新大陸移動記
カナダに引っ越した当時
2003年2月〜2004年1月までの感想録を
一部修正したものです
西暦2003年2月
雪との格闘
積雪70cmほどの日々。これでもかというほどに降る。なんでも今冬は特別に雪が多いそうな。二日に一度は、せっせと雪かきのお仕事がまっている。九州育ちの私はドイツで初めて雪のけ手作業を経験した。しかし、ここの雪量は当たり前ではなかった。よって自家用の除雪機械が必要不可欠。完全防備で表へ出るのだが、作業が終わって家に入ると毛糸の帽子やマフラーはカチンコチンに凍っているし、手はかじかんで動かない。「なんてとこに来てしまったんだあ!」と何度やっても叫んでしまう。しかしこの作業なしだと、ガレージから前の道路まで出ていくことができないのだ。車なしでは生活の成り立たない地だけに、雪かきは命綱と同じ。今はただ一日も早い雪解けを待つのみ。
郵便受け
このへんでは家の玄関まで郵便屋さんは来てくれない。よって道路沿いに各家の郵便受けが並んでいる。しかも普通の乗用車に乗った普通のおばちゃんとかが配達にくる。どうも委託らしい。小包類は郵便受けに入らないからか、それとも責任上の問題か、届け状をもって10km先の委託郵便局にこっちから取りに行かねばならない。逆にいいのは、郵便受けの中に発送したい手紙に切手を貼って入れておけば持っていってくれること。
酷寒のために、郵便受けの中の手紙がカチンカチンに凍っていたことが何度かある。家で解凍してから読む。広告類はビニル袋にまとめて入れてある。そういえば日本では雨の日に新聞を袋に入れてくれてたなあ。
郵便受けまで到達するためにも、今日も雪かきは不可欠なのだ。
西暦2003年3月
巨大商品
長い冬には買い物くらいしかたのしみはない。商品のほとんどが巨大なことにまず目を引かれる。小袋のものを探すのがたいへんだ。でも実際に量が多いほど単位あたりの価格は安いので、つい巨大商品の方に手が伸びてしまう。
フリーラン卵
卵だけはなぜかちょっとだけこだわる私たちである。ドイツでは放し飼いの鶏卵を常に買っていた。地面飼いでも一羽あたりの占有面積がせま〜いものもあるので「放し飼い」に限る。カナダでは「フリーラン」というごくわかりやすい名前で売っていた。一つ一つの卵の大きさはドイツの方が大きいものもあったような気がするが、パック自体はやはり巨大。10個ではなく12個入り(つまり1ダース)。18個入りのものも見つけた。
牛の乳
卵のことを書いたら、牛乳も同等にあつかってやらねばと思い立った。いわずもがなこれまた巨大。しかも主流はビニル袋入りだ。一袋に1.4リットル程、それが2個パックや3個パックで売っている。3個パックで4リットルという商品は、3で割り切れないのが気にかかってしょうがない。このビニル袋入り牛乳は、そのまますっぽりとソーサーに入れて使うという便利モノ。つまりソーサーが汚れないし注いで移す必要もない。M氏によれば、彼の子ども時代に同様のモノがドイツにもあったらしい。なぜ消えたのか?ドイツのビニルパック牛乳。これは日本で三角テトラパック牛乳を見なくなったことと同じくらい不思議な謎だろうか。
西暦2003年4月
信号
車で町を走ると信号に出会う。ここからだと15分ほどのところに最初の信号がある。もちろん全く信号のない道を選んでどこまでもひた走ることも可能だ。
この信号で驚いたことは、赤信号でも交通状態を見ながら右折をしてよいということ。ドイツでも、右折用の脇道がある場合や矢印の標識がある場合は右折可だったが、カナダでの右折優遇姿勢には驚いた。このルールはカナダ全土に共通らしい。ただし何かと人騒がせなケベック州を除く。
SARS
3月以来、カナダはSARSとの闘いに本腰を入れている。
トロント市内を中心に多くの感染者が出た。あっという間にいくつかの病院が感染者隔離のための建物になった。最初の頃は、教会のミサや葬式などを通して、感染者数が拡大していったようだ。トロントからのトラック輸送のチェック員が仕事をボイコットしたり、トロントからの仕入れ商品がカットされたり、中華料理店で閑古鳥が鳴いたり・・・と身近な所での影響はすぐに表れた。イースター前の週に状況は最悪となり、治療にあたっている人々の疲れと絶望は隠しきれない様子だった。
ところが彼らの献身が実ったのかそれとも祈りが通じたのか、状況は良い方へ向かい始めた。そして感染者の中からの快復者が増加していったことと隔離者数自体が減っていったことを根拠に公式な「峠を越した」宣言が出たときには、正直いってものすごくほっとした。
義兄は「SARSであれ何であれいずれお迎えが来るんだから同じ事」と肝を据えていたが、見知らぬカナダの地で肉親に別れを告げることもできずにあの世へいきたくないというのが私の本音だった。
兄弟(強大)国
カナダには切っても切れない関係の兄弟国アメリカ。アメリカが兄でカナダが弟だろうか。兄がついにイラクへの攻撃を開始した。兄が「おまえもいっしょにやれ」と命令したが、弟は兄とは少し性格が違うらしく、それを拒否した。
カナダでは反戦が参戦の世論を上回っていた。
当たり前のことなのだが、その世論の上に政治家が発言していることに驚かされた。日本で世論が無視され続けている事実に慣れてしまっているからだろうか。
とはいえ、兄へのフォローを忘れてしまっては弟はやっていけない。民間親米グループがカナダとアメリカの旗を掲げて国境からアメリカ入りするなどのデモンストレーションもあった。ある町の首長は、「カナダ政府の決断は遺憾きわまりない。これはカナダ国民の総意ではない。許してねアメリカ。」というような新聞広告を出した。
予定されていた米大統領のカナダ訪問がキャンセルされた。本人いわく「カナダが手伝わなかったことの腹いせではない」そうだが、誰がみてもすねてるとしか思えない。とりあえず次の訪問予定を組み直すことができたようだが。
戦争を正当化するために、「平和のための戦争」「自由を与えるための戦争」「正義のための戦争」と言葉を並べることは簡単だ。とにかくも多くの人々の犠牲の上に、またひとつの歴史が刻まれたことを、私たちは忘れない。
野生動物
雪解けを迎えると様々な動物たちが活発に動き始める。とりわけ(しゃれではない)鳥の種類と数は多い。トップの写真で紹介したアメリカンロビンをはじめ多くの鳥がいっせいにさえずり始める。
うちのそばの湖には、氷が溶け始めるとすぐにカモの夫婦が巣作りにやってきた。一湖一カップルのきまりがあるのだろうか。後から侵入してきたカモを二羽で撃退し勝利のおたけびをあげているのを目撃した。
草原では野うさぎの巣を発見した。自らむしりとった母の毛が巣上をふんわりとおおっている。母の毛色はグレーらしい。それをそっとはぐってみると、まだ目の開いていない赤ちゃんうさぎが5匹、ぎゅうぎゅうに重なってねむっていた。
