相模新西国三十三観音霊場巡り 「新編相模国風土記稿」記載
二ノ宮・大磯・平塚・秦野迄、総キロ数約54km、 寺迄の道順地図、キロ数、
観音様の写真等を記し「新編相模国風土記稿」より 寺、村等の歴史を記載しております。
キロ数は門前から門前迄の距離で参拝、散策の距離は含みません。
2003.6・6佐藤菊治制作
四国八十八ヶ所はあまりにも有名であるが、この湘南地方にも昔人の作り上げた立派な霊場札所が静かに昔の趣を残している、
数百年の風雪に耐え、本堂、寺庭、石仏、樹木等に年代の素晴しさを感じ入る、境内に入と何故か空気が違う、日本人の延々と続く原点が見えて来るのは私だけだろうか
。
二宮町(四ヶ寺)を基点とし藤巻寺を第一番として、大磯(八ヶ寺)平塚(十七ヶ寺)秦野市(四ヶ寺)の大岳院を打ち止めとした相模新西国三十三ヶ所観音札所が設けられいる。
今でこそ忘れ去られて要るが尋ね歩くうち、ご開帳の時などそれは其れは賑わいを見せていたとの事、しみじみ昔が偲ばれてならない。
昨今ウォーキング(散歩)をなさる方が増え、ぜひ相模新西国三十三観音札所巡りをお勧めしたいと思いこのホームページを立ち上げた次第です
宗教宗派に関係なくお寺参りも中々良いものでウォーキング中に出会う海、町そして山々、ご祖先さまと同じ風景を見、同じお寺に参る、なぜか心にやすらぎをおぼえる。
なんとか役所などの力を借り、昨今ウォーキングをなさる方も増え二ノ宮・大磯・平塚・秦野と役所の連携をとり観光事業の一環として数百年前の「相模新西国三十三観音霊場巡り」を復活できぬものかと思う次第である。
幼き頃、母に手をひかれ菩提寺参りの想い出は何方にも消えずに残っている、幼き頃の無心のままで三十三ヶ所観音札所巡拝を、昔人が歩いた道を 健康、やすらぎ
のためにウォーキングをしてみませんか。
尚、片野福次書「相模の札所巡り」の本を買い求めると便利です、御朱印帳付ですので「御朱印」を頂きながら廻ると一層楽しさが増します。
御朱印はお寺さんの庫裏に伺いいただきます、無住職のところは管理人、世話人さまのお宅に伺い頂きます、ページの中に場所が記してあります。この本は本屋さんでは手に入れずらく、私は31番観音堂にてお分け頂きました、
本¥1.000ご朱印代¥300なり。初版本は平塚市図書館にあります。
湘南地方に相模新西国三十三観音霊場巡りが
何時の時代から始ったのか疑問に思っておりましたところ、5番蓮花院の奥様がお仕事の手を止、わざわざ本堂に招きいれて頂き、お話をお伺いでき疑問が解決できました又 蓮花院寺伝の本を頂きその中に記載があり此処に書き記します。
○相模新西国三十三観音霊場 縁起
寺伝によれば、模新西国三十三観音
霊場は第八代将軍徳川吉宗公の治世、延享元年(1745年)乙丑年より巡礼、爾来丑年ごとに春彼岸より三十日間開帳奉修し、庶民に巡礼をすすめた。
歴世の先師、檀信徒供んじてよく寺門を護持せられ法灯連綿今日に及ぶ。ここに寺伝の壱部を記載する。
南無大慈大悲観世音菩薩
慈眼視衆生 福聚海無量
種々重罪五逆消滅 自他平等即身成仏
当国 三十三ケ處 観音霊場ハ来タル丑年ヨリ丑年迄十三年目ニ壱度宛 春彼岸ヨリ三十日間 開帳有之筈ニ願置者也。
然レバ、壱番 梅澤山等覚院ヨリ今泉光明寺迄道程合セテ八里拾町半ナリ。
延享元年甲子春彼岸
願主 淘綾府 日吉山 深慶
坂間邑 空念
一番 藤巻寺よりクリックしてお入り下さいませ。