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人文学ゼミ / I LOVE HITO

最近、どう生きるべきではなく、どう死ぬべきなのかが、問われています。
だから、「よく死ぬために一生懸命に生きる」といわれてます。
よく生きるためには、何をすべきなのか。「共に生きる精神」を学ぶことです。
そうするためには、人間について知ることが大切ですね。

このゼミでは、古典をとおして「人文学」に関する深い知識を得ることで、「私は誰なのか?」という問いに基づき、自分発見をはじめ、人間や社会に学び、いまの社会に欠如している「共にに生きる精神」「美しく生きること」「生き方」などを身につけることを目的としています。

1.活動内容
教育や福祉関係の仕事に従事している、または関心を持っている人を中心に、人文学(哲学、教育学、心理学、倫理学、宗教学等)関連の書籍から、一冊を選び、1ヶ月間、精読し、内容に関する意見交換、ディスカッションを行なう。

2.ゼミ参加者
16名(2016年9月17日現在)
内訳:社会人学生出身および学部の学生出身

3.活動内容

第1回:2016年7月30日
初顔合わせおよび今後の活動内容などに関するディスカッション

第2回:2016年9月17日
エーリッヒ・フロム『愛するということ』(The Art of Loving by 1956 Erich Fromm)
レジュメ: Pitt,  Koizumi,  Seki

第3回:2016年10月16日
マルティン・ブーバー(1878-1965)の『我と汝・対話』のうち、「我と汝」。
 詳細
オーストリア出身のユダヤ系宗教哲学者、社会学者ブーバーが著した『我と汝』、1980年彼との出逢いで私の人生は変わりました。
ブーバーといえば「出逢いの哲学者」と言えます。彼の「出逢いの哲学」はユダヤ教の神秘主義的な革新運動ハシディズム(Hasidism、和訳:敬虔主義運動)が土台となります。今回の人文学ゼミは、彼の「出逢いの哲学」ことに「教育的出逢い」を中心に論議されました。
参加者のレジュメは添付ファイルのとおりです。
レジュメ:Pitt, Homma, Koizumi, Seki, Suzuki, Uno, Miyazaki

1. 第4回:2016年11月20日16:00~18:30 YMCAアジア青少年センター
2. テーマ:マルティン・ブーバー『対話』
 詳細
3.参加者:6名(レジュメや写真をご参照ください)
4.ゼミ後のお楽しみ会(親睦会):8人。オブザーバーとしてKさんが参加されました。
5.前回の『我と汝』に続く、ブーバーの『対話』についてディスカッションが行なわれました。
詳細については添付のレジュメをご参照ください。
他にも『教職研修』2016年9月号、p19-33のアクティブ・ラーニングと「対話的な学び」が資料として用いられました。
付記;今回から新たに都内の某国立大学(工学系)の4年生N氏が参加することになりました。
次回もよろしくお願いいたします
レジュメ:Pitt,  Seki,  Koizumi,  Nakajima,  Suzuki

1. 第5回:2016年12月18日16:00~18:30 YMCAアジア青少年センター
2. テーマ:マルティン・ハイデッガー『技術への問い』
 詳細
<文献紹介>
ドイツの哲学者ハイデッガー(1889~1976)によるもので、彼は、キルケゴール、ディルタイの影響でフッサールの現象学を発展させた人物で、哲学の対象である存在は実存を通してのみ理解可能であるとする、基礎的存在論としての実存哲学を形成した。
彼の主な著書には「存在と時間」「形而上学とは何か」などがある。「技術への問い」は、ハイデガー節が効いた集大成と言われている論文で、アリストテレスの四原因によく陥りがちな旧時代の真理を繰り返し突き崩したもので、現代のさまざまな危機が技術的に解決されたとして、すべてが適切に機能するに至ったとして、その世界はパラダイスなのであろうか、広島、チェルンノビ、東日本大震災などによる原発などから技術を求め続ける現代人に示唆することが多いものである。
<ゼミを終えて>
教育現場にいる現役の教師らと教職課程で学んでいる現役の理工系の学生たちから精力的、かつ真摯なディスカッションをしました。ゼミだけでなく、親睦会でも有益な時間を過ごしました。
レジュメ:Seki,  Koizumi,  Nakajima,  Sei

