あなたの星座にはこんなお話があるんですよ!
ちょっとのぞいてみてくださいね!
それから天体イベントの紹介もしてますから流星群などを見る参考にしてもらえれば幸いです!
案内人のまさです

| おひつじ座 | おうし座 | ふたご座 | かに座 |
| しし座 | おとめ座 | てんびん座 | |
| いて座 | やぎ座 | みずがめ座 | うお座 |

いけにえにされた金色の雄羊の物語
アンドロメダ座の南東にあるおひつじ座は、その中で一番明るい星(アルファ星)が二等星という目立たない星座で、このアルファ星を中心にして「へ」の字を逆さにしたような形に三等星と四等星がならんでいます。
アラビアではアルファ星をハマル(羊の頭)と呼んでいました。
ひどい継母に殺されそうになったテッサリアの王子プリクソスとその妹のヘレの助けを大神ゼウスに求めたのは、この兄妹の産みの母親ネペレでした。ゼウスは息子のヘルメスに言いつけ、金色に輝く雄羊を兄妹のところにつかわしました。
兄妹がこの羊の背に乗ると雄羊は高く舞い上がり、世界の東の端にあるコーカサスの山に近いコルキスの国をめざして飛び続けたのでした。途中あまりの速さに妹のヘレは目がくらみ、ヨーロッパとアジアを分ける最初の海峡に落ちて死んでしまいました。しかし兄は無事にコルキスに運ばれ、そこの国王に保護されることになったのです。
この雄羊はコルキスについたとき、いけにえとしてゼウスに捧げられその金色の皮はコルキスの神殿に飾られ、決して眠ることがない竜に守られることになりました。この雄羊が空に上げられたのがおひつじ座なのです。
今から2000年ほど前には、春分の日(今の暦では3月21日頃)に太陽はおひつじ座に位置し、アラビアなど東方の国々ではこの日を元日にしていました。しかし、地球の首振り運動(歳差)で、春分の日の太陽の位置は現在では西隣のうお座へと、黄道12星座の一つだけずれています。黄道の一周360度を12星座で割ってあるので、角度で30度ことに黄道星座が違うので、2000年で30度だけ春分点が移動したわけです。春分点はこれから、みずがめ座、やぎ座と移動し2万6000年で再びうお座に戻ります。
略奪された美しい娘エウロパ物語
我が国では清少納言が「枕草子」のなかで(星はすばる)と呼んで最も美しい星だとしたプレアデス散開星団は、冬の空に肉眼でも六つほどの星がかごの中の蛍のように寄り集まって光っているのが見られます。その東側には、オレンジ色をした明るい一等星が輝いています。それはちょうどオリオンの三つの星を結んで北西に約10度伸ばしたところで、これがおうし座のα星アルデバランです。
アルデバランは「後に従うもの」という意味のアラビア語で、ブレアデスより東にあって、遅れて地平線をのぼってくるので名付けられたものです。距離は約70光年で、直径が太陽の35倍もある、低い温度の赤色巨星です。本当の明るさは太陽の100倍もあります。
アルデバランの近くに、Vの字の形に並んだ一群の星があります。これはヒヤデス散開星団で、プレアデスとヒヤデスの二つの星団が、ゼウスの化身である牡牛の姿を形づくっています。V字型のヒヤデスが牡牛の顔を作り、プレアデス星団は牡牛の肩の位置にあって、全体で猟師オリオンに向かい合う牡牛の姿を表しています。秋のおひつじ座に続く黄道星団で、午後8時に南中するのは1月24日ころで、冬の星座とされています。
地中海のアジア寄りの海岸にあるフェニキアの王にはエウロパという美しい娘がいました。ゼウスはかねてから彼女に目をつけていましたがなかなかうまくいかないのです。
