目次

大磯・江ノ島・相模野・武蔵の山々
市道は守り 非道はストップ
黄色いチラシ情報
尾根道は市民の財産です・・・西山を守る会
コラム:市民は愚民か

おことわり:Web版では広告を掲載していません。

平成18年9月1日号NO.303号 Web版
荻田印刷 TEL・FAX 046-241-8990
1981年創刊 毎月1日発行
編集発行人:荻田豊 上荻野車庫前
西山を守る会ホームページ
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郵便振替口座(名称・西山を守る会)
00260-1-41948

大磯・江ノ島・相模野・武蔵の山々

 東丹沢西山尾根道裁判の証拠収集過程で見つけた『丹澤山塊』(昭和十六年・登山とスキー社発行)の中から「仏黒山と経ケ岳」の項 を転載し、当時の地域の様子を見てきました。今回が最終回です。

【太平洋戦争開戦頃の相州アルプス その4】
経ケ岳
 半原越の鞍部を隔てて仏果山と対立する経ケ岳は、その頂上にある経石と称する大石に弘法大師が 華厳経一巻を収めたところから山名が生まれたと伝え(また一説には石の表面に彫りつけてあった経 文を山麓松石寺旧幕期の和尚が削り取ったものともいわれる)、由緒ある山として著名である。荻野富 士の美称もある。
 前述の「半原越え」のコースと同様、煤ケ谷の坂尻から登って半原越に出、それより尾根づたいに 登頂する。はじめは植林帯を登るので至極歩き易い。植林を過ぎると茅とボサの尾根となり、頂上は 高々と前面に崎っている。よく踏まれた一縷の踏跡を追って、前山の小頭を軽く上下し、一寸した岩 峰のように見える頂上へ向って急斜面を準じる。蔓草(葛の葉)のブッシュは、この附近が山中で一 番濃密である。程なく急坂を終って、経石を左に捲く。赤褐色の巨石である。もうこれからは一投足 で頂上となる。
 東西に小広く長い頂上には二本の古びた標木が立ち、二等三角点の標石も見出される。展望はまこ とに優秀で丹沢主部の山々から大磯・江ノ島・相模野、さては武蔵の山々と三百六十度眼を遮る一物 もなく、とりわけ北西の手近かな空に蟠居する仏果山の雄姿は素晴らしい。
 頂上を西へ(北への小径は悪い)降ると、間もなく小径は二岐する。右は荻野越へ、左は山麓陽野への 下山路である。左の方が径が良い。左を取って降りに就く。地図には全然記されてないが、至極はっき りした小径である.終始尾根上の草野を、真直に降ってゆく。下の方へ来て径は多少悪くなるが、路 形は明らかなので迷う惧れはない。相当降ってから尾根筋を外れて、左手へ向う。この径もやはり大体 尾根上を伝う。程なく陽野の人家や山畑が見え出して、最後に部落の西の端れ、北沢という流れの傍 らの畑地に達して、部落に入る。
 陽野は田舎の感じの豊かな住い村だ。村中のみちを右に折れて、真弓への小径を探す。この入口は 植林と桑畑の境のほんの小径に入るので判り難いから、地人に充分訊いてゆくがよい.小径は直ぐ小 石の河原となっている南沢を渡り、杉の植林を登って尾根を越える。 尾根上の十字路は向うへ真直に降ることで、右へ行けば高取山への登山路となる由である。
 真弓の部落に着いて、大松と呼ぶ巨松の立つほとりから名刹松石寺への参道を辿る。「攝界不許葷 酒」の碑が禅寺であることを示している。宝篋印塔を過ぎ山門に入ると茅葺で壮大な本堂の正面には 「華厳山」の法額が見られる。乞うて内部を参観すれば、須弥壇は小さいが結構広大なのに驚かされ る.開山は附近に山上仏教の遺跡を残す弘法大師だが、後禅宗に代り、徳川氏の庇護特に厚く江戸時 代に寺門の繁栄を見たものだそうである。


大門の大松
(井上仁さんの自分誌『八十年の足跡』より転載。下記の説明文も)
写真は昭和6年頃の実業補修学校の修了者。手前の松が周囲約9.1m枝下13m。奥の松は周囲7m位枝下25m。昭和30年頃に伐採され、 その売上金は寺の屋根を茅から銅板に葺き替える為に使われました。

 寺を辞して大松に戻り、瀧谷川の流れを土橋で越し、前面の丘陵を越えて下峰部落下手の県道に出 る。この県道からの入口には、四国八十八ケ所(明治初期に松石寺境内に八十八ケ所を摸して諸人を 順拝させた名残り)の碑と古ぼけた石像がある。バスの源氏橋停留場へは右へ半町も行かない裡に着 く。(岩根常太郎)
 時間 日帰り (一般向)
 新宿駅→(約1時間)→相模厚木駅→(パス45分)→坂尻(20分)→法論堂→(1時間5分)→半原越→(50分) →経ケ岳→(10分)→陽野・荻野越分岐→(50分)→尾根筋を離れる→(20分)→陽野→(45分)→松石寺 →(25分)→源氏橋→(バス20分)→相模厚木駅(約1時間)→新宿駅

