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野洲川の恵みに栄え
未来にのびる工業・
商業の調和するまち
甲西町
 
ゆたかな水量をたたえる野洲川
  
町の象徴−野洲川とその恵み

風が湧く湧く野洲川堤映る水面の二つの影に酔うて跳ねとぶ鮎もいる
川は、まちの情諸を漂わせる大切な自然であり、無くてはならないまちの象徴でもあります。野洲川が町の中央を東西に流れています。したがって、甲西町のまとまりを欠くのではないかと心配されたこともありました。
ところが、長い歴史を振り返ってみますと、野洲川の恵みによって、農耕が栄え安住の地となってきたのです。未来に向かって野洲川が、甲西町の貴重な宝となるよう・・・・・、いまから知恵をだしていこうとしております。
 
歴史のあかし

花が咲く咲く伝芳山よいのち一すじ誠に生きた。
燃える男の華が咲く
公儀検地十万日の日のべ(天保十三年から約二七四年間)を勝ちとった一揆の碑が、三雲の山に建っています。「永遠伝遺芳」(永遠にその遺芳を伝える)という郡民の願いからこの地を伝芳山と名づけ、明治三十一年に碑が建てられました。
野洲川の清水の恩恵を最大限に生かし、農業を守りつづけてきた証しがこの甲西町にあるのです。
 
十二坊と医王善逝のわき水

鐘が鳴る鳴る十二の峰よ
国の宝のみ仏さまも
みんなおでまし美松山
四〇五・五mの高さからは、甲西町内東西一帯が展望できます。岩根山山頂からのながめです。この山頂一帯を、昔十二僧坊があったことから“十二坊”と呼んでいます。そして、この地からは、医王善逝の香水とたたえられるわき水が出ています。この水を、伝教大師最澄が桓武天皇に献上したところ、天皇の病気はたちどころに治った、といい伝えられています。中腹にある善水寺は、この由来によって名づけられた寺です。
眺望ゆたかな岩根山頂
善水寺
県を代表する工業団地

夢が呼ぶ湖南の団地
並ぶ工場に商店街に
雪も黄金の虹散らす
二次・三次産業の中核は、甲西町の北東の地域であって、近代的な工場群・住宅(湖南工業団地)と古くから栄えた商業のまち下田です。湖南工業団地は職住隣援の工業団地として全国的にも注目されていて、今では五十七社の工場が操業しています。
湖南工業団地
滋賀県を代表する工業団地なのです。そして商業の中心下田は、独特の商圏と卓越した伝統工芸によって栄えてきました。
下田焼
 
のびる甲西町

いま、人口急増の激しい甲西町は、受け継がれている文化、良好な自然環境と、躍動する近代産業を調和させながら、核の形成を進めております。未来に向かっての顔づくりのために・・・。
 
 
面積/55.28平方キロメートル(うち耕地面積7.26平方キロメートル) 人口(昭和61年1月1日現在)/29.744人 世帯数(昭和61年1月1日現在)/8.568世帯 産業別就業者数(昭和55年)/第一次457人 第二次6.379人 第三次4.103人 製造品出荷額等(昭和58年)/22.306千万円 年間商品販売額(昭和57年)/2.259千万円
 
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