ある日のことエウロパが侍女たちと海岸で遊んでいると、雪のように白い牡牛が沖の方から泳いできます。それがあまりにも美しく、おとなしそうだったのでエウロパは気を許して背に乗ってみたのです。あっという間に牡牛は海中に飛び込むと、地中海の波の上をまるで大地を走るように駆けだしてしまいました。「わしはゼウスだ、わしのいうことをきけ」と、わななくエウロパを背に海をわたってクレタ島に上陸しました。エウロパは、ここでゼウスの子供を三人産んだといわれています。
エウロパは、その土地に初めてやってきた人間だというので、その陸地には彼女にちなんでヨーロッパと呼ばれるようになり、ゼウスが姿を借りた牡牛は、おうし座として空にあげられたのです。
フレアデスの星々は、プレアデスの七人姉妹が猟師のオリオンに追いかけられたとき、神々が彼女たちを鳩の姿に変えて大空に放してやったのをゼウスが星にしたものだといわれています。この七人姉妹は、巨人族のアトラスとニンフのプレイオネの間に生まれた娘たちです。プレイオネは、狩と月の女神アルテミスに仕えていたニンフです。七人の娘が姿を変えたといっても、たいていの人には6つの星しか見えません。7番目の妹は神ならぬ人間に恋をしてしまい恥ずかしさと悲しみに足がすくんでしまったといわれます。「星はすばる」のすばるとは、我が国で平安時代の貴族が首にかけた飾り玉のことです。
異母兄弟カストルとポルックス物語
こいぬ座の並ぶ二つの星が、ふたご座のアルファ星カストルと、ベータ星ポルックスです。色のカストルと金色のポルックスを頭にして、仲良く並んだ二人の体は、とびとびに天の川へと連なる三等星と四等星で作られています。
スパルタ王の美しい妃レダに思いを寄せた大神ゼウスは、白鳥に姿を借りてれダの元に通っていました。
ある時レダは、ゼウスと一夜を共にした直後に夫と共にやすみ、そのためレダはゼウスから神の子ポルックスとヘレネを、夫からは人間の運命をもつカストルとクリュタイメストラを産むことになったのです。
ヘレネとクリュタイメストラはやがて美しい娘となり、なかでもヘレネは世界一の美女といわれ、やがてトロイ戦争のもとになり、トロイのヘレネと呼ばれるようになった。ふたご座となったのは、カストルとポルックスの双生児の兄弟です。
ヘラクレスに踏みつぶされた蟹の物語
しし座 のすぐ西側(右) にある小さな星座がかに座です。午後八時に南中するのは三月二十六日ごろですが、なにしろ三等星より明るい星はひとつもないというほど暗いので、見つけるのにも骨が折れます。しかし、しし座とともに黄道星座のひとつとして、もう5、000年も昔にバビロニアで生まれた、もっとも古い星座のひとつです。 大神ゼウスと人間の女アルクメナのあいだに生まれたへラクレスは、生まれる以前からゼウスの正妻へラの呪いを受け、そのため多くの罪をおかすことになったのです。この罪はろぼしのためへラクレスは12の危険な荒業をなしとげることになったのですが、その二番目のものは、レルネの沼に住む九つの頭をもつヒドラ(水蛇)退治でした。
このとき、ヘラクレスをにくむへラは、一匹の大きな化け蟹をよこして、ヒドラの助け太刀をさせました。化け蟹はへラクレスの足をぎゅっとはさんだのですが、筋骨たくましいギリシャ第一の英雄へラクレスは、たちまちふみつぶしてしまいました。この蟹をへラが空にあげたのが、かに座です。一方、ヘラクレスに退治された九つの頭をもつヒドラは、半身が蛇で半身が女体という怪物エキドナの子どもで、殺された後で天にあげられて、うみへび座になりました。
この星座の中心は、プレセペと呼はれる散開星団です。月のない晴れた夜、じつと目をこらして「ししの大鎌」 の西(右) の方を見ると、青白いしみのような、かすかに光って見えるプレセペが見つかります。この光のしみを由むように四つの星がありますが、これが化け蟹の甲らで、まわりの暗い星ぼしが、はさみや足をつくっているのです。
