[49]マヤとのつながり


数日前、「アンビリーバボー」と言う番組を見ていて、鳥肌が立ちました。

人類の終わりの予言についての内容でしたが、その内容の恐怖にビックリしたのではなく、

そこに出てくる名前とか数字の類似、そして、私の述べてきた事の類似にでした。

マヤは、暦を大切に扱ってきました。天文学に秀でて、地動説を唱えた、コペルニクスの

1000年以上前に日食や、月食の起こる時も把握し、
52年ごとに、うるう年の差を13日足す

ことを行ってきました。

妻は、
うるう年生まれの2月29日が誕生日。娘は13日生まれ。私は、日生まれ。

「52」、「うるう年」、「13」と数字が重なります。少しこじつけが入っていますが、それより、

驚く事が有ります。

マヤのカレンダーは円形のもので、一つの時代が187万2000日ごとに、終焉すると表して

いるものとされています。



そして、そのカレンダーの始まりが、BC3114年8月13日だった事から、丁度、今年の

12月21日に終わりが当たるとされ話題にもなっています。

マヤのカレンダーを眺めていたら外円の内側に三角の突起柄を数えて見たくなり数えたら、

八個有ります。つまり八角です。八卦です。「易」です。

放送で、マヤの遺跡を取り上げると、必ず出てくる、蛇が浮かび挙がる階段ピラミッドが、

この放送でも映し出されていました。

そのピラミッドの名前は、チチェン・イツァーにある
ククルカンのピラミッドです。



ククルカンとは、「羽毛を持つヘビ」と言う意味で、春分と秋分の日に、階段にヘビの姿が

現れる光の現象で、天空から姿を現すとされています。

伝説では、
「天からヘビが現れ、水を求め、神殿から飛び出し、そして、北側に有る聖なる井戸

(セノーテと呼ばれている場所)に、水を飲みに行く」
とされています。

この井戸の中に、雨乞いの生贄とされた高僧の頭蓋骨が見つかりました。

日本の「龍」も水の神様です。そして、井戸との類似。

前の記事で「幣懸へいかけ」について書きましたが、「県」と言う字の象形の意味は、

「首を逆さに吊るす」です。

「神の降りる所」そして「生贄」。全く一緒です。

さらに、ウシュマル遺跡の神殿には「男尊」の石像が捧げられています。愛知県の小牧市に

「縣神社」(あがたじんじゃ)があり、その神社は「男尊」を祀る事で有名な神社です。ここにも

一致が見られます。


最も驚いたのは、このピラミッドに有るヘビの名前、
ククルカン」です。私の記事の中で「九重」

とか、「日比」とか「高畑」などの意味を紐解いてきました。

すべて、「くくる」と言う言葉につながり、白山信仰の「ククリヒメ」に行き着きます。

「ククルカン」の意味で「羽毛の生えた」と「へび」は、名前のどこで、くくるのでしょうか?

私の話の流れからして、「ククル」と「カン」で分かれるのではと思います。

「カン」は、マヤの言葉で「ヘビ」で、我々の心に初代の先祖から存在するエネルギーを表してい

ます。

ククルカンは東の空から叡智の大洋を渡ってこの地に到来し、再び大洋に向けて去ったと言わ

れる
黄金の知恵の蛇とされています。私が今まで書いてきた、知恵の「虚空蔵菩薩」と「龍」との

関係です。天に有る「虚空」には、祖先のエネルギーが存在すると、私は述べて来ました。

そして、私のHPの始まりの「高蔵神社」(高座
御子神社)も、「聖なる井戸」が有り、「龍と井戸の

伝説」が有り、名前に使われている「結」は「ククル」である。

調べれば調べるほど、繋がりが見て取れます。

ククルカンに叡智を授かった、ルック・アノオブ・トゥメン・カン(「蛇に飲み込まれた者」=黄金に包

まれる
)が、その知恵を
マヤの人々に伝導するため、各地に散らばったとされています。まるで、

白山の修験道場から各地に伝導活動に散らばって行った、修験僧のようです。私のHPに良く来

られる修験僧の方も、黄金の光に包まれた経験が有るそうです。つまり、この方も「蛇に飲み込ま

れた者」なのでしょうね。


修験僧から始まった「かごめ唄」も、これから考えても、私の解釈が正しいと感じました。



家の近くの白山神社には、「竜神」も祀ってあり、「津島神社」の社も弊社されていて、津島神社の

天王祭りの船には、365個の提灯が付けられ、うるう年には1個多くし、近くには、暦を扱う

者達と関係した「日置神社」が有り、ククルの意味も有る地名に有ります。

名古屋の八角堂で見た「日輪」。エキゼルの書の「車輪」。そして、マヤの丸いカレンダー。

何故か、同じに見えてしまう自分が今います。

そして、もっと驚く、私の推論との符合。

マヤの研究家、モーリス コットレル氏によると、マヤは、太陽活動の変化によって、気候変動

が起き、滅亡したのではと、説いています。

「くくる」は、9月9日の「重陽の節句」を表し、「太陽の気」が強すぎると良くないと、以前の

記事で書きましたが、このTV番組でも、太陽風の恐怖も言っていました。それより、太陽の

バリア(気)が弱くなると、宇宙線が地球に大量に飛び込んでくると言っていました。

さらに、地球の内部の筒状に水が溜まった所の水に気泡を作り、上昇させ地震を起こす

映像を流していました。中国の四川大地震もそのメカニズムで発生したようです。

私の記事、No17の「底津の意味」の中にある、「イザナギ」のミソギの儀式で、イザナギが

海の底で体を震わせると、底津綿津見(
そこわたつみ)の神と底筒之男(そこつつのお)の命がそれぞれ産

まれたと、書きました。泡が登っていく様を表したのが、底筒之男(そこつつのおのみこと)であり、

「ツツツー」と言う登っていく様を表すこの言葉の語源になっているものです。

まさに、地震と泡を表しています。

上のメカニズムを表したかのような表現の類似に驚きました。

もし、この様な類似が同じルーツであるとしたら、重陽や底筒之男の神話から、日本では、

暦を操る人達は、具体的に、太陽風の事も知っていたと思われ、マヤより詳細に伝わって

いると思われます。話は飛躍しますが、超古代マヤのカン王朝は、「ムー」とも繋がっていいた

とされます。ムー大陸が太平洋上にあったとするならば、位置的に、ユカタン半島や日本にも伝

わっていると思われます。沖縄の海底遺跡も見つかり、意外と真実に近いかも知れません。

元伊勢神社の中の真名井神社の「マナ」も、ポリネシアンの「マナ」(神秘な力)も、やはり、「ムー」

が起因した言葉なのでしょうね。


日本では、「ククル」は、天と繋がって、龍を表し、井戸と繋がり、暦から来ていて、太陽の気

が良くない事に関係していると、私は、思っています。

すべて、マヤと同じです、私の考えは荒唐無稽でしょうか。

マヤでは不吉な星座は「おおぐま座」としています。七つの星ですが、私が言う、「オリオン座」では

無いようです。

おおぐま座の北斗七星は、柄杓の形です。白山神社の痕跡を求めて行った、甚目寺観音の奉納

柄杓、これを表しているのでしょうか。私なりの解釈だと、柄杓で水を天に汲み上げる事を意味して、

旱魃を恐れていたのではないかと感じます。実際にマヤでは、旱魃に苦しめられた時も有ったようで

すし、ククルカンのヘビにも水を求めていたことからも想像できます。

No44のタイトルに「ククル」とカタカナで書いたのは、良く覚えていませんが、おそらく、本能が、この

マヤの「ククルカン」の事が現れるのを知っていたかも知れません。