目次

立入禁止で発句石まで行けないのに!!
西山尾根道裁判 準備書面に見る被告側三つの主張
黄色いチラシ情報
西山の裏側を見に行こう
コラム:次代に繋ぐ

おことわり:Web版では広告を掲載していません。

平成17年8月1日号NO.297号 Web版
荻田印刷 TEL・FAX 046-241-8990
1981年創刊 毎月1日発行
編集発行人:荻田豊 上荻野車庫前
西山を守る会ホームページ
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郵便振替口座(名称・西山を守る会)
00260-1-41948

立入禁止で発句石まで行けないのに!!

 山口市長が西山の尾根道を含む七本の市道を相模興業に払い下げた行為は、市民や市職員に正確な情報として流さずに行ったことであることを如実に物語るものが今月号の記事です。

★厚木市のホームページに
 「めざせ!厚木博士〜地区版」という厚木市教育研究所のホームページを見たことがありますか。ここには、西山が「生活の中にと け込んだ、身近な山々」として、紹介されています。
 西山の尾根道を廃道にして山裾に付け替えることは平成十五年十二月議会で議決してしまったのに、十七年七月二十五日現在、まだ ホームページにこの記事が掲載されています。

★山にかかる雲の様子で天気予報
 まず、このホームページから「西山」の欄を転載してみましょう。

−「西山」とは荻野地区にある里山の総称です。中荻野から上荻野にかけて、西側に山並みが連なっています。これらの山は、荻野地域に住む人々にとって、まさにふるさとの山であり、日々当たり前のように目にしている景色です。
 西山にあたる地域の住所・地番は下荻野や中荻野などが点在していて、いわゆる「飛地」が多く見られます。これは、西山が荻野地 域の共有地であったことの名残と思われます。それぞれの集落で入会地として、山の管理をしていたようです。近年になり、林業の衰 退、生活様式の変化に伴って、山が共有財産であったことは、人々の意識から薄れつつあるようです。しかし、人々の心の中には、生活 の一部だった山での仕事や、子ども時代に野山を駆けめぐった思い出などが、今でも強く、たくさん残っているのです。
 この写真は、上荻野小学校の校舎から見た、西山の姿です。校庭のちょうど向かい側にこれらの山並みを眺めることができ、山にか かる雲の様子で天気の変わり方が予想されるなど、生活の中にとけ込んだ、身近な山々です。荻野中学校の校歌の一節にも歌われてい ます。左から、高取山・華厳山・経ケ岳です.−

★先人の山とのかかわりも
 続いて「荻野の人々の生活・・・山にかかわる仕事」が掲載されています。

 −荻野地区には、平地が少なく谷にわずかな水田が作られるくらいで、主に人々は養蚕や山にかかわる仕事が多かったようです。そ こで、山にかかわって人々は、どのように生活をしていたのでしょうか。荻野の西山は、明治の中期までは、中荻野・下荻野・棚沢村・三田村・川入村・及川村・関口村の七ヵ村のものでした。明治三十年に上・中・下荻野村がいっしょになり、入会権を二百円でゆずり受けました。こうして、荻野村の共有林として一年一反三十銭で村の人々に貸し、希望者が杉・サワラを植林しました。山には、クズカキといって、落葉をかき集めに行きました。
 落葉は焼いて灰にしたり馬小屋に入れてふませて、たい肥にしました。クズカキは、荻野地区は十二月二十日(時には十九日)以前はできませんでした。それは、落葉がむらになって集めにくくなってしまうことをさけるためのものと思われます。また、下刈とか下草とは、春から夏にかけて山に生えた笹などをかることで、これは燃料としてつかいました.カレッコと呼ばれる枯枝は、ひろい集められて燃料としてつかいました。次にもう少し専門的な仕事をしていた人たちについて述べてみることにしましよう。一般にはきこりと呼ばれますが、荻野・厚木近辺では先山と呼ばれる人たちがいました。特に荻野地区には多く、多い時には、三十人ぐらいの入が先山として働いていたそうです。山師と呼ばれる材木屋からたのまれて、山に入り一日いくらということで働いたそうです(以下略)−

★地名通り「鷹が住む山」
 さらに、高取山のコーナーでは、発句石について、

 −高取山には、「発句石」があります。「此の山や この鶯に 人も居ず」という句が刻まれています。「発句」とは、連歌の一番は じめに詠まれる句(初句)で、のちに独立して俳句と呼ばれるようになったものです。作者は荻野新宿出身の小林芹江という人で、荻野山中藩の刀の研ぎ師だったともいわれています。−