このかすかな天体は、ギリシャの有名な天文学者ヒッパルカスの記録にも、すでにプレセペという名で出ています。またギリシャの哲学者プラトンの一派は、人間が地上に生まれるとき、その霊魂が天国からおりてくる出口がプレセペである、と説いたといわれます。 プレセペというのは、ラテソ語で「かいばおけ」のことです。プレセペの北と南にある暗い星を二匹のロバに見たてて、かいはおけからかいばを食べている姿にしたのです。このロバは、洒の神・バッカスと、火と野粁の神へファイストス(ぎょしゃ座)のものだったのですが、神々が巨人族と戦ったとき、大きくいなないて巨人を驚かせたという手柄で、かいばおけもろとも天にあげられたのです。
望遠鏡で見ると、プレセペもプレアデスやヒヤデスと同じように百個あまりの星が集まっているのがわかります。 これらの有名な散開星団はいずれも、字宙の歴史から見るとごく最近(といっても数千万年から数百万年くらい昔です) に生まれた、若い星の集まりです。

へラクレスに殺された化け獅子物語
春とともに前足をあげて夜空にかけあがってくるしし座は、英雄へラクレスが退治した化け獅子です。父ゼウスの正妻へラの昭いを受け続けたへラクレスは、発狂して妻を殺したり、自分の子どもを火に投げこんだりという悲惨な人生を歩まねばならなかったのです。気が狂ったときは、自分のカを抑制することができなくなって、目にはいる人たちをつぎつぎ殺したりもしました。その罪ほろぼしのため、自ら引き受けたのが危険な12の荒業だったのです。
その第一番目は、ゼウスの宮殿に近いネメアの谷に住む、恐ろしい化け獅子退治でした。ゴルゴン、メドウサ、エキドナという、半身が蛇の姿をした怪物三人姉妹の話はあとで出てきますが、この化け獅子は、九つの頭をもつヒドラと同じくエキドナの子どもです。夜となく昼となく出歩いては、牛や羊はもちろんのこと、ときには人間まで襲っては食い殺すのでした。 弓矢をたずさえて出かけたへラクレスは、途中でこぶのあるカンランの木を引き抜いてこん棒をつくり、化け獅子のくるのを待ちぶせました。夜になって現われた化け獅子は、たてがみは血にまみれ、血のしたたるくちびるを舌でなめまわすという、恐ろしいものでした。
やぶのかげから放ったへラクレスの矢は、二本までも化け郷子に命中はしたものの、たちまちはね返ってしまい、怒り狂った化け御子は、ヘラクレスを見つけるや猛然と襲いかかってきたのです。 弓を捨てたへラクレスは、こん棒をふるって化け獅子をほら穴に追いこみ、力まかせに頭をなぐりつけ、こん棒はおれてしまったものの、化け獅子がひをむところをすかさず組みつき、カいっばい両手で首をしめつけ、とうとう化け獅子を殺してしまいました。 ヘラクレスは化け櫛子の首を打ち落としてかぶとにし、皮をはいで身にまとい、ふたたぴ太いこん棒をつくって身からはなすことがなかったといいます。
ゼウスはへラクレスの手柄を記念して、この化け獅子を空にあげ、しし座にしたといいます。じつは、獅子(ライオン)はギリシャにはいませんでした。しし座も、他の黄道星座とともに5、000きたものです。年以上も昔にバビロニアで生まれ、そこから伝わって 冬の空が西にかたむいたあと、しし座は天頂近くにかけあがります。疑問符の?を裏返しにした形の部分は、西洋で使う革かり鎌にみたてられて「ししの大鎌」と呼はれていますが、 ここが獅子の頭と前足にあたります。 そのいちばん下の白く輝くのは、アルファ星のレグルスで、全天に20個ある一等星のなかで、ただひとつ黄道の上にある一等星です。 毎年十一月中旬ころ、しし座の大鎌のほ、ぼ中央から放射してくるように見える流星群は、ロマソ・ロランの戯曲の題名にもなって有名です。この流星群は、「一八六六1」と呼ばれる彗星がその軌道にまきちらした微塵(流星物質) の流れに、地球がぶつかって生じるものです。
正義の女神アストレアの物語