他にも冬の間にアライグマが倉庫などに巣くってひどい臭いでたいへんだという話が耳に入ってきた。このあたりではアライグマを捕るための罠をつかう。上記したカモについても、繁殖をいやがる人々は多い。
私は人間の都合から動物を駆逐することに対して少々の憤りを感じるが、ここカナダの人々にとっては健やかに生活するための一つの手段である。
西暦2003年5月
ロングウイークエンド
カナダには年に何度か3連休がある。それを人々は「ロングウイークエンド」と呼ぶ。
カレンダーによってはアメリカの祝祭日も載せているのがおもしろい。日本で隣りの国の祝祭日を知っている人はどれくらいいるだろう。ドイツにしてもしかり。カナダとアメリカはやっぱり特殊な関係なのだろうか。
このロングウイークエンドをのぞくと、カナダの休みは少ない。日本の方が定期的に休みが巡ってくるような気がする。
5月24日
日本人にとっては何の変哲もない日付けなのだが、カナダ人にとっては意味深い日らしい。というのは、この日を過ぎるとおおよそ霜の心配はなくなり、ようやく花を植えることができるようになるというのだ。
確かにカナダでは冬の余韻が長引く。カナダでのカーデニング初挑戦の私は、いろいろな人に尋ねてみた。すると必ず「5月24日を過ぎないと花は植えられないよ」との答えが返ってくる。誰もがそう言うもので、「掟」を破るのが怖くなる。
私は冬の暇をつぶすために種をたくさん買ってきて、3月末から地下室で育てた。この花たちが初めてカナダのお日様を見た日は、やはり5月24日のことだった。
犬
カナダにも犬好きの人が多い。あちこちで様々な種類の犬を見かける。犬の飼い方を見ると、日本とドイツの中間くらいの感覚だろうか。ただの番犬として飼われている犬の割合は少ない。しかしドイツのようにまるで家族の一員みたいに家の中の一隅を占領している図はあまり見ない。ときどき犬小屋を見かけることもある。朝晩フリーで散歩している犬もこの辺には多い。吠えまくる犬は少なく、カナダ人と同様にフレンドリーだ。
隣りの犬がときどき散歩にやってきて私と遊んでくれる。顔がテリーで体はポインター風。カナダでは自ら犬を飼わずとも、いろんな犬と接触できるという犬好きにはたまらない国かもしれない。
スーパーの袋
スーパーで買い物をすると、必ずビニル袋に品物を入れてくれるというサービスがある。日本ではセルフサービスの店の方が多くなったのではないかと思う。ドイツでは当然セルフサービスのうえ、ビニル袋は買わなければならない。ドイツ式が好きな私たちは、最初のころ、一回一回「袋はいりません」と断っていたが、そのうち甘んじるようになった。それには3つ理由がある。
1.スーパー側は袋に入れることで、未払い品との区別をつけているようだ
2.やっぱりスーパーの袋って何かと入り用だ
3.多くのスーパーで袋に入れるための店員として「障害」者が働いている
しかし日本での一袋に詰め込み形式とは違い、2〜3品入れたら次の袋に移るからちょっとした買い物でも一度で複数の袋を得てしまう。
掃除機
日本で私が一番お気に入りだったのは、充電できるスタンド式の掃除機。軽くて小回りが利くし、少なくとも私の住居では充分な働きをしていた。ドイツでは引っ張るタイプのを使っていたが、重いわりに吸引力がいまいちだったので不満足だった。カナダで今使っているのは何とよんだらよいのかわからない。コンセントのような吸引口が各部屋にあって、そこへホースを差し込むと自動的にスイッチオン。吸い込まれたごみは地下室の集塵箱に集められる。ちょっと聞くと便利そうなシステムだが、ホースが長すぎて重い。二階へ運ぶのに一苦労する。やっぱり日本の充電タイプが最高だと思う。そういえば日本でもこのシステムが売りの住宅が販売されたことを記憶しているが、いつのまにか消えてしまったようだ。
西暦2003年6月
車1
うちの車はリース。日本ではあまりポピュラーではないシステムだが、こちらでは当然のように、「買うと◯◯ドル、リースすると◯◯ドル」という新聞広告やテレビコマーシャルが出る。、4年間の支払い額等を比較すると買う方がお得なのになぜリースを選んだのか。一番の理由は4年後にまだカナダにいるかどうかわからないから。4年後のリース期間が切れる時に、リース者はその車を割安な値で手に入れることができる。必要なければ返却しておしまい。何の手間もいらない。さらに新たな車をリースすることも可能だ。とにかくも「赤い色の車」だけが望みだった私は一応満足している。
車2
車の仕様なんかについても書いた方が親切かと思った。ドイツでは新車でない限りオートマチック車を探すのに苦労するが、カナダでは、日本と同じく普通に買うことができる。たいていの車(全部かも)は昼間でも自動的に小さくライトがつくようになっていて、トンネル・ガレージなどに入ると、これまた自動的にライトが明るくなる仕組みになっている。お好みの速度を設定する装置は慣れるとやみつきになる。例えば90キロまでアクセル踏んでボタンを指で押せば、両足フリー状態。ボタンを2回押すか、ブレーキを踏むかすると、設定は解除される。どこまでいってもまっすぐな道の続くカナダだからこそ、機能が発揮されるのだろう。
100円ショップ
何でも1ドルで買える店を見つけてファンになってしまった。「ワンドラーショップ」または「ワンバックショップ」と呼ばれている。「バック」というのはドルの愛称なんだそうだ。2ドルとか10ドルとかにも愛称があるというから(何というか忘れたが)ちょっと笑える。このショップで台所の小間物とか文具だとかを買い込んで得した気分になるのがマイブーム。
酒
料理用のワインが必要になったとき初めて、スーパーにはアルコール類を置いてないことに気づいた。それまでビールは専門店で買っていたのだが、ドイツのゲトレンケマルクトの感覚かとばかり思いこんでいた。カナダの法律上、販売許可を得た専門店でしかアルコールを買うことはできない。自動販売機なんて絶対にない。オンタリオ州では飲めるのは19才からだが、ケベック州では18才からだそうだ。レジでは若いと見える人はレジで証明書を必要とする。私としては証明書を要求されなかったのが少々不満であった。
スーパーの買い物かご
スーパーの買い物かご、日本でもワゴンタイプのが浸透してきたようだが、誰もがドイツのワゴンの大きさにはびっくりする。カナダのワゴンも同様に大きい。さらに大きなものをアメリカで見たが、大きすぎても扱いにくいものだ。
書き忘れるところだったが、ドイツと大きく違うのは、コイン不要だということ。(日本もそうか)大きなスーパーにいくと、電動車椅子付きワゴンがある。
それともワゴン付き電動車椅子??これはすごい。カナダでなら100才過ぎても買い物に行こうという気になれるかもしれない。
SARS2
