第2章 タバコはなぜやめにくいのか
- 今回はニコチンについて学んでいきましょう。ニコチンは脳や神経細胞に働く化学物質です。近年ニコチンについての医学的な研究がすすみ、人間の脳内でニコチンがどのように振る舞うかがかなりわかってきました。タバコについて理解する上で最も重要なキーポイントになりますので、ここで詳しく述べたいと思います。少し難しいと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、ここはがんばって読み進めましょう。
- タバコはやめられないのが普通?
- タバコはニコチンの注射器
- ニコチンは脳細胞の病気(ニコチン依存症)を起こす
- ニコチンは本能を支配し、理性を効かなくする
- ニコチン依存症とはどんな状態か
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タバコはやめられないのが普通?
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- 「禁煙なんて簡単なことだ。私は何百回もやっている」とはアメリカの作家、マーク・トウェインが自嘲を込めて語った言葉です。
- 調査によると、喫煙者の約7割が禁煙を希望しています。一方1年後禁煙に成功する喫煙者は7%にすぎません。
(1) 厚生省調査(平成10年) (2) 米国データ(JAMA 2000; 283: 3244 - 3254)
- タバコがこんなにやめられないのは、意志が弱くてふがいない喫煙者が多いためでしょうか?いいえ、そんなことはありません。優秀な医師でもタバコをやめられない人はいますし、社会的に成功をおさめた実業家や政治家の中にも、タバコにだけは屈服してしまっているひとがいるのです。かの有名な哲学者、西田幾多郎はやめようとしてもやめられない苦悶の日々をつづった文章を残しています。
- とすれば、タバコはやめられないのが普通なのだと考えられないでしょうか。つまり、やめられない喫煙者ではなくタバコの方にやめられない理由があるのだと。
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- 精神作用を持った植物は少なくありません。食べると幻覚をおこす毒キノコもありますし、大麻は多幸感をもたらします。実はタバコもある種の精神作用を持っているために選ばれ、使用されてきたのです。
- タバコはナス科の植物で、喫煙は乾燥させたその葉を燃やし、煙を吸引することに他なりません。タバコの煙には4000種類以上の化学物質が含まれています。その中でニコチンがタバコの精神作用の主役です。ニコチンはタバコ特有の物質で、自然界ではタバコ以外には存在しません。
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| タバコはニコチンの注射器 |
- 喫煙すると煙が口から気管へと入っていきますが、ニコチンは口や気管の粘膜から速やかに吸収されます。そして約7秒で脳に作用します。
- 医療現場では、薬を速く効かせたいときには静脈注射をしますが、もっと緊急の時には気管内に投与します。静脈注射では静脈→心臓→肺→心臓→脳の順番で作用しますが、気管内投与では気管(肺)→心臓→脳の順番に作用します。緑色文字の部分(静脈→心臓→)だけ速いのがわかりますね。
- すなわちタバコのニコチンは非常に即効性であることが特徴です。そのため、欲しいときに即効果を得られ、また吸い方によって容易に効果の強さを調節することができるのです。薬物を利用するときにこれほど都合のよい方法はありません。このことが、タバコが乱用されるひとつの要因となっています。
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「タバコはニコチンの注射器」とも言われる所以です。
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| ニコチンは脳細胞の病気を起こす |
- ニコチンの脳細胞への作用をお話する前に神経細胞同士の刺激の伝わり方について簡単に解説しましょう。下の図で神経Aから神経Bへ刺激が伝わるとき、神経Aと神経Bの間のわずかなすき間は電気信号が伝わりませんから、神経伝達物質という化学物質が伝える役目をします。神経Aで作られた神経伝達物質は、神経Bの表面にある受容体(レセプター)にぴったりはまりこみます。そうすると神経Bが反応し、刺激がさらに伝わっていきます。