とありますが、今年三月上旬から尾根道は立入禁止になり発句石を見に行くことはできません。
 さらにオオタカについては、

 −江戸時代、幕府の鷹狩のための鷹を捕ったことから、高取山と呼ばれるようになったそうですが、現在は鷹はいるのでしょうか。  ミニコミ紙で、荻野川上空でオオタカが見られ、写真におさめられたという記事を見かけました(『市民かわら版第635号』)。何 と、高取山のふもと付近に、オオタカの営巣地がある可能性があるそうです。−

(編集注・・・里山では2年続けて、雛が巣立っています)と紹介し、さらに、

 −今も昔もこれからも変わらず、地名の通り、鷹の住んでいる高取山だったらいいですね。いつかオオタカを実際に見ることができる かもしれませんよ!−

とまで書いています。

★世の中教育?
 尾根道廃道議決から一年半以上も経つというのに、教育研究所の職員はまだ知らないのでしょうか。それとも、全て承知の上で、大人 社会の複雑さを児童に教えようとしているのでしょうか。



西山尾根道裁判 準備書面に見る被告側三つの主張

1.市道廃止は財務会計事項に当らない。原告の、市道廃止の無効確認は不適法。却下すべきもの。
2.市道つけ替えは議決済。裁判に附すべき問題ではない。財務会計事項としての土地交換契約に、怠る事実も違法もない。契約解除等の原告要求は棄却さるべきもの。
3.市道廃止等の処分による採石公害は、市民の健康と福祉を害し違法、との主張には県環境アセス等法令に基づく協議と配慮が充分なされていて問題なし。

“市民どもそこのけそこのけダンプが通る”と言わんばかり。私達は、住民訴訟、リコール等の諸権利を有する主権者として、「顔は相模興業、市民には背中」の為政者を認めるわけにはいかない。

 『西山を守る会』代表 花上義晴


▽渡り廊下から西山がよく見えます。  荻小卒業生
▽西山が故郷の山に似ていたので引っ越して来ました。それを削り取るなんて。  鳶尾住人




黄色いチラシ情報

●300号到達記念イベントのご案内
 当紙は3ヶ月後の11月に300号に到達します。これを記念して11月の1ヶ月間飯山のアツギ・ミュージアムを会場に図画会々員の洋画家・宮木薫さんの作品展を開催いたします。その一環として、画家を囲む食事会を計画しました。参加者銘々の干支絵を画家に描いていただき、当日の記念品とします。この干支絵は当紙が毎年1万円で販売している姫額入りものです。ぜひ、ご参加下さい。
◎日時 11月13日(日曜日)正午〜
◎会場 アツギ・ミュージアム(飯山)
◎会費 10,000円
◎定員 10名(申込み制)TEL046-241−8990




西山の裏側を見に行こう
第三回西山展望塾 8月14日(日)開催

●西山の裏側はどんなかな
 皆さんは西山の裏側がどのような状態になっているか見たことがありますか。厚木・清川線(飯山街道から山の上方の削り取られた雛壇状のところは見えますが、下にある採石場プラントなどは手前の山が邪魔をし見えません。そこで第三回の西山展望塾では相模興業華厳採石場の「岩石採取標識」(左写真)のあるところまで行き、そこから採石場の様子を見ることにしました。
 小中学校も夏休み中ですので、親子でご参加ください。一緒に西山の裏側を見に行きましょう。

 第三回西山展望塾
 〜西山の裏側を見てみよう〜
◇日 時 8月14日(日)
     午前9時集合
◇会 場 荻野公民館二階集会室
◇申込制 前日までに事務局にお申し込み下さい。
◇内 容 公民館で西山問題を説明後、車を乗り合わせて採石場に行きます。
◇コース 荻野公民館1相模興業華厳採石場(往復)
 当日参加出来ない方は、当会のホームページをご覧ください。ヘリコプターから写した採石場の写真が掲載されています。
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●ヒオウギの花咲いているかな
 昨年の八月登山で、会のテーマソング『風の唄』の歌詞にもあるヒオウギの花を高取山々頂で写真に撮りました。今年は大たるみで数珠を見かけていますので、去年よりは多くの花が咲いているかも知れません。楽しみに登りましょう。なお、この時期は山ピル対策が必要です。

  月例西山登山
◇8月7日(日) 雨天28日
◇上荻野分館午前9時集合(本厚木駅北口午前8時20分発半原行き乗車、上荻野バス停下車)
◇持物 弁当、‥飲み物
◇上分館→上荻野浅間神社→用野→ゴルフ場→大沢→華厳山(昼食)→大たるみ→高取山→松石寺分岐→新四国八十八箇所石仏群→大平→深堀→東谷戸入口バス停(解散、希望者は生協鳶尾店での第二回公判報告会へ)
◇参加自由 (会員以外も可)
◇事故は自己責任。但し、厚木市民はふれあい保険の対象になります。

