[48]地名に隠されたつながりU
以前の記事で、三柱鳥居の事を突然話された方がいましたが、その方は、私と、その話をする
少し前にも、洞戸の高賀山に巡らせた六社の一つのうなぎ伝説で有名な「星宮神社」にも行か
れていました。その方は、私の記事に興味を持っておられます。この方の会社の所在は、荒子
観音の北に位置する「高畑」に有ります。この方とも多分繋がりが有るのだろうと思っていました。
洞戸を調べていた時に、高賀山の北に有る那比本宮神宮神社近くにも「高畑」と言う地名が有り
ます。そして、No19の記事にも出てきた関市平賀に隣接するポルターガイスト現象で一躍有名に
なった場所も「高畑」。ちなみに、高賀山と荒子観音の高畑は、重要な場所の北に位置していた
ので平賀の隣の高畑は、その南方を調べて見ることにしました。
3キロ離れた場所に変わった名前の山を見つけました。(19の記事を書いた時に既に見つけて
いた)。「カナクズ山(142m)」です。その間には、白山神社も有りました。南西1キロには、春日神社。
この近辺には、興味深い名前の山が多く、北には「富士山」(357m)と言う山、「鬼飛山」(290m)、
「愛宕山」、が有ります。


カナクズ山北側と南側
カナクズ山に行って来ました。平凡な里山でした。そして、付近の方に、山の名前の由来を尋ね
ても何も分からず。しかし、一つ収穫が有りました。この山の北側に、「稲葉池」が有りました。
残念ながら時間が無く、寄る事はできませんでした。ここでも、「いなば」が出てくる偶然。これは、
必然なのでしょうか。
地名には、意味が隠されている事をNo45の記事で書きましたが。そうすると、この高畑にも何か
意味が有るのではないかと考えられます。
関東に有名な高幡不動が有ります。「幡」の字は、辞書で引くと「のぼり」とされます。神道で言う
「幡(はた)」とは「神」の寄りつく「依り代(よりしろ)」としての「旗(はた)」を意味する言葉としてみ
られます。つまり、以前書いた「御幣」です。御幣も、本当は絹を竹串に挟んだものでありました。
八幡は「数多くのの旗」→「多くの神が降りる目印」と言う意味になります。
幣縣町が旗屋町になったのも(No43の記事参照)繋がりが見て取れます。
今までの地名の例をみても、荒子の「高畑」は高地では有りません、だから、「高い場所に有る畑」
と訳すには無理が有ります。「高畑」を「高幡」に置き換えた方が自然かと思われます。
名古屋の近隣の「清洲」は平成の大合併で、「清須」に変わりました。地名は、土地を整理する度に、
良く字が変わるのを目にします。何故か、知っていたら教えてほしいです。
「愛知町」を見ても、「九重」と言う文字で指し示し、「幣縣町」や「日置町」は「日比」と言う文字で
繋げ、この場所も同じ意味合いだと感じます。そうすると、「偉大な神が降りる場所を指し示して
いる」となるのではないでしょうか。
荒子観音は名古屋の裏鬼門。京都で言えば、石清水八幡宮。
もし、私の推論が正しければ、この名前を命名した人に会えるものなら会ってみたいものです。
名前に「命」を入れ込んだ、正に、「命名」です。
[関市平賀の命名の訳]
岐阜の関市に有る「平賀」と言う地名(No19の記事参照)は、以前の推測もあると思いますが、
隣の「高畑」の周りにあった2つの「星宮神社」から推測して、ここに隕石が落ち、隕鉄が有ると思わ
れます。「星」の付く名前がある場所には、隕石が落ちた場所で、刀鍛冶が多く居たと言う説を聞
いた事が有ります。関市は「刃物の街」として有名です。No19の記事での推測より、次の推測の
方が、正解かと思います。
ここには、平賀の名前を持つ人は見つかりませんでした。一族は奥州で名前を変えていますが、
織田信長が命名した「平賀」で有るならば、ここに住むとして「平賀」の性を使用するのが正しい
でしょう。
平賀源内は、当時、「発明家」として名を馳せていたよりも、「鉱山技師」としての名前の方が有名
でした。隕鉄には宇宙のパワーが秘められていたのでしょうか?織田信長は、それを知っていて
草薙の剣のような神秘の剣を求めていたのかも知れません。そこで、平賀源内に探させたので
はないでしょうか。
丁度、先週の木曜日、仕事中に変わった名前の喫茶店の前を通りました。「はっけん」と言う名前
でした。マークは、剣を二本、重ねたもので、マイセンの印の様でした。そうして、少し行ったら、
「八剣神社」が有りました。そして、1時間後、この場所から離れた場所で、「八剣電子」と言う会社
の前を通りました。そして、またまた、違う場所の「八剣神社」の前を通りました。その時は、剣に
ついて記事を書く事など微塵も思っていませんでした。それより、3月26日の星の集合の方が気
になっていました。共時性は、やはり、意識の外から来るのだと改めて思いました。