「九重」の事を書いた時、九重に関した偶然が有るけど、一ヵ月後にお知らせしますと、書きま

した。期間が過ぎたので書きます。

宝くじを、日置町の近くで買ったのですが、その組の番号が「99組」だったのです。人に話したら

当たらなくなると言う欲から来るだけのもので、結果は「99」でも、それ以外でも、どちらでも同じ

だったと言う事です。ただ、九重に導く啓示だったようです。



前回の記事で「ククルカン」を書きましたが、くだらない偶然がもう一つ有りました。

白山神社の前に、中学の同級生が一人います。名前が「かん」と言います。苗字なら多いで

しょうが、名前はどうでしょう。白山の「ククリヒメ」と、この「カン」をつなげて、「ククルカン」。

これも有りではないですか?

そして、この「ククルカン」の記事を読んで、4月5日のニュースを見られた方は、私の不思議

を共有できたと思います。「中国で羽毛に覆われた恐竜の化石を始めて発見!」のニュース

です。

「ククルカン」の意味は、「羽毛に包まれた竜」です。私が、記事を出してから数日で同じ意味

するモノが表れる。それも、今まで無かったものが表れると言うのは、宝くじ数回当たる確立

ではないでしょうか?


[50]神道の原点と「さ」神信仰

あまり、普通の人が目にしない神道辞典を借してくれる方がいました。

それに、目を通していると、「草薙の剣」について書かれている箇所と、「日吉(ひえ)大社」、

「大神(みわ)神社」に興味を惹かれました。



「草薙の剣」

「草薙の剣」について、何も知らなかったので、知っている方にはくだらないことかも知れま

せん。

長くなるので、簡単に書きます。

この剣は、スサノオが、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)から得られた剣で、天照大神に献上し、

