平成12年1月1日の記事
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[40-1]竜宮神社にまつわる伝説
今年は、龍の年。白山神社の竜神にご挨拶してきました。
竜宮神社にまつわる伝説は、「琵琶湖のムカデ伝説」です。
大津市の「勢田橋龍宮秀郷社」に伝わる話で、簡単に言うと、龍の化身の大蛇が、平将門を討ち
取った事で、名を馳せた藤原秀郷に、大ムカデに、いじめられているので助けてくださいと、懇願し、
引き受けた秀郷は、大ムカデを弓にツバをつけた矢を放ち、眉間を打ち抜き退治したという話です。
「まゆつば」と言う言葉の語源になるといわれています。
そのムカデは、関東の方から穴を掘って来たとされ、竜宮神社にある井戸は、今でも、そこまでつ
ながっていると言われています。
この伝説に酷似している話が、日光の戦場ヶ原の伝説に見て取れます。
ここには、神々の戦いがあった神話があって、赤城の神はムカデに、二荒山(ふたらさん)の神は
大蛇に変身し戦い、最初は、どちらかというと、二荒山(男体山)側の旗色が悪かった。
そこで二荒山の神が鹿島大明神に相談すると、奥州の小野猿丸という弓矢の名人を教えてくれ、
二荒山の神は白鹿になって奥州へ行き、猿丸を連れて帰った。 猿丸がムカデに変身した赤城の
神の左目を狙って矢を放つと、見事に的中し、戦いは二荒山の勝利に終わった。(他にも色々な説
が有ります)
このように、同じような伝説が離れた地にあり、どちらが古くから有るのかによって、片方がその
伝説にあやかったと思われます。
中禅寺湖の周りには、藤原秀郷の子孫が住み着いたとされ、その中で、中禅寺湖をめぐって争
いが起こったのでは、という説を唱える人もいます。
だから、これを元にした伝説だから、ここの伝説は比較的新しいと、この説を唱える人は言います。
赤城山の老神赤城神社には、「蛇」が祀られ、男体山の二荒神社も「蛇」が祀られています。そして、
どちらも、「国津神」なのです。神の戦いで有るなら、「天津神」の方がしっくり来るのではと感じます。
しかし、どうして、このような祀られ方をしているのか判らないのが現状です。
これでは、私の流れに反しています。この神話は、太古からのものでなくてはいけません。
何か手がかりが無いかと調べると、男体山は女峰山と対になっているようで、間に大真名子山、
小真名子山が有ります。ここで、私の記事を最初から読んでいる方は、ピンときたと思います。
元伊勢神社に有る真名井神社が浮かびます。そして、その名が持つ意味同様に、ここには、
こんな言い伝えが有ります。鉄製の銚子状のものが飛来する「飛銚子」(とびちょうし)と呼ばれる怪異
が、昔、山伏に良く目撃されたというものです。
この事から見ると、神代の頃からの神話のようともとれます。
そして、大真名子山、小真名子山から北東には、女峰山。南西には、男体山。どうも、鬼門、裏鬼門
と関わりが有りそうです。
男体山には二荒神社。「荒」と言う字が出てきます。
そして、助っ人の「猿」の字の付いた人も、前回の記事につながりを軽く書いた通り、私は、裏鬼門
には、荒神を配していると推測しています。
京都の鬼門は比叡山とされますが、私は、私の流れで、「鞍馬寺」としています。
今までの私の記事を理解していただいた方は、鞍馬が「奇(智)」で、
愛宕が「幸(愛)」だというのは判って頂けると思います。
そうしたら、残りの「荒魂」と「和魂」は、どう配置されているのかが推測できます。愛知町を書いた
記事の中に、私が裏鬼門と推測した、西宮神社の写真に天照大神の荒御魂と書かれた石碑が
写っています。
と言う事は、京都でも同じで、岩清水天満宮は「荒魂」が配されている事になります。そして、
それを裏付けるのが、男体山で、この天満宮のご神山は「男山」。
と言う事は、伏見稲荷は、「和魂」という事になります。
熱くのべてきましたが、これが解って、どうなんでしょうか。どう、私と関わっているのでしょうか。
それぞれの印を持っている人を集めて、ゴレンジャーなどという、戦隊でも組めと神は言ってい
るのでしょうか?
ちなみに、二荒(ふたら)を音読みすると、「日光」となり、語源の謂れになっていて、けっこう新しい
ものです。
これらの特徴から、再度、「荒魂」と「和魂」の埋められた地を探そうと思っています。