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TV/雑誌のコーディネーター


今までに主にTVのコーディネーターを65本やってきました。
そのエピソードなどを思い出しながら書いてみたいと思います。


番組の功罪
番組の制作ロケでいつも心を痛めることがあります。
ほとんどの、ロケ隊はカメラを持ち「テレビだ」と言えば、どんな我が儘も正当化できると勘違いしている人が実に多いです。
撮影の前に、アポ取りをしますが、相手の状況を考えずに強引にインタヴューや撮影をすることがあります。
撮影される人はその日の為に、仕事を休み、一日中時間を割き、ロケ隊の要求に応じてくれます。
散々無理を言って撮影した後は、「ありがとう」の一言も言わず立ち去ることがあります。
特に大人数のロケ隊ほど、失礼な振る舞いが多いです。

以前は、お礼に小物などを持ってきて、撮影に協力してくれた人にお礼をしていましたが、それが段々なくなってきています。
勿論、相手の立場を尊重して丁寧に接した場合は、またいつか来て下さいと喜ばれることもあります。

信じられない事ですが、冬の番組(オリンピック)でノルウェーの田舎のおじいさんにインタヴューをすることになりました。
近くにホテルがあるのに、「ロケ隊6人はその老夫婦のところに泊まります」。
「交渉して下さい」と言われたことがあります。
日本の田舎に全く面識のない外国のロケ隊が突然、老夫婦の家に泊まりに来る。と、想像されると分かりやすいでしょう。
あまりにも非常識なので、当然交渉を拒否しました。

番組を製作する人は一度もノルウェーに来たことがなくても、本だけでの知識でシナリオを作ります。
どうしても、彼らの日本で作ったシナリオとノルウェーに来て見た、現実と違うことがあります。
そこで、よくやられる手ですが、インタヴューの前に始めから打ち合わせておいて、こう質問しますから、こう言って下さいと決めておきます。
テレビを見ているは、そんな事を知りませんから、テレビを信じてしまいます。

一度、リレハンメル冬季オリンピックである日本のテレビ局で、街頭インタビューをやった事があります。
デイレクターのシナリオには、何とかリレハンメルオリンピックに反対する人がいるというのを撮りたかったのでしょう。
リレハンメルオリンピックはノルウェー人、私から見ても、大成功でした。誰に聴いてもポステイヴな返事ばかりでした。
しかしそれでは自分の思った番組にならないと判断したのでしょう。
誘導自問のようなインタビーによって、オリンピックには賛成できないと言わせました。
それ以来、私はインタビューといものは信じられなくなりました。

やらせ
残念ながら、全ての日本のテレビ局は大なり小なり、嘘を放映することがあります。
トロムソという、北極圏にある都市の冬の撮影です。
誰もが知っている日本のあるテレビ局(名前は出さない方が良いのでしょうね、きっと)で冬の番組を製作しました。
夜空には毎日オーロラが出ました。
後日、放映後のビデオ(当時はDVDではない)を送って貰いました。
見てビックリ、そこには「私たちはオーロラを見ました」というナレーションがありました。
青、赤に複雑に動くオーロラでした。
私はそのオーロラを見たことがないし、撮影した様子もありませんでした。
プラネトリームに行き一般に市販しているビデオを買い、それを無断で使用したのです。
そして、言う事には、「誰も分からない、分からない」とう言葉です。

ソフトだけが増えて、予算と時間がありません。
もしもそれが十分あればきっと良い番組ができると思います。
結局、予算と時間がなく、そして無理をするので、どこかに嘘の部分が出てくるのでしょう。
そろそろ、闇雲に仕事を引き受けるのではなく、仕事を選択する時期にさしかかっているようです。





