ブエノスアイレス

ARGENTINA
表紙の滝はアルゼンチン側のイグアスの滝

BGMはタンゴ
「ブエノスアイレスの冬」
(アストル・ビアソラ曲)



コロン劇場
































リンクは「花祭り」の音楽














マゼラン隊世界一周
始めに、アルゼンチンの音楽について述べます。なんと言ってもアルゼンチン・タンゴ[名曲Caminitoの言葉の意味は小径(コミチ)、ブエノスアイレスの港町ボカ地区を貫く小径のことでタンゴの発祥地です]、それからアンデス渓谷のインディヘナ(インディオ、インディアンは以前の呼称です)の民謡(フォルクローレ)、さらにブエノスアイレスの劇場テアートロ・コロンで展開される西洋のクラーシックです。コロンはスペイン語でコロンブスのこと。南北アメリカでコロン、コロンブス、コランバスの名前を持つ町、山、川、岬、台地など20近くあります。

20世紀初頭における空前絶後の景気の結果テアートロ・コロンが建築されました。その柿落としの出し物はベルディーのオペラ「アイーダ」で、スエズ運河開通を祝って作曲されたものです。この景気の依ってくる所は、牧場の囲いのためのバラ線の発明、牛肉の冷凍、列車及び商船による冷凍輸送の発明、そして何よりも第1次大戦の不参加かから得た漁夫の利でした。







日本で購入される世界地図では、日本が中心にあります。欧米の世界地図では日本は極東すなはち東のはじにあります。欧州・アフリカと米国大陸とが左半分にあります。そのため大西洋を挟んで、向かい合っています。この地図で両者の接近性がよく分かりますように、ヒト・モノ・カネの流れが理解し易くなっています。

アルゼンチンには1516年にスペイン人が到着して以後、圧倒的に白人系が多く、全人口7500万に対する割合は97%(イタリア系が35.5%、スペイン系が 28.5%)です。国民の90%以上がキリスト教のカトリック、2%がプロテスタント。南米のパリといわれる首都ブエノスアイレスの人口は300万。

ボリビアに近い北西部のアンデス地方には「花祭り」で有名なフォルクローレも残っています。この曲はカーニバル(謝肉祭)の時の舞踊の曲でカルナバリートといいます。南半球の収穫祭りは2−3月ですが、スペインのキリスト教のカーニバルも同時期であるので、カーニバルと呼ぶようになりました。この現地の踊りの曲をアルゼンチンのサルディバルが採譜、1943に発表、1953にフランス語の歌詞がつけられ「花祭り」と言うシャンソンとなり、世界中にヒットしました。このホームページのトップページの音楽がそれです。

アンデス山脈の麓はブドウの産地、その東側に横たわる平原はパンパといいウシ(人口の倍井の頭数)と小麦の生産が行われています。ウシの放牧をするガウチョ(アメリカのカウボーイ)が活躍しており、馬術ショウ、ダンスなど観光客を楽しませてくれます。

ブエノスアイレスは良い(ブエノス)アイレス(airs空気、風)という意味で、開拓者が始めて上陸した時「空気が素晴らしい」と言ったという説と帆船の船乗りにとって「良い風の聖母」は守り神でした。それ故、後者が正しいとされます。

南米南緯35度以南をパタゴニアと言います。(日本では仙台からサハリン北端まで)。パタ(足)ゴン(大きい)という名前をポルトガル出身の船長マゼランが原住民に与えました。彼らはリャマの仲間のグアナコの毛皮を着ており、足が大きく見えたと言います。パタゴニアの観光の目玉は手近に行ける各地の氷河です。

スペイン王の依頼でマゼランは、南太平洋の香料を求めるため5隻の船と237名の乗組員とともに1520年に大西洋から南米南端を行く先の不明な嵐の海を600kmも航海し、波穏やかな大海に出ました。彼がスペイン語でパシーフィコ(穏やかな)オセーアノ(海)と言ったことから、英語で「パシフィック・オーシャン」となりました。

幕末において「穏やかな」を「太平」とも言っていました。当時外国人が日本に持ちこんでいた地図にPacific Oceanとありました。日本では外海のことを灘と言っていましたが、灘よりも規模が大きい洋を用いて、「太平洋」と翻訳したのが定着したのです。コロンブスが出来なかった世界一周を果たしたのは、18名の乗組員だけで、他の乗組員は途中で死亡しました。うち、マゼランは、フィリピンで原住民と戦って死亡しました。

この長さ600kmの海峡は後にマゼラン海峡と名付けられました。それは1914年にパナマ運河が開通するまで重要な国際航路でした。パナマ運河では65,000トン以上のタンカーとか航空母艦は通れませんので、現在もこの海峡を通過しています。図にあるビーグル水道は1831−36年ダーウィンが、無給の博物学者として英国海軍測量船ビーグル号(ビーグルは兎狩りのイヌ)に乗りこみ、ここを通ってガラパゴス島など南太平洋の動植物、地質などを観察した結果、1859年にon the Origins of Species by means of Natural Selection「自然淘汰による種の起源」を発表しました。その中のキーワードevolution(変化が進展して行く)が日本語で進化と誤訳されました。柔らかい物ばかり食べヒトの顔が長細くなって行くのを進化というのか退化というのか個人の価値観如何によります。

究極の海外観光旅行は南極です。しかしここも団体さんがペンギンなどを驚かせ、ゴミを置いて行くので、環境保全に心して訪れて欲しいものです。