ETC
エコエコ・利根川・チャリンコ旅
前橋〜銚子〜前橋 '09.05.01〜05.04



 タローちゃんの愚策もあってこのGWの高速道路は空前の混雑が予想される
という。
 ついこの間まで、どいつもこいつもエコエコと騒いでいたけどあれはいっ
たい何だったんだ。
 さらに、映画「おくりびと」効果で山形県がブームになって、鼻高々の鳥
海山は標高5000mを超えたようだ。
 ウソ!
 これでは頂上までたどり着けず、残雪春スキーなんて楽しめそうにない。
 俺はどこ行へけばイイんだ?
 痛風で痛む足を抱えて悩んだ。
 まあ、それならじっと静養しているべきだが、家から一歩も出ずでは心の
静養ができない。
 そうだ!車にも乗らず、スキーにも乗らず、自転車に乗って銚子へ行こう。
 でも、この間行ったばかりじゃ・・・。
 昨年のGWに自転車で、暮れには徒歩で行っている。
 だから今度は往復にすれば、目的地が銚子ではなく前橋になるではないか。
 我ながらの頭の良さにうっとりとした。
  ってなわけで、エコエコ・利根川・チャリンコ旅、略してETCが決定した。

 MTBには荷物が着けづらい。そこでシートポール式のキャリアにホームセン
ターで棚用エルボーを買ってきて括り付けた。
 これで両サイドにザックが着く。ザックも「サンキ」で380円のデイパック
だ。

5月1日  午前7時。自宅を出発し、駒形から広瀬川サイクリングロードに入ると5ヶ 月前の徒歩旅では頼りなかった陽がまるで夏のように照らしてくる。  走り慣れた道を10kmほど走って、伊勢崎市・新開橋袂の「街角ステーショ ン」でドリンクの補給と装備の最終チェックをする。  しまった、予備のタイヤチューブを忘れた。  まあ、いいか。  あまり意味のない最終チェックだった。  再び広瀬川右岸を行く。  ここからは高崎・伊勢崎自転車道と名前が変わる。そして幾度か名前が変わ り、時々道が途切れたりもするが、銚子市の北部、海から15km地点までサイク リングロードは続いているのだ。  およそ200kmも車に煩わされることなく走れるのは日本中でここだけだ。  付近には高校がいくつかあり、数種の花に囲まれた道を女子高生に挟まれて 走ると、まるで青春ドラマのようだ。  鼻唄交じりにペダルを踏んだ。  広瀬川はやがて島村で利根川と合流して、道はその左岸を往くことになる。 途中、一度熊谷市の飛び地になり、再び群馬県に入るとすぐに刀水橋に着く。  年末の徒歩旅では1日中歩いてもここまでだった。  その宿から見えた公園を追い越し、「赤岩の渡し」に着くと丁度対岸から客 を乗せた船もやって来た。  今日は河面も明るく照らされていて、「終日(ひねもす)のたり」の風情だ。  あの時は強風に煽られてよたよたしていた船も今日は楽しそうに走った。    渡し船に乗って対岸に渡り、再びサイクリングロードを快調に飛ばす。  快調すぎて「荻野吟子博物館」も「利根大堰」も素通りだ。 「はにゅう道の駅」で最初の休憩、お約束の「いがまんじゅう」でエネルギー を補給した。  およそ3時間で50km進み、自転車はなんと速いのだと思った。  徒歩旅のルートをトレースして県道60号線を走った。  うどん屋、石屋、高架橋、洋裁教室。羽生市街地を行くとサイクリングロー ドよりも建物が多い分だけ記憶に残っているはずだが、意外にうろ覚えなのは きっと気持ちがハイ状態だったのだろう。    はんこうが二種類あると言われた郵便局に寄り、前回と別のヤツを押しても らう。  なんだ、色が違うだけじゃん。
 かけ声と供に自転車を堤上のサイクリングロードに押し上げると、視界が広 がり定番の「翼の折れたエンジェル」が聞こえた。  空は眠そうに霞み、利根川は緩やかなカーブを描いている。  やはり自転車で走るなら車道よりこっちが良い。  栗橋を過ぎ、関宿城「川の駅」。ここは江戸川サイクリングロードも合流し て大勢のサイクリストが休んでいる。  ロードレーサー、ママチャリ、MTBと様々な自転車が並んでいる。最近流行 の小径の自転車も目立つ。  しかし、俺のように荷を着けた自転車はいない。  荷台にはザックが3つ括り付けられ、そのひとつからはウクレレのネックが 飛び出している。  