世界一番紀行/世界最北の町ロングイヤービイエン
NHK
2010年2月2日〜11日の予定でスヴァルバル諸島のロングイヤービエンでロケハンをやっています。
北緯78度12分、世界最北の町です。
今日は6日。
外は、相変わらず暗く、一日中太陽が上がってきません。
それでも、昼ごろになると夜明け前の薄暗さになり、幻想的な黒っぽい 青のような空が白い山を包みます。
太陽の明るさがないので、どうも町全体の感じがつかめません。 今回の番組は町に住む人々に焦点をあてています。
それプラス自然、 。運がよければ、悪ければ?白熊ですが、白熊には遭遇したくはありません。
アザラシを食べるように、私たちの命もありません。
見た目は、縫いぐるみのようで可愛いのですが、アザラシを食べている時の白熊は、白い毛皮が血で赤くなり、とてもとても可愛いとはいえません。
毎日、この町に住む人に会い、情報収集とロケ時の協力を求めて一日中歩き回っています。
詳しくはスヴァルバアル諸島の項目に書きます。
ここはノルウェーですが、特別行政地で、実に30ヶ国以上の人が住んでいます。
外国に住む時はヴィザが必要になります。しかしここは必要がなくて、誰でも住むことができます。
今日は11日、ロケハン最後の日です。
実に多くの人と会い、いろいろな話を聞きましたが、ほととんどの人が、ここは仮の住まいと考えています。
収入の高いノルウェーで、この島は税金がかなり安いので、ここで貯金をして、ノルウェー本国、また自国に帰る人が圧倒的に多いのです。
昨日はオーロラを見ました。
ただ雲か、オーロラか分からにようなものでした。
ねばって外に立っていれば、素晴らしいオーロラが見えたかもしれませんが、寒くてホテルに戻りました。
今日も太陽を見ることができません。
これからオスロに戻るので、やっと明るい世界に帰れます。
3月はロケでまたロングイヤービエンに来ます。
その時はほとんど一日中、太陽が沈まない世界になります。
凄く極端な島です。

世界遺産/ガイランゲルフィヨルド、ナールオイフィヨルド、西ノルウェーフィヨルド群とシュトルーヴェの測地孤(Struve Geodetic Arc.)ハンメルフェスト
TBS/撮影、2009年6月23〜30日(ロケハン)、7月7日〜22日(ロケ)
ガイランゲルとナールオイフィヨルドは2005年7月14日に、北海道の知床半島と 共に世界遺産(自然遺産)に登録されました。
2年前にもNHKの世界遺産のコーディネーターの仕事をしましたが、その時の番組はわずかに5分間でした。
今回は30分間です。
ガイランゲルフィヨルドそのものは、前回と同じく、何ら変わることはありません。
今回はヘリコプターからの空撮が3時間もありました。
ガイランゲルフィヨルドと氷河の上を飛びました。
一応救命用具を付けていましたが、フィヨルドに落ちたら、「海水の冷たさで、長くは生きられないなあ〜」と思ったり、また氷河に落ちて助かっても、食物がなく、寒さ, そして携帯電話も使えそうもないので、これまた、長くはいきられないなあ〜」と馬鹿なことを考えていました。
上空からは、フィヨルドの蛇行、滝にそって飛行をしました。
七姉妹の滝は下から見ると、水が豊富で、山の湖が滝の水源だろうと考えていましたが、上空からは 万年雪の下から、頼りなく流れる水が水源なのが分かりました。
滝は上から落ちるので水が多いようにみえますが、実際は小川が滝の水源ということがよくあります。

ガイランゲルの農家を訪ねました。
ガイランゲルフィヨルドに転がり落ちそうな傾斜に囲いを作り、そこでヤギを飼っていました。
ヤギに混ざってヤギが突然変異でできたはずがないラマの親子が草を食べていました。
いつも3頭一緒で、見るからに両親と子供という感じで、見ていてほほえましかったです。
でもこんなところになぜラマがいるのか、訊きそびれました。

