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二人っきりの夏休み
8 やっぱりあけぼの荘 (夢のあと) エアコンの効いた快適な朝である。 愛しい恋人は相変わらず腕の中に収まっていてはくれないが、その無防備な寝顔を見守りながら一人朝食の準備に取りかかるのも悪くはない。贅沢を言わせてもらえるなら、もう少し寝相がよければなおいい。 「大介、朝ごはん作るから、シャワー浴びて来い」 その大介はシーツに顔を埋めたまま、「ん」 とだけ返事をし、気だるげに起き上がった。昨夜の濃厚な情交を引きずったその色香に、駿は思わず息を飲む。 しかし── 「なんかケツ、バカになってそう」 こらこら。 朝のロマンチックタイム終了。 朝食はホットケーキにした。 フライパンのサイズいっぱいに焼いたものをパフンパフンと三段重ねにし、真ん中から二人分に切り分ける。湯気の出ているうちにバターを落とし、その上から蜂蜜をたっぷり回しかけると、黄金色に輝く見事なホットケーキの出来上がりだ。フォークで押さえると、切り口に染み込んだバターと蜂蜜がじゅわっと溢れ出て、朝から痛く食欲をそそる。 そしてよく冷えたコーヒー牛乳を大ぶりのグラスで。牛乳にインスタントコーヒーを溶かしただけのものだが、甘いホットケーキには少々苦味のある方が合う。 「うひゃー、うまそう!」 シャワーで生き返った大介は、気持ちがいいほどの力強いフォーク使いで、がっしがっしと口に運ぶ。 その唇を覆うように蜂蜜が照り光るのを、駿は食べるのも忘れ、呆けた顔で見つめた。 結局、使わなかったなあ…… 「なに?」 「ん? あー、ちょっとね」 朝っぱらから妙な妄想をしていることなどおくびにも出さず、にっこり微笑む。 「洗濯してんの?」 コーヒー牛乳に口をつけながら、大介が視線でドアの向こうを指した。誰もいない廊下では、洗濯機の回る元気な音が響いている。 「最後に部屋に干して行く。こっち戻った時に汚れたシーツとご対面なんてゴメンだからね」 部屋の窓からは、一昨日から敷きっ放しだった敷布団とタオルケットが誇らかに干され、すでに夏の朝の強烈な日差しを受けていた。 大介が生ぬるい笑みを浮かべる。 「一人暮らしすると、こんな所帯臭くなるもんかねえ」 「おい待て。所帯臭いとは何だ。変性したタンパク質がどれだけ頑固か──」 「わーった、わーった」 大介は両手を上げて降参した。 「で、何時に出る?」 「十時頃の予定だったんだけど……」 「もう十時じゃん」 「寝過ぎた」 「ヤリ過ぎたの間違いだろ」 「すまん」 「謝んのかよー」 二人して笑う。 急ぐことはない。若竹が戻るのは夜だと聞いている。まあ、これからぼちぼち準備して、適当なところで出発すればいい。 でもその前に、ちょっとだけ…… 「? どした?」 急にぴたりと寄り添われて戸惑う大介の、その手の中のフォークを取り上げる。 「愛してるよ、ハニー♪」 そう、まさに honey。 しかしその蜂蜜味の唇を味わおうとした矢先、大介は想定外の強い力で、駿の体を突っぱねた。 「こここっぱずかしい呼び方すんな!」 真剣にその顔を赤くし、逃げ出そうと腕の中でじたばたと暴れる。 「なにも逃げなくても」 「逃げるわ!」 ハニーがまずかったか。 「じゃ、スイートハートは?」 「殴るぞ」 すごい顔で睨まれた。 まあ、からかうのはこれくらいにしておいて、 「大介」 「なんだ!」 興奮で染まったその耳元に唇を寄せ、そっとささやく。 「最後にもう一度、大介の honeydew を味わいたい」 「!!!」 「ね?」 最高の笑みで誘ったつもりだったが、今度こそ逃げられてしまった。 ちゃぶ台の向こうから大介が吠える。 