北海道 東大雪縦断 '09.07.08〜15

 沖縄本島〜与論島シーカヤックマラソンは今年から中止になってし
まった。
  都合3回計画されたが、結局一度も開催されることはなかった。

 
 旭川空港に降りると迷う余地がないほどきっぱりと雨が降っていた。
 入山は明日に延期して、とりあえず登山口のある層雲峡へレンタカー
を走らせた。
 今回はイノハハ、キノウチとの3人旅。イノチチは仕事が休めないので
梅雨の明けた前橋で留守番だ。

 道はガラ空きでついつい飛ばしがちになる。
 どこかの政治家が人よりクマの方が多い所に高速道路はいらないと言っ
ていたっけ。
 以前ヒッチした車のおやじも、高速ができたって乗るわけないっしょ、
と一般道を時速100km以上で飛ばした。

 上川で「愛山渓ドライブイン」に寄った。15年ほど前の冬、荷揚げや
ら何やかやでこの店のおやじさんには大変世話になったのだった。
 入山口まで送ってもらったのだが、落ちれば即墜落死の雪道を猛スピー
ドですっ飛ばし、生きた心地がしなかった。
 今は店も息子の代になっているが、おやじさんも元気な様子だ。
 海苔でかたどったFのマークを乗せた名物ファイターズラーメンを食
う。しかし当時食った味噌ラーメンのほうがずっと美味かった。
 北海道はどこへ行ってもファイターズで、スポーツニュースもまず最
初にファイターズの試合結果から始まる。
 
 層雲峡の宿は民宿「とだて」、一泊2食6500円。温泉施設、イタメシ
屋、お土産屋などが階段通路で繋がれた建物連合体の一角にあるので、
雨でも濡れずにそれらを廻ることができる。
 そんな街の中心施設にあるということは、この宿のおやじはそれなり
に実力者なのかも知れない。
 当たりの柔らかさや腰の低さもただ者ではない。

 ここは環境保全地区に指定されているのでホテルなどもすべて三角屋
根に茶色の窓枠の似た造りで、コンビニの看板も緑や赤い色が使えず、
すべてが焦げ茶色で統一されていて分かりづらい。
 コンビニのおやじは毒づくように言った。
 苦肉の策か、駐車場にはお馴染みの派手なマークを描いたトラックが
看板代わりに駐めてあった。

 今日はいよいよ入山、といってもロープウェイやリフトを使って七合
目から2時間歩いて黒岳石室に行けば良い。
 揺れますから注意して下さいとのアナウンスのとおり、ゴンドラは側
壁にゴツンゴツンぶつかりながら停止した。
 リフトを降りて登山道を行くとぐんぐん高度を稼ぎ、ホテルやロープ
ウェイの駅舎が真下に見えた。
 イマイチはっきりとしない天気だ。それでも雲が切れると斜面を彩る
花々や遠くの雪渓も見える。

 トイレの修理に行くという環境省のパトロールと会った。
 以前はニセコが担当だったそうで、五色温泉の悲しい事件のことを話
してくれた。さらにその前には網走管内にいて、知床博物館のナカヤマ
さんなどという懐かしい名前も出て驚いてしまう。
 
 ウコンウツギの黄色い斜面を切って進み、ガレた黒岳山頂に立つと同
時に風が叩きつけて来た。
  カッパを着込んでまっ白な世界をうつむいて進むと、コマクサも露を
貯めてうつむいていた。
 高山植物の女王コマクサだが、ここではごく当たり前にある花だ。
 石室へ下る頃にはそのガスも消え、花畑の向こうにトタンの三角屋根
が見えた。

 その名の通り石を積み上げた避難小屋の中は二段の木床になっていて、
早い到着の我々は上段の一番奥、窓のある明るいコーナーを陣取った。
 その後順次宿泊者がやって来て、ほぼ一杯と思われる30人ほどになっ
た。しかしこれが全盛期にはここに90人、別館も合わせておよそ200人が
イワシの缶詰のようになって泊まるという。
 その頃には絶対来ないようにと、夏季常駐する管理人から強く言われ
た。