6月あたまに、いろんな友人や知り合いからメールが押し寄せた。カナダでSARSが再流行していることを恥ずかしながら私はこのメールで初めて知った。ネットで調べてみると本当にそうだった。忙しさの中、ニュースを見る暇もなかったのだ。しかし日本で騒がれているほど、当地の人たちには現実味がないようだ。私が切り出すまで、周りに誰もSARSのことを話題にする人はいなかった。とりあえず知っている範囲でSARSに感染してしまった人がいないから、今ひとつ緊迫感がないのかもしれない。この辺はもとよりトロント市内も通常どおりに動いているし。
母からの小包の中からマスクが二パック出てきた。ドイツへ帰国する折に装着しようかどうか非常に迷った。空港へ送ってくれた義姉は私たちを車から降ろすやいなやそそくさ帰っていった。「危険の中にわざわざ入っていく勇気はないわ」と。
空港内では緊張しまくった。なるべく息をしまいと無駄な努力。SARSに関する問診票のようなものに記入。チェックインの際、M氏がカウンター嬢に「SARS以来この仕事をするのに変化はあったか」と質問。「ぜんぜん、いつもと同じよ」との返答。カフェに座っていても、テーブルに触れるのがコワイような気がする。私の緊張とは裏腹に、周りを見回しても誰一人としてマスクをしている者なんていない。手荷物検査。ビデオケースを開けろというので、テロ対策かと思いきや、ガーゼ?で覆ったスプーンみたいな器具で中を探った。これもSARS検査か。飛行機の中では、咳をする人がいたもので、心理的にゆっくり眠れなかった。
結局、マスクの封は切らないままカナダへ持って帰った次第である。
西暦2003年7月
カナダデー
7月1日はカナダの独立記念日と初めて知った。そういえばカナダの歴史について習った覚えがない、そう思ってかび臭い高校時代の世界史教科書「詳説世界史」(山川出版社)を開いてみた。382ページ、あれからうん十年・・・歴史が進んだ分今の高校生はもっとぶ厚い物を持ち運んでいるのだろうか。
抜粋1:「フランスは17世紀にカナダに新出し・・・」
抜粋2:「・・・1867年にはカナダが連邦として自治政府をつくり・・・」
カナダについての記述はこの2文しか見つからなかった。よって知識の薄さは教科書の責任にしておけそうだ。
現在のアメリカ合衆国は、建国時からの買収・割譲・合併の連続により拡大していったことをついでにおさらいできた。考え方によれば、カナダはアメリカ合衆国に吸収されなかった北米部分ということもできそうだ。
旗
自国の旗が好きなカナダ人は多い。確かにメープルリーフマークはかわいいしTシャツなんかにプリントしてもさまになる。上記のカナダデーには、多くのカナダ人が旗を掲げ、店にはカナダデー用のグッズが並ぶ。
日本で同じことをやると避けて通られそうだが、実はカナダデーじゃなくても一年中旗を掲げている家を結構見る。それも本格的にポールを立ててるから半端ではない。。カナダの旗ではなしに、アメリカ合衆国とかイギリスとかの一族縁の旗を揚げている所もある。日本ではこれをやるとやっぱり妙な目で見られるかもしれない。
TVと雑誌の女性
ドイツから来て早々と気づいたのは、TVや雑誌のグラビアにセクシーな女性が簡単に出てこないということ。つまりドイツは昼間でさえ裸の女性がTV画面に登場し、TVガイド雑誌の表紙は必ずと言っていい程水着姿の女性で飾られている。カナダではそれ相当の雑誌や番組でない限りこのような場面に出くわすことは少ない。
バーベキュー
日本でも最近はファミリーレジャーに欠かせなくなったバーベキュー。ドイツ人もバーベキューが大好きだが、カナダ人もしかり。屋外で「本物」の火を使って調理することで、視覚・聴覚・臭覚がハーモニーを奏で、食欲を倍増させるとどこかで読んだ。
カナダ人のバーベキューは豪華だ。肉が安いから、サーロインステーキなんてバンバン焼く。日本の多分4分の1くらいの価格ではないだろうか?ドイツでは狂牛病の懸念から牛肉ではなく豚肉や鶏肉を食べる家が増えた。カナダでも狂牛病症例が出たようだが地元民は全く気にかけてないように見える。
新聞を読むと、大口の牛肉輸出相手国の日本がカナダ牛を排除する姿勢とあった。カナダ側の言い分によれば、アメリカ流の飼料で育てられたカナダ産の牛なのだそうだ。カナダの牧草を食べているアメリカ牛もいる。両国はあらゆる面から密着しているため、カナダ牛とアメリカ牛とを完全に区別することは難しいという。
白黒あまりはっきりさせない性格のカナダも、これを機に自己改革せざるを得なくなったのではないかと思う。
バーベキューに戻るが、家族だけでなく、友人や親戚や隣人と集まる持ち寄りのバーベキューもよく見かける。当番制のように各家の庭を一夏で一巡するのだろうか。
HGTV
新型ウイルスのような名前だが、実は私の一番気に入りのチャンネル名、ホーム&ガーデンTV。
このチャンネルでは、一年中、家の新築・改装・増築・造園・ガーデニングなどについての番組を流している。中でも、「ファイル・ユー・アー・アウト」とか「チェインジング・ユア・ルーム」は楽しい。家族の一員や友人が留守のうちに改装を行うというもの。壁を塗り替えるのは当たり前。新しいドアを作ったり、床をはいだり・・・最後の仕上げの小物にも非常にこっている。全て専門デザイナーの指揮のもと、10名以上のスタッフが働く。居ない間に勝手に改装された部屋を見て怒り狂った人はまだ見ていない。みんな喜びの叫び声をあげサンキューの連発。
どうやったらこの番組に参加できるのかが知りたいものだ。
カナディアンジョーク
カナダではM氏の親父ギャグがけっこううける。そのうえ、あまり品の良くないジョークに笑いが集中する。彼にとっては天国のような場所だ。
ドイツ産にしろカナダ産にしろ、日本人の私が聞いても爆笑できないものが多い。ちょっと複雑な「笑い話」または簡単な「小話」のようなものだからつぼにはまれば大笑いできるのかもしれないが。
このジョーク、談話中に突然始まるのが常だ。誰かがジョークを話し始めると全員し〜んとすることの方が私には可笑しい。ドイツ同様、カナダでも金髪の女性は頻繁に登場する。アメリカねたのジョークはカナダ特有のものと言ってもかまわないだろう。
天気予報
毎日3回は見る天気予報チャンネルというのがある。ドイツにいた頃も、日によって気温差が激しいうえ天候も変わりやすいので、でかける時に限らず、庭のため、そして我が健康のために欠かさずチェックしていた。
日本にもあったが、ここカナダにも「お天気チャンネル」というのがあって、10分ごとにローカルな天気予報を見ることができる。間の10分は、一般的な気象情報や天候や農作物等に関するニュースを流している。
この番組の天気予報士は、ビジュアル系の女性ばかりで、番組のコンセプトなのだろうか、全員ベージュかモノトーンのスーツ又はワンピースを着ている。たまに登場する男性はスーツ姿。日本では随分ラフな格好の予報士が増えてきたから、なおさら印象的だ。