1. 第6回:2017年1月22日16:00~18:30 YMCAアジア青少年センター
2. テーマ:プラトン『饗宴』
 詳細
3.参加者:9名
<文献紹介>
プラトンの中期対話篇の一で『パイドン』に次ぐ対話形式の作品。
人類史上最初のエロス(愛の神)学ともいえるもので、『饗宴』の理解を深めるためには、ギリシャ・ローマ神話を読むことをお勧めします。
<内容>紀元前、416年のアテナイのアガトンの自宅で、彼自身が「悲劇詩人コンクール」で初優勝した翌日、祝賀饗宴に招かれているソクラテスが、身なりを整えているところに、アリストデモスは出くわし、一緒についていくことになったことから始まり、前の晩、お祝いのために、お酒の飲みすぎのため、今日はお酒はやめて話そうから、食事をしながら、愛)(エロス)について語ったもの。詳細については参加者のレジュメをご参照ください。
ちなみに、「悲劇詩人コンクール」はソポクレース 『アンティゴネー』を偲ぶための大会→ギリシャ神話をご参照ください。
私見:自分も参加していたなら、どんな話ができたのか・・・。
レジュメ: Pitt,  Seki,  Koizumi,  Nakajima,  Sei,  Kaneshima,  Kurihara

1. 第7回:2017年2月25日16:00~18:30 YMCAアジア青少年センター
2. テーマ:フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ 『ツァラトゥストらはこう言った』(上)
 詳細
3.参加者:6名
<文献紹介>
今回のゼミのテーマは『神は死んだ』のフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(1844-1900)である。
ニーチェ、誰もがその名前は聞いたことはアルト思う。
ドイツの哲学者、古典文献学者、詩人、音楽家、実存主義の代表的な思想家の一人として知られている。哲学教授職を希望してたが、バーゼル大学古典文献学教授となり、辞職した後は在野の哲学者として一生を過ごした。19世紀を生きた問題児として実存主義やポストモダニズムに多大な影響を及ぼした。

今回のゼミでは、『神は死んだ』の4部作のなかでも、第1部と第2部を、引き続き次回は題3部と題4部について学習する。
学習された内容は、添付したファイルの通りである。

神はなんで死んでだのか!?から始まり、
ニーチェに見られるアリアドネの捕らえ方は非常に衝撃的なものであった。正直、アリアドネの話が出てくること、夢にも思わなかった(笑)
皆さんのなかには高校のとき一度は挑戦したけど、出てくる神や人間のお名前が難しくて、諦めたことのある『ギリシャ神話』、アリアドネの名前を知ってるだけでも『ギリシャ神話』は読んでることになると認めたくなる絶世の美女(お美人)との読解も非常にユニークな話などがディスカッションされた。

★付記;彼の思想や教育観など生涯については、次回にに詳細に解題を書きます。
レジュメ: Pitt,  Seki,  Koizumi,  Nakajima,  Kaneshima

2017年3月19日 懇親会
 詳細

1. 第10回:2017年5月28日16:00~18:30 YMCAアジア青少年センター
2. テーマ:新渡戸稲造 『武士道』
 詳細
3.参加者:11名(18:30からの懇親会を含む)
<文献紹介>
今回のゼミのテーマ『武士道』の新渡戸稲造(1862-1933)は五千円札の肖像として知られている日本の教育者・思想家である。
国際連盟事務次長のほか、東京女子大学初代学長を務めた人でもある。
彼はお雇い外国人教師として北海道農学校に招聘されていたクラーク博士(1826-1886)から多大な影響を受け、後の日本を代表するクリスチャン内村鑑三(1861-1930)と札幌農学校の第2期生として同期となる。
この文献は病気治療のために滞在していた米国で1899年『Bushido-The Soul of Japan』として刊行されたもので、当時多くの青年たちを魅了させた。

「生き残るためには"どんな卑屈なことをしてもいい"のか?」、「正しく生きることは?」、「美しく生きることは?」などなど、考えさせられるものである。
名誉と名声のためには死も選ぶ。つまり名誉を得るためには、命もあきらめるというサムライの魂、正しい道へ導こうとする「武士道」の精神などについて語られた文献の一つである。
個人的には、この文献を通して、この「武士道精神」を今の日本の教育に求められている、児童・生徒に求めらる、育んでほしい能力「自ら律する心」、「規範意識」などの育成のためにも活かすべきではないかと考えてる。
レジュメ: Seki,  Sei