皆がどこかブサイクな俺の自転車を眺めつつ通り過ぎて行った。  下総利根大橋下で畑仕事のおばちゃんに声を掛けた。  あのー、年末に銚子まで歩く途中にそこで休んでいた・・・。 「あんたかい。覚えているよ。無事に着いたかねって、話してたんだよ。」  前回同様元気の良い声だった。  野田市の公園を過ぎると一旦道は途切れるが、しばらく一般道を走って、水 堰橋から再びサイクリングロードが現れる。  この橋は利根川と江戸川を結ぶ利根運河に架かっている。  ここまでおよそ家から100km。快調すぎるほどに走ってきたが、さすがに腰 が痛い。  道は利根川と水田の間を突っ切って菜の花の中をまっすぐに延びている。し かし顔を上げて辺りを見回せば柏や我孫子、取手と都会の高層ビル群がいくつ も並んでいた。   我孫子市・利根川大橋は一般道を走って横切らなければならない。わずかな 距離だが車の疾走する隧道なのでとても怖い。  徒歩なら知らん顔して河川敷のゴルフ場を通り抜けてしまうのだが。  利根川大橋の下流1kmあたりに「小堀の渡し」がある。ここは対岸の取手市の 飛び地で茨城県なのだ。  島村や赤岩はいつでも乗せてくれるが、この渡し船は時刻制になっていて、 次の便まで時間があったので諦めた。  利根川には島村(伊勢崎市)、赤岩(千代田町)、小堀(取手市)、富田(香取 市)と現在4ヶ所の渡しがある。  しかし「富田の渡し」は通学用で登校日しか乗れないようだ。  
 再び我孫子市になった。  焼却場、運動公園、乗馬クラブとあの日の苦痛が思い起こされた。  ずっと見つめて歩いた冬枯れの道はもうない。 一昨日から痛風の発作が起きている。医者に言うと自転車旅なんて絶対止め られるので黙って出てきた。  その右足を庇って漕いでいたせいか左足の膝関節が痛む。  今日はここまでとし、無理をせず木下のビジネスホテルに泊まることにした。  徒歩旅の時にはここをやり過ごしたおかげで次の宿がなかなか見つからず、 痛い目に会った。  後進のために伝えておきたい。宿の名は「ビジネスホテル正喜」、海から74 km地点。前橋〜銚子区間中最もサイクリングロードに近く、国道を一本隔てた だけの位置にある。その隣が親戚の経営する「ビジネスホテル印西」で、こち らは3階建てのビルの屋上に大きな看板があるのでこれが良い目印になる。  素泊り5000円だがそこは交渉次第だ。
5月2日  今日も良い天気だ。ここはもう成田市で、空にはたくさんの航空機が往来し ているはずだがあまり姿を見かけない。それに、冬にはうるさいほどだったエ ンジン音もちっとも聞こえてこない。  春霞がすべて吸収しているようだ。  カンケー無いが、霞は気象用語ではない。    せっかく銚子に向いていた道が流れに沿って左に大きくカーブしたので、イ ンコースで距離を稼ごうと長豊橋から左岸に渡った。  河川敷の牧草地には点々と放牧されたウシ達が草を歯んでいる。  菜の花の向こうに神崎大橋の赤い色が鮮やかに空に映えた。  午前10時、水郷大橋を渡って佐原市街に入った。  この橋は斜張橋としてはレインボーブリッジよりずっと古いのだ。  佐原まで来ればもう着いたようなものだ。  朝飯がまだだったので駅の立ち食いソバに行くがまた開いていない。前回も、 前々回もそうだった。  タクシーの運ちゃんに聞くと潰れた訳ではないらしいが、客のある昼時しか 営業していないようだ。  朝飯はあきらめ、観光案内所でモーニングコーヒー280円を飲む。  別にモーニングでなくても280円だが、これが結構美味いのだ。  前回世話になり、絶対に初日の出を見るようにと言われた「佐久間旅館」に その報告に行った。  おばちゃんはそれを聞いてたいそう喜んでくれたが、初日の出を見たからと いって格別に幸せになったわけではない。  これまた通い慣れた「志田スーパー」で弁当を買って出発した。  ここと名護の「かねよし」はどこに何が置いてあるかが分かる。