ゼウスと、巨人のタイタン族の女神テミスのあいだに生まれたアストレアは、正義の女神です。もうずっと昔、この世が「金の時代」であったころは、気候は温暖で家も衣服もいらなかったのです。たがやさなくても野は実り、川には乳や酒が流れていました。人間は争いを知らず、地上は平和な楽園で、神々は人間とともに地上で暮らしていました。 しかしやがて地上には寒暑の四季が生まれ、人間は家を建て、きものをつくり、自分でたがやし、種をまいて穀物をつくらなくてはならないようになったのです。それとともに、強いものが弱いものをいじめるようになり、神々は地上にあいそをつかして、天上に引きあげていきました。しかしアストレアだけは人間を信じて地上にとどまり、熱心に正義の道を説いていました。これが「銀の時代」です。
やがて「銅の時代」になると、人間はうそと暴力をつかうようになりました。地中から鉄を堀り出して剣をつくり、友人どうし、親子兄弟までが血を流して争うようになったのです。アストレアはとうとう耐えられなくなって、天上へかけ去って黄道に星座をかまえたのが、おとめ座です。午後八時に南中するのは六月七日ごろです。 アストレアというのは、もともとギリシャ語で「星」という意味です。
西洋の正義の女神は、ふつう剣と天秤を持っていますが、昔の星図のおとめ座には、麦の穂をもった女神の姿が描かれています。それでこの女神は、植物の芽生えと穀物のとりいれをつかさどる農業の女神デメテルであるとも、あるいはその娘で、後に黄泉の国の支配者ハデスの妃となったペルセポネであるともいわれています。星ぼしがおとめ座はで麦の穂を手にもった女神の姿でYの字形にならぶす。春の大曲線をのばして、うしかい座のアークツルスからさらに南下したところに、白く輝くアルファ星のスピカがあります。穀物の穂という意味のラテン語で、星図では女神が手にもつ麦の穂先に輝いています。この星座が日没後に現われると、種まきの時期が近いということから、畑仕事と切りはなせない星座です。

この世の善悪をはかる天秤
おとめ座とさそり座のあいだに、七番目の黄道星座であるてんびん座がありますが、三つの三等星が「く」の字をさかさにしたような形をつくっている暗い星座で、午後八時に南中するのは七月六日ごろですが、見つけるのは容易ではありません。 このうち中央の星がちょうど黄道の上にあって、毎年十一月上旬に太陽の位置と重なって、太陽にかくされます。もちろん昼間ですから見えるはずはありませんが、秋から冬にかけて、おとめ座やてんびん座のような春から夏にかけての星座は、真昼に太陽の方向にあるのです。
そして半年たった春から夏には、太陽と正反対の方向にきて、夕食後の南の空に見られるようになります。これほ、星座をつくっている星空に対して、太陽が一年かかって私たちのまわりを回っている(本当は私たちが太陽のまわりを一年かかって回っているのですが)ように見えるためです。 てんびん座も、もう5、000年以上も昔につくられた古い星座ですが、正義の女神アストレアがもっている、この世の善悪をはかる天秤が空にあげられたものだといわれています。
秋分の日(九月二十二、三日ごろ)に太陽が位置する秋分点は現在、おとめ座にあります。 Yの字にならぶおとめ座の右上端のあたりです。しかし、地球の首ふりの歳差運動によって、春分点がおひつじ座からうお座に黄道星座でひとつ(30度)移動したように、2、000年以上昔にはてんびん座にあった秋分点が、現在はおとめ座に、黄道星座でひとつだけ移動したのです。