その農場の所有者のペールおじいさんにインタヴィユーをしました。
ガイランゲルで生まれ育ったペールさんの苦労話を聞きました。
「10才の頃、他の子供たちが遊んでいるのに、父親の健康がすぐれず、また足が悪く、母親も病気がちだったので仕事を手伝った」とぽっりと言いました。
今年で75才になるペールさんは夏だけオープンの小さなペンションを持ち、趣味で農場を経営していて、年金で悠々自適の生活をしていましたが、 しかし、子供の頃の話を聞いて、私たちが知らないだけで、昔の人は苦労していたのだと思いました。

世界夢列車に乗って
BSi/撮影、2008年8月11〜25日
撮影はロシア、スウェーデン、フインランド、ノルウェーでしたが、私が担当したのは、ノルウェーのみで、ベルゲン、フロム、ラウマ鉄道でした。
鉄道番組でも、行く先々の町、自然、文化、人との出会いが紹介されます。
ロケが始まる前に、時間をかけて、リサーチ、そして撮影許可、アポ取りがあります。
それさえできれば、ロケは終わったようなものです。

撮影はオスロから始まりました。
ムンク美術館、国立美術館の「叫び」の撮影です。
これもお決まりのパターンです。
通常は撮影許可が簡単にはおりないのですが、あまり待たされずに許可がおりました。
そしてヴァイキング船博物館、王宮などです。
オスロの街の雑感、俯瞰を撮った後は、いよいよベルゲン鉄道の撮影です。

鉄道の撮影にはいろいろ規制があります。
駅構内でも同様です。
駅、列車の撮影の時は必ず書面の許可証を持つようにしいています。
というのは駅員、また駅の警備員全員にロケ隊の撮影のことが伝わっていないことが多いのです。
今回は国鉄の広報部長のおかげで、列車の駅構内にいつもより15分も撮影のために列車を入構させてくれたり、車窓からの撮影のために、カメラの設置が自由にできる席を確保してくれました。
いたりれりつくせりです。
また広報部長が私たちと一緒に同乗してくれました。
私たちを監視するというより、いろいろ撮影の便宜をはかってくれました。

乗車して車窓からの撮影とは別に、列車と並行して車を走らせ撮影をすることがあります。
放送を見る限り牧歌的な景色を背景に走る列車にロマンを感じますが、しかし現実は命がけです。
もちろん道路と線路が並行しているところを探すわけですが、そう簡単に見つかりません。
ベルゲン鉄道は通常時速100km以上で走ります。
それに並行して走る車は当然スペード違反です。
多分、警察に見つかれば免停になるはずです。
並行撮影の翌日、よく国鉄にレポートが報告されていて「あの暴走車はあんたたちのだろう」と言われます。
ロケ隊は言葉が分からないので、平気な顔をしていますが、私は全権大使になったような気持ちであまり良い気分ではありません。

また列車の中でいつも心を痛めるのは、ロケはかなりの乗客に迷惑になっているといことです。
乗客はロケに協力する義務は全くありません。
またロケ隊も乗客に迷惑をかける権利はありません。
中にはこころよく車内でのインタヴューに応じてくれる人がいますが、全員ではありません。

オスロを出て、ノルウェー国鉄の駅としては最も高いところにある、フインセ駅1222.2mで下車です。
ベルゲン鉄道建設当時の様子が展示されている博物館での撮影です。
ここは初めてではないのですが、私たちが以外、博物館に来ている人はいませんでした。
8月頃、フインセの駅の後ろの湖のはるかかなたに、氷河が見えます。
雪が解ける前に来ても、氷河の上に雪に覆われていて、氷河か雪かよく分かりません。

フインセで再びベルゲン鉄道に乗車、そしてミュダールで下車です。そして有名なフロム鉄道に乗り換えです。
この鉄道は世界中から多くの観光客が来ます。
フロム鉄道は国鉄ではなく私鉄です。
ここでも知り合いの観光局の人が1日中私たちにアテンドしてくれ、撮影に協力してくれました。
国鉄の広報部長をはじめ、フロム鉄道も同様にいろいろと協力してくれた人たちは全員が女性です。
列車の撮影は車窓ばかりではなく、運転席に入り撮影をしたがります。
簡単に頼まれても、面倒な手続きがあります。
国鉄はカメラマンの1人のみ認められ、それを監視する人が同乗します。
その時に書面に一筆書かされます。
監視する人は誰でも良いと言うわけではなく、適任者を探すのも時間がかかります。
フロム鉄道もほとんど同様な手続きを取ります。