1. 第11回:2017年6月24日16:30~ YMCAアジア青少年センター
2. テーマ:今後の活動の有り方等についてディスカッション
3. 参加者:6名
4. 内容
・ 今後のゼミは毎週第4週目の土曜日に行なうこと。
・ いままでの哲学、思想学ではなく、より教育関係のものをテーマとすること。

1. 第12回:2017年7月22日16:00~18:30 YMCAアジア青少年センター
2. テーマ:内村鑑三『代表的日本人』
 詳細
3.参加者:6名
<文献紹介>
内村鑑三といえば、「キリスト教」「不敬事件」を思い出す。
内村 鑑三(万延2年2月13日(1861年3月23日)- 昭和5年(1930年)3月28日)は日本を代表するキリスト教思想家であり、聖書学者であり、文学者とも言われる。ルター派の聖書を拠り所とする「福音主義信仰」と時事社会批判に基づく日本独自のいわゆる「無教会主義」を唱えた。彼は、明治9年(1876年)、北海道開拓に携わる技術者を養成する目的で設立された札幌農学校に第二期生として入学した。この札幌農学校には教頭として在校していたウィリアム・スミス・クラーク(1826-1886)ら、お雇い外国人の強い感化力によって第一期生は既にキリスト教に改宗していた。初めはキリスト教への改宗を迫る上級生に反抗していた内村も、前回のテーマであった新渡戸稲造(1862-1933)と宮部金吾(1860-1951)が署名したことがきっかけで、「イエスを信ずる者の契約」なる文書に署名させられる。内村は明治11年(1878年)6月には、M.C.ハリスから洗礼を受ける。ヨナタン(Jonathan)というクリスチャンネームを自ら付けた。洗礼を受けてから日曜日には自分達で集会を開き真摯な気持ちで信仰と取り組んだ。
「Japan and Japanese」と銘打たれ、後に「Representative Man of Japan」と改訂された『代表的日本人』は、内村鑑三氏が外国、ことに欧米に発信した代表的な日本人5名(西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮)の歴史にその名を刻み、現在まで偉業がたたえられている5名の日本のリーダーに関する日本人論で、日本独自の倫理観、そのなかでも欧米人と共有できる倫理観の観点でまとめたものである。

★内村鑑三と教育敕語と不敬事件
明治24年(1891年)1月9日、講堂で挙行された教育勅語奉読式において、教員と生徒は順番に教育勅語の前に進み出て、明治天皇の親筆の署名に対して、「奉拝」することが求められた。内村は舎監という教頭に次ぐ地位のため、「奉拝」は三番目だったが、最敬礼をせずに降壇した。このことが同僚・生徒などによって非難され社会問題化する。敬礼を行なわなかったのではなく、最敬礼をしなかっただけなのだが、それが不敬事件とされた。
事態の悪化に驚いた木下校長は、敬礼は信仰とは別の問題であると述べて、改めて内村に敬礼を依頼した。内村はそれに同意したが、悪性の流感にかかっており本人が行けなかったので、代わりに木下駿吉が行った。しかし、マスコミがこの事件を大きく取り上げ、「内村鑑三の不敬事件」として全国に喧伝された。そうして、事件はキリスト教と国体の問題へ進展した。
レジュメ: Seki,  Miyairi

1. 第13回:2017年8月26日16:00~18:30 YMCAアジア青少年センター
2. テーマ:ジョン・デューイ(Dewey, John 1859-1952)の『学校と社会』(~第3章)
 詳細
3.参加者:15人(懇親会含む。盛大な会でした)
<文献紹介>
今回はジョン・デューイの『学校と社会』その1
※教育の機会均等は大切なものとして国レベルで憲法や法律で守られている。
しかし、「教育の機会均等」で子どもの学習権は守られているのか。
より大切なことは「機会均等」ではなく「条件均等」である。
私たちが教育や福祉について考える際に大切なことは「cui bono」である。

