ってきた猪を使おう」
「四つ足の肉を出したら大事だぜ」
 当時の武士は宗教上の理由で四つ足の肉を食べることは忌み嫌っていたのです。
「構うもんか。饗応役の首が飛ぶことを思えばどうってことあるめえ。味噌をぬったくって焼いて出しゃ鯨の肉で通るさ」

       ◆    ◆    ◆

 そこで、第二回の『西山展望塾』はこの「とん漬誕生秘話」で遊ぶことにしました。
◇7月17日(日)午後3時〜(雨天決行)
◇西山を守る会大看板のある広場(鳶尾サンデーマート前、すたみな太郎隣り。バス停鳶尾山前」徒歩二分)
◇会費 1000円
◇会員限定(当日入会可)
◇申込み制 TEL 046-241-8990
◇アルコール類もありますので、車での参加はご遠慮ください。
 西山を守る会の大看板のある畑から荻野神社の鎖守の森越しに西山を仰ぎ見、荻野山中藩陣屋の話などしながら、ゆかりのとん漬を味わいます。この日は丁度荻野神社の夏祭りで、神輿の渡御もあります。会場から徒歩数分ですので、祭り見物かたがたご参加ください。

●一緒に西山を守ろう
 当会は、毎週土曜日にサロンを閃いて会員間の情報交換を行っています。また、年会費は三千円で、いつからでも入会出来ます。会費などは、郵便局にある払込取扱栗に口座番号00260・1・41948と加入者名の「西山を守る会」、さらに通信欄に会費、カンパなどの内訳を明記し入金してください。後日、入会月を含む十ニヵ月間有効の会員証を郵送します。
 各種イベントやお開い合せは、事務局の荻田豊までお願いします。
TEL 046-241-8990




コラム:活かし活かされ

◆春先、田代の佐藤高子さんから「神奈川ふだん記に大貫松三先生の思い出を書いたのですが、編集者から略歴を入れた方が良いと言われたので、教えてください」と電話が入りました。彼女は当紙が十四年前に中津龍福寺を会場に開催した地元のコレクション展第三弾「大貫松三展」を覚えていてくれたのです。
◆平塚市美術館でボランティアをされている千場秀子さんが画伯の資料が欲しいと来店されたことは15年10月号のこの柵に書きまし たが、これが実を結びました。同館では10月から3ヶ月間「大貫松三展」を開催することになったのです。その準備のため先月、端山 聡子学芸員とワークショップクラブの面々が愛川町に見えられました。その折、半原仙繊維会館で小一時間話をさせていただきました。
◆当紙は11月に300号に到達します。そして、今年は松三さんの生誕百年の記念すべき年でもあります。遊び好きの当紙のことです から、西山問題が起こらなければ当然に300号到達記念「大貫松三生誕百年展」を企画していました。記念の年を逃すことは誠に残念なことです。しかし、山は二度と生えてこないのですから、今は西山に真正面から取り組んでいます。
◆この先も美術館に出向いて話をさせていただく機会もあるようです。アイディアも幾つかあり、提案したいと思っています。読者の皆さんも松三さんの情報をお持ちでしたら当紙までお寄せください。秋にはバスを仕立てて大勢で「大貫松三展」に出掛けましょう