フロム鉄道の後は、船でフロムからグドヴァンゲンまで2時間のフィヨルド観光です。
グドヴァンゲンのホテル、スタルハウムホテルのオウナーと知り合いのために撮影には全面的に協力してくれて、厨房まで入らせてくれて料理の撮影をさせてくれました。

ベルゲンでは世界遺産に登録されているブリッゲン、ベルゲンの俯瞰が撮れるフロイエン山、魚市場、街の雑感です。
魚市場は各国から頻繁にロケ隊がきて、営業妨害的なことをして撮影をするので、あまり歓迎されてはいません。

ブリクスダール氷河
ベルゲンから氷河地帯に向けてブリクスダールまで北上です。
以前にも温暖化のために氷河が後退していると書きましたが、どうも温暖化という単純なことではなく、現地の知り合いの人の話によると、これから3年後に氷河が再び前進するということです。
地上が雨でも山には15mの雪が積もり、その雪が氷河に変わりそして押し出されてくるようです。
撮影も現地の知り合いの人がいろいろ便宜を図ってくれ、おまけに昼食までごちそうしてくれました。

ノルウェー全国をくまなく周ったと自負している私でも、まだ乗車したことのないラウマ鉄道の撮影です。
ノルウェーでは鉄道というと、ベルゲン、フロム鉄道です。
ラウマ鉄道はあまり知られていないのですが、列車の旅を楽しめます。
オンダルスネスからビヨリまで1時間、ドンボスまで1時間40分です。
オンダルスネスを出てすぐに車窓右側にトロルヴェゲンというヨーロッパで最も垂直にそびえ立つ1、000mもの岩壁が見えます。
(但し曇ると頂上は見えない) その凄さには圧倒されます。
ドンボスに着くまでに5っの橋を渡ります。
特にラウマ川から59mの所にかかる石橋のシリング橋(1913−1922)では徐行して観光客のためにシャッターチャンスを作ってくれます。
しかし石橋を通るより、遠くから石橋を渡る列車を見た方が迫力があります。
その後、トンネル内で180度方向転換するスタヴェムトンネルを通過します。
1924年に貫通しましたが、両側から掘り進んで、合流地点の誤差が3−5cmという正確さです。
コンピューターのない時代を考えると大変なことです。
地元の宣伝文句では、フロム鉄道より美しいということですが、鉄道そのものが比較できるものではなく、私個人の考えではやはりフロム鉄道の変化と凄さは世界一級のものだと思います。
オンダルスネスの町でも、フロム鉄道と同様に遅ればせながら売り出しをしょうと重い腰をあげたようです。
私たちがオンダルスネスの町のホテルが取れず、町から20kmも南の幽霊でも出そうな古い農場に泊まったのですが、わざわざ車で、観光局長、国鉄の広報部長が20.00過ぎに会いに来ました。
2人とも女性で観光局長は今回が初仕事ということで、随分張り切っていました。
特に変わった話はなかったのですが、「撮影には全面的に協力をします」という頼もしいミーテイングになりました。
日本から物価の高さに驚いてくるロケ隊ですが今回は各方面から暖かい支援があり、珍しいことにホテル、レストランが無料になることが多く、また鉄道は何度乗車しても無料でした。
予算が余るということはノルウェーのロケでは絶対にありえないことですが、今回だけは例外だったようです。

ロケを終えた私の感想は、今までロケ隊の傲慢な姿をうんざりするほど見てきているだけに、久しぶりさわやかな気持ちでコーディネーター の仕事を終えることが出来ました。
こんな気持ちにさせてくれた皆さんに感謝、感謝。。。