★生い立ち
1859年、アメリカバーモント州バーリントン町で三男として生まれる。デューイ家はイギリスから移住してきた開拓者の末裔で、父はその四代目だった。少年時代のデューイは、新聞配達や農場の手伝いなどをして小遣いを稼いでいた。15歳のとき、バーモント大学に入学、大学ではチャールズ・ダーウィンの進化論やオーギュスト・コントの実証主義哲学・社会哲学などに感化された。バーモント大学卒業後はペンシルベニア州で高校教師を2年間務めたが、中等高等教育機関での教師には自分は向かないと考えるようになり、バーモント州の小学校で一年ほど勤務する。1882年、ジョンズ・ホプキンズ大学大学院に再入学し、心理学者スタンレー・ホールのもとで学んだ後、同大学心理学研究所で働きながら、博士号を取得している。1884年からミシガン大学に2年間講師を務めたあと、助教授に、1889年に30歳で教授になる。このミシガン時代にはヘーゲルおよびドイツ観念論を主に研究していたが、その後ジョージ・ハーバート・ミードと交友関係をむすび、ヘーゲルの影響圏から抜け出す。

★教育観 
彼はアメリカのシカゴ大学における実験学校で自らの哲学思想(実用主義・プラグマティズム)に基づく経験主義的授業研究(実験主義)を行ない、「社会」と人間の成長・学校との関係を説いた『学校と社会』(1899)以外に『民主主義と教育』(1916)『経験と教育』(1938)などを著している。「教師が太陽」というコメニウスの思想からルソーやペスタロッチらの子ども中心の思想を具体化した「子どもが太陽」であり、子ども経験・周囲のことから出発・組織していくのが授業ということで、彼のこの思想は世界中に「新教育」として広まることとなる。彼の教育思想は「経験主義」「問題解決学習」「児童中心主義」等で、20世紀新教育運動の中心的理論となった。
「新教育」とは、簡単に説明すると、それは生徒の自由や興味、関心を重視する教育であると言える。これと旧教育との大きな違いは、旧教育では教育者が子供の経験を越える知識を与えようとするのに対して、新教育では生活経験に焦点を当て、そこから生まれた経験を発展させて成長に結びつけていこうと考えるところにある。教師による経験の選別が必要となるのである。
⇒既存の伝統や制度化された習慣が型を作り、それに従うことで授業が成り立ったためである。だが新教育は既存の教育法に信頼を置かない。そのため経験に関する教育の、哲学の理念が必要となったのである。しかしデューイは、これにはまだ一貫した理念は存在しておらず、それが行き当たりばったりの教育を生むと指摘した。そのため、よりよい経験を与えるためには、どのような指導・教材がよいかを常に考えることが必要なのである。

★人間観
デューイは人間を常に周囲の環境に合わせて変化し、それによって成長していくものとしてみていた。人間は、自分が置かれている環境を察知・理解することでそれに適応したり、もしくは周囲の環境を変化させたりする。それが人間の特徴であるといっている。⇒そこでデューイは「経験」が重要な役割を果たすと考えた。デューイによると、経験は大きな二つ(「連続性」と「相互行為」)の性質で構成されている。
そして、人間は新しい環境に適応することができるのである。これについては、来月「その2」で語る。

★子どもの「善さ」
子どもを「善く」することである。ここでは、その「善さ」とは何なのか、そして生徒を「善く」するためにはどのようなことが必要なのか!?
まず、デューイの意味する「善さ」は、イギリスの哲学者・経済学者・法学者。功利主義の創始者として有名である「ベンタム1748-1832」の功利主義的思想の「快い」とは異なる。デューイは「経験が生徒に不快感を与えず、むしろ生徒の活動を鼓舞するものであるとしても、その経験が未来により望ましい経験をもたらすことができるよう促すためには、直接的な快適さをはるかに越えた種類の経験が求められることになる。このような質的経験を整えることこそ、教育者に課せられた仕事なのである」ということから伺える。
ルソー同様に自然主義者として知られているデューイは、「善い」と「快い」の違いを弁えていたのである。「快さ」がベースとして教育が行われた場合、それはどのようなものになるのか。
→近代を代表する思想である功利主義の下では、教育はこれまでの伝統や考え方を無視し、国力の増大の手段として行われた。富国強兵、殖産興業のスローガンの下、いわゆる先進国では自国の利潤を求めるため、他国を侵略し、搾取を行い、それを正当化した。また、国内では人種や性別、職業や身分で差別が行われるようになった。それは、人々が自分自身の利益を最大限にしようとしたためである。このことで、数年来に問われている社会課題がサンデルの政治哲学ともなった「正義とは何か」である。
大切なのは富を独占することではなく利害を調整することである。そこでデューイは学校生活において、子どもを机に縛り付けるのではなく、生徒みんなで教室のルールを決め、自主的に活動を行えるようにするのが好ましいと考えた。
彼はそれが民主主義につながるとしたが、その要素が、新教育には備わっている。クラスのメンバー全員は自分たちの役割を認識し、それに従って行動しなくてはならない。
ここで、考えなければならないのが、「教師の役割」である。
旧教育においての教師の役割は、生徒を管理することであるが、新教育では、生徒に教室における貢献の機会を与えることであり、個々の生徒の活動・知識において責任を持つことである。(続く)
レジュメ: Kurihara