西暦2003年8月
停電
8月14日の午後5時頃PCワークの最中に電源が突然切れた。しばらくすれば回復する極地停電だろうとばかり考えていたが、ラジオの情報でUSAのニューヨークやデトロイトを含めた五大湖周辺地域の大停電であることを知って驚いた。何が困ったかというと、まずはトイレ。このあたりでは市営の浄水所からの水ではなく自家製ポンプで地下水を汲み上げて生活している家が多い。(つまり水道料金はただ)ポンプが動かないので、水が蛇口から出てきてくれない。とりあえず近くの湖から水を運ぶことでトイレ問題は解決した。次に心配になったのは冷蔵庫の中の食べ物。開け閉めするたびに部屋の温度に近づく。冷凍庫の方は閉じたままにすることで最悪の事態を避けることができた。その日の夜の食事は当然バーベキューに変更。夜になってから自家発電機につないでテレビのニュースを見ることができた。ニューヨーク市内から徒歩で帰宅する人たちの映像。どっぷり疲れて帰って明日の朝、再び歩いて出勤するのか!?幸いにもその夜9時過ぎに電気が再びつながり、翌日の断続停電の後は平常に戻った。電気料金が安いからといってバンバン電気を使っている北米。節電のよい機会になったのでは。
コンセント
カナダ一般家庭の電圧は110ボルトで、しかもコンセント差込形状がほぼ日本式と同じなので、日本の電気器具が普通に使えるのがうれしい。(カナダのコンセントは左右が微妙に違っている。)電気炊飯器やたこ焼き器がトランス不要というのは安心感がある。
紙サイズ
ドイツから持ってきたクリアファイルサイズにカナダの通常用紙を入れようとして、サイズが違うことに気づかされた。日本やドイツではA4サイズが一般的だが、カナダでは幅が広めのレターサイズ(8.5×11インチ)を使用している。バランスのよくないリーガルサイズの8.5×15インチはどのような時に使うのかが不明だ。
単位
紙サイズを語るよりも前に、そもそもカナダで使われている単位について書くべきだった。メートル法もあるのだが、それよりも頻繁に使われているものがある。
長さ:インチ(約2.5cm1/12フィート)
フット・フィート(約30cm1/3ヤード)
ヤード(約0.914m36インチ3フィート)
広さ:エイカー(約4046.8u)
かさ:ガロン(約3.785l )
重さ:オンス(約31.104g)
パウンド(約453g 16オンス)
カナダ人と話すときや買い物をするとき、この単位が出てくるとアナザーワールドという感じがする。
インチを調べていて見つけたのだが、尺取り虫のことをインチワームとよぶらしい。日本の尺寸法とイメージが重なる。メートル法制定以前は各国独自の単位法を使っていながら、指・足・腕などを物差し代わりにしていたという点で発想的には似通っていることが興味深い。
夏休み
カナダは6月末から8月末までの2ヶ月間が夏休みだ。ドイツ同様、年度末休業に当たり、宿題はない。この長い休みを子どもたちはどう過ごしているのか誰もが知りたいだろう。親の仕事は2ヶ月も休めないが平均して2〜3週間の夏休みは取れると見た。ドイツ並と言えるだろう。多くのカナダ人は自国やUSAおよびメキシコなどに旅行するらしい。都会をめざす家族もいるだろうが、普段も自然の中で生活しながら、さらに広大な自然を求めて移動する家族をよく見る。カナディアンな夏休みを毎年おくった子どもたちはカナディアンな大人に成長していくにちがいない。
ケーキ
カナダ人は甘いものが好きなようで、パンコーナーと並んでたいていマフィンやドーナツなどのケーキ類が置いてある。ベーカリー直送のフレッシュなものがほとんどで、本格的な味にもかかわらず破格値だ。肉まん大ほどのマフィン6個入りで300円くらい、24cm径のアップルパイで500円もしない。
ドイツのケーキは甘いと思っていたが、カナダのケーキはそれ以上だと言える。生地に混ぜこむ砂糖量というよりも、デコレーションとしての砂糖使用頻度が高い。カナダ人体型はここに由来すると思われる。
パン
パンのことも書きたくなった。この近辺ではパン屋を見ないのでスーパー内のパン屋についてだと前置きしておく。まず食パンが耳まで食べられる日本人好みの柔らかさなのに感動した。しっとりしたサンドイッチが作れる。ドイツでは見かけなかった干しぶどう食パンはポピュラーだ。他にも各種雑穀入りの食パンもある。バーゲルというイスラエルのリング型パンも必ず並べられている。ずっしりと重く食べ応えがある。我が家ではドイツ式の朝食をとるので、ドイツパンを買い求める。ちゃんとしたバオエルンブロートをスーパーで手に入れることができるが、とても高い。ブロートヘン(小型のパン)もどきをある日スーパーで発見してリピーターになったが、ドイツパンの味わいには残念ながら迫っていない。
パン粉
いくら探してもパン粉を見つけることができなかったが義兄Pに聞いてやっと獲得することができた。パンとケーキの材料コーナーに置いてあったのに全く気づかなかったのは、写真が貼られていない大きなプラスティック容器にだったからだ。パン粉はエビフライの写真付きビニルか紙の袋に入っているものと私が勝手に思いこんでいたのだ。ちなみにパン粉はブレッドクラムとその名の通りの英語名だった。
西暦2003年9月
スクールバス
新年度がスタートした。隣りの家の前に黄色いスクールバスが朝8時15分に再び停車するようになった。停車しているスクールバスを追い越してはならないというきまりがある。後方の車はスクールバスが発車するまで待っていなければならない。道路の反対側に飛び出す子どもの事故を防ぐためである。停車の際、STOPという札が運転手側の窓付近から出てくるのが何とも言えずのどかだ。
交通整理員
学校周辺の車道脇で赤丸が先端についた棒を持っている人あるいは1〜2個のコーンのそばに立っている人を見かけたら、それは交通整理員だ。生徒が道路を渡るときに棒で車を止める。歩行者用の信号や横断歩道は、大きな交差点でない限り見かけない。その人力にほのぼのとしたものを感じる。
チョコレート
なぜだかわからないが、スーパーに置いているチョコレートの種類と量はドイツの方が圧倒的に多いと思う。小さめのスーパーだと、数種類のチョコレートバーをレジ近辺の棚に並べているだけだったりする。甘いもの好きなカナダ人だが、チョコレートに関してはこだわりが少ないような気がしてならない。
畑
裏の広大な土地は大豆畑になった。大豆畑だということに気づいたと書いた方がいいかもしれない。若いうちに刈り取ればおなじみの枝豆としてビールの友に最適。さっそく地主に許可をもらって収穫し懐かしい味をたのしんだ。8月半ばにもなるとトウモロコシが市場に出回る。ゆがいたトウモロコシに溶かしバターを塗り塩をふって豪快に食べるのがカナダ流。私としてはそこに醤油を少々たらしたいところである。このあたり一帯をドライブするとトウモロコシと大豆畑に混じって酪農家の牧草地とサイロが点々と散らばっているといった風景が永遠に繰り返される。
