日置神社と、橘の家紋と、伏見通り
[私の推論の証明]
高蔵神社近くのお客様が、12月29日夜、高蔵付近からUFOを見た。
別のお客様が、1月3日に浜名湖のホテルで、幽霊を見た。見たのは子供、寝ている親の上に覆い
かぶさっていたのと、ベッドの横にたたずむ少女。足を蹴ってくる女の三人の霊。
そして、テレビで、東北の震災を予知していた科学者のニュース。電磁波を各観測地点で測定して、
その変化から分かったそうで、その変化をグラフで表していました。
そのグラフの上には観測の周波数帯が書かれていた。88kHZまでの周波数である。
我が家のCPのスピーカーから流れてきた、80・7kHZの裏付け。
地面が押されると強力な電磁波がパワースポットから放出されると言う、私の推論の裏付け。
その科学者は、その後同じような波形が見られるから数ヶ月以内に房総から伊豆にかけて、
巨大な地震が来るかも知れないと述べていた。
高蔵神社は勿論、以前記事にした浜名湖の近くに有る、天白盤座遺跡。
虚空蔵菩薩は、うなぎに乗って降りて来たと言う伝説の証明。
強い電磁波が出るパワースポットでは次元が歪み、幽霊を見たり、UFOを見たりすると言う推論の
裏付け。
しかし、私のデータには数ヶ月で巨大地震が来るデータは無い。
私にとって、証明したいのは、ホテルで幽霊の話が、30分後に別の人が話していたと言う現象です。
ホテルで幽霊が出る部屋の見分け方を話をしていたのです。
今までの記事の中に出てきた場所で、伏見通りに面した物を印しました。
その前に、日置神社の入り口にある狛犬の下の紋に疑問を持っていたので調べることにしました。
何故、六芒星と橘なのだろうか? 六芒星は判ります。
日置神社
そこで、もう一度、日置神社へ尋ねたら、八幡さんを合祀して有るからとの事。
そう、石清水八幡宮は橘紋。
この八幡宮の創基の僧・行教は空海の弟子。名古屋で言えば、同じ裏鬼門である荒子観音は
最澄の弟子が創基。白山につながる。
そして、石清水八幡宮は、裏鬼門からして、陰陽道の安井一陽につながり、白山につながる。
ここまでは、歴史家だったら判るところだが、ここから先は、私にしか判らない。
安井一陽ときたら、日置盤→碁盤。その碁盤を作成している家系の人が前に住む。
そして、もう一軒(同じ名前の碁盤屋)、この伏見通りにもあり、三の丸にある我が中学校のすぐ近く。
そして、以前の記事に出てきた、弘法さんのお堂を守る小学校からの友人の生家の数件隣。
私と同じ様な形が、ここに有ります。
さらに、橘紋からもつながった事に驚きました。
橘紋を調べて見ると、タチバナの実と葉を図案化した家紋であり、平安時代末期ごろに現れ、
江戸時代には90家余りの旗本が用い、蔦紋や桐紋などとともに十大紋の一つに挙げられています。
橘の謂れは、古事記、日本書紀に書かれていて、垂仁天皇が部下を常世の国に遣わして、不老不死
の力を持った(永遠の命をもたらす)霊薬を持ち帰らせたという話が記されている。
古事記の本文では、この霊薬を「是今橘也」(これ今の橘なり)と記して有ります。
常緑の葉からも、不老の象徴とされています。
石清水八幡宮は、八幡神を勧請した僧・行教の紋が橘であったため、橘紋と三つ巴が神紋とされて
います。また本殿の彫刻には真ん中に橘の実があり、本殿前には左右に橘の木が植えられており、
授与品としてこの橘の実を使った御神酒も作られています。
[この家紋の使用者]
この紋の使用者は、元明天皇が、葛城王に橘姓を下賜したことにちなみ橘系の氏族が家紋として
用いたと、『見聞諸家紋』に記されています。
文献に初めて見られたのが薬師寺氏と小寺氏の性です。
その後、この小寺氏に仕えていた家臣二人にに下賜されました。
一人は日蓮の一族で、日蓮宗の寺紋になりました。だから、私の通っていた日蓮宗のお寺が運営
する高校の校章は「橘」。校名も「立花」。
二年前まで、一緒に働いていた人の名前は「小寺」と言い、荒子観音の直、近くに住み始めました。
この名前は裏鬼門に引かれるのでしょうか?