1. 第14回:2017年9月23日16:00~18:30 YMCAアジア青少年センター
2. テーマ:ジョン・デューイ(Dewey, John 1859-1952)の『学校と社会』(第4章~第8章)
 詳細
3.解説:ジョン・デューイの思想を通してみたブラジルの教育者であり、識字教育に多大な貢献をしたパウル・フレイレ(1921-1997)の『被抑圧者の教育学』にみられる教育思想をはじめ、ルソー(1712-1778)の『エミール』、ペスタロッチ(1746-1827)の「直観教授」フレーベル(1782-1852)の「幼児教育」を取り上げながら、彼らとジョン・デューイとの教育思想や方法論などの比較等が論議されました。非常に有益な会でした。
レジュメ: Seki, Kurihara, Hosokawa

1. 第15回:2017年10月28日16:00~18:30 YMCAアジア青少年センター
2. テーマ:ニッコロ・マキャべリ(Niccolò Machiavelli 1469~1527)の『君主論』(1532)
 詳細
3.解説:発売禁止(禁書)だったが、彼の死後、1532年に刊行されたイタリア語による政治学・政治哲学の著作である。 歴史上の様々な君主および君主国を分析し、君主とはどうあるものか、君主として権力を獲得し、また保持し続けるにはどのような力量が必要かなどを論じている。その政治思想から現実主義の古典として位置づけられる。
 君主論について ~Kim Pitt~
レジュメ: Kurihara

1. 第16回:2017年11月25日16:00~18:30 YMCAアジア青少年センター
2. テーマ:福沢諭吉『学問のすゝめ』(1872年)
 詳細
3.解説:今回第16回のゼミが開催されたが、実際に文献を取り上げたのは14回目です。
今回は、かの有名な福沢諭吉(1835-1901)『学問のすゝめ』(1872年)です。
『学問のすゝめ』は、1872年(明治5年2月)初編出版以降、数年かけて順次刊行され、1876年(明治9年11月25日)全17編を以って完成をみたもので、その主な内容は明治維新直後、国民に向かい、欧米の近代的政治思想、民主主義、市民国家の概念を平易な比喩を多用して説明し、儒教思想を否定して、日本国民を封建支配下の無知蒙昧な民衆から、近代民主主義国家の主権者となるべき、自覚のある市民、国民として意識改革に関するものです。また、当時のオピニオンリーダーや知識人に日本の独立維持と明治国家の発展は知識人の双肩にかかっていることを説き、自覚を促し、福澤自身がその先頭に立つ決意を表明してます。後半では生活上の心構え等の持論を述べている。近代の啓発書で最も著名で、最も売れた書籍で300万部以上売れたということで、当時の日本の人口が3,000万人程であったから実に全国民の10人に1人が買ったといわれてます。

