いろいろな教育関係の話


●社会と勉強と「良い子」?!
 人々の価値観が、子どもは勉強が出来る方が「良い子」と、社会の大人の方が決めつけているかのようになっている。
 このような大人の考え方、社会の考え方が子どもの個性をつぶしてはいないだろうか。さらに、枠から外れた子どもを受け入れず、はじき出してしまった結果、不登校などが増えているのではないか?
 子どもと学校の関係を善くするには、まず、社会と大人(親)の意識が変わらなければならない。教育だけを変えようとするのは無理と思う。

●「良い子」と自己表現
 まず考えなければならないのは、子どもたちが小さいころから「良い子」になろうとして、自分を出せなくなって場合があるということである。
 与えられた問題に対する答えをいかにはやく見つけることが出来るか、早く見つけることが出来るのが「良い子」と思われていることである。答えを「考える」のではなく、「見つける」になってしまっているのだ。その結果、自己表現が出来なくなるとも考えられる。
 このような現象を生み出した背景としては、大人が、社会が、子どもを「理想像」に近づけようとして、子どもの個性、自己主張、などに圧力をかけていることが考えられる。

●登校拒否
 登校拒否に対しては家族と教師と子どもが信用しあい、見守ることが大切だと思う。登校拒否をしている時間は、子どもにとって、ゆっくりと、いろいろなことを考える時間となる。だから、大人が動かない壁の役割をしていれば、子どもは自分の力で問題を解決するだろう。
 最近、カウンセリングの方法を今までとは変わってきてるみたいです。また、フリースクールにおいても、まず、子供が自分の考えや感情を、表に出すことができるように導いて行くような、方法がとられているようです。
 登校拒否にはさまざまな理由があり、いろいろな理由が複合していたりもします。また、子供自身が、なぜ学校に行きたくないか、自分でもわからないといった場合もあります。

●大人と子供
   子どもでも、大人と同じ「人」なのだから、人が感じる悲しみ苦しみ痛みの重さは人はみんな同じだ。生きる力として、ありのままの自分でいられるような、面と向かって言いたいことを言い合えるような、みんな分かり合えるような、そんな風に、人が信用出来るような社会、学校を作っていかなければならないのではないだろうか。
 大人が何もかも、手出しをするのではなく、子どもたちだけで問題を解決できるような機会を与える教育をして行かなければならない。大人は、子どもたちの、インストラクター的な存在、ナビゲーター的な存在で見守ることを中心にしなければならない。そして、さまざまな活動において大人は信用される人でなければならない。忘れてはならないのは、子どもは大人の背中を見て育っているということだ。

●「mistake is OK」と忍耐力
 学校で教えられているようで、実際には効果が全くないと思う「mistake is OK』について。(最近は意欲が評価されているから、そうでもないのかな?)
 子供までもが、決まった正解以外を発言するのは時間のむだであり、恥じと考えてはいないだろうか。今の指導ではみんなで耐えるという忍耐力は付いていても、恥などに対して一人で耐える忍耐力はついていないだろう。みんなと違うことは悪いことではない、という意識を、教師も生徒もまた、社会の大人も、たなければならない気がする。

●生きていく知恵?!
 生きて行く知恵は、考えて判断する能力だと思う。
 教科の勉強の中には考えて判断する事は多いはずだ。勉強の中には、知らず知らずの間にそのような訓練ができるようになっているのだ。
 教科の勉強がない国もあるが、生活していく中でいろいろなことは学んでいるはずだ。その土地によって勉強の仕方(生きる知恵のつけ方)が違うだけでは?。

●勉強と身の回りの生活
 教科の勉強と言っても、内容をよく見てみれば日常生活の中ににたような内容があると思う。身の回りの生活の中で、教科に当てはまるのを探してみるのも、おもしろいかもね。
 学校での、いろいろな勉強はこれから先の人生、どんな方向でも進めるように、いろいろなことを学ぶ機会を与えてくれている。みんなは幅広い選択ができる。いろんな国を知ることができる。
 勉強するのも人生の旅の一つだから楽しまないと。人生を楽しむために勉強する。って思いませんか?