「い、意味わかんねーけど、エロいってことだけはわかるしっ!」 「え、意味? honeydew は、分泌物として──」 そこで強制的にストップをかけられた。 「最後まで言ったら本当に殴る」 赤面しながらも、精一杯どすを利かせた低い声。 そして、 「前から一度言おうと思ってたんだ。だいたいお前は昔から──」 そこから、ちゃぶ台を挟んで、駿の言葉のチョイスについての説教を延々と聞くはめになってしまった。 そうやって、イチャイチャというかゴタゴタしていると、突然、階下で人の声がした。それも複数の声が入り乱れている。 大介も気づいたようで、ドアに視線を向けた。 「住人?」 若竹が予定時間を早めたか。しかし、それにしては騒がしい。 駿が腰を浮かすと、誰かが階段を上がって来る気配がし、部屋のドアがノックされた。 「先輩」 ぴょこりと顔を出したのは、おととい出て行ったばかりの後輩、井の頭である。 駿はドアに飛んで行った。 いくら名残は消したとはいえ、この純朴な青年を、性交後の愛欲にまみれた部屋に入れるのはためらわれた。 「早かったな。もっとゆっくりして来ればよかったのに」 そう言いながら、心の中で冷や汗をぬぐった。大介が拒否していなかったら、今ごろ取り返しのつかない事態になっていたかも…… 「いやそれが、うちの親が、どんなとこに住んでるのか一度見ておきたいって」 そう言って井の頭は、ここからは見えない階下を照れ臭そうに振り返った。階段下からは賑やかな笑い声が聞こえて来る。 「ご両親が来てるのか?」 何度も言うが、井の頭の部屋はトイレとシャワー室の目の前。そこをおじさんおばさんがうろちょろ出入りするなど、想像するだに恐ろしい。一日早ければどうなっていたか……駿は己の幸運を噛みしめる。 ふと見ると、井の頭はころんとした楽器のケースを持っていた。 「もしかして、ホルンか?」 井の頭が頭をかく。 「ホルンを活かすサークル、本気で探そうと思って」 うんうん、頑張れ。 「あ、例の熱烈歓迎の地元のお友達ですね」 部屋の奥に座る大介を見つけ、井の頭はこんちわと頭を下げた。 「うぃっす」 大介は鷹揚に手を上げる。 「あ、そうだ、駅で若竹先輩と一緒になって」 「え、若竹も?」 「今、下で俺の両親と挨拶を──」 そこに足音高く階段を駆け上がって来る音がした。 「大原先輩!」 若竹は駿を認めると、抱きつかんばかりの勢いで目の前までやって来た。なぜかうっすらと頬を染め、涙ぐんでいる。 「おう、お帰り。どうだ、いっぱい触ってもらったか?」 「はい!」 アフロ頭をくしゃくしゃしてやると、エヘヘーと嬉しそうに笑った。 いい時間を過ごして来たのがよく分かり、駿も自分のことのように嬉しい。 若竹も部屋の中の大介に気づき、戸惑った顔で会釈をした。 「地元の友達だ」 それを聞き、今度は深々と腰を折る。 「大原先輩にはいつもお世話になってます」 「ああ」 大介はちゃぶ台からクールに受け流した。 そのあと顔を合わせた井の頭の両親は、歳の離れた兄と姉と言っても通じるくらい若く陽気で、挨拶をしながら、駿は勝手に初老と決めつけていた己を一人恥じた。 二人から手渡された土産を手にちゃぶ台に戻ると、大介は残りのホットケーキを平らげたところだった。 「……完全に片想いの目だな」 乱暴に口元をぬぐいながらつぶやく。 「え?」 「なんでもない。みんなずいぶん懐いてるじゃんか」 「いろいろあってな」 「ふーん……いろいろねえ……」 ? なんだ? この妙に重い空気は? そこに、玄関と思しき辺りで急に甲高い声が響いた。 そうこうしているうちに、ドアの向こうから井の頭が叫ぶ。 「大原先輩! なんか大変ですよ!」 階下の騒がしさが更に増す。 