私の好きな、尊敬する日本人の一人が福沢諭吉である。
福沢は、脱亜入欧や征韓論等を唱えったことで、韓国を始めアジアでは悪名高い人物です。
しかし、私は、彼のことを一教育者、一思想家として尊敬しています。
彼は、幕府の鎖国政策下で、日本を文明国にするために、全生涯を捧げた人といっても過言ではありません。
彼の自伝によると、彼の生涯は学問のために尽くしていたことがうかがえます。
彼の夢は日本を西洋のような文明大国にすることでした。
実際にその夢を果たし、戦争では敗戦したが、日本が持つ知力は、日本を再び経済大国として成長させた原動力となりました。
韓国や中国の立場から見ると、彼は帝国主義侵略を理論的に確立した帝国主義の支持者であり、人種差別主義者であったため、批判されがちな人物です。しかし、日本の立場から見ると、彼は日本を先進文明国として発展させた有能な教育者であり、思想家なのです。
日本は24人(米国籍者2人含む)のノーベル受賞者を育成した知識強国です。
これは何を意味しているのか?
福沢が夢見ていた日本は、24人というノーベル賞をとおして現実化されたといえます。
強い国作りに生涯を尽くした人物として福沢について論ずる際に欠かせないのが、イタリアのニッコロ・マキャベリ(1469-1527)です。
福沢の思想はマキャベリの思想とも一脈相通じる点が多い、福沢の先輩といえるでしょう。彼の思想から影響を受けたとも言われています。
福沢の言葉にあるように、学者は、世論に気にせず、彼(女)らの非難を恐れてはならない。真理を見つけるためには絶え間ない苦行に耐えなければなりません。
アダム•スミス(1723-1790)が初めて経済理論を述べた際に、世間は彼の理論を妄說として攻撃しました。そしてガリレオが地動説を主張したときも異端として断罪しました。このように、人々は自分の意見と合致しない場合は、正しい思想であっても容易に受け入れようとしません。
国力の強弱は、国民の教育水準によって決まる現今の国際社会において、福沢とマキャベリのような洞察力を持つリーダーの役割がどれだけ大切なのか、現在、日本の社会を導く指導者や教育者らに、何が人間のためになるのか、子どもたちの幸せになるのか、一度自分たちの役割について深く考えほしい、と強く願います。
 『学問のすゝめ』について ~Kim Pitt~
レジュメ: Seki

1. 第17回:2018年2月17日16:00~18:30 YMCAアジア青少年センター
2. テーマ:デズモンド・モリス『裸のサルー動物学的人間像ー』
 詳細
3.解説:第17回のゼミが開催されたが、実際に文献を取り上げたのは15回目です。
(12月の忘年会を含むと18回)
今回は、いつもの人文科学(教育・心理・哲学・宗教・社会)に関するテーマではなく、動物学の観点から人間をとらえた『裸のサル-動物学的人間像-』を取り上げた。
本書はイギリスの著名な動物学者デズモンド・モリス(1928~)→1月21日までご存命が確認できているので90歳)、によって1967年刊行されたものである。刊行は1959年から1967年までロンドンの動物園哺乳類館長とBBCテレビの「動物の世界」などを通して経験したものや論文等をまとめたと言われる。
その後、本著は20カ国の言語で翻訳出版され、1,000万部以上売れている。
この他、主な著書としては『人間動物園』『「裸のサル」の幸福論』『動物との契約-人間と自然の共存のために』『美術の生物学-類人猿の画かき行動』などがある。
また、彼は超現実主義者画家としても個展を開くなど『隠密な超現実主義者』という著書も残している。
「裸のサル」つまりホモサピエンスは地球上に現存する193のサルとヒトニザル(類人猿)のなかで体が毛でおおわれてない存在である。この観点からモリスはこの文献で人文科学や社会科学ではなく、動物学的な観点で人間をとらえている。
本書は宗教的、性的タブーを破っただけでなく、人間をまるで動物学の研究対象のひとつとして扱ったことでかなり衝撃的なものであった。
それゆえに本書に拒否感を感じた一部の地域では販売禁止とし、教会では本書を没収して燃やした。このことについて著者はこの本を通じて、我々人類は今まで地球上に存在していたすべての動物の中でも最も成功した非凡、かつ驚くほどの存在だと強調しながら、読者に人間の動物的本姓を理解し、受け入れることをすすめている。
本書は、著者特有の想像力と学問的省察の結合がもたらした意味のあるものである。
本書の中身は、人間の起源、セックス、育児、探索、闘い、食事、慰安、動物たちの行動からなるもので、我々は動物的な文化的意味で人間を分析しながら、人間の体の中に隠された本能的な動物の姿をうかがうことで人間という名前の起源を訪れる衝撃と感心の指摘旅行を経験することになるだろう。
レジュメ: Seki, Nakajima

1. 第18回:2018年3月24日16:00~18:30 YMCAアジア青少年センター
2. テーマ:エーリッヒ・フロム『悪について』
 詳細
3.解説:



レジュメ: Seki, Nakajima, Kaneshima

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