●東丹沢西山尾根道裁判 第二回公判地元報告会
◇日 時 8月7日(日)午後3時
◇会 場 生協鳶尾店二階コミュニティルーム
◇参加自由(会員以外も可)
 第二回公判は先月二十日に開かれました。平日の午前11時開廷でしたが、初回より大勢の35名を超える傍聴者が横浜地方裁判所に駆け付けてくださいました。被告代理人からの準備書面が、予定より遅れたことや、まだまだ裁判の入口ということで、法廷での内容は傍聴者にはわかりづらいものでしたが、閉廷後、開港記念会館に場所を移して、梶山正三弁護士から解説をいただきました。その後、希望者は県庁12階大食堂で港を見ながら昼食をとりました。
 さて、地元報告会は、この時の弁護士の解説ビデオを見ながら行います。また、今年、荻野の里山で誕生したオオタカの雛の様子なども放映します。ぜひご参加ください。なお、第三回公判は、9月5日(月)午後4時半横浜地方裁判所五〇二号法廷で開かれ、引き続き、開港記念会館二階七号室で弁護士を囲み集会を行います。また、そのあと、希望者を募り、料理の鉄人でお馴染みの生香園で夕食をとる計画も立てています。

●丹沢やまなみ法律事務所
 私たちの代理人である梶山正三弁護士は、今年四月、町田市の未来市民法律事務所から独立され、厚木市に事務所を開設されました。 その名も「丹沢やまなみ法律事務所」。まさに、東丹沢西山尾根道裁判にぴったりの名称です。

●好評です
 会員の方への郵便物に記念切手を貼っていますが、これがなかなか好評で、事務局に「毎回珍しい切手をありがとう」とお礼の電話 が入っています.実はこの切手は、T会員からの寄付で、お母さまの形見分けだそうです。
 有意義に使わせていただいています。

●急募!そば栽培部長
 当会では、堀隆次さんを看板部長と呼んでいます。その彼がリーダーとなって造ったサンデーマート鳶尾店前の大看板のある畑にそ ばの種を撒き、育て、収穫し、そば粉にし、そば打をし、皆で食おうという計画を立てました。そこで、そば栽培のノウハウを持った 方を捜しています。そば栽培部長になって一緒に遊んでもいいよと言う方は事務局までご連絡ください。白い花で道行く人の目を楽し ませたのち、皆で美味しくいただきましょう。

●一緒に西山を守ろう
 当会は、毎週土曜日に花上代表宅車庫(中荻野132番地)で午後3時から5時までサロンを開いて会員間の情報交換を行っていま す(5時以降は役員会)。また、入会は随時受け付け、年会費は三千円です。会費などは、郵便局にある払込取扱票に口座番号00260・ 1・41948と加入者名の「西山を守る会」、さらに通信欄に会費、カンパなどの内訳を明記して入金してください。後日、入会月を含む12ヵ月間有効の会員証を郵送します。
 各種イベントやお開い合せは、事務局の荻田豊までお願いします。
TEL 046-241-8990




コラム:次代に繋ぐ

◆広報あつぎ六月十五日号に「小江戸あつぎを探訪」の見出しで、与力と町娘の写真入りで「小江戸あつぎまつり」が紹介されていました。この祭りの発想は、渡辺華山の「厚木の盛りなる、都とことならず」だそうです。
◆渡辺華山来遊記念碑は昭和三十六年、平塚信用金庫厚木支店が寄付し、相模川厚木渡船場跡付近に建立されました。同信金は『厚木と游相日記』も刊行しています。どちらにも高瀬慎吾翁の多大な働きがありました。翁はこの本の中で「万年屋の蹟は、厚木市厚木二千六百一番地、現在、伊勢吉薬局のあるところ、あそこが渡辺華山宿泊の、イセキチ(遺跡地と伊勢吉を掛けている)というわけですが、むかしをしのぶものは、なにひとつ残っておりません」と書かれていますが、二十年前、翁や平信さんのご努力でここに「渡辺華山滞留の地碑」が建立されました。
◆銀座が全国にあるように、小江戸もあちこちにあります。昨年県央史談会でパス研修をした佐原市は「北総の小江戸」と呼ばれています。同市は、商業都市としての歴史景観を残し、それを活かしたまちづくりが国に認められ平成8年、関東初の『重要伝統的建造群保存地区』に選定されました。
◆慎吾翁や平信さんの半世紀前の遺業が厚木青年会議所の「小江戸あつぎまつり」へと繋がったのです。晩年の十年間、慎吾翁の薫陶を受けた当紙は、私たちの子や孫にとって「後の祭り」とならぬように、西山や発句石を守る運動をしています。