「次から次へと……騒々しいアパートだな」 多少うんざり顔の大介と一緒に下りてみると、そこには、ギリシャでベルリナだかヴェルギナだかの遺跡を発掘しているはずの田所が、片足をがちがちにギプスで固められ、松葉づえ姿で若竹に支えられて立っていた。 「おー、大原ー、戻ったぞー」 駿に手を振ってぐらつき、慌てて若竹にしがみついている。 「田所先輩! どうしたんですか!」 「どうしたもこうしたもお前──」 聞くと、ギリシャでの発掘調査の初日に発掘現場で足を滑らせ、右足を骨折して入院。退院すると同時に日本に送り帰されたらしい。 まあ、田所らしいと言えば田所らしいが…… 「大原、今日からヨロシクな」 明らかに駿に世話してもらうつもりである。 「俺、これから帰省ですよ」 「えー、なんでだよー。お前がいないとオレどうすりゃいいのよー」 いや、逆に俺にどうしろと? 「あの……田所先輩、大原先輩は帰省だそうなんで、なんなら俺が」 横から若竹が助け船を出してくれるが、 「ええー、大原がいいー。メシうまいしー。大原ぁ、その帰省、先延ばしできないのぉ?」 「え……それはさすがに……」 ふと見た大介の顔が強張っているのに、駿は背中に冷や汗が流れた。 そうやって玄関でわいわいやっていると、開けっ放しの玄関ドアの向こうからゴロゴロと音がし、北海道旅行真っ最中のはずの真壁がピギーバッグを引きずって帰って来た。珍しく険しい顔をしている。 真壁は駿を見ると、くしゃりと顔を崩し、バッグを放り出して抱きついて来た。 「せぇんぱぁ〜い、聞いてくださいよ〜〜」 駿の胸に取りついて、五日間の北海道旅行のはずが三日足らずで帰って来た訳を切々と訴える。 どうやら昨夜の夕食で大喧嘩になり、怒った彼女が後の行程をすべてキャンセルしてしまい、朝一の飛行機で二人して帰って来たらしい。真壁の自己弁護がひど過ぎて、喧嘩の本当の原因に関しては不明だが。 「あんなキツイやつより、やっぱ優しい先輩がイイですぅ」 と、駿の胸に頬をすりつける。 そしてぽつりと、 「……あの時、拒まなきゃよかったな」 いやいやいやいや! 誘った覚えはこれっぽっちもないが? てか、「先輩」 はやめろ 「先輩」 は! 背後に殺気立った気配を感じ、振り返ってみると、大介のこめかみがひくついている。やばい! 慌てて年齢詐称男を引きはがし、困ったもんだと大介に笑いかける。脇に汗が流れる。 引き離されて不満げな真壁は、そこでようやく田所の痛ましい姿に気づいたか、一度上から下まで眺め回し、首をかしげた。 「あれぇ、田所先輩、どうしたんですかぁ? 車にでも轢かれたんですかぁ?」 ナルシスト男の言葉に同情のニュアンスは一かけらもない。 「るせーわ。俺、これから大原に看病してもらうんだもんねー」 「ええー、いいなあ。僕もまた、あーんってアイス食べさせてもらいたいなあ」 「大原ぁー、オレわらびもちがいいー。さっきあっちの通り通ってたー。俺もあーんってしてー、あーんってー」 そのフザケたやり取りに頬を引きつらせている駿の背後から、大介がおどろおどろしい声で耳打ちする。 「ほお〜、お前、あのチャラ男にあーんって食わせてやったのか、あーんって。ラブラブだなあ、ええ?」 「あ、いや、あの時はとにかく必死で……」 すべては大介を迎えるための手段であって、決してやましい気持ちは── こんなノーテンキなやつらなど放り置いて、今すぐ部屋で申し開きをしたいと焦っていたら、そこになんと、吾妻がジョナサンを引き連れてやって来た。 「おー、大原ー」 いったい今日は何なんだ! 「皆サン、タダイマ戻リマシタ」 ジョナさんは背より高いバッグパックを担いで満面の笑顔である。 「ジョナさんどうした。怪我でもしたのか? 帰るの来月じゃなかったのか?」 