[、現代の教育(2)
[-1、西欧の教育界改革
☆ 教育機会の拡大を目指す改革=中等教育機関の拡大や義務教育機関の延長など
【イギリス】
・ バドラー法(1944)で5才〜15才までの10年間、1959年のクラウザーレポートをうけ、1967年から16才までの11年間となった。
・ 1958年に((11才余試験Eleven Plus Test)=上位20%をグラマースクール、残りをセカンダリー・モダン・スクールに振り分ける)を廃止。
→国家単位で行われたのではなく、地方自治ごとの実施、よって一部残っている。
・ 11才余試験廃止に伴い総合制中学の誕生、即ち今までのグラマースクールとモダンスクールの統合される。
・ この他にプリ・プレパラトリースクール(5〜7)→プレパラトリースクール(7〜11)→セカンダリー(シニア)スクール(一部の名門をパブリックスクールという)私立路線がある
・ 1988年に教育界改革法(ベイカー法)制定
@ ナショナル・カリキュラムとナショナル・テストの設定
A ガバナー制度(学校理事会制度)
B 地方財政経営による財政権限の学校への委譲
C グランド・メインテインド・スクール(GMS)の創設(地方(労働党)から切り離した国家による学校運営)
D CTC(シティー・テクノロジー・カレッジ)の設立(学校民営化の実験)
E 学校へのオープン・エンロールメント・システムの導入(学校選択の自由)
F 大学システムの改革
G インナーロンドン教育当局の廃止(労働党との見料争い絡み)
【フランス】
・ 1947年にラジュヴァン・ワロン案、1959年にベルトワン改革によって6才〜16才までに10年間義務教育年限が制定される。
・ 1975年にアビ改革によって、基礎課程(エコール)(5年)→コレージュ(4年)→リセ(3年)という形に。
・ リセへの進学者を同年齢人口の80%になるよう目指している
・ 大衆化した大学(バカロニア試験に合格すれば自由に入学)とグランドゼコール(高等専門学校=バカロニアの後2年間の予備課程、その後のコンクールに合格して入学)の2局化
→ex.ENA(国立行政院)んい入学すると公務員の給料、卒業すると副知事待遇。
【ドイツ】
・ 1959年にラーメン・プランにより、4年(基礎学校)→2年(指導課程)→7年・9年(ギムナジウム)と定められる
・ 1960年に教員組合がブレーメン・プランとして10年間統一学校をの提案を行う
・ 1964年のハンブルク協定により、中等教育期間の名称が3系統に統一、義務教育も9年間となる。
@、基礎学校(グルントシューレ)=4年制
A、中等教育=5年間
@ ギムナジウム=9年制→卒業後大学へ(最終2学年の平常点とアピトゥア試験で合否が決まる)
A レアールシューレ=6年制→卒業後上級専門学校へ
B ハウプトシューレ=5年生→卒業後職業学校(訓練)へ
・1970年のシュトゥルクトゥール・プランで総合中等学校(ゲザムシューレ)が提案される
→学校種を残して移動を可能とする協力型総合中等学校と全部統一で行う総合型総合性学校が存在する
【アメリカ】
・ アメリカの戦後の教育改革は、『スプートニク・ショック』によると言われる
・ 経験主義教育→科学技術・英才教育に移行
・ ブルーナーが『教育の過程』の中で発見学習を提唱
・ 70年代には『人間化』、80年代は『3R’s』に理科、コンピューター、外国語を加えた新しい基礎の必要性が提唱
・ 高等教育への進学率は48パーセント(パートタイムを含める67%)に上り、『ポスト大衆化』の時代に
【ロシア】
・ ロシアの戦後教育の4つの期
@ 大戦後〜1956年の20回共産党大会=10年生中等教育への移行
A 〜1964年のフルチョフ時代の終焉まで=労働教育、労働技術総合教育の導入
B ブレジネフ体制=70年に初等教育を4年から3年へ、76年に10年生中等教育が確立
C ゴルバチョフのペレストロイカ