[16][虚空蔵菩薩と浜松]
この日、高蔵神社に行き、神主さんと少し話しをしていました。今日、熱田神宮から来ていた方は、前から、私の仕事上、良く話していた方なので、気楽に、今までの流れを話す事ができました。話も弾んだせいか、色々な神社の裏話をして下さいました。
多度山の下(地下の岩の中と言われたような)には、UFOが沢山潜む港があるから調べて見たらと言われました。
これを聞いた時に、私は、「だからか」と言ったら、神主さんは、その「だからか」は何なんだと呆れ返っていました。このことは、ここからの話の中で説明します。
それと、25日、妻と映画を見に行く事になり、妻の見たいものは、「スーパー8」でした。私は、ほとんど内容を知らないまま見ましたが、見始めた時に、これも「共磁性」なのかと思う内容なので「ビックリ」するより呆れ返りました。
多度には多度大社があり、古代から格式の高い神社で、天照大神の御子神・天津彦根命を主祭神とするからなのか、「お伊勢参らばお多度もかけよ、お多度かけねば片参り」(伊勢神宮に参るんだったら多度大社にも来いよ、多度に参らなかったら片参りだぞ)の文句と、北伊勢大神宮の通り名も生まれました。
この多度大社には、「五箇の神石」言われる5体の神石の存在が伝えられています。これは影向石・御供石・籠石・御櫃石・冠石の5箇所を指すとされます。
私は、今までの流れの中で、影向石・籠石・御櫃石の三っつの石に興味を持ちました。
「影向石」(かげむくいし・かげむきいし)
影向という名前から、仏教の影響を受けていることと聖者顕現の霊跡と類推されますが、由来は伝わっておらず不明とのこと。推論の中での「鏡」の由来と同じでしょう。

籠石(こもりいし・かごいし・こうごいし)
本宮と別宮の間に岩壁が露出しており、その岩壁の上方に盛り上がっている岩塊。

籠石には言い伝えがあります。「籠石」(「国際日本文化研究センター怪異・妖怪伝承データベース」内)によると、江戸時代に多度山で光と怪音があり、同時にこの巨石が落ちてきたが現在の場所にとどまったといいます。この言い伝えを聞いて、又、鳥肌が立ちました。実は、伊勢湾台風の前か後か忘れましたが、南の方を見ていた時、養老山脈の南端(多度)から2本の今まで見たことの無い強い光が出て、南の地平線から少し離れた所を平行に飛んで行くのを見ました。その光は、パンタグラフが出す青白い色で、真昼間の雲の無い快晴の中でも見え、すごいスピードで、私からみて45度ほど左まで、途中2度2本同時に消えて現れ、光の航跡を残し(直ぐに消えた)消えました。その間3秒に満たない時間でした。その時分は、周りに高い建物もなく、養老山脈も端まで良く見えて、近所の友達と(誰だったか記憶に無い)2人で見ました。その友達は、楕円形のものがあったと言っていたが、私には確認できませんでした。音は聞こえませんでした。家から多度までは30キロぐらいです。
多度大社の奥には、経塚(古来から霊地とされていた場所に経典を埋める)が有り、ここが最も仏に近い場所、仏と交信できる場所と信じられたからに他なりません。
その意味では、これらの露岩群はかつて多度山の神の事跡を伝える「聖跡」であった可能性があります。
この「五箇の神石」の名前を見ていると、冠石(山の頂上に有る。下に、もう一つ有るとも言われている。写真は国学院大学のデーターバンクに有る)御櫃石は、ギザのピラミッドにも有ります。アメリカの1ドル札に描かれているピラミッドの冠石と呼ばれている部分に、目が描かれていますが、多度の冠石の持つ意味合い、「盤座」、つまり、「神の降りる場所」を当てはめれば、ピラミッドの役割が見えてきます。そして、ピラミッドの中に有る、石の櫃に竜の力を持った水を鞍馬寺のウェーサーカ祭(五月の満月の日)の日に入れれば、虚の空間が開かれ、見ることが出来るのではと想像します。誰か実験しないかな?
少し横道に逸れましたが、多度は、まだまだ不思議が多く、隕石も沢山落ちているらしいと言う噂もあります。ここの、祭祀の仕方も特徴があり、
多度山の神跡の上に仏の祭祀の場を設けることで、一種の宗教融合を図ったと、専門家は見ています。この専門家の宗教融合事例から、私が最も求めていたものが、見つかりました。
その部分は、「例えば静岡県浜松市の渭伊神社境内遺跡は磐座と目される岩石群から古墳時代の遺物が出土しましたが、同時に岩石の亀裂の間などから鎌倉時代初期の経筒外容器が見つかっており、かつて神を降臨させていた磐座が仏祭祀の場に変遷したことを物語っています。経塚と磐座が同居する例としては京都府宮津市の真名井神社経塚(籠神社隣り)も挙げられます。」
とあり、渭伊神社境内遺跡は、天白磐座遺跡という名称でも知られています。遺跡は渭伊神社の背後に控える薬師山の頂上にあります。山頂には「3体の巨岩がトライアングル状に位置しており、その3体の周囲に大小の岩塊が集中して散布しているといった状態です。
まるで、三柱鳥居と言ったところでしょうか。ひとつひとつの岩は、三角形に近い形をしています。

この遺跡を調べている方は、こう言っています。「この岩に神が降臨して祭りをしていただの、そういった言い伝えでもあればそれでOKなのですが、寡聞にしてそんな話を聞いたことがありません」
虚空蔵菩薩が、うなぎに乗って降りた所は、私的には、ここしかないです。
23日までは、虚空蔵菩薩が降臨した痕跡は、必ず有ると信じていましたが、こうも早く見つけられるとは(確固たる証拠はまだない、ここからは専門家の知恵が必要なので、アドバイスを貰おうと考えています)
鞍馬寺も宗教融合の寺と言えることからも、「私」・「鞍馬神社」・「高蔵神社」・「浜松」が結びついたようです。
しかし、ここで、「妙な地名」を見つけてしまいました。
そして、そこから「イザナギ」と「イザナミ」の神話へ入っていき、我が家との不思議な符号が明確に浮かび上がりました。ここから先は、とても書く気にはなれません。まだここには書いてない不思議な事等を照らし合わせて、ここが最終目的地のような気がします。この「地名」は、私にしか見つける事ができません。