 トイレはバイオトイレといい、ウンコをオガクズと混ぜてバクテリア
で分解する仕組みになっている。このオガクズと混ぜるために、踏ん張っ
た後に隅にあるタイヤのない自転車をもう一度踏ん張らなければならな
いのだ。
 壁の注意書きには前に20回以上、後に10回以上とあり、誰かがトイレ
に入るとやがてキコキコとペダルの音が聞こえて来るのだ。

 北海道ならやっぱりジンギスカンっしょ。なまら美味いべさ。
 味付けヒツジ肉で夕飯を食うと消灯時間の8時前には寝ついてしまった。
 翌日は朝焼けで明けたが、やがて曇りだし、とうとうざんざん降りに
なってしまった。
 強風に屋根もビューッと泣き出した。
 そんな天気でも気持ちの折れない人たちはどんどん出発して行き、と
うとう小屋には我々3人と向かいの窓に陣取った、東京から毎年やって来
るという72才のおじさんだけになった。

 これは小屋での居場所も大きく影響しているのではないだろうか。
 他の場所は薄暗く、天井も低いので閉塞感がある。でもここは階段梯
子の上がり下がりの面倒くささを除けば明るく広々としているのでそれ
ほど苦痛ではない。
 そんな訳で、本日4人の連泊となった。
 こんな時のために用意した数独や、ヤフオクで6500円のウクレレを弾
いて過ごした。勿論曲はチー様の「大空と大地の中で」しかない。


 入山3日目、今日も雨。我々は銀泉台への縦走を諦めて層雲峡に戻る
ことにした。
 勇気ある撤退だ。
 しかしその前に空荷でお鉢を少し歩いてみることにした。
 相変わらずカッパにはパラパラと雨粒が当たっている。
 緩やかに登った広場でイノハハが声を上げた。
「うわー、どうしよう。気が狂いそう。」
 地表付近のガスが晴れ、チングルマやキバナシャクナゲ、ツガザクラ、
コザクラの花園が雪渓の縁まで広がっていた。ひとつひとつが黄色や紫
のトーンを変え、乳白色の空と相対して幻想的だ。
 晴れたらもっとすごいだろう。
 2人もきっとそう思ったに違いない。

 お鉢平展望台まで登ると風雨がさらに増したのでエゾシマリスに見送
られて引き返した。
 北鎮岳くらいは登りたかったが無理をしないことだけが我々の自慢な
のだ。
 後学のために黒岳沢の徒渉点を偵察に行くとスノーブリッジが割れて、
雪解け水がどうどうと流れていた。

 今日は土曜日なのでさらに数を増した登山者が次から次へと、途切れ
ることが無く登って来る。ほとんどが内地からのツアー客で、その前後
をガイドに挟まれた20人ほどのグループのこれまたほとんどがおばちゃ
んだった。
 彼らは霧の中から現れ、挨拶もそこそこに霧の中へ消えて行った。

 ユースというとシーツがどうの、ミーティングがどうのと面倒くさい
ことが多い。酒も飲めなくて、俺が民宿をやっていた頃は、ユースはガ
キの泊まるところとバカにしていた。
 それがどっこい、「ぬかびらユース」はペンションといっても過言で
はなかった。夕食にはデザートやワインなども出てしまうのだ。おまけ
にガキどころか宿泊客のほとんどがおっさん、おばさんである。
 多少は二十歳娘の腹立たしいほどのキャピキャピ会話を覚悟していた
のに拍子抜けだ。  
 ひとつ難を言えば、ここの嫁は一度も笑顔を見せないことだろう。
 愛想ひとつでお客の気分も変わるのに・・・。
 
 ユースのワゴンで「岩間温泉」まで自転車ごと運んでもらう。
 秘湯に入り、林道をMTBで走り抜けるというツアーに参加すべくこの宿
に泊まったのだった。
 といってもそんな物好きは我々3人だけだが、ここで強くアピールした
い。人や車でごった返す旭山動物園や富良野のラベンダー畑なんぞより
絶対面白くて価値ある2300円なのだ。

 国道を逸れて林道をおよそ15km詰め、川に架かった丸太を渡ってしば
らく上流に歩くと目的の温泉があった。
 ここは国立公園内なので本当はいけないのだが、いわゆる篤志家と呼
ばれる人たちが湯船を作って管理しているのだ。
  群馬でいえば四万の「湯の泉」温泉 のようなものだ。
 ただその人達や他の人も含め10数人が向かいの河原でキャンプをして
いるのはいかがなものかなと思う。あくまでも国立公園なのだからそっ
と来て、そっと入って、そっと帰って行くのがルールではないだろうか。
 バスローブを羽織り、犬まで連れた男を見てそう思った。

