牧師の証詞 (宗教的体験談)

――入信、献身、そして聖化体験

                             【大学入学 (キリスト教に触れる) まで】
                            私は1961年 (昭和36年) に、大阪市で生まれました。
                         実家は自営業 (飲食業) をやっており、母は私に自営業
                         をやらせたかったらしく、私は勧められるままに商業系
                         の高校に行きました。

 高校卒業後、しばらくの間は実家の仕事を手伝ったりしていたが、私は自営業をやるつもりはなく、小説を読むのが好きだったので、京都にある私立大学の文学部に入学しました。しかしまさかそこで、聖書に出会うようになろうとは、その時の私には知る由もなかった。

 私が大学に入ってから、家の中に大きな問題が起こりました。私の父親が家に帰って来なくなったのです。そのことで、私の母も私も大変苦しみました。そして私はその苦しみから解放されたいと願い、仏教を学び始めました。そして2年になる時に、仏教学科に転科し、いよいよ熱心に学び始めました。

 ところがまさに神の時が熟したのでしょう。神の御手が差し伸べられました。仏教学科の2年生になってから、どういうわけか キリスト教に接する機会が出てきたのです。まず大学の講義でキリスト教のことも学んだこと。特に宗教学の講義で 教授が語った 「罪のない神の子が、罪深い人間のために死んだ」 という言葉はいつまでも私の心に残った。そしてさらに仏教学科の同級生にクリスチャンの人がいた。その人とは大学の行き帰りに よく電車で一緒になったが、その時に聖書のことやキリストのことをよく聞かされた。しかし私は仏教を学んでいたので、よく反発した。

      【教会に行く、そして洗礼
 しかし仏教では なかなか救いは得られなかったので、夏休みに入ってから、「ダメ元」 のようなつもりで、一度、教会に行ってみようと思った。そして私は生れて初めて教会という所に行ったのです。それが、ナザレン教団の大阪桃谷教会でした。その時は、牧師の説教はあまりよく分かりませんでしたが、初めて行った時の雰囲気が良く、礼拝堂に入っただけで、何となく、心が安らぐような不思議な気持ちになり、それからも続けて教会に通うようになりました。

 その年の秋、桃谷教会では、総動員伝道の姫井雅夫先生を講師にお招きして、特別集会が行なわれました。そしてその集会の中で、講師の先生が 「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。(使徒3章6節)」 という御言葉を語られたとき、私はイエス様が 私に 「仲川よ、イエス・キリストの名によって立ち上がれ」 と語りかけておられるのを感じたのです。そして私はイエス様の救いの業 (十字架による贖いの業) を信じて、イエス様の名によって立ち上がろうと決心した時  それまで抱えていた重い荷物が ストンと落ちてしまったような気がしました。そして私の心は不思議と平安に満たされ、私はイエス様にすべてをお任せして生きていく決心をしたのです。1983年の10月末、私が22歳の時でした。そしてその年のクリスマスに、私は 故 土肥忍先生より洗礼を受けました。

     【神様の召し】 ―― 牧師になる決意をする
 しかしそれから数ヶ月後、もう1つの試練がやって来ました。大学の学費が払えず、やむを得ず、大学を辞めざるを得なかったのです。しかしこの時、神様は私を新しい道に導こうとしておられたのです。私はしばらくの間、仕事を探して面接を受けながら、 「神様、私はこれからどうして生きていったら、いいのですか。」 と祈り続けました。仏教学科に転科した時に、私は宗教家になって、悩みの中にある人を助けたいと思っていたので、牧師になることも考えて、そのことを牧師夫人に話しました。 しかし神様からの明確な召命がないと駄目だということで、一蹴されました。

 そして祈り始めて数ヶ月ぐらいたったある日のこと、私は祈りながら、聖書を読んでいると、1つの御言葉が心に留まり、離れなかった。それは 旧約聖書・イザヤ書 6章8節
  「わたしはだれをつかわそうか。 だれがわれわれのために行くだろうか」
 という神の声だった。そしてそれに続いて、8節後半の箇所
  
「ここにわたしがおります。わたしをおつかわしください」 から
神様は 「あなたはこのように答える準備があるか」 と私に語りかけられたのです。私はとまどいを感じながらも、これは主の召しだと確信して、「ここにわたしがおります。わたしをおつかわしください」 と神様に答えたのでした。

     【迷いと克服 (神のチャレンジ)】
 短大に入学するまで、まだ7ヶ月ぐらいあったので、私は入学費用を稼ぐつもりで、ある総合病院で清掃の仕事を始めました。しかし仕事を続けていくうちに、職場でも信頼されるようになり、また患者さんたちや職員の方々から喜んでもらえるようになり、次第に仕事が喜びになってきていました。献身の思いが揺らぎ、牧師になるより、今のままの方がいいのではないかとさえ思うようになりました。短大の願書を出さなければいけない段になっても、迷っていました。

