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歴史と伝統に育く
まれた焼きもののまち
いま、この地に文化と
産業がいきずく
信楽町 
紫香楽宮跡復元原図
  
「高原のまち信楽」

エッフェル塔(パリ)は三一五・六五m信楽の平均標高は三百m。なんと、信楽は、エッフェル塔のてっぺん近くにある高原のまちといえます。この信楽は古の京・奈良といった都、県都大津市、栗東町、三重県の上野市・伊賀町・阿山町、郡内の石部町、甲西町、水口町、甲南町と東西南北すべてに道路網が整備され、しかも近距離に位置しています。三百mの高地でありながら、ほかのまちとひと味違った特色あるまちが信楽です。それは、紫香楽の宮を土台に、その後の都との交流、放射状道路網などを最大限に活用し、独得な風土を醸し出してきたからです。このように、高原のまち、信楽は、周囲との交流を深めながら発展しております。
 
紫香楽宮跡
 
まぼろしの大仏建立

大仏さん(奈良・東大寺)が信楽にあったら・・・・・・・・。こんな想いにかられる歴史の一こまが信楽にあります。今から約千二百年前の天平十四年(七四二)聖武天皇は紫香楽宮の造営に取りかかりました。そして、翌十五年に大仏建立を命じ、十六年には大仏の骨柱が建つまでになりました。しかし、火災などによって実現しませんでした。骨柱などの建築資材を奈良に運び、そこで大仏が完成したのです。このように、信楽で大仏さんづくりが進められた事実はあまり知られておりません。雲井、内裏野にある紫香楽宮跡に立てば、往時のにぎわいだ掛声が聞こえてくるようです。
 
信楽町の魅力

人を引付ける多様なものが信楽にあります。
●手づくりの焼きものは、風景と同じであるといわれます。信楽焼の景色を無限の世界に求めるため、外国人も含めた陶芸家が訪れています。
●ハイキング、キャンプ、まつり、ゴルフ(七カ所)に老若男女が年間を通して訪れています。七月下旬の信楽陶器まつりは、ますます人気を呼んでいます。
●人は心のよりどころを求めます。玉桂寺は、俗に弘法さまで親しまれている寺です。毎月二十一日の例祭には、多数の参拝があります。また、神慈秀明会の神苑にも、全国各地から信者が来町されています。
●高度四百kmまでの大気を観測する京都大学のMUレーダー基地は、アジアで初めての施設です。観測データーの分析、研究のため、世界各地から専門家が来町されます。
タヌキで有名な信楽焼
朝宮茶
陶器まつり
玉桂寺
   
産業と文化の充実

まち全体の均衡ある整備、未来を指向し躍動する地場産業の活性化。この目標達成に、いま積極的な取り組みをしております。例えば、焼きものを生かしたまちづくり、信楽焼の異業種間交流、朝宮茶の品質改良と経営自立、シイタケなどの林産物の量産化であります。また、紫香楽宮資料館、図書館、運動公園といった文化面の充実にも情熱を注いでいます。
 

面積/163.47平方キロメートル(うち耕地面積6.61平方キロメートル) 人口(昭和61年1月1日現在)/13.865人 世帯数(昭和61年1月1日現在)/3.551世帯 産業別就業者数(昭和55年)/第一次547人 第二次3.382人 第三次2.895人 製造品出荷額等(昭和58年)/1.683千万円 年間商品販売額(昭和57年)/1.674千万円
 
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