 それはさて置き、川縁の崖に勇払口があり、そこからホースで石造り
の湯船に湯が引かれている。
 湯船に浸かるとやや青みがかったお湯は沢水と合わさり適温に調整さ
れていた。ほのかに硫黄臭が香り、久々の青空に白樺の梢が揺れて気分
はサイコーだ。

 帰路は勿論自転車になるのだが、ダートといってもそれほどの悪路で
はなく、フロントサスが効いて快適に疾走した。
 途中釣りをしたり、大きなフキを傘代わりにしてコロポックルを気取っ
たりした。
 釣りをして良いのか不明だったが、釣れなかったので勘弁して欲しい。
 トムラウシや知床ではエサが無くても釣れそうな勢いだったが、今日
は当たりさえなかった。
 餌のチーカマがいけないのだろうか。
 まあ、それでも竿を、落ちていた枝だが、出せたのでそれはそれで楽
しかった。

 崖に沿って道が高くなったところでカメラを構えると空におっぱいが
浮かんでいた。
 ピリベツ岳と西クマネシリ岳のふたつで通称おっぱい山。それほど豊
満ではないが形の良いおっぱいに思わずニンマリとしてしまう。

 今はたった2軒となった十勝三股はルピナスの群落だった。
 国道を糠平へ15km、ひた走る。 
 舗装道に出ればこっちのモノと思っていたがダートより辛かった。お
まけに途中から自然歩道に入ったらこっちは本格的MTBコースになり、押
し上げたり、担いだり、さんざんな目に遭い、半日コースのはずがたっ
ぷり一日かけて堪能させてもらった。


 糠平温泉はユースを含む7軒の宿がお互いの風呂に無料で入ることが
できる。
 観光案内所のおやじにどこが良い?と聞くと、「糠平観光ホテル」と
そっと教えてくれた。

 その夜はギョウジャニンニクの感動的な美味さで夕食を終えると、宿
泊者全員で幌加温泉の混浴露天風呂へ行った。
 2軒並んだ奥の自炊宿「湯元鹿の谷」。
  内風呂には3種の源泉があり、素っ気ない造りが湯治場らしい雰囲気
を醸し出している。
 みんなの願いが通じたのか、見上げた夜空はみるみる晴れ上がり流れ
星や人工衛星、天の川までがはっきりと見えた。

 また今日も雨。我々の他は全員ライダーなので、着込んだ服の下に不
満な気持ちを仕舞って旅立って行った。
 それは我々も一緒だが雨なら雨の遊び方がある。釧路まで140km走って
和商市場に昼食を食べに行くことにした。

 こんな時にはナビが役に立つ。目的地さえ入力すればおねーさんがきっ
ぱりと指示を出してくれるだ。ただ、「左折です。」より「右折です。」
のほうが悲しい声に聞こえるのは、そっちの方へ行きたくない深い理由
が彼女にはあるのかも知れない。

 後部座席でウクレレを手に唄いながら行くが、路面が悪いので乗り心
地が良くない。
 道が良いと思われがちな北海道だが、距離が長い分、維持補修が大変
で手が回らないのだろう。
 こんな所はクマかシカしか歩かんだろう、というような場所に草の生え
た歩道がどこまでもずっと延びていた。

  和商市場の「勝手丼」はまず大中小と器に入ったお好みサイズの飯を
買い、いくつかの魚屋を巡って具材を選んで自分流の海鮮丼を作るのだ。
 俺はオヒョウ、サンマ、我々が居酒屋でシシャモと呼ぶキャペリーン
ではない正真正銘本物のシシャモ、ダイスケ(キングサーモン)、マスの
筋子、ここでしか食えないモノを選んだ。
 キノウチはホタテ大好き、イノハハはイクラ中心とそれぞれが自分の
味を自慢しながら食らった。そしてトドメは八つ切り夕張メロン、500円
也。

