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02 キス
春は出会いと別れの季節だと、最初にそう言ったのは誰だろうか。 校舎へ続く桜並木を歩きながら、俺は何とは無しに舞い散る薄紅を眼で追っていた。小さな甘い春の欠片は、暖かな風に乗ってふわりふわりと回転しながら降下していく。恋をしてほしいんだよ、と健人の真摯な声が頭に響いた。それに重なるように、やわらかな声がする。 ――恋ってふわふわ甘くて、少し切なくて、こんな色をしているかもね。 窓の外、満開の桜を眺めながら、ふわりと笑う姿が瞼の裏に蘇る。それなら知っている、と伝えたかったけれど、言葉に出来なかった。こんな風に甘ったるくて、けれど泣きたいくらい切ない薄紅。それがやわらかくて優しくて、でも悲しい色だと知っている。――そんな言葉はどれも、噛み締めた唇に吸い込まれて、消えていった。握り締めた手の中に封じ込めた、抱きしめたいという想いと共に。 彼女との思い出は、いつも薄紅に淡く色づいていた。出会った季節も、一緒に過ごした季節も、別れも、春だったからだろうか。窓から見える景色はいつも同じで、桜の花びらが彼女の後ろで舞っていた。あんまり綺麗で、あんまり儚くて、いつか彼女は薄紅に浚われていってしまうんじゃないかと馬鹿なことを考えたりもした。 ――悠くんって、すっごく教え上手ね。素敵な先生になれそう。 そんな彼女の言葉一つで自分の将来を決めてしまうほどに子どもだった自分に、苦笑が漏れる。その決意が今日形になるのだから、俺の一途も大したもんだ。――恋の色を知ってから、八年。その想いを伝えることもできずに、彼女を失って五年。 ひらりと眼前を掠めた、彼女と同じ名前の花弁を捕まえて、俺は無意識のうちにそれに口づけていた。 彼女の唇を味わったこともないのに、キスを落とした花弁はほのかに甘い、気がした。 がやがやと教室から声の漏れている廊下を、正担任の後ろをついて歩く。コンクリートの壁、私物の散らかるロッカーに、風紀委員会のポスター。あー高校ってこんな感じだったよなあ、なんて懐かしく思い出しているうちに担当クラスの教室に到着した。正担任が呼ぶまで待っててくださいね、と念押しして、出席簿片手に教室へ入っていくのを見送る。 緊張を自覚する前にさっさと突入したかったな、と少し愚痴った。ネクタイを締め直して、深く息を吸う。「岬先生ー!」という声に背中がびくっとしたのが恥ずかしかった。先生に呼ばれて入ってくる転校生ってこんな気持ちだったんだろうかとか考えながら、ドアに手を掛けた。笑顔、笑顔……。 「失礼します。笑い声が聞こえたので、どんな紹介をされたのか気になっていましたよ」 あ、声意外と震えなかった。笑顔大丈夫だろうか。引き攣ってそうだな――。痛いほど突き刺さる視線の中、一礼してドアを閉めた。俺を追って生徒たちの顔が揃って動くのに笑いそうになって、少し緊張がほぐれる。担任が場所を譲った教壇へ上がり、教室を見渡した。中庭に面しているのだろう、右手の窓は満開の桜木と舞い散る花びらでピンク色に染まっている。 「初めまして、岬悠人といいます。クラスの副担任を受け持つことになりました。教科は英語を担当します。俺自身、先生一年生なんで、皆に教えられることの方が多いかもしれないけれど、どうぞよろしくお願いします」 何度もシミュレーションしていた台詞を、笑顔と一緒に何とか噛まずに口にして、そうして俺の教師生活が始まった。 |