皇室の「深曽木(ふかそぎ)の儀」の意味


私のHPは、「天との繋がり」を解く事。それは、私に付いた印を知る事の記事です。


前の記事で、神社における、天との繋がりを改めて書きましが、それを書いた直後、皇室のニュースが目に飛び込んできて驚きました。

私の記事の内容が、またシンクロしました。私が、「思う」と現れる現象。すでに、運命は舞台の台本の様に作られ、それに添って、

動いているのでしょうか?

それとも、思考が作り出す世界なのでしょうか?

そのニュースは、秋篠宮様の長男、悠仁様の「着袴(ちゃっこ)の儀」と、「深曽木(ふかそぎ)の儀」と言われる民間では「七五三」に

あたるもので、秋篠宮様以来41年ぶりの儀式。


日置盤と言う、碁盤の上に立ち、そこから飛び降りると言うものです。

碁盤の上に立った時、足の下には、青い碁石が二つ置かれ、その意味としては、アマテラス一族がいた所(高天原)から見た

地球と月だそうです。


碁盤から飛び降りる事の意味は、アマテラス一族が地上に降りた「天孫降臨伝説」を表していて、宇宙と地球とを結ぶと言う意味

であると報じていました。


ここで、月の碁石が、ここで出てきたと言う事は、アマテラス一族が、月にも降り立ったと言う事になります。

そして、月にも存在する事になります。


富士宮にある「かぐや姫伝説」とも繋がるのではないかと、私は感じます。富士宮にある浅間神社の祭神「コノハナサクヤヒメ」が、

かぐや姫ではと言われています。

妻の印からも、私の持つ特徴からも「かぐや姫伝説」は実際の話だったのではないでしょうか。


富士宮にある母のお寺といい、この記事を書く少し前に行った妻との旅行も偶然とは思えなくなりました。


母の遺骨が納められている富士宮にあるお寺

また、私が子供の頃の生活の場だった、「御園」は、「伏見」と言う地名に有り、昔、この地名について

学校の先生から教えられたのが「富士見」からきていることでした。


やはり、私の不思議に関しての行動は、すべて意味の有るものの様です。


不思議のピースが、はまったのは、まだ有ります。

先に出てきた「日置盤」は、碁盤の基になったもので、碁盤は宇宙を表し、石は、を表していると、日本棋院のHPには書かれています。

日置盤は、陰陽道の九星とか、暦が記され、カレンダーとか占いに使用されていたようです。

そういえば、名古屋には、「日置」と言われる地名や神社が有ります。

その回りには、お寺がとても多く、水主町(かこまち)という地名も有ります。

「水主」は水夫の意味とされますが、私的には、水の主、すなわち、「龍」を表しているのではと、思っています。

この「日置」の地名の意味は、日置と言われる、暦象を扱う職業の人が関係しているとされます。

他には、以前のブログに載せた「丸い雲」の写真の場所、「大須観音」も直ぐ近くで、東本願寺の東別院や、織田信長の父の城跡があり、

伏見通りが近くを通っています。この通りは、名古屋城から、御園、伏見、大須、高蔵神社、熱田神宮まで続いています。私は、

このラインは、龍の
道と思っています。



皇室の日置盤は、最初は、京都の安井一陽と言われる、陰陽道の陰陽頭からの奉納でした。内容は一族に口伝で伝わっています。

ここで、「安井」と言う名前に、私は、うなずきました。以前のブログで、「犬の霊に襲われた」が有りますが、その中に出てくるアンサーを

くれた人の名前が「安井」でした。その不思議の答えを聞い
た時、どうして、そのような事を知っているのだろうと思っていました。

今、その人に会う事はできないので、推測ですが、その方は、この安井一族の末裔だったはずです。

今までの中で何度も出てきた色が日置盤の上に有りました。

私の見た多度から飛んできた青色の光。

私の指から出る光の色。

話が繋がった善光寺の光る宝物をのせた「瑠璃壇」。

私の車の色。

八月に隣の人から、「もう使わないから」と頂いた「塗料」の色。

パオンのブログ 私の車と、塗料を塗った発砲スチロール。
塗った時、ビックリ。こんなに車の色と似通っている色、専用車用ペイントでもこれだけにならない。ボンネットに光が強く当たっているので、写真では良くわからないと思いますが、実際は、色の違いは判らないぐらいです。

碁盤の上にあった石は、この色そのものでした。
この色には特別な意味が有るはずです。

鉱石「瑠璃」は、きれいな青色をしていて、主な産地は、アフガニスタン北部です。三蔵法師が「桃源郷」と言った所です。

私は、先ほど書いた「伏見」にも縁があるようで、この話を書き始めた頃に仕事場に入ってきた同僚の女性(以前のブログで家紋が、

皆、「下がり藤」で一緒と書いた人の一人)が、先日、会話の中で、「私の祖父は、○○で神社の宮司をしている。毎年夏に、京都の伏見稲荷

の山を「山掛け(駆け?)といって、一日かけて、祠を巡って、私も一緒に行った」と話していました。ここに、自分の家に関係する祠が有るとの事。

「伏見」=「富士見」、そして、私も、妻も「藤」「富士」に縁が有り、(コノハナサクヤヒメの記事に内容有り)だから、この人も「富士」に関係して

いると思われます。私の話の流れには、とても重要な人かも知れません。