 メロンといえば先日銚子からいつものイヤガラセと称して10個も送ら
れてきた。編み目を纏ったメロンをこんなに集団で見るのさえ初めての
我が家では一同狂喜乱舞、阿鼻叫喚、空前絶後、酒池肉林の様相だった。
 そしてその時知ったのが普段食べ慣れたプリンスメロンとは甘味の上
品さが段違いということだった。
 こんなイヤガラセはいつでも大歓迎だ。


 今夜の宿は再び140km戻って「芽登温泉」の一軒宿、一泊2食8500円。
 林道を走った奥の河畔の、北海道では良く見かける赤いトタン屋根の
ありふれた建物だった。
 風呂はここも湯量が豊富で露天も気持ち良く、いつまでたってもほか
ほかと身体が暖まる。

 明日が滞在中最後の晴天日になる。大雪にまで来てナキウサギを見な
かったのでは帰るに帰れない。そこで然別湖に近い秘湯の宿ということ
でユースのおにーちゃんに薦められたのだった。
 近いといっても80kmほど離れているのだが、北海道では通常車は時速
100kmと計算するのでやっぱり近いのだ。

 然別湖ネイチャーセンターでナキウサギを見るなら隣の東雲湖まで行
くと良いと薦められた。然別湖尻から湖畔に沿って1時間半ほど歩いた
ところにある。
 それなら丁度良いコースと思って歩き始めたが湿度の高い樹林帯は蒸
し暑くてかなわない。まだシャクナゲが咲いているのだから、よほど雪
深い所なのだろう。
 当然ここは原始の森のままのはずで、シラビソに似た木が優勢だ。そ
して倒木更新もきちんと行われており、正しい森の姿を見せられた。
 葉緑素のない白く透き通ったようなギンリョウソウが群生している。
これでも立派な植物だというが、ヤツラはどうやって種を増やすのか。

 ようやく東雲湖を見下ろせるガレ場に立つと心地良い風が吹いた。
 湖畔には近づけないようだ。
 対岸は恐竜の疾走していたとしても不思議がない広大なササ原の斜面
が続いている。
 岩に腰掛けて耳を澄ますとナキウサギのチッ、チッという鳴き声が聞
こえて来る。じっと息を潜めてその辺りに目をこらすが声の主はちっと
も現れてはくれない。
 トムラウシで見た時には登山道をドカドカ歩いていても平気で出てき
たというのに。
 1時間ほど待ったがとうとうお目にかかれなかった。

 然別湖の繁華街は宿2軒、お土産屋3軒、公衆トイレとネイチャーセン
ターしかない。
 ここは昔スプライトのコマーシャルに使われたほど水の綺麗な湖で、
北海道の数少ない天然湖なのだ。
 雲が流れ、今行って来た東雲湖を抱く天望山が見えた。双耳峰の鞍部
はガレ場になっているので、あそこにもきっとナキウサギが居るのだろ
う。
 それにしても天望山は尻に形が似ている。一昨日はおっぱい山で、そ
の前はポコチン(北鎮岳)だった。

 駒止湖でもナキウサギが見られるという。
 駐車場に着くと丁度二人のおばちゃんが湖の方からやって来て、この
季節は子育てに忙しくあまり出て来ないと言う。
 秋の食物を貯蓄する時期がベストだそうだ。
「見るならニペソツのマエテンよね。」
 ニペソツ岳の前天狗が好ポイントらしい。
 それを経験しているキノウチが頷いていた。
 
 駒止湖のポイントにはすぐだった。 
 尾張小牧から軽ワゴン来ているカメラマンが一日中張り込んでいた。
 息を潜めているとすぐに茶色のネズミが岩陰から現れて平らな石の上
に座り、斜め45度の上空を見つめた。
 この仕草が山の哲学者といわれている由縁だ。
 一見ネズミに見えるがネズミではない。耳は短いが、しっぽはほとん
ど無く、口元の様子などはまさにウサギそのものだ。
 彼は氷河期の生き残り、高山の清涼な空気の中でしか生きることので
きないナキウサギなのだ。
 慌ててカメラを構える。液晶が光って見えないので勘で狙いを定め、
夢中でシャッターを切った。
 その後も何度か彼らは現れ、都合4度遭遇することができた。
 もう少し彼らと哲学について語りたかったが、それでも充分に幸せな
気分で最後の宿十勝川温泉に車を走らせた。


 最後の一日もきっぱりと雨だった。
 名残を惜しんだナキウサギの涙かも知れない。

                                            
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