[75]神と龍の戦いの痕跡
今まで、私の不思議を通じて、日本の宗教に深く埋め込まれている物や、偶然に起こる秩序(色々な配置)
を見つけ出してきました。その行き着く先は、異次元と現次元を舞台にした、神と神との戦いが元になって
いるのではと、強く思うようになってきました。戦いの場所と、それを表す物があればと考えてきました。
前回の記事で、龍の子供である巨人が発見された地域で、ボリビアの付近の文明と、日本との関係は、
白山などの記事で書いてきましたが、インドはと言うと、あまり良く分かりませんでした。
ヨハネの黙示録には、「アジアの教会に知らせなさい」と文頭に書かれています。
アジアと言うのは違和感があったので、私は、日本語で書かれているから、ここの部分は、国によって、
変えられていると思っていました。聖書教会に質問したところ、国によって変えてはいないと言う回答をもら
いました。伝道の歴史から、その他(黙示録以外)の箇所ならそれも理解できます。
この聖書に出てくるアジアと言うのは、トルコより西部地域を表します。アフガニスタンやパキスタン、インド
に当たります。
ここで、ここまでの話を逸れて、「モヘンジョダロ」の話を挟みます。
モヘンジョダロの遺跡は、アフガニスタンとインドに挟まれたパキスタンの南部に有り、まだ、発掘が三〜四割
ほどしか進んでいない謎の多い遺跡です。
この遺跡は、世界最古の遺跡の可能性もあるとされ、同時代のエジプトやメソポタミアの都市に匹敵する巨大
都市のようです。
最盛期には4万人が暮らしていましたが、BC1500年頃突然に滅亡してしまいます。滅亡の理由や、その住人
達の民族のつながりも定かではありません。
近代都市のように下水道が整備され、家庭には、水洗トイレの機能も有り、浄化槽も備えていた現代の下水道
と遜色のない高度な都市でした。
ローマのように、地上にある遺跡の下には、さらに古い都市が何層にもあり、今、分かっている所で、地下20
メートル近くまで確認できていますが、まだその下が有るか調査中のようです。文字も発見されていますが少な
いため、詳細が良く分からない状態です。
そして、不思議な事に、権力者の墓も見つかっていません。
モヘンジョダロには、もっと不思議な場所が存在し、地元の住民から「ガラスになった街」と呼ばれてい場所が
存在します。半径400メートルにわたって、2000度以上の超高熱を一瞬にして浴びたような場所が有ります。
ここでは、通常の50倍の高濃度放射能が検出されていて、爆弾が落とされたような巨大なくぼ地が数箇所有
ります。そして、砂が解けて黒いガラス状に変化しています。しかし、ここで暮らしている人達によって土地を改良
したりして、土地の人達の記憶にしかない状態です。火山の痕跡も無い所で、焼き物の表面だけ解けかった状態
になる現象は、短時間で超高温の熱が加わった事の証拠だと学者は言っています。
火山活動で起こったとしたら原型はとどめないだろうとも言っています。
これを表しているだろう言い伝えが、インドの古い抒情詩の中に有ります。
それは、このようなものです。
「ヴィマナと言う、水銀と強風を動力とする空飛ぶ金属の戦車からアグネアの矢が発射され、
光となって敵の軍勢を飲み込んだ。そして、恐ろしい風が吹き始め、空に雲がうなり、血とな
って降り注ぐ。太陽は揺れ動き、宇宙は焼き焦げ、異状に熱を発している。
水は蒸発し、その中に住む生き物も、焼きこげてしまった。雷よりも激烈に爆発したこの武器に、
敵の戦士達は、猛火に焼かれた木々のように倒れた。この武器に焼かれた象たちは、あたり
一面に倒れ、ものすごい、叫び声をあげた。火傷をおった象たちは、恐怖にくるったようにあたりを