もう一人の家臣は、私の家の前の苗字。
陰陽道、碁盤、パワースポット、弘法さん(空海)、そして、この名前は、セットになっているのでしょうか。
今までの流れで感じるのが、白山の菊や、橘紋からも判るように、不老不死や,生命の再生を昔の
人は願っていたか、知っていたのではないでしょうか。
シュメールの菊や、エジプトのミイラからも、世界各地の民の願望で、私の周りだけしか解りません
が、パワースポットが、その願望を叶えてくれる唯一の場所と理解している人々の存在を感じます。
この事からも、富士の見えない伏見通りは、「不死身通り」を意味するのでしょう。
[伏見通り]
名古屋城に有った八角堂の権現山と、私の通った中学。
私の通った小学校
白山社
高蔵神社
日本武尊と妻の古墳とされる場所。熱田神宮。
このラインを調べていたわけではないのに、この伏見通りに集まってしまった。他の場所も、私に
関わっていた不思議な所は有ったけど、これだけ、このラインに点在した様相は無い。
「伏見通り」と言う名前は、意味があって付けられた名前としか思えない。それか、神の意思がそう
付けさせたかです。
[ある名前の不思議]
これを書いているのは、平成24年1月25日。
毎日、びっくりする事が有ります。
24日にビックリした事は、向への家の名前に関してです。今、一番興味を持っています。
日置盤から橘の紋と流れてきている名前だからです。日置神社の所在は、「橘」と言う町名で、
調べるまでも無く、この神社と密接な繋がりが有るのでしょう。
まず、伏見通りの近くの会社でお勤めのお客様で、この苗字を持っている方がいたので、
尋ねてみました。
私の推測はこうでした。この方が、住んでいる所は、私が、今、住んでいる場所、もしくは、愛知町の
近くか、高蔵神社の近くの三点の中だと思っていました。そして、尋ねたら、愛知町の北に住んでい
ると言われました。長男の家から数十メートルの場所。お嫁さんが勤めに行っている会社の前。
鳥肌が久し振りに立ちました。
そう言えば、皇室関係にもこの名前が有った事を思い出しました。この件に関して、不思議に思って
いましたが、今、納得しました。
このお客様は、意識してここに住んでいる訳ではないようです。
遺伝子が、パワースポットの波長に呼応して引き寄せられるのではと、思ってしまいます。
しかし、25日の不思議な符号は、なんなのでしょう。
25日は、愛知町の北の営業区域だったので、その地域のお客様に、「○○さんと言う名前の方は、
この辺に、多くいますか?」と質問しましたが、余りいませんよと、答えが返ってきました。
しかし、このお客様は、変わった事を言われました。それは、「そこの葬儀場で、○○家の葬儀が
有るので、多いのかなぁ」と言われました。
先週は、「ホテルでおばけ」の話で続き、今日は、○○と言う名前で、続く事をどう理解すればいい
のでしょうか。今までの事例からも遺伝子が引かれる様相が見られるが、遺伝子よりもミクロな
世界で、もっと複雑に引き合っているのでしょうか。
伏見通りの近くの会社でお勤めのお客様に、尋ねた後、変な気分でした。
以前、住んでいる所を 確か聞いた事がある様な気がしていたのです。
名古屋の東の方だったはずです。(愛知町は名古屋の西)
お客様の情報は、煩雑な飲食店の人が、良く間違えずに注文を受ける光景を見たことが有りますか?
私も、覚える気が無くても覚えてしまっています。商売をしていない方には理解しにくいかも知れま
せん。先回のブログの記憶違いとといい、今回といい、脳が老化してしまったのでしょうか。
それとも、精神が二つに分かれてしまっている分裂症なのでしょうか。
私の生活している世界のストーリーが、替えられ、別の世界を新たに、造りだしているような感覚を
持っています。頻繁に起こる共時性を見ていると、こんな突拍子も無い発想を当たり前の様に持って
しまいます。
以前の記事でも書きましたが、近くにある、お寺の住職が、こんな事を言っていたのを思い出しまし
た。「改善したい事が有ったら、貴方の氏神様に願えば、変化する」という事を。
心理学者ユングは、中国の易にこそ真理があると、研究の最終地点を「易」に持ってきました。
私も、その境地に成りつつあります。
八角堂から南西方向に、愛知町、荒子観音。南東には、日置神社、笠寺観音。
荒子観音と笠寺観音は、節分の恵方で有名だから判りますが、愛知町と、日置神社については、
今まで聞いたことは無いです。