レンジとオーブン
オーブンが大きいのにはびっくりする。うちのオーブンはなんと上下に二つのオーブンが並んでいる。別々の機器ではなく、一カ所の操作で調理をするいわば「二刀流」。両方を同時に使用することはめったにないし大きすぎてエネルギーの無駄ではないかとよく思う。しかしスーパーで10人前相当の大きさの冷凍ピザやラザニアなどを見ると大きなオーブンの必要性が納得できる。単位の項では触れなかったが、温度表示は摂氏ではなくて、華氏が日常的だ。180℃だとおよそ350Fとなる。私はいまだに換算表を見ないと不安で調理できない。ちなみにファーレンハイトは思った通りドイツ人物理学者の名からとったものである。
ガソリンスタンド
ガソリンスタンドはセルフサービスとサービス付きの二つがある。ドイツのセルフサービスに慣れていると車から降りずに全てが終わるのが快適に感じるが、日本と比べると窓をきれいにしてくれないのが不満に思えたりもする。ガソリンの値段の方はレギュラーで1l70¢から80¢の間くらい。つまりリッター約60円から70円(2003年夏現在)という超安値には驚いてしまう。
OK
私の感じではカナダの人たちは簡単に「OK」を使う。相づち的に「いいよ」「問題ないよ」という意味で会話の中にしょっちゅう出てくる。自分にとってそう重要ではない事柄についてはこだわりがなく相手の意志を尊重するという傾向が強いのではないかと思う。まさに摩擦の少ないカナダ人の典型的一例だろう。
ベッドメーキング
ベッドメーキングへのこだわりはドイツ以上だと思う。店のベッドグッズのコーナーは非常に充実しているし、カタログ販売でベッドグッズに割いているページ数は格段に多い。柄はナチュラル模様や花柄・チェックなどのオーソドックスなものが人気で、色はシックできれいなものがたくさんある。ベッド裾のあしらい(スカート)として木綿レースを使っているのはロマンチックで私の憧れでもある。マットは二段重ねのタイプがポピュラーなようだ。色あわせをした2種類の枕も特徴的だろう。ベットカバーにもこっていて、シーツと同柄だったり、ハンドメイドのキルトだったりする。カナダにきたらリッチな気分に浸れるベッドメーキングセットを購入するのが私のおすすめである。
メノナイト
オンタリオ州にはメノナイトと呼ばれる人たちの集落がある。宗教的に結びついている人たちで、相互の絆は非常に強く、家の新築や改築は仲間たちが集まってあっという間にしあげるのだそうだ。機械や電気を使わずに全て手作業・手作りの暮らしをしている。黒っぽい服装や開拓当時のままの(大草原の小さな家を思い浮かべるとわかりやすい)服装、馬車に乗り、畑仕事は全て手作業で行い・・・それが普通の生活なのだ。最近では車に乗ってショッピングに出かけるような「ニューメノナイト」も多くなったらしい。その昔はオンタリオ州一帯に住んでいたが文明がしのびよってくるに従い、それを避けるように奥地へ奥地へと移動していったと聞く。
西暦2003年10月
ドイツ食料品
ドイツからの移民を狙っているかどうかはわからないが、スーパーではザオアークラウトやカルトフェルンクネーデルが手軽に買える。ドイツ出身シュナイダーさんという人が創設したハム・ソーセージもあるし、オクトーバーフェストウインナーも堂々と店頭に並べられている。レーバーブルストもポピュラーだ。パンの項でも書いたが、ドイツの雑穀パンは高いが見つかる。ドイツ食材で手に入らないものといえば、やはりブロートヘンくらいと言えるだろう。
オクトーバーフェスト
「世界で二番めに大きなオクトーバーフェスト」が、本場とは違い毎年10月に近隣の町キッチナーで催される。オクトーバーフェストをするくらいなので、ドイツからの移民が多いことは想像できる。どうも複数のドイツ人会が存在するらしく、それらが中心となっていくつもの会場を経営しているようだ。会場は街のあちらこちらに散らばっており、野外広場以外はそれぞれに入場料が必要なのにびっくりした。バイキングディナー付きのものもあった。
私の知っている地元のカナダ人たちは、オクトーバーフェストに限らず、入場料を取らない催しものなどないと言い切った。
やっぱりミュンヘンのものとはコンセプトが違うのだろうか。百聞は一見にしかず、一度はこの目で確かめたいと思う。
地名
ドイツ移民に関連して、ドイツにちなんだ地名をいくつか紹介したい。
New Hamburg
Hanover
Rostock
Heidelberg
Baden
Mannheim
このあたりだけ探してもこんなにある。ドイツ以外のものとしては
Brussels
Luxemburg
Dublin
Shakespeare
London
Paris
ちなみにParis とLondon間は60kmしか離れていないのがおもしろい。カナダの地図を眺めていると飽きない。
道路名
道路名は地名と比べると、ひねりが足りない。都会の道や町中の道はドイツ同様、一本一本の道に名前がついているが、田舎の網の目のように規則的に走る道路については、ほとんどナンバー名しかない。あまりにも数が多いので、ナンバーの方が覚えやすいし位置的な推測がある程度できるのが利点でもある。
スーパーの支払い
カナダ(オンタリオ州)の消費税はドイツ並の15%だ。(2003年現在ドイツでは16%)ドイツのスーパーでは内税だから安心して買い物ができた。一方ここではたいていは外税なので、知らないとレジでびっくりするということもある。そういえば日本も外税ではあるが5%だとさほど驚かない。というのは消費税なし時代の感覚を忘れつつあるということだろうか。とにかくほとんどの食料品において実際に支払う価格はドイツの方が安いと思う。一応家計をあずかっている者としては、カナダにきてからやたらエンゲル係数が高くなったような気がしてならないのだ。
比較コマーシャル
日本やドイツでは見られないが、カナダやアメリカではいわゆる比較コマーシャルというものが許されているらしい。日本で「当社従来品」と表示されるところをはっきりとライバルメーカー名や商品名が出てくるのがすごい。わかりやすい例としてはコカコーラとペプシの比較コマーシャル。笑えるCMだったのだが、さてどちらのメーカーのものだったかが記憶に残っていないから、比較コマーシャルはさほど有効とは思えない。日本人の間では、あからさまに人をけなして自分を浮上させることは人道(武士道か?)をはずれるという道徳が現在でも生きていると考えるのは私のような古い人間だけだろうか。
リサイクル
