song for you




 満天の星を散りばめ、月の光に抱きすくめられた夜空は、不思議と優しい色をしていた。優しいと感じる自分が不思議だ、とスイは思った。自分の孤独を突きつけられ、僅かな希望をも閉ざされるようで、少女は夜の闇が大嫌いだったのに、今はやわらかな月光を浴びて心が休まる。夜は静かに彼女に星の瞬きを送り、昼間辺りを包んでいた熱気や人々の活気とは正反対の顔を見せる。
 スイは艶やかな黒髪を心地よい夜風になびかせて、瞳をつむると、小さく旋律を紡ぎ始めた。
 天の調べのようだと人の称した高く澄んだ声が、透明な空気を滑ってゆく。その声はまるで銀の鈴の音(ね)のようで、とぎ澄まされた清廉な響きがある。月明かりと星に照らされて、その姿は祈りを捧げているようにも見えた。少女の小さな、しかし豊かに響く歌声は、やがて穏やかに静かな闇に浸透していく。夜空の星々がその歌に呼応して、瞬きを返しているようだ。
「故郷(くに)の歌か?」
 驚いてスイが振り返ると、漆黒を身に纏った少年が、夜の闇から生まれ出たように気配も無く、そこに立っていた。まるで闇を住処としているような少年は、だが瞳だけが溶けたルビーのように紅い。
 スイは彼の問いに答える前に一度、空を仰いだ。思い出す、遠い故郷の人たち。膝に抱かれて髪を梳かれながら、頭の上から優しく降りる歌にまどろむあたたかな昼下がり。ひどく心地よくて、幸せだった。
「これが子守歌だったの」
「そうか」
 言って、少年はスイの隣に腰を下ろした。彼の視線も二人を抱く夜の藍色へと向けられる。静かな星の瞬きに、彼は何を思うのだろうか。
「おまえの歌は優しいな」
 言われた言葉にスイは少し目を見張る。隣を窺えば、夜空を見上げた少年の横顔には笑みが刻まれていた。
「そんなことを言ったのはセツが初めてよ」
 少年の目線をなぞるように、スイも星空を見上げた。遠い遠い場所から光を届けるあの星たちのように、自分の歌もあの人たちに届くだろうか。もう二度とは会えない人たちも、同じ空を見上げているのだろうか。
「歌ってくれないか」
「さっきの歌?」
「ああ」
 頷いて、スイは夜に旋律を乗せた。爽やかな夜風が、その歌声を彼方の星まで運ぶように背から吹き上げる。夜に抱かれて、歌は優しい余韻を残して響く。
 隣をちらと見やれば、視線の交わった瞳がいたずらっぽく煌めいた。笑顔を返して、スイは再び空を振り仰ぐ。歌を、歌える。自分の歌を聴いてくれる人が居る。本当に幸せだ、とスイは思った。


 ずっと、ずっと。
 この声、枯れるまで。
 ――君に万の歌を贈ろう。
 



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