秋分というのは(春分もそうですが)、昼夜の長さが等しいときです。太陽がこの星座に位置して、昼夜の長さを等しくしたころに、そのつり合いを天秤で表わしたのだともいわれています。夏の星座には、てんびん座のほかにも、や(矢)、いるか、こぎつね(子狐)、たて(楯)などの小さな星座があります。わし座のアルタイル(牽牛)の東に四個の四等星が小さなひし形にならんでいるのがいるか座で、詩人でたて琴の名手であり、シチリア島の音楽コンクールで優勝したアリオンを救ったイルカの姿です。優勝して得た莫大な賞金を水夫たちにねらわれて、船から海に身をなげたアリオンを救ったイルカたちです。
なぜ、オリオン座と正反対のところか
夏から初秋にかけて、南の中天に雄大なS字を描く15.6個の星の列がさそり座で、全天第一の美しい曲線といわれ、冬のオリオン座に対する真の星座の王者です。その中心は、赤っぽい一等星のアソタレスです。
天下に自分にかなう者はいない、といいふらしたのは美男子で力もち、狩猟にたけた巨人のオリオンでした。これがオリンポスの神々の耳にはいったからたいへんです。太陽の神アポロンはオリオンあ通り道に大サソリを放ち、彼を殺そうとしました。 サソリは、オリオンを殺すのに失敗してしまいました。そこでアポロンほ、妹の月の女神アルテミスを計略にかけ、彼女にオリオンを殺させたのです。アポロンとアルテミスの兄妹は、ゼウスと巨人族の女神レトのあいだの子ですが、しつと深いゼウスの正妻へラはレトが陸地に身を落ちつけることを許さず、レトはエーゲ海のデロス島でこの兄妹を産んだのでした。
アポロンは素晴らしい男性となり、詩と音楽の神、そして太陽の神となりました.一方、妹のアルテミスは狩の女神であり、丹の女神となりました。後にロ−マ人は、披女をダイアナ(もとは森の女神)と呼ぶようになりました。 もともとオリオンをひそかに愛していたアルテミスは、兄の計略にかかってオリオンを殺してしまったことを知って、嘆き悲しみ、名医アスクレピウスに頼んで、オリオンを生きかえらせてもらいました。
しかし、黄泉の国の王プルトンはゼウスに、勝手に死者を生きかえらせてもらっては困るとうったえたので、ゼウスはオリオンとアスタレピウスを晋で殺し、天にあげて星座にしました。 オリオン座と、へびつかい座です。このとき、サソリも天にあげられて、黄道星座の八番目の星座にされたのです。
さそり座が東の空に姿を見せるころ牢後八時に南中するのは七月二十三日ごろ)には、オリオン座は空に見えないし、さそり座が西に沈む秋の終わりにならないと、オリオン座ほ東にあが これは、さそり座とオリオン座が、天球上でほとんど正反対のところに位置しているからで、近づけるとまた争いを始めるからです。夏のさそり座に対して、オリオン座は冬を代表する星座です。中国でも、オリオンの三つ星を参、さそり座のアンタレスとその両側の星を合わせた三つ星を商と呼び、「相まみえざること参商の如し」といいます。
サソリはくもにちかい砂漠の毒虫の代表で、アジアから中近東、ヨーロッパ南部に多くの種類がいます。長い尾の先に毒針があり、人を殺すほどのものもいます。大きなS字形の曲線を描く星の列を、古代バビロニア人がサソリに見たてたものです。

半獣神ケイロンの物語
さそり座から東の方、天の川を渡ったところが、いて(射手)座です。黄道星座の九番目で、午後八時に南中するのは九月二日ごろです。古い星図では、大きな弓に矢をつがえた半人半馬の怪物が、となりのさそりの心臓をねらって、弓を引きしぼっている姿が描かれています。もっとも、いて座をつくっているのは二等星がひとつと、あとはばらばらにちらばった三等星以下の暗い星はかりで、どうつないでも、そんな姿を想像するのは容易ではありません。弓から半獣人の胸にかけてならぶ六個の星をつらねると、小さなひしゃくになります。
中国ではこれを、北斗七星に対して「南斗六星」と呼び、北斗の星が死をつかさどる一のに対し、寿命をつかさどると考えました。西洋では天の川をミルキー・ウエー、つまり乳の道に見たて、このひしゃくを「乳のさじ」と呼びました。