駆け回った」
他にも、これを扱った抒情詩が有ります。
「太陽が一万個集まったほどの明るい、煙と火が絡み合った光輝く柱がそそり立った。それは、
未知の武器・・・死体は、ひどく焼けていて見分けがつかなかった。髪の毛や、爪は抜け落ちていた。
・・・食料は毒されてしまった。逃げ出した軍勢の兵隊は・・・鎧を脱ぎ捨て、水で体や装備を洗った。」
まるで、核爆弾でも落とされた様相です。
「モヘンジョダロ」の意味は「死の丘」と言われていますが、
地元では、ランカ(島という意味)といわれています。
そして、抒情詩の中にはアグネアの矢が落ちた場所の一つに「ランカ」と呼ばれる地名が有るのです。
どうも、龍の子供の巨人と、この「モヘンジョダロ」は、つながっていると、私は感じました。
もし、これを読まれた方の中に、自然界の放射線量が50倍で残っている時の核爆弾の投下年代を割り
出せる方がいましたら、是非教えて下さい。
次回は、いよいよ、モヘンジョダロと、つなげるものを書き記します。少し引っ張り過ぎましたが、ここまで
の事を理解して頂く必要があったので長くなっています。
その前に、日本にも痕跡が、日光以外に有りました。
[善光寺に有る痕跡]
この善光寺の謂れも、あまりにも出来過ぎていると、以前の記事でも書きましたが、日光にある「神と神の
戦い」の伝説話しに、どうも手法が似ているように、私には伝わってきます。
そして、不思議なお参りの戒壇めぐり。何故、仏の世界の空ではなく、地下世界を思わせるように、真っ暗
になっている祭壇の下へ行くのでしょう。
ここは、私もよく理解できません。通常、「西方の極楽浄土」、「東方の瑠璃の世界」。太陽が沈む西なら、
真っ暗な世界、地下の地獄と理解できます。それと、ヨハネの黙示録に出てくる「青い馬」に乗っている方
の名は、「死」と言い、「黄泉」を従えていたという件(くだり)が有りますが、私の乗っている車は、「空の青」
であるのに、「ウサギ」(生)だから、私も逆になっている。この点は、良く分からない部分です。
[善光寺如来](一光三尊阿弥陀如来)
住職でさえ見れないご本尊、一光三尊阿弥陀如来は、この字から「山王信仰」を表しているのでしょう。
山王の文字の意味は以前の記事に書きましたが、三つの線は一つでつながっているという所から来
ています。一光三尊阿弥陀如来についてい調べてはいませんが、阿弥陀三尊(至菩薩、阿弥陀如来、
観音菩薩)も一つの光で結ばれているという事ではないでしょうか。
山王信仰から、三輪の「雷竜」が善光寺には深く関わっていると推測できます。
それを裏付ける伝説が、善光寺には有ります。この如来は、「生身の如来」とされ、
聖徳太子と、この如来と取り交わしたとされる書面も、法隆寺に収められていると
いわれます。人と接触しながら、インドから、朝鮮へと、民を助けながら、日本に来
ました。この伝説の中に、お釈迦様は、人々から如来を、この世界に留め置いて
欲しいと懇願され、龍宮の竜王に頼み、留め置く事ができる至宝をもらったとされ、
如来は、それによって現れるようになった。と言うものがあります。ここでも「龍」が
絡んできます。そして、[65]の記事で書いた「元善光寺の飯田市」との不思議な
つながりも、甚目寺に、この如来が来た事も、私との運命なのかも知れません。
[琉璃壇]
瑠璃壇には、鳳凰と龍の二枚の金襴の戸帳が懸かります。
鳳凰は、天使の出現を待って、この世に現れる、羽を持つものの王とされ、羽は、孔雀に
似て、五色の紋が有ります。つまり、鳳凰はミカエルという事ではないでしょうか。そして、
龍はルシファーだから、ここでも「天の神と神との戦い」が見て取れます。