金房流の剣舞道は歴史が古く安政からと聞く、流祖の長崎県出身の金房冠一郎(讃岐屋喜三郎)は、荒木無人斉流兵法と歌舞伎舞を採り創意工夫の末金房流剣舞術を創始される。
明治15年には神社奉納公演等を行うようになった。夫人の千代子は美人の誉れ高く、静岡新聞によると「左利きで左居合、長兄刀の美女剣士金房千代子は、芝居小屋(演芸場)では長兄刀を一瞬に抜きリンゴを真っ二つにし納刀するなど卓越した技を持ち人気が高かった。
金房千代子夫人
初代 金房冠一郎
明治42年明治天皇の御前に召され御夫婦にて日本最初に天覧剣舞の光栄に浴し更に大正3年に大正天皇の御前に再度天覧の浴された。
大正8年千代子夫人逝去されると長崎に帰省され九州館道場を創設し後進の指導育成に専念された。
四代 金房冠一郎