荻野越・華厳山・高取山
 筆者病気のため山へ登れず、止むなく山麓に赴いて聞書したことどもを附記して置く。
 荻野越 経ケ岳から荻野越の間は歩いた。半原越・経ケ岳間に比して歩きよい。荻野越の径は殆んど草に埋まっている。煤ケ谷側に小屋…掛が仙現われた.荻野越は半原 越に較べてはるかに小さな乗越である。
 華厳山 天丸とも呼ぶ。荻野越から登る途中にコタネ石がある。蚕のコタネに似た芭丁が石の表に生ずるところから名がある。華厳山 から高取山への途中には、硯石といって徳川家康が登山の折硯を置いたという小さな石がある由。
 高取山 一名、西山。松石寺の奥ノ院はこの山の西南の峰にある。山中に傘松と称する名木、「この山にこの常に人も居ず」と凹刻した 発句石という自然石が見られる。登路は松石寺から直接登るのは危路で、陽野への乗越から尾根づたいに行くのが順である。華厳は茅 戸の美しい山だが、高取はボサの茂った小山である。(石根常太郎)
(編集注‥発句石句は「此山や」が正しい。他所にも異説・異論あり)




市道は守り 非道はストップ

 西山市道の廃道によって、相模興業は社業の長期安泰でご満悦。一方市民は長期甚大な公害に苦しむ。こ んな中味がバレたら騒動は免れない。そこで市長は一計を案じ、住民にも議会にも知らせない、庁内論議も 進めない、謀は密なるに限る、との計略を立てたようだ。
 平成11年7月、市長は相模興業と西山市道の廃道を前提とする「華厳採石工場における岩石採取拡大計画 に係る覚書」を締結した。
 平成11年12月の市議会、柴田盛規市議の「採石計画への対応は」等の質問に、市長は前記覚書を秘匿。西 山市道の廃道を隠蔽した。
 平成12年12月の市議会、山本裕子市議(現県議)の「採石計画と各課の意見集約方法は」との質問にも、西 山市道の廃道には知らぬ顔の半兵衛さん。
 情報公開に逆行する市民不在の山口市長の非道にストップを。

『西山を守る会』 代表花上義晴




黄色いチラシ情報

●厚木演劇鑑賞会入会のお誘い
 厚木えんかんは1986年に創立し、厚木市文化会館で演劇を定期的に楽しむ、会員の手で運営す句市民の会です。一人で も多くの方々が観劇仲間となって頂けることをお待ちしております。
《第117回観劇会》
◎日時:9月22日(金)午後6時30分開演
◎会場:厚木市文化会館大ホール
◎公演演日:劇団俳優座「黄金色の夕暮」
◎脚本:山田太一  ◎演出:安井 武
◎出演:中野誠也・川口敦子ら
◎問合せ先:厚木演劇鑑賞会
      TEL046-228−9325
      受付時間平日11時〜19時




尾根道は市民の財産です!・・・西山を守る会

●相模興業の古傷露呈
 被告側は六月五日に裁判所に提出した「被告準備書面(4)」で「供用開始されていない道路」という主張をし始めました。 これは今まで言ってこなかったことです。
 原告側はこれに対する認否反論を述べた「原告第七準備書面」を七月十四日に提出しました。その最後の部分を次に抜粋します。

 回を重ねることに被告の主張の支離滅裂ぶりがはっきりしてきた。当初は、相模興業の代理人の如く、本件と無関係なアセスメント手続、 土地利用調整条例の手続、採石計画の認可手続が「滞りなく終った」ということばかりを述べていたのが、道路法に基づく「道路網整備」 を言い出し、さらに、その理由として、今回は、「本件市道は通行してはならない道路」だとか、「開発行為によって危険が生ずるから 付け替えるのだ」とか、法的にも、事実に関しても、支離滅裂な主張を展開するに至った。

 さらに、この準備書面に次の四点を証拠として添えました。

一、厚木市職員措置請求書
  昭和四十九年、相模興業が西山尾根道の一部を損壊し、発句石を勝手に移動した事に関して、原告花上義晴らが、厚木市長等 に対して、原状の回復、相模興業に対する損害賠償請求などの措置を求める措置請求をした事実(昭和四十九年七月十一日)
二、厚木市職員措置請求について(通知)
  厚木市監査一委員は上記」謂求に対して、厚木市長の道路法上の管理責任等を認めて、原告花上義晴らによる措置請求をほぼ認 め、市道の復元、発句石の復元、それらに要する費用の賠償請求などを勧告したこと(昭和四十九年九月六日)
三、厚木市議会定例会議事録(抜粋)
 相模興業による上記西山尾根道損壊、発句石侵害に関して、厚木市長が道路管理者としての責任を認め、同教育長も文化財 管理上の責任を認めていた事実(昭和四十九年九月十九日)
四、写真集
  相模興業による上記各侵害行為に関して、復元工事がなされている状況(昭和五十年二月二十五目〜六月二十日)