ギリシャ神話には、神のほかに、神々ほどのカはないが、人間よりずっとカをもっている半神や、巨人たち(タイタン族)が、たくさん出てきます。ケソタウロスと呼ばれる半獣神たちは、上半身が人間で下半身が馬で、弓矢をもって野山をかけめぐる、荒々しい野ばんな種族です。そんなケソタウロスのなかで、ケイロンだけは違っていました.もともと彼は、巨人のタイタン族でいちばん強いクロノスとニンフ (妖精) のあいだに生まれた半神でしたが、クロノスの妻の呪いと復しゅうをおそれて、みずから半馬人になったのでした。
ケイロソは気高く、やさしく、賢かったのです。アポロンとアルテミスの兄妹から、音楽や予言術の極意をさずけられ、後にペリオン山のほら穴に住んで、これらの百芸をギリシャの神々や英雄たちに教えました。毒血をぬった矢が、あやまってケイロンの足にささってしまったのです。ケイロンは非常に苦しみましたが、不死身の彼は死ぬこともできません。そこで、巨人神の英雄プロメテウスに不死の身をゆずり、ケイロンは死んだのでした。ゼウスは彼を惜しみ、空にあげて星座にしました。これがいて座で、弓をひくケイロンの姿です。
上半身が人間のパンの神の物語
秋の黄道には、夏のさそり座、いて座に続いて、やぎ座、みずがめ座、うお座、おひつじ座がならんで、冬の黄道星座のおうし座へと続いていますが、秋の黄道星座はどれも、目立たない小さな星座です。
やぎ座は、真南の空低く見える一等星フォーマルハウトの右上にあります。しかしこの星座を見つけるには、七夕の星である織女(ベガ)と牽牛(アルタイル)をむすんで、同じ長さだけ南へのばせはよいのです。二重星になっている四等星のアルファ星と、その下の三等星が山羊の頭にあたり、ここからずっと東に向かって、飛び飛びにならぶ暗い星をむすんで、平たい逆三角形ができれば、これがやぎ座です。
ギリシャの哲学者プラトンの弟子たちは、この逆三角形を「神々の門」と呼び、地上のいろいろな束縛から解放された人間の魂が、この門をくぐって天国へのぼると考えた、といわれています。 パンの神は野や森の精で、牧神として羊飼いたちのよい友だちでした。頭には山羊の耳と角がついていて、上半身は毛ぷかい人間でしたが、下半身は山羊です。パンの神が水のニンフを好きになり、逃げようとするのを追いかけた事がありました。逃げ切れなくなったニンフが神に祈ると、その美しい姿が消えて、川辺にそよぐ一本の葦になってしまったのです。
パンの神は、たくさんの葦のなかのどれがニンフかわからないまま、その葦をとって葦の笛にしましたが、そのニンフの名前シュリンクスにちなんで、葦の笛はシェリンクスと呼ばれるようになったのです。ある日、神々がナイル川の岸で酒もりをしていたとき、パンの神はシュリンクスをふいてみなを楽しませていました。突然現われたのが、怪物テューポンです。神々は驚いて、いろいろなものに姿を変えて川に飛びこんで逃げたのです。パンの神も飛びこみましたが、あわてたので、につかった部分は尾になって魚になり、水から出ている上半身は山羊になってしまいました。ゼウスがこれを空にあげたのが、やぎ座です。午後八時に南中するのは、九月三十白ごろです。

美少年ガニュメデスの物語
やぎ座の東に続く広い星座が11番日のみずがめ(水瓶)座で、午後八時に南中するのは十月二十二日ごろですが、これもはっきり見えない星座です。ペガスス座の頭の部分の南の方に、4個の四等星が小さなYの字の形にならんで、水がめをつくっています。その右にある三等星のアルファ星とべ−タ星が、かめをもつ少年の両肩にあたり、水がめから流れる水は南へ落ちて、みなみのうお座の口へはいっていきます。そこに光っているのが、一等星フォーマルハウトです。