世界遺産/ガイランゲルフィヨルドとウルネススターヴ教会
NHK/撮影、2007年8月6日〜15日
知床半島と共に2005年7月14日世界遺産に登録されたガイランゲルフィヨルドと 1979年に登録されたウルネススターヴ教会のコーディネート。

ガイランゲルフィヨルド
ガイランゲルフィヨルドではフェリーで2日間、6往復。
つまり12回も同じフィヨルドを見たわけです。
1回目は今年初めてのガイランゲルフィヨルドで懐かしく新鮮な気持ちでしたが、さすがに12回目は感動も薄れ、ただフエリーに乗船しているという感じでした。
景色は青い空と灰色の空の映像ではまるで違った印象を与えます。
どうしても納得するまで陽光を待つようになります。
それでも12回はすごすぎます。
まあ、今年はガイランゲルフィヨルドはこれが最後になると思います。
ガイランゲルフィヨルドで船上から250mの崖の上に今は見捨てられた農家が見えます。
何度も船上から見て、一体全体どのようにしてそこに行くことができるのか、なぜそこに住むのだろうかと疑問に思っていました。
ガイランゲルフィヨルドから北に70kmほど行ったところに住む、「シュトールフィヨルドの友達」というボランティア団体の会長にコンタクトが取れ 、彼と一緒にスカーゲフローという農場に行きました。
このボランテイア団体はフィヨルド地方の見捨てられた農場を修復、保全しているそうです。
会長と一緒に我々TVチームは250mを30分もかけて登りました。
道は険しく1人がやっと歩ける幅しかありません。
ところどころロープ、手すりがあり、それにつかまりながら登るわけです。
雨が降れば滑り非常に歩きにくいでしょう。
と言うより、危険です。
雪が降れば登ることことも下りることもできなくなります。
スカーゲフローの農場に行き、本当にすごい所に来たものだと思いました。
そのすごい所に子沢山の2農家が住んでいたのです。
電気もなく家の周辺には柵がなく、子供には腰のまわりを紐で縛ってそれを木に結び、崖から落ちるのを防いだそうです。
崖から落ちたら100%命はありません。
そこからは美しい七姉妹の滝とクニーブスフローの農場が対岸に見えます。

ブリクスダール氷河
氷河とフィヨルドの関係の説明のために、ブリクスダール氷河の撮影もしました。
行くたびに驚かされるのですが、氷河の長さが毎年違います。
今回はかなり後退していて、いままでの半分も短くなったような印象でした。
実際のところ、どの程度後退したのかは分かりませんが。
多分、温暖化現象のせいなのでしょうね。
将来は氷河が消滅するのでしょうか。
これって、氷河観光で生計をたてている人にとって死活問題です。
著書「ノルウェー・フィヨルドの旅/訂正」の項に、ガイランゲルフィヨルドとブリクスダール氷河のことが詳しく書かれています。

ウルネススターヴ教会
ソグンダールから車で15分北に行き、ソルヴォルンからオルネスまでフェリーでフィヨルドを15分で横断して、そして車で数分行った所にスターヴ教会があります。
フェリーは大変狭く車はバックで入り、船上では助手席のドアが隣の車のために開かなくなるので、運転手以外は車から降りて乗船しました。
丘の上には長い間風雨に耐えてひっそりと建つ教会があります。
昔はノルウェーに1000近いスターヴ教会があったのですが、現在は28しかありません。
他のどのスターヴ教会も世界遺産に登録されてもおかしくありません。
ウルネススターヴ教会が早い者勝ちで、早々と世界遺産に登録をしてしまったので他の教会が出遅れたのではないかと思います。
こんなことを書くと誤解されそうですが、ウルネスのスターヴ教会をけなしているのではありません。
前記したように他にも世界遺産に登録されてもいいスターヴ教会がノルウェーにはたくさんあるということを言いたいのです。
さてウルネススターヴ教会ですが、ボルグンスターヴ教会の屋根にあるような天をにらむ龍頭はついていません。
その分非常に簡素に見えます。
入り口から見て右の板壁は陽光により黒いタールが溶けて黄色いぽい色に見えます。
遠くから見るとまるで新材のようで、撮影にはちょっと不向きです。
左の壁には有名なウルネススタイルと呼ばれている、動物の彫刻があります。
人により説明が異なり、何が正しいのか分からなくなります。
ある人は架空の動物、ある人はライオンと言います。
どちらかと言うと、架空の動物のような気がします。
教会内部はそれなりに見ごたえがあります。
スターヴ教会は金属を一切使わずに、「ほぞ」と「ほず穴」により建てられたものですが、祭壇の方に ばってん印のように長い板が金属により取り付けられています。
それは、内部の左側の柱を3本切断したために、教会が傾いたのでそれを支えるための板らしいです。
その秘密??????を知ってからどうもウルネススターヴ教会への思い入れが失せたようです。