 このように、当時の石井市長は尾根道は市道と認めていたのです。
 この証拠を申請するに至った経緯は、先月号で花上代表がコラム「とんだ薮蛇、相模興業の古傷を市長が法廷に曝す役割」に書いて います。再度読み直してください。
※写真は当時の尾根道市道復元工事(前記証拠の四 内田明氏撮影)。



《九月・十月の予定》
●証人尋問に向けて
【駅頭チラシ配り】
◇九月九日(土)雨天十日
 午前七時半〜九時半頃まで
◇小田急本厚木駅北口広場

【東丹沢西山尾根道裁判 第十回 口頭弁論】
◇十月二十三日(月)
 午後一時半〜午後四時半頃
◇横浜地方‥裁判所五〇二号法廷
 今回は、被告、原告、それぞれの証人尋問が行われます。まず最初は被告側の証人・宮台厚木市道路部長です。次いで、原告側の花 上代表、川田副代表、荻田事務局の順になります。
 今回は、梶山弁護士の活躍の場面が目撃できます。是非、傍聴にお出かけください。

●玉子茸見つかるかな!?
 【華厳山と高取山を歩く】
◇九月十七日(雨天二十四日)
 上荻野分館午前九時集合(本厚木駅北口午前入時二十分発半原行き乗車、上荻野バス停下車)
◇上分館→用野→ゴルフ場内→大沢→華厳枝尾根→華厳山々頂→大たるみ→高取山→松石寺寺山尾根分岐(採石場見下ろす) →新四国八十八箇所石仏群→付け替え道→ゴルフ場際→市道Tの777(ゴルフ場内)→大平→深堀→宮本老人懇の家前→東谷戸入口バス停(解散)
◇持ち物等:弁当・飲み物・雨具・登山靴・杖
◇会員外も参加自由。但し、事故は自己責任。会員で厚木市民の方は「ふれあい保険」が適用されます。
◇ヤマビル対策‥このコースでは、麓近くにヤマビルがいます。濃度の高い食塩水をスプレーに入れて持ち歩くと役立ちます。

●百聞は一見に如かず
 今月から相模興業華厳採石場踏査を月例にしました。尾根が削られて行く様子や沢水の汚濁などご白身の目で確かめてください。
【西山の裏側を見に行こう】
◇九月十七日(日)(雨天二十四日)
 荻野公民館玄関前午前九時集合
◇車に乗り合わせて採石場に
◇申込み制(事務局へ電話を)

●会員になって西山を守ろう
 何時からでも入会出来ます。年会費は一世帯三千円です。郵便振替口座番号は00260・1・41948、加入者名は「西山を守る会」です。 通信欄に「年会費・カンパ」等内訳を記入してください。
事務局:TEL 046-241-8990 荻田
 http:www.geocitties.jp/tanabe_chiyo



コラム:市民は愚民か

◆お盆明けの新聞が「大山丹沢山系鳥獣等問題市町村議員連絡協議会」(会長・和田美正厚木市議) が設立を記念して千葉県から講師を招いてヤマビルの生態や駆除方法をテーマにした講演会を開い たことを報じていました。
◆私が昨年上分館で受講した市主催の講習会の講師も千葉県の方でした。飯山祭りの役員さんらは毎 年広場に塩撒きをしてヤマビル退治をしています。また、荻野地区の「自治会長と市長との集い」で は、十四年は泉、十五年は用野・田尻・真弓の自治会から鳥獣被害の訴えが出ています。それより遥 か前から上飯山や荻野地区では野生動物の被害が出ています。市はこれらの情報にいち早く取り組ん でいれば、自前のヤマビル研究者を育てることができた筈です。
◆鳥獣の住処を狭める西山市道廃道を決めた十五年十二月の都市経済常任委員会で、農業政策課長が  「今鳥獣の被害の関係が出ましたけれども、あの辺はご存じのとおり、猿が生息しておりまして、特 に上飯山、あるいは荻野、この辺は被害も出ております。ですから、この山が一つかなり削られるとい うことになりますとその辺で若干その影響が及ぶかということは考えられます」と、控えめではあ りますが、問題を指摘した答弁をしています。この場での発言は相当勇気がいったものと思われます。
◆この課長の健気さに比べ、委員だった和田市議はこの応答には知らぬ顔の半兵衛を決め込んでいま した。そんなお方が、会長とは、市民もなめられたものです。