多機能ワクチンとしてのBCG-CWS

林 昭 Akira Hayashi ●大阪府立成人病センタ−免疫療法部

 http://www.iph.pref.osaka.jp/OMC/index.html

 

 1970年の春,当時,米国シアトルのワシントン大学霊長類センターで研究を続けていた筆者は,まるで降って湧いたような騒ぎに巻き込まれた.ふとした友人との会話のなかで,筆者がツベルクリン反応陽性であるという一言を漏らした途端,突然,病院に連れていかれ,訳もわからないまま結核に関する精密検査を受けさせられた.よく聞くと,当時から約20年前このセンターで飼われていた約1,000匹のサルの半数が突然死に,解剖の結果,これがすべて結核によることが明らかになった.蓋を開けてみると出てきたのが若い日本人の研究者で,見かけはまったく健康であるのに胸部写真には大きな空洞があり,喀痰検査ではガフキー陽性であった.この経験は,当時の筆者には何故こんなに大騒動になるのかピンとこなかったが,最近の結核に関する日本のマスコミの騒ぎ方をみて当時を思い出すと同時に,結核菌をめぐる日本の環境が30年前の米国に近づきつつあるという実感を身近に感じている.

 さて,帰国後シアトルでの経験に縁があったのか,当時ボスであった山村雄一先生が取り組んでおられた癌ワクチンとしてのBCG-cell wall skeleton (CWS)の臨床研究の班会議を傍聴する機会に恵まれた.この場で感じた違和感が,その後20年以上も続いているBCG-CWSを用いる癌免疫療法のきっかけになろうとは夢にも思っていなかったが….当時の筆者には,癌と免疫学的生体防御能に関して,在米中に読んだBurnet教授の新しい論文「The concept of immunological surveillance」から得た予備知識があり,免疫療法を受けている患者が,同時に免疫を抑制する治療も受けているという状況は到底満足のいくものではなかった.会議の後でこの違和感をもろに山村先生にぶつけた結果は,はからずも癌治療の主役に関する抗癌剤による制癌論と免疫療法による除癌論との論争になり,一応の許可を得て当時としては無謀ともいえる単独免疫療法を開始した.

 治療方法そのものはきわめて単純で,“患者の免疫能の維持を最優先として,癌細胞の数を出来るだけ減らしてからBCG-CWSによる免疫療法を単独で実施する”というものである.1974年以来,この方法で治療された患者は700人を超え,その大部分は外科手術後から,最近では術前からの治療が増え,かつてないほどの優れた治療効果が上がりつつある.その一例をあげると,原発性肺癌の術後5年生存率は,病期IおよびIIではほぼ90%前後で,病期IIIでも50%を超えている.これら治療効果の特徴をまとめてみると,・IFN-γ誘導能で表現される免疫適格患者に特に有効で,・癌の種類,組織型,その分化度を問わず,とくにリンパ節転移の有無とも無関係に効果がある.・リンパ節転移を有する患者では,免疫療法開始後,しばしばリンパ節の縮小,または消失がみられ,免疫組織化学的にも壊死化した癌細胞をCD28/CD152CTLA-4)シグナルを有する細胞傷害性T細胞(CTL)が取り囲む像がみられた.この事実は,この治療法がわれわれの基本的な生体防御能と関連することを示唆している.事実,筆者らは,最近,BCG-CWSが単球/マクロファージを直接活性化し,貪喰能を保持したままB7系補助刺激分子を表現する樹枝細胞に分化させることを証明した.したがって,この樹枝細胞は近傍リンパ節に到達し,癌細胞が存在すればこれを貪喰し,この癌細胞に特異的なCTLを活性化して,リンパ節内に残存する癌細胞を効率よく攻撃すると考えられる.これらの事実は,BCG-CWSが初期免疫を適応免疫へと橋渡しをし,癌細胞をしっかり捕えて優れた治療効果に結びつけたことを示すものである.

 この初期免疫については,あらゆる生物に共通する基本的な生体防御機構で,従来の免疫学に欠けていた分野であり,最近とくに注目を浴びている.この事実を踏まえてBCG-CWSの役割を考えると,墓の中の山村先生がびっくりして目を覚ますような夢を描くことができる.ここでは癌ワクチンとしてのBCG-CWSを取り上げたが,長年,数多くの患者に接してきた立場からは,BCG-CWSは単に癌だけではなく,さらにより広い分野の外敵に対応できる多機能ワクチンと言ってもよく,このなかには当然,本来の結核ワクチンとしての機能も含まれる.

 ここで思い出されるのが冒頭のサルの結核で,死んだサルたちも普段から結核菌に接しておれば,このような目に遭わなくてもよかったであろうと思われるし,最近のわが国の環境もまた同様である.すなわち,予防医学的な立場からは,行き過ぎた浄化環境は常に新しい問題を提起し,そのなかには結核だけでなく,O-157AIDSも含まれているかもしれない.これを是正するホープの一つとして,BCG-CWSを取り上げていきたいというのが筆者の初夢である.

 林 昭 (元大阪府立成人病センター内科)

 CI林免疫療法クリニック

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