- もし神経伝達物質にそっくりの物質が外から入ってくると、神経細胞は間違えて作動してしまいます。ニコチンはアセチルコリンという最も重要な神経伝達物質にそっくりの構造をしているため、脳や神経の細胞が反応を起こしてしまうのです。
- タバコを吸うと、大量のニコチンが急速に脳内に入ってきます。そしてアセチルコリンなどの神経伝達物質の代わりに受容体に結合して脳細胞に作用します。ニコチンが大量であるために、正常の神経伝達物質はあまり作られなくなってしまいます。脳細胞の方ではニコチンの量に対応するため受容体(レセプター)の数を増やして対応しようとします。このように脳細胞に変化が起こります。これは脳細胞がニコチン依存症という病的な状態になったことを意味しています。

- ここでタバコをやめるとどのような状態になるでしょうか。ニコチンは入ってこなくなりますが、正常の神経伝達物質はすぐにはつくられませんから、脳細胞の働きは低下してしまいます。そうすると、イライラしたり集中力がなくなったり、タバコが吸いたくてたまらなくなったり、いわゆる禁断症状(正式にはニコチン離脱症状といいます)を感じるのです。ニコチンが完全に体から抜けるのは禁煙して約72時間後といわれており、数日後がこの離脱症状のピークになるのです。

- この状態はしかし、それ程長くは続きません。神経伝達物質は数週間で回復してきます。従ってニコチン離脱症状は数週間でほぼ落ち着いてきます。病的なレセプターの数も減少し、ニコチン依存症の「仮治癒」といえるような状態に戻っていきます。
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| ニコチンは本能を支配し、理性を効かなくする |
- ニコチンは脳にはいると、まず脳の中枢部(大脳辺縁系)の核に作用することがわかっています。この場所は食欲などの本能を司る部分で、麻薬やアルコールなど依存をおこす薬物が作用する部分と一致します。この場所が刺激されると、食欲が満たされた時のように、いい気分になる(すなわち脳は報酬を得る)ため、「脳内報酬回路」とよばれています。
- ニコチンが脳内報酬回路の核に作用すると、ドーパミン作動性神経(下図の赤矢印)が働き、前頭葉に投射します。すると心地よい感覚(タバコはいいものだ)を感じ、さらにタバコを吸いたい気分にさせるのです。こうして喫煙習慣が定着し、継続していくことになります。
- 脳内報酬回路は、本能を司る脳であるということから、理性(意志)の力では「タバコを吸いたい」という欲求を押さえきれないのは当然かも知れませんね。
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脳内報酬回路
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| ニコチン依存症とはどんな状態か |
- ニコチンの医学的な側面について述べてきました。タバコはニコチンの注射器であり、ニコチンを摂取することで脳にはニコチン依存症という病気が起こってくることをご理解いただいたかと思います。しかし現実には喫煙者の多くはタバコで困っているようには見えませんし、ましてや脳細胞の病気といわれてもピンとこないというのが自然な感想だと思います。ではこのように考えてみましょう。
- タバコを美味しそうにふかしている喫煙者をみると、タバコが好きで、自分の意志で吸っているように見えます。これまでずっとタバコは嗜好品であるということになっていました。嗜好品とは「その人の好みによって味わい楽しむ飲食物」(大辞泉)という意味です。しかしタバコの場合は喫煙者の7割がやめたいと思いながらやめられずに吸っているという事実があります。お茶やコーヒーであれば、イヤならやめるでしょう。タバコは嗜好品などではありません。医学的には「依存性薬物」として麻薬や覚醒剤と同列に扱われています(国際疾病分類第10版)。
- タバコを吸わない人は喫煙者が自由意志でタバコを吸っていると思うかも知れませんが、大きな間違いです。タバコを吸うのは、タバコを吸いたいと思うからです。しかしタバコが吸いたいという感覚は、お茶やコーヒーを飲みたいというのとはかなり違っています。タバコが切れると、「タバコを吸いたい」という気持ちが体の内部からわき起こってきて、吸わずにいられなくなるのです。そしてタバコを吸えばたちまち治まります。でもこの効果は30分か1時間で切れてしまいます。タバコを吸えない状況なら我慢せざるを得ませんが、タバコを吸える状況なら、吸わずにいられません。