この水がめは、トロイの王子ガニュメデスがもっていたものだといわれています。オリンポスの神々の酒席にはべって酌をしていたのは、ゼウスと正妻へラの娘へべだったのですが、披女が結婚したため、かわりがいることになったのです。ゼウスの頭に浮かんだのは、トロイの王子で、からだが金色に輝き、美少年の名が高かったガニュメデスでした。 ゼウスは鷲に姿を変え、ガニュメデスがイーダ山で父の羊の番をしていたところに下り、空へつかみあげてオリンポスの山へさらってきたと伝えられています。このとき、彼がもっていた水がめが天にあげられたのが、この星座です。
やぎ、みずがめ、うお座など、どれもあまり目立ちませんが、秋の空にはこのほかにも、目立たない星座がいくつもあります。ペガススの四角形のずっと西の方には、こうま(小馬)座が細長い三角形をつくっています。ゼウスの息子へルメスが双子の英雄カストルにおくった名馬ケレリスであるといわれます。 一方東の空では、アンドロメダ座のすぐ南に、三等星が三個で三角形をつくっているさんかく(三角)座があります。この三角形の右手にあるメシエ(M)33という渦巻き銀河は、銀河系と同じ群をなす銀河のひとつで、アンドロメダ銀河と同じく約220万光年の距離です。
美神アフロディテと息子エロスの物語
ペガススの四角形の左(東)と下(南) の部分に、Lの字形に広がるのが12番日の黄道星座うお座で、午後八時に南中するのは十一月二十二日ごろです。星図には、二匹の魚がひもでつながれた姿が描かれています。なにしろ、アルファ星が四等星で、あとはもっと暗い星というのですから、なさけない星座です。
現在春分点はこの星座にあって、三月二十二、三日の春分の日には、太陽がこの星座に位置するわけです。ギリシャ時代にとなりのおひつじ座にあった春分点が、地球の歳差運動によって黄道星座がひとつだけずれたのです。
ゼウスが宇宙を支配するようになったのは、巨人のタイタン族を破ってからです。巨人族というのは、もともと宇宙の初めに天地も分かれていない混沌めなかから現われた、ガイアとウラノスの子孫です。ガイアは地の意味、ウラノスは天のことです。 もっともその後も、巨人族はときどきゼウスに反乱を起こしました。あるとき二人の巨人が、ゼウスの本拠であるオリンポス山を攻撃しました。オリンポス山を見おろせるほど高い山をつくろうとして、ぺリオンという山を、オッサという別の山の上に積み重ねようとして失敗し、殺されてしまったのです。
自分の子孫が殺されるのを見て怒った女神のガイアは、史上もっとも恐ろしい巨人を生みました。身長も肩幅も150キロメートルで、首が100あり、目と口からは火をふき、黒い舌をもつ口は牛や獅子や犬の声を出し、神々の口まねもするうえ、腕と足の先は蛇になっているという、怪物テューポンでした。さすがのオリンポスの神々も、しばらくほ恐れていたといわれます。 あるとき、美の女神アフロディテが息子のエロスをつれて川岸を散歩していると、そのテューポンに出合ってしまったのでした。とてもかなわないと知ったアフロディテとエロスは川に飛びこみ、魚に身を変えてやっと助かることができたのですが、そんな因縁で、この二匹の魚が空にあげられたのがうお座です。
これに腹をたてたゼウスは、テューポンに戦いをいどみ、雷電をつかって怪物を殺してしまいました。美の女神アフロディテは、もともとウラノスとガイアの娘で、帆立て貝にのって海の泡から現われたといわれています。ですから、巨人のタイタン族の血筋を引いているわけです。ギリシャ人にとってアフロディテは、最高の美の女神であり、愛の女神です。後になってローマ人は、自分たちの美の女神の名をとって、これをヴィーナスと呼ぶようになりました。 アフロディテの息子エロスは、ゼウスの息子である軍神のアレスとアフロディテのあいだにできた子どもで、ロ−マではキューピッドと呼ばれました。
