[お寺と神社の違い]
ネット上には、色々な能力が有る方がいます。霊感の強い方、未来を予知する方、神と話が出来る方・・・・
すべて、その方々のリミッターが外れて、感受性が高まったのです。
その方々の履歴をみると、最初からの方もいますが、大病をしたとか、九死に一生を得たとか、極限まで追い込まれた
という内容が見られます。
つまり、「火事場の馬鹿力」が働いて、それが、出るようになったという事です。
何故、このようなリミッターをつけたのでしょう?
体の機能に負担が掛かり過ぎるのを防ぐためと、精神上では、三次元に住む私達は、三次元のルールに従って、
秩序良く成り立っています。
個人個人が、次元の違う無数の情報を持ち込んだら、精神は何を拠り所としていいのか、混乱が生じてしまいます。
だから、精神にもリミッターを持たせたのです。
それを外せた方は、私がHPで書いてきた、地球のサーバーとの情報の受け渡しが出来たという事に他ならないです。
地球人だったら、誰でも可能なのです。
しかし、文明が進んで、昔の人のように「火事場の馬鹿力」を出す事が、少なくなって、その力を崇拝する事もほとんど無く
なって来ました。
地球のサーバーは、次元を超えた知識の集まりです。高度な知識、体験をした人は、電磁波の出力も高く、そのサーバに
無限に蓄えられます。
それは、神ではなく、祖先だったり、釈迦だったり、未来の自分だったりするのです。
低出力の人達は、地蔵菩薩の下に有る地獄と呼ばれる「地の蔵」に残ったまま、天にある知識の貯蔵庫「虚空蔵菩薩」には
行けません。 この菩薩の仏教的意味は、以前の記事で書いてありますので読んで頂かないと、「知識の貯蔵庫」を理解できません。
最初から読んで頂かないと、納得できないものです。
仏教国であった我が国では、亡くなった偉人や、波長の近い祖先の情報を 釈迦からの啓示として捕らえ自分の道しるべとする
事を昔の人は、大事にしていたのです。
だから、寺は「仏様(ほとけさま)」を尊ぶのです。
ここで、出てくる「天」は、母なる地球の知識の貯蔵庫です。
しかし、私の天からの印の「天」は、これとは違います。
この印は、天から来た一族、「アマテラス」の付けた印です。
地球人との交配で、地球に入り込んだ理由は判りませんが、もし、あなたが、他の民族に入って、自分の民族の証が消えるとしたら、
どうするでしょうか?
その中に、存在の印を残しませんか。そして、それを祀る場所を造りませんか? それは、神社です。
そして、神社の「天」は、地球外となります。
これを読まれている方は、神社とお寺の違いに疑問を持たれた方はいませんか?
アマテラス一族が、地球のサーバと、三次元の地球の地の蔵と結ぶ「龍」を利用しているのは、私の体験や、私の身近にいる人
の体験、宮司さんの話等を踏まえて、明らかです。
現実的な見解に、夢を奪ってしまった感が有りますね。