BGM モルダウ
下図はプラハ市内を流れるモルダウ川、手前が上流
茶色はズデーテン地方(300万人のドイツ人居住地区、第2次大戦発火点)
 民族衣装 チェコ大使館広報写真
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チェコを訪問することになりました。理由は3つ。(1)第2次大戦の発火点となったズデーテン地方をドイツがチェコからもぎとるのを英仏が強硬に反対せず、ずるずるとドイツの侵略を許してしまったこと、(2)ドイツ陸軍将校で後にミュンヘン大学地政学教授、さらにヒットラーの外交顧問であったカール・ハウスホーファの侵略正当化理論(日本の八紘一宇も正当化理論でありました)の自壊と自決、(3)戦後におけるソ連からの離脱と民主化。この3つの背景に興味があったからです。
民主化の熱狂的な祝典演奏はスメタナ(1824-1884)の「わが祖国」でした。この曲は6つの交響詩からなり、その2曲目が「モルダウ」です。曲の構成は源流から北流、さらにエルベ川に入ります。この新生チェコ共和国は人口が北海道の2倍の1031万、面積は北海道と同じ78000平方km。
イギリスの最盛期に大陸周辺国の没落を警告し、大陸塊ハートランドの優位を説いたのがイギリスの地政学者マッキンダーでした。ロシア、中国、アメリカが該当します。上記のハウスホーファはチェコはヨーロッパ・アジア大陸の西端の玄関であり、ここを制すればドイツはそこを足がかりにこのハートランドに君臨できるとしました。
ドイツは元来35の領主のゆるい連合体で、それらと4自由都市が1815年にドイツ連合を作りました。これをドイチュランド・ユーバー・アレスすなわち39単位の上(ユーバー)にドイツが出来たということです。しかしこの言葉は、ドイツが全世界に君臨するとも解釈できました。
2002年7月7〜9日に天皇皇后両陛下はヴァーツラフ広場、カレル橋、プラハ城を訪問
2009年4月5日オバマ米国大統領は川の左岸にあるプラハ城(左図に見える2本の塔のあたり)の手前のフラチャニ広場において「核なき世界」構想について演説し、2009年10月13日ノーベル平和賞受賞候補となりました。
以下工事中
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