レインボウスタジオ/Mr.ヤン・エリック・コングスハウグ
月刊誌「音遊人」8月号/撮影、インタヴィュー2007年4月24日
もう随分前の話ですが、日本のロックバンドがオスロにCDの録音に来たという記事を日本の雑誌で読みました。
録音ぐらいどこでも出来るだろうと思っていたので、その時は何のことかさっぱり分からず、特に気にも止めずにいました。
今年の4月に通訳の依頼がありました。
音楽に関する通訳ということです
私の専門外なので、資料を請求しましたが、いつもあるパターンで「大丈夫、そんなに大げさのものではないから」という返事です。
資料はありません。
これって嫌なんですよね。
通訳のやったことのない人には理解できないでしょうが、日常会話がいくら出来ても、専門用語とその分野の知識がなければ通訳は出来ません。
日本から来る人は記者とカメラマンの2人なので、まあ何とかなるだろうと思い通訳を引き受けました。
ECMの業界では大変有名な録音技師のMr.ヤン・エリック・コングスハウグに会いに、彼と彼の友達が経営するレインボースタジオに行きました。
本人は有名人という自覚がないようで気さくなごく普通のおじさんで、すでに孫がいるそうです。
音楽が大好きで、大好きな趣味で生活できることに大変満足しているようでした。
彼自身もCDを制作していて、記者はそれをサイン入りで10枚買いました。
8月号の音遊人に「5枚を 読者にプレゼントをする」と、書かれていました。
後の5枚はどこにいったのでしょうね。
私はサイン入りの最新版をタダでもらいました。
記者は終始興奮していたので、本当に凄い音楽技師なのでしょう。
未だに私は何が凄いのかよく分かりません。
私がもらったサイン入りのCDを、このHPを読んでいる人にプレゼントは、、、、しません。

ムンクを追え「叫び」奪回84日
BS−JAPAN/撮影、2007年1月5日〜11日
画家ムンクの項の最後の方に撮影のエピソードが詳しく書かれています。

雑誌、VOL.3「エクセレント・ノルウェー・イコール」
ノルウェー大使館/撮影、インタヴィュー、2006年3月27〜28日/4月16日
今回で15回目のトロムソです」。
何度来ても感じるのは、「トロムソの人たちは自分の町が本当に好きなんだ」ということです。
ノルウェーでは一極集中を避ける政策を取っているので、地方都市の住民は自分が生まれ育った町が好きな人が多いようです。
インタヴィューをしたのは
*トロムソ市長
*トロムス県知事
*トロムソ港管理局
*トロムソ大学でオーロラを研究している教授
*北ノルウェー観光局
*海にある鮭の養殖所
*漁船のオーナー
*ノルウェー海洋研究所
*ホテルでノルウェー料理
*レストランでノルウェー料理
そしてオスロでは
*水素エネルギー
*アルペンスキーのコーチ
です。
長い間ノルウェーに住んでいてもその都度新鮮な驚きがあります。
海に関する機関などが多いトロムソですが、市長、県知事に町の産業について聞きました。
漁業関係の答えを期待していたのですが、何度角度を変えてきいても、観光という答えです。
夏の観光シーズンが終わると、冬は旅行者が途絶えます。
しかしそんな冬でも近年はオーロラの町として観光客を集めています。
確かに、トロムソで撮影をする時はどこに行っても、皆非常に好意的で、本来払うべき交通費、ホテル代金を安くしてくれることがあります。
(いつもではないのでこれを読んでいる人は誤解しないように)
観光業はすそのが広くまた現金が落ちるので産業としては悪くはありません。
将来は冬季オリンピックの開催地を狙っているようです。
オスロでは水素エネルギーについてです。
石油、ガスで国家経済が潤っているノルウェーですが、将来を見こうしてエネルギー問題に真剣に取り組んでいる姿は印象的でした。
最後にアルペンスキーのコーチです。
昔はノルウェーというとクロスカントリーでしたが、今はアルペンスキーでオリンピック、世界選手権でメダルをごっそりもっていきます。
そのコーチに私たちからの質問です。
日本選手についてききました。
コーチいわく「日本選手は技術的には大変すぐれているが、それを全行程100%とだそうとする。そこに無理があります」という答えでした。
意外な答えでしたが、確かに的を射ています。