夏休みが終わるまではフィールドワークの旅のはず。 「妹キャサリン来マシタノデ、中断デス」 「妹さんが日本に?」 アメリカにいるジョナさんの妹は、確かまだハイスクールのはずだが。 「カノジョ今、Tokyo ノ COMIC MARKET デス。終ワッタラコッチ来マスネ」 「コミックマーケット?」 「コミケだよ、コ・ミ・ケ。オタクの祭典」 吾妻が横から口を挟む。 「ソウ、キャサリン OTAKU ネ。Japanimation freak。昨日モ、一緒ニ来タ友達ト "MOTOKO" ノ cosplay シテマシタ」 「もとこ?」 「"GHOST IN THE SHELL" デス」 アニメを見ない駿にはちんぷんかんぷん。外国語どころか地球外言語を聞いているようである。 そこに吾妻が意味ありげな笑みを浮かべ、耳打ちして来た。 「ところで、例の地元の子、来てるんだろ」 「え?」 「ほら、例の、ほら」 「あ……」 血の気が引く。 「今日帰るんだろ? 出発する前に挨拶しとかなきゃって思ってさ。どこどこ?」 「俺のことですか?」 大介がのそりと吾妻の前に進み出た。 駿は口から心臓が飛び出るかと思った。 見慣れない男に、吾妻は困惑顔だ。 「いや、君じゃなくて、大原の恋人」 「じゃあ俺だ」 「だ、大介!」 しかし吾妻は 「またまた〜」 と受け流し、それらしい女の子の姿を捜してキョロキョロするが、いるはずもなく、青い顔をして固まっている駿と、妙にふてぶてしい大介の表情を見て、動きを止めた。 「……え……そうなの?」 大介の言葉が真実だと悟った吾妻は、 「おっ大原っ! お前の言ってた地元の恋人って、男だったのかっ!」 ええええええええええ!!!!!! 一同騒然。 田所の荷物を運んでやっていた井の頭は荷物を取り落とし、 「熱烈歓迎の!?」 真壁は両手でアッチョンブリケと頬を押さえ、 「お泊りエッチのカノジョ!」 若竹はただただ真っ赤になって絶句し、その横で、普段無駄に饒舌な田所が言葉もなく二人の顔を見比べる。 その輪から一人外れたジョナさんだけが、状況を分かっているのかいないのか、ただニコニコと微笑んでいる。 それら大口を開けてアホ面をさらした面々に向かい、大介は傲然と頭を下げた。 「駿と "熱烈" な "お泊りエッチ" した "地元の恋人" の坂本大介です。よろしく」 「大介っ!」 「ホントのことだしぃ〜」 駿は頭を抱えた。 ああ……明らかに住人に対しライバル心を燃やしてしまっている…… 「な、ハニー?」 目が笑ってない! 「もう俺の友達に嫉妬しないって、言ったばっかじゃないか!」 オトナになったと思ったら、なんのことはない、やっぱりいつもの大介である。 「そりゃあ、お前が俺一筋みたいなこと言ったからだろ! あんなチャラ男に 『あーん』 ってなんだよ 『あーん』 って! 俺にだけしてくれたのかと思ったら、あんなチャラ男に!」 大介は六年も前のことを持ち出す。 「状況が全然違うだろ! 状況が!」 そう声を荒げたものの、 「てか……あの日のこと、覚えてくれてたのか」 ちょっと感動かも。 大介が唇を尖らせる。 「当たり前だ」 「そっか……」 ふと気づくと、全員が口を半開きにし、二人を見守っていた。 その後ろで、ジョナさんが一人、感激したように言った。 「キャサリン YAOI freak デス! ホンモノ見タラキット jump for joy ネ!」 ああもう! 人を絶滅危惧種みたいに言うんじゃない! 二年ぶりの地元の花火大会は相変わらずだった。夜店は少ないし、その割に人は多いし、なのに会場整理はなってないし、そのうえ蚊は多いわ、無駄に知り合いは多いわ、なぜか必ず敷物は忘れるわで、まったく代わり映えしない。 