毎週一度、リサイクルごみの収集車がきてくれるので、ドイツの頃に比べて楽をさせてもらっている。(ドイツでは普通ゴミとの隔週交代の地域が多いのではないかと思う)このあたりでは、通称ブルーボックスというプラスティックの箱にリサイクルごみを入れて表通り沿いに出しておく。箱に入りきれる程度の量なら、さらに分別しなくてもよいようだ。大量ごみの場合は、硝子類・プラスティック類・缶をそれぞれ分ける必要がある。ドイツでの細かい分類を思い出すと、こんなおおざっぱなことでよいのかと疑問がわき起こる。
スポーツ
カナダでの人気スポーツといえば、ホッケーと野球。野球少年を見かけると日本を懐かしく思い出す。ドイツではサッカー少年はいたるところにいた。友人によれば少年スポーツ界にじわじわと野球パワーも広がってきているらしいが、大きな都市の話だろう。カナダではプロ野球リーグが見られるのが新鮮だった。テレビにかじりついてビールを飲むカナダのお父さんは多いのだろうか。
ホッケーは日本ではあまり馴染みがないと思っていたが、北海道のホッケークラブの少年が近くの町に毎年ホームステイにやってくると聞いてびっくりした。ホッケーグッズは専門店を探さなくても簡単に買うことができる。カナダのホッケー熱は半端じゃないようだが、あまり関心のない私には詳しく説明できないのが申し訳ない。
インディアンサマー
私の辞書によれば、「特に米国北部の秋の末頃の小春日和・St.Martin's Summer」とある。美しい紅葉があたたかな空気のもとで愛でられるとは何と素敵なことだろうと楽しみにしていた。が、9月の声を聞くとひたすら冬へ冬へと着実に近づいていくのみだったので、この辺ではもしかしたらインディアンサマーというものは見られないのではないかと落胆していた。ところが10月の初旬からサンクスギビングにかけて、奇跡のように再び25度前後の日々がもどってきた。義兄によると、初霜のあとの小春日和をインディアンサマーとよぶのだそうだ。初雪というおまけまでついた初秋だったが、今年も約束したかのようにインディアンサマーは訪れてくれたのだ。
サンクスギビング
感謝祭。アメリカでは11月の第四木曜日だそうだが、ここでは10月の第二月曜日、最後のロングウイークエンドである。もともとは農家の人たちの収穫感謝の日だと義姉から聞いた。ドイツのErntedanktagにあたるのだろうか。感謝祭のメイン料理としてよく知られているのは七面鳥である。10月に入る頃から、スーパーの肉売場で七面鳥が目立つようになった。その大きさに驚かされる。焼くための専用グッズも売られている。七面鳥がちょうどおさまる大きさのグリル網に取ってがついている物は便利そうだ。(金属製のマガジンラックを想像してほしい)
家々の戸口には、大きな黄色いかぼちゃや案山子などが飾られ紅葉の景色にさらに彩りを加える。
西暦2003年11月
ハロウイーン
サンクスギビングと並んで日本でもよく知られているハロウイーン。11月1日のHAllowmas(万聖節・All Saints' Day)の前夜、つまり10月31日に行われるお祭りさわぎだと本には書いている。町ではハロウイーンのための仮装用品や装飾品、菓子類が売られる。
この時期は街を散歩するとたのしい。玄関周りをかぼちゃ・案山子・菊の花・枯れトウモロコシなどで飾っている美しいものから、前庭全体を墓場にみたててお化けや骸骨を配しているおどろおどろしいものまで、様々なデコレーションを見ることができる。
まったく由来は違うのだが、お菓子をもらい歩くという点で、日本の「お接待」(地域限定語だろうか)によく似ている。子どもの頃、どこからともなく「今日はお接待だぞ」という情報が流れてきて大きな袋を手に近所の路地を駆け回ったものだ。この習慣は今も続いているのだろうか。
子どもの菓子
万国共通か、注意を引きつけるような派手色のものや遊びを取り入れたようなものは子どもたちに人気がある。例えばトイレ型の容器にすっぱいパウダーが入っていて、それを棒たわし型の飴でかき混ぜながら食べるというもの。(香港製だった)円盤型の容器から巻き尺式にでてくるチューインガムを見たときは、よく考えたものだと感心してしまった。グミ類に関しては種類が多くドイツにひけをとらない。すっぱい味が主流で、私には食べられないような強烈な酸味のものさえある。
すっぱいといえば、ジョウブレイカーというその名の通り顎がはずれるほどすっぱいゴルフボール大のラムネ玉がある。一度食べてる子に聞いたら、三日はもつらしいことがわかった。
ファッション
カナダ人のファッション。都会に行けば流行のものや高価なものを身につけた人たちも見ることができるが、このあたりの片田舎ではラフなものが一般的だ。たまに大きなショッピング街に行ってウインドーショッピングをしても、「買っても次のショッピングの時に着るくらいなものだな」と購入欲を自分でそいでしまう。ドイツからカナダへ移って、さらに服装レベルダウンした私には、日本に帰省すると、ちょっとコンビニに行くにも一応服装チェックをしなければならないのが面倒に思えるのだ。
写真屋
一枚の写真を特大(約20cm×28cm)に引き伸ばさねばならない事態が起きた。ところが、そのための写真屋を探すのに一苦労をした。大きなスーパーには写真屋が入っていてスピード現像やコピーができるのだが、特大に引き伸ばしてはくれない。引き延ばしについては店頭のコンピューターを使ってセルフサービスというのもあった。義兄Pがここから40分ほどの町でたまたま見つけた専門的な店で、最終的にはやってもらうことができてたすかったのだが。
暖房
11月にもなると暖房は不可欠になってくる。ドイツ同様、セントラルヒーティングの家がほとんどだと思う。我が家は各部屋の床に送風口があるタイプの冷暖房装置。室温が20度に保たれるように設定した。
外壁の断熱構造がしっかりしているので、一度あたたまると熱をなかなか逃がさない。とはいえ、日本人の私にとっては容積の大きいカナダの家は何となく肌寒く感じる。こたつや電気ストーブなどの局部暖房が恋しくなる。(さすがにこたつはカナダにはないが電気ストーブ・灯油ストーブ・温風器は購入できる)
洗濯機
日常活躍している家庭電化製品でありながらまだ触れていなかったことに気づいた。日本の洗濯機も進化しただろうと想像するが、私の場合ほとんど水、たまに残り湯を使うという具合だったが、カナダの我が家のものは洗いとすすぎそれぞれに水を使うか湯を使うかの選択ができ結構満足していた。そこへドイツから来た義母が「温度設定ができない」と不服そうにつぶやいたので、ドイツの一般的な洗濯機は90度までの温度設定ができたことを思い出した。ドイツ人のほとんどは下着は90度で洗うものだと考えている。60度で洗って省エネしましょうというテレビ広報もさほど意味をなしていない。比較してみると、ドイツの洗濯機は前面に丸硝子窓つき扉がありドラムごと回る形式、カナダのものは上面に扉があって洗濯槽の水をかき回す形式が一般的である。(ドイツ式のものもあることはある)どうもやはり今回もドイツが特別なのではないかという所に落ち着いた。
