[上石津から上石津へ]

上石津に話は戻ります。

上石津から、地名的には、「和泉市」につながり、「唐」、「琵琶湖の瀬田」、「関が原」、そして、「日光」に跳

びました。


日光に跳んだ理由は、


(1)瀬田の竜宮秀郷神社の井戸が、日光とつながっていると言う伝説。


(2)藤原秀郷の大ムカデから大蛇を守って、龍神からお礼をもらった説と、日光に伝わる小野猿丸の伝説の

内容が同
じである。


(3)大神神社が、上石津にも有り、日光にも有る。そして、大津市にある日吉大社の総本宮は、大神神社が深

く関わって
いる。上石津の大神神社の直近くに有るお寺の井戸が、日吉大社の近くに有る「竜宮秀郷神社」

につながっていると言
う伝説が有る。つまり、(1)と関わっている事からしても、日光有る大神神社は、この

ストーリーから切り離せない神社
で、場所である。


(4)私の祖先は、徳川家康の「伊賀越え」の手伝いをした。


(5)祖父や、父達は、徳川の霊廟の直、北で育った。そして、一つ前の記事の出来事。


(6)私の仕事場の地名の共時性。(この先のブログで記事にします。)



(7)高校の同級生の不思議。(不思議なループにて)



[不思議なループ]

大神(おおみわ)神社が、日光にも有った事を知った時、その所在から、一番最初に頭に浮かんだのが、高校

の同級生で
した。名前が、所在を含んでいたからです。

これだけでは有りません。私と同じ誕生日だからです。そして、彼は、いつも学年でトップでした。私は、生徒会

長をしていたので、生徒のトップ。それらの事よりも、私と同じニオイがしていると思っていました。

卒業アルバムを見ていたら、当初、八事に住んでいました。八事と言えば、高野山真言宗別格本山八事興

正寺と言う、格式の高いお寺が有ります。寺紋は葵の紋です。


そして、八事霊園が有り、名古屋で唯一の火葬場が有ります。

この友人は、引越ししていて、その場所を尋ねる事にしました。そうしたら、その場所は、平和公園の北でした。

平和公園は、名古屋で一番大きな霊園です。そして、愛知と名前の付く高校の北です。長男や長女と同じです。

(この意味は、前
の記事に書いたの飛ばします。)

そして、またまた、引越ししていました。

今度は、泉を意味する地の北、そして、八幡宮を表す地でした。つまり、沢山の御幣。神の降りる地の目印と

言う、私の今までの記事で言ってきた型が、そこには有ります。そして、泉を表す場所の近隣には、「うなぎ屋」

も、とても多く存在します。(うなぎとのつながりも、以前の記事に有りますので飛ばします)


引っ越した場所に行き、幹線道路から入った時に、目に入った物を見て驚きました。ビルの名前に「三輪」の文字

が有りました。番地を探していると、又、三輪が有り、この地の持つ意味が、私の中で確信に変わりました。


結局、彼は、その住所には見つかりませんでした。行き詰まったようです。

しかし、もう一つ、私の家に有るパターンと同じものを見つけました。それは、その住所の前にある宗教団体の

大きな建物と、その前に有る家の名前が、「くくる」を表しているのです。その建物からは、お経を唱える声が聞

こえて来たので、お寺のようです。ネットで調べても、その団体については、分かりませんでしたが、その団体

の建物が、図書館のサーバーに、近代建築遺産として有りました。という事は、この建物が有る場所が本部だ

と思い、所在を確認しました。

所在を知った時、愕然としました。上石津の大神神社の近くだったのです。直に、電話をし、同級生の住所の前

にあった建物との関係を尋ねると、つながりを認められました。そして、どういう組織なのか尋ねたら、私は、

留守番なので分からないと、切られてしまいました。立派な建物が存在する所に、留守番一人とは奇妙です。

団体の姿が見えないので少し怖くなりました。


この地には、やはり、天理教もあります。



何一つ、普通の人が理解できる確証は有りませんが、上石津で気が付き調べ始めた事が、また、上石津に

戻ってくる事
は、奇跡に近い現象です。