アンデス

ANDES
BGMは
「コンドルは飛んでいく」








































マチュピチュ(右図)の石組


コンドル


リャマ(ヤマ、ジャマ)にはこぶはありませんが、ラクダ科の動物です。仲間にアルパカとビクーニャとグアナコがいます。
南米大陸の西側にアンデス山脈が南北に走っています。太平洋側は乾燥した砂漠地帯が多く、大西洋側は密林、平原となっています。ここには先住民インディオ達が住んでいるとともに、後から移住してきた白人アジア系人、お互いに混血した人達も住んでいます。

我々がアンデスに感謝しなければならないのは、一群の原産作物です。ジャガイモ(5165種類あるという)、トマト、トウモロコシ、西洋カボチャ(甘くて、ホクホクしており、栗カボチャともいう)、インゲンマメ、トウガラシ、綿花、ピーナッツ、タバコ、サツマイモ(中央アメリカからペルーにかけて)などで、ここの先住民が栽培化してきました。アンデスメロンはアンデスにあやかって「作って安心、買って安心」というので命名したそうで、原産地は謎ですが、東アフリカ説が強いようです。

コロンブスは黄金の国ジパングに魅せられて4回も新大陸航海をしました。彼に続いて入ってきたスペイン人たちはエルドラド(黄金郷)の伝説を聞きつけました。地図にあるエルドラドの由来は、コロンビアの首都サンタ・フェ・デ・ボゴタの近くのグアタビータ湖に王が金の細工品を神への捧げ物として湖底に沈めたことにあります。1562年に排水して50kgの金を引き上げたと言われます。

ボリビアのポトシは標高4070m、ここからスペインまで橋を渡すことの出来るほど銀が採掘精錬されました。ここに残る旧国立造幣局や教会など16世紀後半の繁栄を偲ばせてくれます。

次ぎに、日本と関係の深いペルーですが、 この国は砂漠地帯、山岳地帯とアマゾンの熱帯雨林に分かれています。その源流の一つのそばに聳えるマチュピチュは「空中都市」として1911年に米国地質学者Hiram Binghamにより発見されました。

それは2550mの断崖の上にあります。15-16世紀の建造物遺跡で広さは5平方km、石組の神殿、邸宅や広場、段段畑があります。

京大防災研究所の2000年の調査で地滑り跡、建物変形を発見し、全体の滑落の危険性を指摘し、予防措置を検討しているとの報道に対し、ペルー国立文化研究所では危険性はそれほど差し迫ったもので無いと反論、京大の調査結果を踏まえ重要な観光資源を保護したいとしています。ベロニカ山(5758m)など山頂部が氷山になっている山々が近くにあり、また氷山はアンデス各所の高山にもあり、地球温暖化のせいで氷山面積が減少しつつあるという研究者もいます。

挿絵はそのアンデスの山を背景にインディオとリャマ(ジャマとも言う)です。リャマは運送用、毛織用で、その糞は肥料と燃料になります。ここに飛んでいる世界最大のコンドルはインカの霊鳥です。「コンドルは飛んでいく」は1913年ペルーの作曲家ロブレスが発表したスペイン風オペレッタ"El condor pasa"の1部です。

インカ帝国の内紛につけこんで、スペインのピサロが火縄銃と騎馬を持った180名の兵士により帝国を征服、最後の国王アタワルパは騙されて黄金製品を奪われ、地下の真っ暗な部屋で殺されました。彼の魂がコンドルに乗って太陽に向かうという悲劇です。アメリカのサイモンとガーファンクルの替え歌によりこの曲は世界的に有名になりました。ピサロも後に仲間に暗殺されます。

以下工事中