どれが君の本当なの
君はいつもはぐらかしてばかり

これが君の本当なの
やっとつかまえた、でもまたするりすりぬけて












朝。
校舎の外。
鳴り響くチャイムの音。

大きな声で遅刻だ、と言われてるよう。



今日は朝早く行って、水島に話を聞こうと思っていたのに、



大誠は走りながら昨日のことを思い出した。



「イチ」のこと、三上のこと、水島のこと





内緒ね、


三上はそう合図した。
おそらく何か理由があって、水島は地味にふるまっているに違いない。
だからこっそりと話す必要があった。


しかしどうしても「イチ」と水島は重ならない。
昨日から何度も「イチ」と水島を比べてみるが、どう考えても別人だ。



と、いうか「イチ」よりも水島の情報が少なすぎる。







「おはよーございます」


がららら。扉の開く音。

その中にあるざわめきはなかった。
誰もいない教室。
何故。




ぽかんとして立ちつくす。







ぴかっ。





電球がついた。思い出した。
そうそう、今日の一時間目は理科の実験だった。

今ごろ皆は実験室か。


追いかけるのも面倒くさくなって。
謝るのも面倒くさくなって。
怒られるのも面倒くさくなって。


自分の席、すわり、おやすみ。


そのときだ。



がららら。またも扉の開く音。

目をやるとそこには、長い前髪、黒縁のメガネ、そう水島孝市。



平静を装ってみて、こころははねてる。

昨日、「イチ」を前にしたときみたいに緊張している。



大丈夫、大丈夫。もう一度。



ごく。つばをのみこんで。
すう。息を吸い込んで。
よしっ。心の中で自分に渇。



大丈夫、大丈夫。



「おはよう」

「…おはよう」


こちらも見ずにそっけなく返された。
あとがつづかない。
会話は終了。




水島は教科書を用意している。
大誠も教科書を用意するふりをして、水島をじっと見た。



髪。
黒のような。茶色のような。
電気の消えた教室の中で、曖昧な色。


ホクロ。
水島はうつむいていて、口元はみえない。


歌声。
聞けるはずもなく。




照合結果。

「イチ」なのかはわからない。






『水島、「イチ」って知ってるか、』






…聞いてみようか。
ノーストライク、ノーボール。ランナーはなし。いざ勝負。


第一球目。
まずは反応を見ましょうか。



「なぁ、水島、「イチ」って知ってる、」

「…数字」


ボール。


「イチ」の名前に動揺したそぶりはない。
俺が今日こう聞いてくるのは予想できたことだからか。




第二球目。



「ちがうちがう。ギター弾いてる奴。」

「知らない」


がた。水島が席をたつ。
あ、やばい。ちょっと待て、ちょっと待てって。


水島にはなんの動揺もない。



「イチ」イコール、水島…ではない?



方程式がゆれる。
「イチ」と水島、ふたつの影は重ならず離れていく。



第三球目。ツーボール。


「そっか知らんか〜。そうそう、そいつなぁ国語できひんのやって。」


ちょっときわどいコース。



「あっそう。」


あっさりボール。

いかにも興味なさげ。
はやく実験室にいきたげ。


「イチ」ノットイコール、水島…?


新たな仮定。



第四球目。スリーボール。


「それからなぁ、前髪がぴろぴろゆれてめっちゃおもろいねん、」

これはどうだ。最後の決め球。


「…ていうか俺実験室行きたいんやけど、」


はい、ボール4つ。
塁へどうぞ。



「あ、悪い。ひきとめて…」






あ、唇のしたにホクロ…






今日初めて水島を顔を正面からみた。
やっぱり「イチ」と似ている。





がらら。扉の開く音。






けれど性格がちがいすぎないか。
性格ってそんなにかえれるものか。




あ、生き別れの双子の兄弟とか…






「…若宮は行かへんの、」



びっくりした。もうとっくに行ったものだと思っていた。




もしかして、もしかして…


「え、あ、うん、サボりや。」


もしかして、待っててくれたりしたのだろうか。







ちょっと嬉しい。







「そう、じゃあ。」



がらら。もう一度扉の音。
扉を閉める音。

たったった。水島の足音。
ちょっと急ぎの足音。



「イチ」の名前に動揺なし。
地雷は不発。
意外にやさしい。


照合結果…


「うーん…あれはやっぱ別人やな、」


「こら。若宮。ちゃんと授業にいきなさい。」


ドアの外から声。
声の主は三上奈々。謎の音楽教師。今日も若作り。20代前半にしか見えない35歳。






内緒ね。






あの動作がうかぶ。
三上は何を知っているのだろう。
「イチ」のこと、水島のこと。






「なんて、私もそんなに熱心じゃなかったからそんなこと言えないわね。」


ふふふ、と微笑む。






『水島って「イチ」なんかな』






聞いてみようか。本日第五球目。



「あの、先生。水島って…」


しかし、その質問は三上の声にさえぎられた。
けれど、三上の言ったことはその質問の答えに近かった。








「私は水島くんが「イチ」だなんて言ったつもりはないわ。」



え…

それは、どういう…





言葉にならない。




ホームラン。
それをただ見つめるだけ。






「じゃあね。それだけ言いたかったの。」


かつかつかつ。三上の足音は水島の足音と違う。
かつかつかつかつ…。遠ざかっていく。









「イチ」イコール、水島



「イチ」ノットイコール、水島



教室にひとり。
うかんではきえる方程式。