それでも今年は少し違って感じられたのはなぜだろうか。久しぶりにコバ達と一緒に見たからかも知れない。 メーカーに就職したコバは、今は地元を離れ、遠方の工場で石頭の上司にしごかれる毎日らしい。ヨコは農協で、大介よりもさらにディープな地元密着青年として、毎日いい汗をかいているとのこと。 当の本人達から聞く近況は、情けなくも健気で、それだけに愉快だ。 「ところでケッチンは?」 遠方の大学に進学した友人は就職浪人中らしく、今年は帰って来ていない。 「最近、メールしても全然返って来ないんだよなあ」 大介とヨコが 「なあ」 と肯きあう。 「そうなのか?」 駿とコバがそろって身を乗り出す。 共通の心配事ができた。 花火の終わった河原に吹く川風が、火薬の匂いを海へと運び去る。 駿は十年押し入れにしまっていたルリオオセンチコガネの標本をアパートに持って帰って来た。当時の処理は完璧で、変色一つない。大介にプレゼントされた機械仕掛けのコガネムシの横に飾ると、本しかない質素な棚が一挙にアカデミックな雰囲気になった。 悦に入って見惚れていると、誰かが部屋のドアをノックした。 顔を出したのは、はからずも駿をカミングアウトさせてしまった張本人、吾妻である。 「あー……」 吾妻はしばらく言葉に迷ったあと、いきなりガバと土下座した。 「この前はすまんかった!」 その勢いに、駿は思わず笑ってしまった。 「謝らなくていいよ」 あれは大介の意志だ。 「それより、姫野はちゃんと戻って来たのか?」 金魚姫に部屋を閉め出されたのが、今回のアクシデントのそもそもの原因だ。 「ああ、予定通りな。で、また怒られた」 「何を」 「鍵がないならなんで連絡して来ないんだって」 「鍵取り上げたの、確か彼女だろ」 さすがに呆れる。大介が聞いたら怒り狂いそうである。 「まあ、それはそうなんだけど……」 吾妻はそこでなぜか、照れたように微笑んだ。 「前にさ、甘い卵焼きが好きだって言って、部屋を追い出されたことあったろ?」 そんな不可解なこともあったか。 「それまで、俺がだし巻き卵が好きだって思い込んでたんだってさ。あのあと帰って言われた」 「なんて」 吾妻がヘヘヘーと幸せそうに笑う。 あなたはあなたの思うように生きて欲しい。私に遠慮なんかしないで欲しい。私は私があなたの足枷になることは許せない。だから何でも言って。こうして欲しいって私に言って。みんなあなたの思う通りにしてあげるから── 「……」 難解な金魚姫。 でも…… 「愛だねえ」 吾妻が鼻の下を伸ばす。 「ま、ね」 あの複雑なお姫様を取扱説明書なしで愛せるのはこの男くらいだろうと、金魚姫の幸運を心から祝福する。 「しっかし、女の愛情表現ってわかんないよなー」 「男はもっとわからないけどね」 何気なくぼやいただけなのだが、吾妻は頬を染め、いつかのようにぎこちなく目を伏せた。 「……頑張れよ」 駿は笑う。 「ああ。でもたぶん、お前の恋よりはシンプルだけどな」 駿は一年前の大介との賭けを思い出す。 そういえば、千田屋のトロピカルタワーはまだおごってもらっていない。駅前の甘味屋の一番高いかき氷なのだが、次に帰った時には忘れずに行かねば。 次は祭りの時にでも帰るかな。 大介は青年団の指導で忙しいだろうが、その姿を覗き見るのも悪くない。なんなら吾妻と姫野を招待してもいい。あの神輿はけっこう見応えがあるからな…… 駿はグラスに冷えた麦茶をそそぎながら、一人次の計画を思い描いた。 窓から見える空には背の高い夏の雲がせり出し始めているが、蝉の声は少し変わった。耳障りなクマゼミの鳴き声は消え、間延びしたツクツクボウシの声に、夕方には駿の好きなヒグラシも混じるようになった。 秋はすぐそこだ。 |