 小野川沿いは水運で栄えた町並みが続いている。それを目当ての観光客が写 真を撮ったり旧家を覗いたりとGWの賑わいを見せていた。  利根川は佐原市街を過ぎると川幅をさらに増して流れは緩やかになり、今ま で見られなかったウやカモなど水鳥の数が増した。  雄キジが赤い顔をして目前を横切り、道の真ん中で寝そべっていたアオダイ ショウが慌てて茂みに逃げ込んだ。  丸々と太ったモグラが道端で仰向けに死んでいた。  最後くらい誰かに看取られたくて外に出てきたのだろうか。    利根川河口管理所に寄るのは初めてだ。  本来はお役所の「皆さんの税金をこんなふうに使ってますよ」的施設だが、 トイレや自販機もあり、サイクルステーションの役目もしている。  その展示物などには誰も見向きもしないが、時たまサイクリストや観光客 がやって来てはジュースを飲んだり、ソファーに座って休んだりしている。  俺は誰も来ない建物の裏に回り日陰で弁当を食い、靴を脱いで昼寝をする とコンクリの冷たさが心地良かった。  サイクリングロードはやはり海から15kmで終わっていたが、バラス道が50m ほど延びていたので銚子市のやる気をほんの少しだけ感じた。  しかしそんなことより、当然市民病院をなんとかしなければならないことは 余所者チャリダーでも分かる。  国道の角の修理屋さんには少し足の悪いおばあさんがいる。  今日は医者から言われた日課の6000歩を歩けたのだろうか。  国道356号線を行く。  ここも泣きながら歩いた道だ。  200km。知らなかったから歩けたのだ。  今回同じ道を辿ってみてつくづくそう思った。  凍てつき、飛ばされるほどの風。想定外の箇所まで痛む足。日に焼け、乾燥 して割れた唇。  四六時中いつも歩いていて、あとは眠るだけの毎日だった。  もう二度とするもんか!  なんて思っているのもそう長くはなく、そのうちにきっとまたやりたくなる だろう。  ショーガナイ俺の性分だ。  国道を逸れ旧街道を行くと松岸のヨットマリーナ、去年と同じ顔の管理人が ヨットの器具の手入れをしていた。  さらにアメを貰った魚屋にその時の礼を言って、午後2時、銚子駅に着いた。  寄りたかった甘味屋はまた休みだった。  宿は「いづや」。駅前にあり、飯も美味く、前回泊まって気に入った。  しかしこれでゴールではない。明日も走るのだ。  そう思ったらどこへも行けず、ひたすら明日への体力回復に努めた。  テレビが忌野清志郎が死んだと言っていた。  合掌。
5月3日  朝飯を食ったので8時近い出発になった。  出発前は往復のどちらかは一日で走り切ろうと思っていた。当然、夜間走行 も予測されるのでヘッドランプも新調した。  しかし今はそんなことをしようとは思わない。  やるとしたらまだ元気な「往き」でなければ無理だろう。  今日は100kmほど走って野田に泊まろう。 走り出すとすぐに膝が痛くなった。  雲が厚く、天気予報では夕方から降るかもしれない言っていた。  足の痛みと供に少し不安だ。雨具は持っていても、できたら降られたくない。  市街地を抜け、サイクリングロードに入るまでの15kmが長い。  通り沿いの弁当屋やイチゴ売店もみんな見慣れた風景すぎて退屈だ。  それもそうだ。この1年で5回も通っているのだから。  やっと国道を離れた。  サイクリングロードに入ると今日も河川敷ではラジコンおじさん達が集まっ て飛行機を飛ばしていた。  河川敷にはラジコン飛行機、ラジコンヘリコプター、モーターパラグライ ダー、モーターハンググライダー、グライダー、そして凧や鯉のぼりとあらゆ る空モノが飛ぶ。   佐原の公衆トイレで初めて旅人サイクリストに出会った。宇都宮から来た彼 は銚子からさらに房総半島を南下するという。  犬吠埼の人気回転寿司屋を教えてあげると、白い歯を見せて去って行った。  佐原から上流は昨日左岸を走ったので今日は右岸を行く。サイクリングロー ドは未舗装なので併走する国道356が走り良い。  神崎大橋からサイクリングロードに復帰すると、国道はそこを先頭にとてつ もない渋滞なっていた。  これもGWならではのようだ。  自転車の快適さを見せつけるように飛ばした。   木下の「柏屋」で蕎麦とカツ丼のセット1000円を食う。去年も同じ物を注文 した。  この店は江戸時代からだそうで、なかなか重厚な雰囲気がある。  当時この街は水運基地としてかなり賑わったようだ。  木下宿というと「利根川図誌」にも登場する「銚子屋」が有名だが、ここも それに負けないだけの歴史がある。