銀行
銀行は二カ所しか知らないので乏しい経験の中でしか語れないが、日本やドイツの銀行よりもかなりフランクな印象を持った。まずはカナダ人得意の笑顔でフレンドリーな接客。私が出入りする銀行の窓口は女性が多く私服で働いていた。夏場はちょっとスリムなTシャツなんかを着ている。日本でも窓口は女性がほとんどだろうが、私服を許されている銀行はまずないのではないかと思うがどうだろう。ドイツの銀行の窓口は男性の割合の方が多いような気がする。しかもバリバリスーツ姿(制服を見たことはないが)だ。私の住んでいたバイエルンの田舎の村でさえ例外ではなかった。銀行窓口観察をするとお国柄がわかると言っては飛躍しすぎだろうか。
お札とコイン
慣れるまでに相当の時間がかかった。
白銀色のコインは25¢・10¢・5¢がある。普通だと大きい順に高いと考える。カナダのはなぜか10¢コインが三つの中で一番小さい。しかも5¢と25¢は並べないと大きさの違いがわかりにくくて、最初のうち戸惑わされた。1¢は小さな赤銅色のコインで、マルク時代のペニッヒを思い出させる。
2$玉は五百円玉大の白銀色に一円玉大の黄金色がはめ込まれた豪華な作り。1$玉もまた五百円玉大で黄銅色、十角形の角をとったような形が特徴的である。
お札の方は、5$・10$・20$が通常よく使われる。実はそれ以上の紙幣はドイツでカナダ$に両替をした時にしか見ていない。確か50$と100$があったと思う。25$があったら怒るところだが。
私がカナダで戸惑ったように、カナダ人にとっては、日本で25円玉や200円玉が存在せず、5百円札は消え、2000円札はあまり流通していないということが不思議に思えるのだろう。
ドリームキャッチャー
革ひもを巻き付けた丸枠内に、蜘蛛の巣状に細い糸を張り巡らせ、真ん中あたりにビーズを通してある。丸枠の縁には革ひもにつり下げられた鳥の羽。その名のとおり望みを叶えてくれるといわれるインディアン由来の飾りである。子どもの頃に、ある映画の中で鳥の羽を息で吹き飛ばして地面へ落ちるまでの間に願い事をすると叶うというような場面を見た記憶がある。鳥の羽には何かまじない的な要素が含まれているのかもしれない。
メープルシロップ
メープルの木からとれる琥珀色のシロップ。4月の時期に収穫するらしく、メープルシロップ祭りも催される。義姉は今年とれたてのシロップを十缶ほど買い込んだ。シロップ以外にも飴やクッキーもおみやげとして人気が高いようだ。メープルシロップバターを買ってためしてみたことがある。トーストにぬって食べると美味。しかしあまりの甘さに、一度にたくさんは食べられない。一回食べてみるにはおもしろいとM氏は評している。
ビール
ビールの種類の多さにはびっくりする。あらゆる地ビールを含めればドイツの方が圧倒的に種類が多いとは思うが、一カ所の酒屋に並べられている種類としてはカナダの方が勝っているだろう。(ドイツだとバイエルンではバイエルンのビールしか見ない)王冠が手で回すと栓抜きなしで取れるのは便利だと感心する。保冷用のウレタン製瓶カバーの中には結構かわいいものもあるので、いつかマイカバーが欲しいものだ。
西暦2003年12月
防寒着
マイナス気温が当たり前のカナダの冬は、それなりの防寒着を身につけていないと外を歩けない。私が持っているコートの中で一番活躍するのは、なぜか九州で買ったスタジアムコート。膝下まであって毛布にくるまっているようだ。本格的なものを買おうとすると、(主にスポーツ用だろうか)「耐寒温度マイナス40度まで」などという表示がついている。マイナス40度下にそれを着て歩くよりも家に留まっていた方がはるかに安全が保証されていると思う。
コートと同じくらい、帽子やマフラーは重要である。吹雪にあってしまって髪の毛や鼻の穴が凍りつくのは不快なものだから。
玄関
二重扉の玄関をもつカナダの家は多い。私の家もしかりである。一番内側に普通の玄関扉、その外側に大きな窓のあるもう一つの扉がついており、夏は網戸、冬は硝子というふうに入れ替えができるようになっている。
最初のドアから次のドアまでがガラス張りの一つの部屋のようになった家をよく見る。ドイツでいうヴィンターガルテン(ウインターガーデン)に似ているが玄関には間違いない。
カナダの家の玄関はただの出入り口ではなさそうだ。玄関脇にはたいていテラスがあって、椅子が置いてある。広い場合は椅子とテーブル。
そこに腰掛けて通行人を眺めては話しかけてみたり、あるいは座らせてビールを一本・・・というような光景が繰り広げられる。「玄関先のつきあい」は、カナダでは「表面上のつきあい」ではなく「気楽なつきあい」という感覚といえるだろうか。
スープ
スーパーの棚を見ると缶詰で売っているスープが多いのに気づく。クラムチャウダー・ミネストローネ・マッシュルームクリームなど、缶から鍋に移して温めるだけで結構本格的なスープができあがる。
スープの持ち寄りというのをしたことがある。打ち合わせてもいないのに、だぶることもなく10種類以上のスープが並んだ。変わりだねとして、赤いキドニービーンズを甘く味付けた日本のお汁粉風スープがあったが、私以外の人には不人気だった。ちなみに私は食べるだけの参加だった。次回はみそ汁を持参するかもしれない。
スキードゥー
雪がしっかりと積もると、スノーモービルで移動する人たちを見かけるようになる。幅広のオートバイにタイヤではなくスキー板がついていると思ってほしい。スキードゥーは商品名だが、この辺では私たちはスノーモービルをこうよんでいる。道路のあちこちにはスキードゥーの絵が描いた標識が立つ。飛び出し注意ということだろう。
移動手段としてだけではなく、スポーツとして乗る人たちも多い。裏の大豆畑をフルスピードで走り回るスキードゥーをよく見ると、隣りの8才の男の子だったのにはびっくりした。運転は慣れないと難しいことを知っているからだ。私は最初アクセルの感覚がつかめずに飛び出しと急ブレーキを連発して、後ろのM氏を仰天させたという経歴があるのだ。
停電2
このあたりでは、大雨や吹雪の影響で停電になることが時々ある。M氏は「どこかの電線が切れたんだろう」と簡単に言うが、もしも復旧しなかったらと考えると怖くなる。大雪に閉ざされて誰も停電を外部に知らせることができずに数日が過ぎて凍え死ぬ・・・想像にも現実感がある。幸いにもこれまでのところは最悪でも1時間程度で復旧した。
リフォーム
HGTVの紹介からも察していただけるだろうが、たいていのカナダ人は自分で家の改装をやってしまう。改装・改築に満足せず家そのものを基礎から作る人たちもいるくらい、カナダ人の家に対するこだわりは半端ではない。ドイツ人もかなりだと思っていたが、それ以上である。ニーズに充分応えられるホームセンターが全国にあるのもすごいと思う。