Pride、ヨハキム・ハンセン
フジTV/撮影、2005年9月13日
急にオスロ在住の格闘技の選手、ヨハキム・ハンセンのインタヴィューの依頼がありました。
ノルウェーにも格闘選手がいるとはつゆほどにも知りませんでした。
資料を読むとまだ26才で第6代修斗ウエルター級チャンピオンなど、様々な経歴が書かれてありました。
会ってみると、175cm、70Kgでノルウェー人としては小柄でどこにでもいるような若者で「どこかのあんちゃん」という印象でした。
刺青をしていて怖い顔をしているので、怖い雰囲気がする撮影をして欲しいという無茶なリクエストがありました。
一日中一緒にいると、まったく正反対でいろいろ、私たちのために気配りをしてくれたのには恐縮しました。
練習を初めて見ました。
打撃、パンチ、蹴り技、膝蹴り、肘打ち、頭突き、顔面踏みつけ、など何でもありです
私が一頃夢中になってやっていた柔道では彼らにはかなわないと思いました。
もちろん全く別種の競技なので戦うことはありませんが。。。

さて刺青ですが、ここ数年やたらと刺青をしている若者を見かけます。
まるでファッション感覚です。
ヨハキムの片腕のほとんどと、胸にはキリストと十字架の刺青をしていました。
やはり、知らない人からみると「ちょっと危険な男」かもしれない印象でしようが、どうもただの流行のようです。
簡単に消すことのできない刺青を、平気でする若者にはどうしても納得ができません。
年を取って消そうと思っても消しゴムでは消えないと思うのですが。。。

よくあることですが、インタヴィューの質問の中には愚問、思いつきの質問、ノルウェー語に訳のできないものがあります。
例えば「勝つ自信はあるのか」という質問の時には本当に困った顔をして「負けに行くつもりで行く人はいない、勝ち行くのは当然」と答えてくれました。
当たり前のことです。
嘘でも「負けに行く」と弱音をはくと勝てるはずがありません。