- 電車や病院の中などタバコが吸えない場所なら別に吸いたいとは思わない、という方もあります。しかし一歩駅や病院を出ればすぐさまタバコに火を付けるという方が圧倒的に多いのです。食事のあとや休憩時間、テレビを見ながらくつろぐ時間にタバコが吸いたくなるという喫煙者も多いですね。本来ならそれ自体が楽しいことであるはずの、こうした時にもニコチンを摂取しないと満足できない体にさせられてしまっているのです。
- こうして喫煙者はタバコを吸うか、さもなければ我慢するかのどちらか、つまり常にタバコ(ニコチン)に縛り付けられた状態に追いやられます。決して自由意志なんかではないのです。
- 我々の調査によると、20歳までに90%が、25歳までに98%が吸い始めていました。この年代で最初タバコを吸うきっかけは、興味本位か友人や先輩に勧められて吸ってみた、いわゆる試し喫煙です。まさかあんなに臭いものがやめられなくなるなんて、この時には夢にも思いません。。何回か吸ううちにそれほどむせることもなく、吸えるようになり「タバコの味がわかる」時がきます。この時にはすでにニコチン依存になってしまったことを意味しています。こうなるともうやめられません。あれやこれやと理由をつけては数十年間も吸い続けることになります。そうすると、2人に1人はタバコで命を落とし、4人に1人は寿命を全うできずに早死にします(WHO)。だれが「自分は命とひきかの覚悟で、好きなタバコを吸ってきたのだから、何も思い残すことはない」といって死ねるでしょうか。決心をしてなった喫煙者などいません。若い頃に何となく試してみたタバコがやめられずに吸っているに過ぎません。20代も半ばを過ぎて分別がつくようになってからタバコを吸おうと思う人はめったにないのですから。この意味でも喫煙者は真に自由意志で吸っているわけではないと考えられます。
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| 喫煙の現状 |
- 喫煙者数は世界で約11億人です。
- 年間タバコ消費量は世界で5兆5千億本(1日150億本)です。
(WHO Tobacco Atlas,2002) |
- 日本人の喫煙率は何%でしょう?
- 80%
- 50%
- 30%
- 15%
- 答えは 3. 30% です。人口比で計算すると喫煙者は約3000万人ということになります。ちなみに80%は昭和40年代の男性、50%弱が現在の男性、15%弱が現在の女性の喫煙率です。日本人の3人に2人は非喫煙者なのです。
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| タバコの経済学 |
- タバコ葉の栽培
- 中米からヨーロッパに渡ったタバコは瞬く間に世界へ広がりました。現在では125カ国で栽培されています。タバコ葉生産第1位は中国で世界の1/3が集中しています。続いてインド、ブラジル、USA、トルコです。
- タバコ葉の栽培には大量の農薬や殺虫剤が使用されるため、土壌を汚染しています。またタバコの葉を乾燥させる燃料のまきとして、毎年長野県の2倍にあたる森林が消えています。タバコ葉生産による環境への負荷が近年問題とされてきています。
- タバコ(シガレット)の製造
- 現代のタバコ(シガレット)は単にタバコの葉を刻んで紙で巻いただけのものではありません。高度に設計された立派な工業製品です。
- タバコには何百種類もの添加物が加えられています。例えばアンモニアは煙をアルカリ性にしてニコチンの吸収率を大幅にアップさせます。またメンソールはのどを麻痺させて、刺激を緩和し初心者でもたやすく吸えるようにします。フレーバーは香味加え吸引しやすくします。
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禁煙を希望される方へ
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第5章で禁煙法については詳しく紹介する予定ですが、それまで待てないという方は以下へアクセスしてみて下さい。
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