おもしろい番組が10月から始まった。3組のカップルがそれぞれに与えられた家を改装し専門家たちが採点する。最高点をとったカップルは自ら改装した家をもらえるというビッグな企画だ。3つの家は、トラディショナル・イングリッシュ・コンテンポラリーという違ったタイプの家。全てを改装し終えるには15週かかるというから、その間3カップルはいったいどうやって暮らしを
たてているのだろうと別のことが心配になる。家がもらえれば報いられるが、夢やぶれた2組はどうなるのだろう。
義兄もかなりのハンドメイド派で、自宅の改築を全て自分の手でやってしまった人である。この番組のオーディションを知っていれば応募したに違いない。
クラフト
家でも自分で作ってしまうカナダ人だから、クラフトが大好きなことは言うまでもない。クラフト専門の大型チェーン店に行ってみた時、本当に何でもそろうのに驚いた。ただしあまり安くはない。
ボーイスカウトに入っている男の子から折り畳み式の小さな椅子をプレゼントされたことがある。日本だったら大人でも作るのに一苦労しそうな立派なものを、10才そこらの子が手作りしたというのはすごい。
聞くところによれば、カナダの小学校ではいわゆる図工の時間は特に設定されてないらしい。私の知っている子たちは一人か二人を除いては、日本の子どもたちと比べるとかなり手先が不器用である。経験不足からだろうと想像する。
クラフト好きなカナダ人の素地は学校ではなく家庭や社会の中でいつのまにか育まれるようだ。
お笑い番組
ここでお笑い番組とよぶのは、ドラマ仕立ての背景に「笑い声」がひびく番組だと前置きしておく。ドイツでも放映されている馴染みのものが多く、ほとんどがアメリカ産である。エミさんが熱愛する「フレンズ」や「サインフェルト」は、ウイークデーに毎日放映されている。(2003年11月現在)お笑い番組を見ていて私がおもしろいと思うのは、実はセットである。クラッシックな番組ではたいていの家にソファーが真ん中にあって、そこで様々なやりとりが展開する。日本のホームドラマでいうと、お茶の間の卓袱台のようなものだろうか。画面側にテレビがあると想定できるので、カメラ位置としては最適だと聞いたことがある。
次に気になるのが「物の数」だ。日本のセットは割合にすっきりしているが、こちらのセットは非常にごちゃごちゃとしている。普通の家庭にあると考えられるありとあらゆる物がちゃんとそこにある。特にキッチンには力が入っていると思う。
お笑い番組を見ても、スピードについていけなかったり、意味はとれても笑い自体が解せなかったりする私は、もっぱら耳ではなく目をつかって楽しんでいる。
ソファーカバー
お笑い番組の中でもときどき見かけて注目していたのがソファーカバー。ソファーの背掛けというべきだろうか。よくあるのが色とりどりの糸で編んだパッチワーク風のもの。カラフルな手編みのカバーはリビングに暖かみを与えてくれる。実は義姉のところにもあるのだ。聞くと、冬の夜長にこつこつと編んだらしい。今冬は新築コンドミニアムに引っ越した息子のために編むという。カナダではポピュラーなカバーのようだ。
戦没将兵記念日
知人が赤いポピーのピンブローチを付けているのを見て、それは何かを尋ねてみた。11月11日は1812年の米英戦争以来の戦没将兵を追悼する日である。イギリスでもこのブローチをつけているのをテレビで見た。なるほどイギリスがかかわっているという点から、彼の説明は正しそうだ。この米英戦争の結果をアメリカもカナダも自国が勝利したと教えているというが、この信憑性はどうだかわからない。テレビのニュースキャスターや政治家たちも、同じブローチをつけていた。土産物売場のレジで、それを売っているのも見かけた。
調べてみるとアメリカの戦没将兵記念日は各州で異なるがいずれも4〜6月の間で、南北戦争以降の戦死者を追悼する日だそうだ。
ナイアガラ地域で生まれたその知人は、川を挟んで常にアメリカ側を眺めながら育った。エリー湖畔の砦跡を案内する彼の中には、アメリカからカナダに逃げてきたという数代前の先祖がまだ潜んでいるような気がした。
ウインターバケーション
スキーやスノーモービルで冬をワイルドに楽しむ人たちもいるが、太陽を求めて南下する人たちも多い。特にフロリダが人気のようで、毎年冬季には1〜2ヶ月滞在する家族もめずらしくない。また、メキシコやキューバも人気があるようだ。
長期の休みがとれない、資金がない、そのような場合にも、都会に走れば巨大なショッピングモールが冬の寒さを一時忘れさせてくれる。
クリスマス
クリスマスをカナダで過ごさない私には、多くを語ることはできないが、ドイツ同様に家族や親戚といっしょに過ごすのが普通のようだ。
ハロウイーンの頃から早々とクリスマス用品が店頭に並ぶようになる。たいていの飾りがポップでカワイイ感じのものだ。これはイースターの時にも感じた。街のクリスマスデコレーションはドイツよりも少し早めだろうか。11月10日ごろからクリスマス一色に変わった。
クリスマスツリーはもとより、家の外部全体をイルミネーションで飾り付けるのは北米のスタンダードらしい。映画でしか見たことのない情景がここでは当たり前に見ることができる。
ドイツの静かで穏やかな明かりも美しいが、カナダのお伽話の世界のような明かりも確かに魅力的だ。
西暦2004年1月
カナダ人
カナダに渡って一年が経とうとしている。「新大陸移動記」のしめくくりテーマはこれしかないと思った。
トロント空港に降り立つと、ドイツでは感じたことのなかった不思議な「空気」に気づく。送迎する人たちの様々な肌・髪の色。民族衣装をまとった人たちも見られる。飛び交う言語は英語が主にしろ、やはり様々である。そしておそらく、その多くの人たちが「カナダ人」なのだろう。世界を一度に眺めているような感覚である。
街を歩いていて日本人を捜すのはとても難しい。何度か声をかけてみたが、いずれもアジア系の「カナダ人」だった。
テレビのニュースキャスターにコマーシャル、挟み込みの広告にも、あらゆる肌色の人たちが登場する。それがカナダだから当然なのだ。
カナダに足を踏み入れて40年以上の義兄は、最初の頃の印象を昨日のことのように語る。「ドイツ訛りのへんてこな英語を誰一人として笑わなかったし、貧乏学生だということで不当に扱われた覚えは一度もない。ドイツでは得られなかった解放感のようなものを感じた。」と。
これまでの記録を読み返してみると、私はカナダ人のことをフレンドリーで飾り気がなく自然好きで融通の利く人たちという捉え方をしているようだ。さて、本当はどうなのだろうか。たった一年間に出会った人たちだけを見てそう思いこんでいるだけかもしれない。これから先、私のカナダ人観がどう変化していくか、自分でも興味深い。