素敵な宇宙船地球号
TV朝日/撮影、2004年4月20日〜5月1日
大げさなタイトルですが、エネルギーがテーマの番組です。
ハンメルフェスト、北緯70度39分48秒、人口9361人(2007年1月1日現在)の北極圏の町です。
人口の少ない北極圏ではこの地域の中心地です。
そこに潮流発電所があります。
聞きなれない名ですが、風車を海底に設置して潮の流れでプロペラを回転させて電力を起こすと思ってください。
ノルウェーでは環境破壊を防ぐため、新たな大規模水力発電所の建造は禁止されています。
そこでエネルギー開発に関心が集まり珍しい潮流発電所ができたわけです。
この撮影にはプロジェクトに参加した数人の協力を得ていろいろな便宜を図ってもらい、またインタヴィューをしました。
いつでもどこでもそうですが、始めのうちは100%の協力を得るのですが、そのうち取材が長引いたり、面倒くさいことを頼んでいるうちに相手も仕事がありますから、いつもいつも取材に協力してくれるわけではありません。
突然、番組の中心人物になる人が予定を変更してしまいました。
我々スタッフ5人はあわてて今までの航空券をキヤンセルして新たな航空券を買わなければなりませんでした。
これだけでも私たちそれぞれがノルウェーと日本往復の料金分を使ったことになります。
こんなことは相手は知らないんですよね。
喧嘩をすると総てが駄目になるのでこちらの方が折れましたが。
ところで、潮流発電所は海上からは見えません。
水中カメラを使って映像を見るのですが、風車が間違って海中に落ちたような感じで変なものです。
私からすると凄い発想なのですが、ノルウェー人の関心はそれほどでもないです。
毎日仕事が終わると、小さな町で何もすることがありませんが、 天気のよい日は空一面に神秘的なオーロラを見ることができました。
それだけでもハンメルフェストに来たかいがありました。
地元の人の話によると、夏になるとトナカイが一般家庭の庭まで来て草花を食べてしまうそうです。
クリスマスになってもこの町ではトナカイはきっと人気はないでしょうね。

ディープ・エコロジー/Mr.アーネ・ネス
月刊誌「エスクァイア」10月号/撮影、インタヴィュー2002年6月29日
環境問題について「ディープ・エコロジー」の項目に詳しく書かれています。

まっこう鯨の撮影/動物ワクワクランド
TBS/撮影、1989年8月25日〜9月23日
随分昔の話ですが未だによく覚えています。
撮影の目的は、鯨の海中撮影です。
そのためのスタッフはカメラマン2人と助手(映像)、ディレクター、アメリカ人のカメラマン(写真)、スウェーデン人のコーディネーター2人、ボートの船長、そして私です。
全員で 9人です。
場所は北緯69度19分で有名なローフォーテン諸島よりさらに北にあるアンダ島の北端にあるアンデネスという小さい町です。(アンダ島地方自治体の全人口が5300人でアンデネスの人口は3500人程度)捕鯨の町が捕鯨禁止になっても当然鯨はいるわけで、その海中撮影を試みたのですが、結果から言うと2、000万円近く使って結局 失敗です。
何とか6秒間撮れたのですが、ボヤケていました。
鯨は撮影に協力する義務はないのですから、チーズと言っておとなしくポーズをとってくれるはずがありません。
晴れた日に出港して潮を吹いている鯨を探すのですが、風が吹くと海面一面に波頭が立ちどこに鯨がいるのか分からなくなります。
それでも、やっと鯨を見つけて本船から離したゴムボートで鯨の近くまで行くのですが、近寄れば必ず尾を垂直に立てて潜水してしまいます。
その時は斜めに1000m近く潜水するので、30分後に海面に現れても潜った場所からはるかに遠い所です。
垂直に立つ尾を見て、連日「また失敗だ」とその繰り返しばかりです。
仮にマッコウ鯨の近くで潜水しても、鯨の頭部にはレーダーのような機能があり、怪しい日本人が近づいてきたと、警戒されてすぐにそっぽをむかれてしまいます。
毎日毎日失敗ばかりしていると、いいかげんに嫌になります。
ある日、スタッフとTVを見ていたところ、突然海中で泳ぐ鯨が写り、皆驚きと羨望のために、誰一人口を開けるばかりで、一言も話しをしませんでした。
鯨にはあまり相手にされませんでしたが天気の良い日にどうしたことか、きげんの良い鯨が船の真横に黒い丸太棒のように浮上することがあります。
手で触れるような距離です。
鯨に関わっているうちに、親近感が沸いてきてだんだん鯨を食べるのはけしからんと思うようになってきました。
そこではマッコウ鯨以外にも、シャチもしばしば見ました。
北海で白と黒色のシャチが飛び跳ねながら泳ぐ姿は格好が良いですね。
絵になります。

つづく