[100]赤と白の伝説 4

[麒麟の翼]


1月3日には、東野圭吾の作品の中で一番のものとされる「麒麟の翼」をTVで放送して

いました。

丁度、きりんの家の私が、龍の翼について記事を書いていたところでした。いつも、

タイミングが良い現れ方です。。

これは、「日本橋」の欄干に有る、麒麟の像を中心に話が紐解かれていく、上質なミ

ステリーです。


この物語は、日本橋の麒麟像の前で、命を落とした人のシーンから始まりました。

その時刻は、「
午後8時58分」。時刻を目撃している人がいない曖昧な状況で、

時刻のテロップを出す必要が有るのか、少しひっかかりました。

時間に、表れた数字には意味が有ると感じ、金気の数から成ると思ったら、

やはり、13で割れます。

20時58分の二つの数字を足すと、「78」。13で割りきれ、「6」が現れます。

6と13が浮かび上がりました。

日付が符合します。「
6月13日」なのです。

「6月13日」は、6×13=78。干支で6番目は
「巳」。龍の翼に付いた「赤と白」の

印しの記事をこの時まで、伏せてきたのは、「麒麟の翼」に秘められた物を、私が、

知るためだったようです。

この物語の冒頭で、2人の人物が亡くなります。一人は、中井貴一演じる「
青柳武明」

です。もう一人は、三浦貴大演じる、「
八島冬樹」。「八島冬樹」は、彼女とヒッチハイクで

東京へ出てきます。最初に降り立った場所が、日本橋の麒麟像の前でした。「青柳武明」

は、この麒麟に願いを託し絶命しました。

ここにも、不思議が隠されていますが、後で説明します。


この物語で、阿部寛演じる「加賀恭一郎」が言った言葉 

「麒麟は、本来は翼がないんです。でも、ここは日本の道のスタート地点。

この翼は、ここから日本中に飛び立っていけるという願いを込めて造られたそうです


で、気付きました。勿論、この言葉は、表向きの理由です。北京の頤和園(いわえん)に

有る麒麟像には、翼は有りません。二つの動物を足したような姿です。
頤和園の麒麟像wikipediaより

日本橋の麒麟像wikipediaより

この二つの写真を見て、ずいぶん違うものだと感じました。中国から仏教や易は、

伝わっているのに、麒麟については、何故、こうも違ってきたのでしょう?。

日本橋の麒麟像は、西洋のドラゴンそのものです。

何故、この麒麟には、翼がついているのでしょうか。容姿を見ても、西洋のドラゴン

を意識していた感が有ります。西洋のドラゴンであれば、仏教国、日本としては、西洋の

赤と白の龍から見ると、白い龍でしょう。

この白い龍を、この像に
(こ)めたと私は強く感じます。この場所は、日本の道路

の基点で、道を龍に見立てた事も含まれるでしょう。

そして、中心にいる龍だから、黄龍であり、「麒麟」であるのです。

そして、これは、少し前の記事で「黄龍」の事を書きましたが、黄龍は医王であり、

生命再生の象徴と述べました。

また、78を13で割った数、「6」は六番目の干支である「ヘビ」が想像でき、強い

生命力や、再生の象徴とされる事から、この物語でも、半身不随になった若者の

再生を麒麟に願ったのです。


干支で虎と龍の間には「うさぎ」です。うさぎと、へびの位置づけは今までの話で、

同じだとしてきました。

しかし、同じではないはずと感じていましたが、うまく表現できませんでした。

大神神社も「うさぎとへび」です。高度救急医療のシンボルマークも、私は、「うさぎと

へび」としてきました。

この「麒麟の翼」で表れた「6」の数字が、はっきりさせてくれました。

うさぎは、「生命」を表し、へびは、それを動かす「エネルギー」であると分かりました。

干支では、うさぎが表れましたが、聖獣では、白虎と青竜の間は、麒麟であり黄龍です。

エネルギーを込めた生命体を表します。これをうまく表現した文字が有ります。これに

ついては、次の記事で取り上げようと思っています。


日本橋を設計したのは、幕府の要人であった妻木頼
(よりなか)です。

何故、この記事に登場する人の名前に、色を付けたか分かりますか?