天孫降臨の際に、(ニニギに?)神宝として授けたもので、その後、日本武尊(ヤマトタケル)が

東夷征伐の前に、伊勢神宮に詣でた際、この神剣を授けられました。これを持って駿河に進

まれた時、敵に、草に火をつけられました。しかし、この神剣によって、周りの草を薙ぎ倒して

防いだ事から「草薙の剣」と名前が、付けられました。日本武尊亡き後、熱田神宮に祀られま

した。その後、新羅国の僧が盗んで帰国しようとしたが、風雨のために、難波に漂着し、殺害

されました。神剣は皇居に留められました。天武天皇に不幸があり、この剣の祟りとして見られ、

元の熱田神宮に帰ってきました。

ここで、疑問が出ました。

新羅国の僧が、国の宝を盗んだ史実があるのに、新羅国の王の末裔とされる「秦」氏が、日本

国内で、平安京遷都に関わるぐらいの力を何故、持っていたのでしょうか

草薙の剣についても疑問が有りますが、次の事などと、からむので、最後に書き記します。



「大神(みわ)神社」

この神社は以前にも書きましたが、新たな発見があったので書きます。

大物主の神(=神の中の神。神の御霊を物として現す。)の後裔の三輪一族が、三輪流神道を起こ

していた事を、この辞典により知りました。

私の血筋が、「三輪」だから、ひっとして、この流れの中に、私もいるのかもしれません。

そして、酒の神様として知られます。ここの三柱鳥居から酒造メーカーの「サントリー」の名前が付け

られたとされています。他にも名前の由縁が有りますが、これが一番の元になっているようです。

私なりに付け加えると、山と鳥居は繋がっていると言われるから、「山鳥居」(さんとりい)も、意味に含

まれていると思われます。

それに、「サ神様」は、酒と縁が有ります。私は、「サ神」は、「山の神」と考えているからです。

ここで、また疑問です。何故、酒なのでしょう。古代「サ」神信仰から付いたとされる「サケ」

と言う言葉は何を意味するのでしょう。「サ」の神様の気。私なりの解釈で、「地の気」ではどうでしょう。

それとも、「サ」の神様が人に見えるような物体に、化けるでしょうか。はたまた、「人の心を露にする」

でしょうか。

山の神と言えば、コノハナサクヤヒメ(妻の印)の父は、日本の山全ての山ノ神「オオヤマツミ」です。

この神も、「酒の神」として祀られています。

この神社の由緒には、酒との繋がりが書かれていません。山の神の名は無くても、三輪山を、

御諸山(みもろやま)、 美和山(みわやま)、三諸岳(みもろのおか)などと言われ、三諸の神奈備

(みもろのかむなび=神体山)と称されています。そして、日吉大社の三輪権現と合わせて祀られてい

るのが、大山咋(おおやまくい)大神(
日枝山をご神体にする神)。ここでも、山と三輪を絡めています。山を

重要視して祀っているのは明白です。

少し、ややこしくなってきました。今まで登場した人物や神が、どの種族になるのか分からなく

なってきました。頭の中を整理すると、ニニギ(天から来た一族)が、地上でみそめた女性、

コノハナソクヤヒメだから、地上の人であり、その父であるオオヤマツミも国津神(
地上の神)と

考えています。

そして、マヤの言い伝えから、竜は知識の空間から来るから、虚空に住むものとなるなら、

三輪山の山自体は、国津神の大国主の心を埋めたと言われることからも、竜ではないはずです。

しかし、山と大国主と竜は3点セットになっていると思われます。私の妻の印は、山神の娘。

今住んでいる所は、多分、パワースポットです。そうしたら、残る「竜」は、三輪の血筋の「大物主」

という事になります。大神神社の由緒にも、大物主神は、雷竜神とされています。

これを裏付けるものは、次の「日吉大社」に現れていました。その項目の後で、もう一度まとめて

みます。


そして、三輪の文字は、宇宙創造神の三神を表しているといわれていると、今読んでいるもの

に載っていました。

つまり、大物主と雷竜神と三輪と宇宙創造神とは一体であると言う事ですが、最後の「宇宙創

造神」は、今までの私の推論からは意味が合わないので、「宇宙創造の仕組みを理解し、操る

者。」と解釈しています。三輪の血筋を引くものは、虚空の住人か、宇宙人が、大物主を「モノ」

として解釈してある箇所もあったから、物質化して人になった者達ではないかとも考えます。

つまり、遺伝子等を操作して現代の人間に紛れ込んだのかも知れません。

私の次の疑問は、祭神の大物主神ですが、三輪山には、大国主命の「幸魂」と「奇魂」が埋めら

れたとなっています。ここで、何故、大国主が出てくるのでしょうか。この大神神社では、「卯の日

神事」が2000年以上前から、行われています。ここでも、「因幡の白兎の伝説」が表れています。

「いなば」。「三輪」。「うさぎ」は、私の育った所、血筋、干支、が、ここではっきり表れています。

まだ、次に、もっと私との繋がりが見えてきます。それも、「日吉大社」の後でまとめます。


大物主と大国主など、色んな神社には複数の祭神が祀られていると言う疑問の答えらしきものを

いつもの宮司さんがくれました。「一つの神社に、色々の社が弊社してあるのは、その神社のご

利益の特徴を表現するためのようなもの」と言われました。

私も、今まで調べてきてそう感じていました。

人間も、個人の特徴は、個々の神々と特徴を掛け合わせ、運命もその掛け合わせた特徴を現

すのだと感じています。

少し違うかも知れませんが、この神社に「大黒様」の特徴を持つ人が、愛(幸魂)や、巧み(奇魂)

に悩む事があれば、体から出る波長と、その場所の強い波長がシンクロして飲み込み、糺(ただ)

されるのだと思います。

だから、「咋」の字を用いた、「大山咋
おおやまくい大神」(大山は神だから、「大山(神)をくらう」ではなく、「大山が

くらう」になります。)が、次の「日吉大社」で、出て来るのです。

大神神社の三輪山に、大国主命が祭られている事は、大黒様の「暗黒」がここに有ると言う事です。

飛びすぎた想像ですが、太平洋上にあった「ムー文明」が、暗黒の力を操れず、虚空の住人にな

ってしまった。そして、元の世界に戻るために、人の心に入り込んだ人間を造った。これもありでは

ないでしょうか?

