[53]死から生への願望
最終目的地に辿りつきました。それは、[52]の記事に書き記しました。詳細は、友人が絡
むので、表には出しません。大まかには、次のようです。
それは、身近な友人が到達点でした。小学校からの付き合いなのに、何も知りませんでした。
今まで、私は、三輪神道の流れを汲む人間だと推測して話してきました。しかし、それは、
私の中では、確証に変わりました。友人が全て、私の謎を知っているので探すことはなくな
りました。

これは、15日に近くの豊国神社へ桜を見に行った時に、弊社の八幡社の由緒書きです。
ここに、所在が書かれています。私がそれを指摘すると、妻が「ここの公園の中だけは、特別な
住所になっている」と教えてくれました。由緒書きに、所在が普通書かれていません。
ここの、地名は残す必要があったのでしょう。とすると、やはり、「高畑」と言う地名は、意味が
あったのです。
八幡社を語る時、京都の裏鬼門の石清水八幡宮が元になります。
名古屋の裏鬼門は、荒子観音です。以前の記事でも何度か出てきました。高畑の記事でも、
高畑と重要な関わりを持つことを書き記しました。洞戸にも、荒子にも、北に高畑の地名が
有り、豊国神社の本殿北にも、高畑と言う地名が有りました。
高畑の解釈は以前しましたが、意味合いは、幣懸町と同じで、「県」の持つ意味は「首を逆さに
して吊り下げる」である所から、ここは、神が降りるのに生贄を置いて、神を迎え入れる場所だ
ったと言う事です。そこで、もう一つ、気が付きました。
最近、道路に猫の死骸が有りました。それを、カラスが食べていたのです。荒子の高畑には、
カラスが、すごい数生息しています。何故かと言うと、ここには名古屋市の食肉処理場が有っ
たのです。現在は、臨海地区に引越ししました。どういうわけかこの地区も私の営業エリアです。
引越ししても、民間の処理施設が、まだ多く有り、異臭を放っています。カラスは、この、おこぼ
れを食べに来るのです。これを、考えると、昔の人は、生贄に群がり、魂を天に運ぶと見たのかも
知れません。そこで、ヤタガラスの伝説が作られたのではないかと思ってしまいます。
高畑の地名に引かれて、と殺場を造ったのか、この地の意味を知った上で、建てたか、どちらで
しょうか。
もう一つ、疑問に思った事が有ります。
この神社は、明治18年に創建されました。そうすると、この由緒書きに出てくる番地はなんなの
でしょう。この公園内には、建造物が52もありません。この「52」にも意味があるように感じます。
「私の不思議が、最終地点に到達した」と言う記事は、HPでは、「52」番目の記事で、マス目が
いっぱいになった時に見付ました。そして、以前に、「67」の生死に関わる記事で、最後に出て
きた数字は、私の誕生日の「52」でした。この事に繋がる事を意味していたようです。
この「52」は、「13」で割り切れ、「4」になります。陰陽五行説では、「4」は、金気の生数とされて
います。分かり易く言うと、「金星の気が発生される数」または、「金属の気が発生される数」。
そして、金気には成就される数も有り、それを成数「9」と言います。私の解釈なので違っている
かもしれません。つまり、金気は4と9だから、その和は「13」。
この「13」は、とても重要な数です。鞍馬の記事で、天狗はサタンとしました。サタンは、
13番目の天使です。そして、マヤの記事でも「13」は暦にとって大事な数字と書きました。
これの裏づけが、高蔵神社付近でも見て取れます。

鞍馬寺の天狗は、金星から来たと鞍馬寺のHPに書かれています。金星には、高度な生物は
生息していないでしょう。この解釈は、「天狗は、金星の気を発生するもの」が本当だと思い
ます。
上の地図を見て、面白い共時性が見て取れます。探して下さい。見つけれたら、それは、
地図では分かりませんが、古墳の上に有るそうです。
そして、高座結御子神社(高蔵神社)の「ムスビ」は、「魂か生まれる」と言う意味です。
魂=金星=天狗の繋がりが見えてきます。だから、この地に、鞍馬寺が有るのです。
「金気」と地図検索したら、あら不思議。伏見通り付近に、2軒表れました。
私には、これは、偶然としか説明できません。

そして、もう一つ根拠が有ります。私の友人は、「易」に深く関わっていて、1000年近く歴史を
持っています。その家が経営している会社の屋号の文字の中に「生」の字が有ります。しかし、
この字は、4画で表しています。私と繋がりがあるだろう山王神道の根本儀を表しています。

これについては、HPの50番の記事に有りるので省略します。
その道の人が、この様に「生」を「4」として表しているなら、「9」は「成」だから、「人生を達成した」、
つまり、死を表すのでしょう。
だから、9が重なる重陽は忌み嫌うのだと思います。
そして、これらを意味するのが、この由緒書きにある番地ではないでしょうか。
これを見て、理解できる人のために、理解している人が、書き記したのか、虚空にいる誰かが、
私を導いて見せたのかどちらでしょう?。
伏見通りの記事でも「生への思い」について書きました。世界中の遺跡で不死への願望が、
見られます。エジプトのミイラ。中国の兵馬俑の遺跡・・・。この思想を現次元で生きている
地球に住む私達に、生活の中に絡ませて表現しています。
今、生きている「時」は、確実に、もっと複雑な次元の中に存在すると、この共時性から感じます。
この複雑な次元を紐解いた時、生から死、そして、その先に有るものが見えてくるでしょう。また、
宇宙とは何なのかも理解できるかもしれません。
次の記事では、読まれている方にも紐解きのお手伝いをしていただきます。