妻木頼で言えば、名前に「黄」が使っています。この字を使う人は稀です。そして、

「黄」を「なか」と読みます。「黄」は「中央」と言う意味が有ります。本人に聞かないと、

このつながりは闇の中です。


次に、青柳武明」の青柳あおやぎ」を音読みすると、「せいりゅう」=「
青龍」に、

つなげる事は、無理が有ると思いますか?。


青龍
は、東方の守っている聖獣で、生を司っています。「青柳武明」の思いを医王で

有る黄龍に託したストーリーに、うまくはまると感じませんか?

そして、また、同僚の藤江さんが、いいアシストをしてくれました。

麒麟は、「白虎と青竜の子供」と言う言伝えも有ると言ったのです。

この物語には、ぴったり当てはまります。

「親が子供に託した」状況が表れてきます。



八島冬樹」の「八島」は、東北から上京した事と合わせると、那須の「大神神社」(龍)

の「室の八島」であり、日光の戦場が原に伝わる伝説で、二荒山の神は、「龍」と「東北」

に結びついています。「八島」は「大黒様」(日光の記事で説明して有りますので、つなが

りは省略します。)とされます。「八島冬樹」の役割と、結びつきませんが、あまりに

青柳武明と言い、私にとっては、不思議な偶然と認識しています。


この「八島冬樹」について、今から述べる事を、
東野圭吾がここまで知っているとは、

思われません。

だから、ただの偶然に、私が無理に、意味付けをしているだけか
もしれませんが、

私なりの見つけた意味を書いて見ます。



「八島」を大黒様と推測しましたが、名前の
「冬樹」も、それを裏付けているのです。

「八島」をつなげたものは、「大神神社」としました。

それであ
るなら、大黒様=「太田田根子」(太田田良子の記事で書いたので省略しま)であるから、

太田田根子は、和泉市の陶邑(すえむら)出身
で、ここには、「太田神社」があり、

朝鮮半島より伝わった、
須恵器で知られた村です。神社にある歌碑にも、陶器を

もじ
った万葉集が書かれています。(生の幣懸、死の幣懸の記事に書いて有ります)


つまり、「冬樹」=「とうき」=「陶器」と、推測すると、一つの流れができます。


大黒様と青龍は、一対です。青龍が麒麟(黄龍)になるためには、大黒様が必要なのです。

そして、生と死の時に麒麟
になり、空とつながるようです。

この物語でも、ほぼ、同じ時
に、青柳武明と死んでいます。

大黒様と青龍のつながりは、
私の身近で起こった不思議な特徴から気付いた事なので、

誰も知る術は無いはずです。

もし、東野圭吾が、龍について、ここまで知って書いたとしたら、歴史学者、それも、

大神神社に詳しい人でも、ここまで
は、語っている人は見たことが無いので、

未知の世界とつな
がっているとしか思えません。本人は、自覚しているのでしょうか?


この事から、麒麟の本当の意味を原作者、東野圭吾が知っていたかと言うと、

私は、根拠は有りませんが、知らなかったと思います。

もし、私が原作者だったら、噂になるようにリークします。これまで、このような事は、

漏れ聞えてきません。


人は最後に、何を願うのか」と、エンドロールに出ますが、それは、徳川家康が

そうであったように、(私の勝手な解釈)「命の再生」ではないかと、私は思います。

エジプトの王家の墓に描かれた、輪廻転生の絵、ギザのピラミッドで発見された

「太陽の船」の意味、日光東照宮に秘められたもの。

どれも、生命の再生を表しています。色々な願いはあると思いますが、究極の

願いは、これではないでしょうか。