宇宙人が、逆に暗黒の力を操って、私達人間に近づいて来ているのかも分かりません

この場所では、「心」と「雷竜」が出てきます。ブータン国王の東北で話された内容にもこの二つが

出てきます。ブータン国王が言われた、「心の中に竜がいる」は、人の心の特徴を「竜」で表してい

ると解釈するには、話の流れからして無理が有ります。むしろ、心と竜の世界とを、くくっていると捉

える方が正しいのではないでしょうか。

それを、もう少し、具体的に証明するものが次の「日吉(ひえ)大社」にありました



「日吉(ひえ)大社」

日吉大社の呼び名が、「ひえたいしゃ」と言う事を知りませんでした。琵琶湖のほとりの大津市に

有ります。

2100年前創祀された、全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮です。

この神社は、「日枝」から「日吉」にしたのは、「吉」の方が縁起が良いだけで変わっているとされ

ますが、「枝」が「シ」と読む事から、神道のテーマは「不死身」ですから。「死」を意味するものとし

て捉えたのだろうと推測します。だから、日枝山(ひえざん)も比叡山としているのでしょう。

この大社は、二つの社を持っています。古くは、日枝山(ひえざん)の山を崇める自然信仰であっ

たが、668年に、大三輪神を持って来て、東本宮に大山咋(おおやまくい)大神、西本宮に大国主命

とし、当初は、三輪明神の方を重んじられ、西本宮を大比叡と言い、東本宮を小比叡と言いました。

延暦寺が開かれてから

天台宗の守護神となり、法華経を広める時には、山王が現れて守護すると言う事が、インドや中国

に伝わっていて、平安京遷都時に迎えられた「三輪明神」とだぶらせ、日吉神社は、山王さんと呼

ばれる由縁となりました。三輪の神が、山王だという何かが、既にあったのでしょうね。

ちなみに、名古屋の「日置町」の隣の町名は「山王」です。10年ほど前は、他の名前でした。何故

「山王」になったか、そして、誰が、この名を選んだのでしょうか。


この神社には、賀茂氏と深くつながりもありました。下賀茂神社の糺(
ただす)の森とのつながりも

有るわけです。

そして、元糺すの池の有る、京都太秦の木島神社に三柱鳥居が有るわけです
。(ここに「失われた

アーク」があると言う人がいますが、ここでは無いと思います)

神道の流れとして、

山王神道が、天台宗から、各神社の秘伝として伝授され。

両部神道
は、真言宗から修験僧を介して、民間に、平安・鎌倉時代に広まりました。


両部神道は、伊勢神宮の内宮(天照大神)、外宮(豊受大神)のような、一つの神を二つに分けて祀

っている形で、仏教では、天照大神を、胎蔵界の大日如来として表し、豊受大神を、金剛界大日如来

として表しています。真言宗の空海から見てみると、虚空蔵と地蔵の繋がりを表しているのだと考え

ます。

山王神道は、
山王一実神道と言って、天台根本儀「三諦即一、一心三観」からきていて、これは、

「山王」の字に現れています。

「山」は、タテに三線に、ヨコの一線を加えたもの。

「王」は、ヨコに三線に、タテの一線を加えたもの。


何故、このような伝え方をしているのでしょうか。これは、字としてではなく、「マーク」として表現し

ているように感じられます。そう考えた時、ある「マーク」を思い浮かべました。

UFOの機体に、「王」のような印が有るものが目撃され、話題になっていたことが有りました。

私の話の流れからすると、これが、ベストの解釈でしょう。

比叡山の東の大津付近には、竜宮神社や、竜王の地名が見られます。比叡山を竜の山とは聞き

ません。

ここでも、大神神社と同じく、
(比叡山)と、パワースポット(日吉大社)と、(竜王、竜宮神社)の

セットが見られます。

「山王」とは、「三王」とも掛け合わせてあると考えます。山の王、暗黒の王、そして、竜王の三つを

指しているのではないでしょうか。

これらが、何を現しているのか、そして、私達と、どう繋がっているのか、それと、天台宗から広

がった「山王神道」の秘伝も、とても知りたくなりました。


つづく