[、昭和時代―戦後―

 

[-1 新しい教育の成立

1945(昭和20) 8月 太平洋戦争終結

          9月 文部省は『新日本建設ノ教育方針』を出す

       1012月 GHQが四大指令を発令

→四大指令

@          極端な軍国主義、国家主義の禁止

A          軍国主義教諭の審査と教職追放

B          神道への政府の関与の禁止

C          修身・日本歴史・地理の授業停止

1946(昭和21) 3月 第1次アメリカ教育使節団来日

          8月 教育維新委員会が設置される

          11月 日本国憲法制定

26条『すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する』

義務としての教育→権利としての教育

 

1947(昭和22) 3月 教育基本法制定

             学校教育法公布(翌日施行)

 

[-2 新しい教育への修正

1940年代後半

          トルーマン・ドクトリン

アメリカ合衆国が『武装少数派、あるいは外圧によって試みられた征服に抵抗している、自由な民族』を支援するとした、ハリー・S・トルーマン米国大統領による政策。トルーマン大統領は、議会への一般教書演説で1947312日に宣言を行なった。それはギリシャ内戦(1946 - 1949)を始めとする共産主義に抵抗する政府の支援を特に目指した。トルーマンは、もしギリシャとトルコが必要とする援助を受けなければヨーロッパの各地で共産主義のドミノ現象が起こるだろうと主張した。

          マーシャルプラン

第二次大戦後にアメリカが計画、実行したヨーロッパ復興計画。194765に、ハーヴァード大学の卒業式場でマーシャル国務長官が提案した。チャーチル鉄のカーテン宣言や、トルーマン・ドクトリンと共に、東西冷戦対立を象徴する出来事として知られる。その内容は、ヨーロッパの敗戦国や、発展途上国に対して、無償、もしくは低金利で援助を行なうことを骨子とする。大戦で被害をこうむった国々を早期に復興させることにより、東欧、さらにヨーロッパ全土における共産主義勢力の伸張を食い止めることを目的とした。

          NATO設立

194944日締結の北大西洋条約により誕生。ソ連を中心とする共産圏(東側)に対抗するための西側陣営の軍事同盟だが、『アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む(Keep the Americans in , the Russians out, and the Germans down)』という初代事務総長イスメイの言葉が象徴するように、ヨーロッパ諸国を長年にわたって悩ませたドイツ問題に対するひとつの回答でもあった。

1949(昭和24) 中華人民共和国建国

1950(昭和25) 朝鮮戦争勃発

          第2次アメリカ教育使節団来日

→アメリカの対日政策が転換し、共産主義に抵抗する武器として日本を想定

1951(昭和26) サンフランシスコ平和条約締結

1952(昭和27) 日米安全保障条約締結

1960(昭和35) 学習指導要領廃止

→コア・カリキュラムや問題解決学習などの終焉

 

[-3 高度経済成長期の教育

1955(昭和30)70年代初頭まで公高度経済成長期と言う(同時に自由民主党の1党体制が始まる)

1955(昭和30) 臨時教育審議会設置法案、教科書法案、地方教育行政組織及び運営に関する法案(地方教育行政法)の教育3法提出

1956(昭和31) 地方教育行政法を強行採決

→教育委員は任命制、委員長は承認制になり、教育の中央集権化、官僚支配が強まる

1956(昭和31)1958(昭和33)

教育界は、勤評(勤務評定)問題と道徳教育の特設化をめぐって紛糾

1961(昭和36) 中学23年に対する学力テストを全国一斉に実施(64年まで実施)

1974(昭和49) 教育人材確保法

1975(昭和50) 主任制度の導入

1979(昭和54) 全国共通一次試験の導入

 

[-4 教育界の現状

          生涯教育構想

1965(昭和40) 第3回成人教育推進国際委員会においてラングランが『生涯教育』という言葉を用いる

文科省、厚生労働省、国土商がそれぞれの立場で取り組んでいる

          臨時教育審議会

          1984(昭和59) 臨時教育審議会法施行され、臨教審が発足

→文部省の諮問機関である中央教育審議会とは異なり、内閣直属の審議会

          1次答申(19856)

          個性重視の原則

          2次答申(19864)

          生涯学習体系を主とする教育体系の再編成

          高等教育機関の多様化

          国際化に対応する教育体系の再編成

          情報会社会への対応策

          3次答申(19874)

          生涯学習基盤の整備

          民間活力の導入

          通学区域制度の見直し

          4次答申(19878)

          全体的総括

          文教行政の改善

          入学時期への提言

          これからの教育への取り組み

→これを受け、1987年教育課程審議会、生活科の導入、高校社会科の解体、国家・国旗の取り扱いの明確化。1989年の学習指導要領の改定に至たる