 我孫子を過ぎ、海から87.5km地点で突然道が消え「通行禁止」の標識が現れ る。しかしここは50mほど堤が切れているだけなので、かまわず直進すればまた サイクリングロードになる。  これはおそらく増水時に堤の決壊を防ぐために、水を水田地帯にオーバーフ ローさせるのだろう。  反対側の「通行禁止」標識に自転車を担ぎ上げると、ヤマカガシが待ってい た。  ガキの頃には良くいじめていたが、毒ヘビと知った今はあまり近づかないこ とにしている。  水堰橋で浦安から来た自転車カップルに会った。群馬まで行きたいというの でこの先のルートを教えた。  県道7号線を北上し、福田郵便局の角を右折してしばらく行くと野田市スポー ツ公園からサイクリングロードが復活するのだ。  俺は7号線をそのまま走り野田駅付近で宿を探した。  何軒かあたってみたが結局年末に泊まった「てらだ旅館」一泊3500円にした。 晩飯はスーパーで半額になった弁当とグラタン。痛風を気遣って、チューハイ を1缶だけ買った。  毎度毎度のスーパー売れ残り弁当で能が無いと言えばそれもそうだが、腹が 膨れればそれで良い。  旅先のスーパーを覗くのも楽しいし、それになんと言っても安あがりだ。  今日も食ったらアトは寝るだけだ。
   5月4日  県道46号線を西に進み、野田橋から江戸川サイクリング道路を北上する。  おお、野田橋といえば渋滞情報か何かで良く聞く名前だ。  川幅は利根川よりもずっと狭く、おしゃれな住宅街を眺めながら走るのでずっ と都会的な雰囲気がした。  おお、名前は忘れたが足を前に投げ出して座って漕ぐ、オランダの干拓地な どを疾走している自転車も来た。  リカンベントというらしい。  イナカモノだけに「おお」と言う出来事が続いた。  そんな都会的とは裏腹に、コンビニエンスなコンビニが見つからず、朝飯を 食いそびれて関宿まで走ってしまった。  江戸川閘門を渡ると伊勢崎からディズニーランドへ行くという俺と同年代の サイクリストとすれ違った。  群馬県はディズニーランドまでの詳しいルートマップを出し、夏には小学生 のツアーまで企画実行している。  俺等がガキの頃は自転車は空飛ぶ絨毯か魔女の箒みたいなもので、自転車に 乗ればどこへでも行ける気がした。  ヒイヒイ言いながら赤城山に登り、自動車と競争しながら走り降りたりもし た。  自転車が悪ガキどもの武器で無くなってしまったのが寂しい。  学校指定の自転車などというつまらないものがなければ、少しは骨のある自 転車ショーネンなどが現れることだろう。
    栗橋のコンビニで朝食を買って堤の上から町並みを見下ろして食う。もう田 植えが始まっていて、張られた水が光っていた。  堤際に家の土台だけが並んでいるのは、堤防拡張工事のために移転させられ たのだと散歩のおじさんが教えてくれた。  ここが決壊すると東京まで浸水してしまうのでもっと頑丈な堤防を造るのだ そうだ。しかしおじさんは100年以上も決壊したことが無いとも付け加えた。  アー、ケツが痛てー。  と、ため息を突きつつ自転車を止めると、隣に止めた男も同時に同じ言葉を 吐いた。  土浦から来た彼は岐阜の越尾氏(通称ボン)に似た風貌をしている。  そうかこんな本格的な自転車でもやはりケツは痛くなるのだと変な安堵感が 湧いた。  俺のケツはすでに400kmも走ってきているので少しさすっただけでも痛い。 彼は3時間走ったら引き返すと言って、上流に向けて去って行った。 「赤岩の渡し」も通過してさらに右岸を上流に進む。  赤城山の姿が春霞の中にぼんやりと浮かび、ゴールが近いことを示していた。  上武大橋を過ぎると「島村の渡し」。黄色い旗を揚げて船を呼ぶと、待つ間 もなくやって来た。  船が新しくなっている。木造船がFRPの新船に代わっていた。  前のほうが風情があって良かった。  今までは無かったライフベストを着ながらそう思った。  利根川と別れ広瀬川に入ればもう家まで20kmほどだ。  新開橋を過ぎる頃には足腰の痛みも忘れていた。
旅日記