 そんなある日のこと、私は日曜日に教会の礼拝に出席したときのことです。その礼拝で歌った讃美歌が 私の心を揺さぶり、私は雷を受けたような衝撃を受けた。それは讃美歌332番である。
    
主はいのちを 与えませり。主は血しおを 流しませり。
    その死によりてぞ 我は生きぬ。われ何をなして 主にむくい

 主は命を与え、血を流してくださった。そのおかげで私は今生かされている。それなのに、私は主の恩に報いるために、何をしただろうか。
    
主は御父のもとを離れ、わびしき世に住みたまえり。
    かくもわがために栄えを捨つ。われは主のために何を捨てし。

 主は天の御父のもとを離れ、わびしい世に住まわれ、栄光を捨てられた。それなのに、私は主のために何を捨てたのだろうか。 (仕事を捨てることができない私に対する神のチャレンジ)
    
主は赦しと 慈しみと 救いをもて くだりませり。
    豊けきたまもの身にぞあまる。ただ身と霊
(たま)とをささげまつらん
 しかし主はそんな私のために、ゆるしと慈しみという身に余る恵みを携えて、この世に来てくださった。ただこの身と霊をその主のためにささげよう。
 その時、私は仕事を捨てて、主のために、この体を、人生をささげる決心をした。私の心にはもう迷いはなかった。その翌日、私は職場に辞表を提出した。 
 
     【短大に入学する】
 
私は大学中退であったので、神学校に入学するためには、まず短大に行かなければならなかった。入学試験を受けて、合格はしたものの、入学金や授業料などを払えるほど貯金がなかった。そうこうしているうちに、学費の納入期限が過ぎてしまった。私は、また1年間、アルバイトでもやって、お金を貯めて、短大に行けばいいと思っていた。

 しかしそんなある日のこと、水曜日の祈祷会に出席して、帰りがけのことである。土肥牧師から「ちょっと話があるから残っていてください。」と呼び止められた。私は「掃除当番をサボったのを怒られるのなかぁ」 などと思っていたが、そうではなかった。土肥牧師の話は「今日の夕方、短大の瀬尾学長から電話があって『お金のことは心配いらないから、とにかく千葉に来なさい』とおっしゃっておられた」ということだった。おまけに当時、土肥牧師は教団と短大の理事長をやっておられたので、新幹線の回数券をくださった。その時、私は「私が献身して牧師になることが、もし主の御心でなかったのなら、このようなことは起こらなかったであろう。主の御心であったからこそ、神様はこのように必要をすべて満たしてくださったのであろう。」そう思ったのである。そして私はわずかばかりの荷物だけを持って、千葉に向かって行った。24歳の春のことだった。 

      【聖化体験 そして 按手礼】
 短大で2年、その後、ナザレン神学校に入学して3年の学びを経て、私は1990年、29歳でナザレン教団の牧師(伝道師)になりました。しかし私は試練や困難に遭うと逃げ出し、幾度となく教会を変わった。しかしそんな私にも人生の一大転機になる体験(いわゆる《聖化体験(きよめの体験)》)をさせていただいた。

 2006年の夏、小岩教会の坂本牧師を講師に招いて、熊本で《ナザレン夏季聖会》が開催されました。その聖会の中で、坂本牧師は創世記17章から語られた。
  「アブラムが九十九歳になったとき主はアブラムに現われ、こう仰せられた。『わたし
   は全能の神である。あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。』」
(1節)
 この御言葉と、その説き明かしを聴いたとき、私は神様の深い愛と恵みを体験し、心はうち震え、全身が平安に満たされるのを感じた。

 今まで、自分の力で頑張らねばと思いながら、這い上がろうとしては滑り落ち。這い上がろうとしては滑り落ちてきた。しかしこの時「わたしは全能の神である。」と神の御声を聴き、これまでは、自分の力、人間的な努力によって、牧会伝道しようとしていたということに気付かされ、さらに全能の神様が共にいてくださり、助けてくださり、必要な知恵も力も与えてくださる。だから私は何よりも、この全能の神様に信頼し、拠り頼んでいけばいいんだ、ということに気付かされた。
 そして「わたしの前を歩み」という御言葉から、もし私が倒れそうになったら、神様が後ろから私を支えてくださるということも知りました。そして「全き者であれ」という言葉を通して、この神様に完全に委ね、すべてを神様にお任せし、神様に明け渡して生きていくようにという神様の招きの言葉を聴いた。そしてその時、私はこの神様に完全にお任せし、明け渡していく決心をした。その時、わたしは平安に満たされ、心は深く感動し、涙があふれてくるのを禁じ得なかった。

 それからも今に至るまで、牧会も伝道も試練の連続だが、しかし私はすべてを神様に委ね、心は平安である。神様がすべてのことに働かれ、最善に導いてくださることを信じてやまない。

     ――― 以 上 ―――
 

      

 
       

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上山田教会 牧師 仲川和也