珠玉の言霊

植芝盛平
「合気とは愛の力の本にして愛は益々栄えゆくべし」
「稽古は、常に愉快に実施するを要す。」

沖正弘
「真理を知りたいと思ったら、考える力と感じる力の両方が必要だ。」
「人間は「生活者」であると言われる。これは、自分の「生」を「活」かし、自分のため、人のために価値を高める、という意味だ。何もしなければ、動物と同じ「生存者」、ただ生きて存るだけの生き物になってしまう。」
「活用能力のことを、「愛」という。」
「愛(活用能力)ほど強い力はない。それは自他を同時に活かすことができるからだ。」
「人間の求める「善」と「真実」−健康、美、悟り、幸福、平和、自由、喜び、安定、調和などのすべては、自然の別名でもある。はんたいに苦しみとは、不自然の産物で、これは同時に人間が自然性を回復するための働きと見ることができる。」

中村天風
「たとえ身に病あれど心まで病ませない、運命に非なるものあれど心まで悩ませない。」
「いついかなる時といえど、心の尊さと強さと正しさと清らかさを失っちゃいけないよ。」

野口三千三
「動きの美しさがなければ本当の力強さにはならない。」
「楽であるということは、決して消極的な概念ではなく、ゆとりある積極的なあり方である。」
「才能とは、今、ここで、このことに対して、新鮮な興味を持つことのできる能力のことである。」
「柔らかさとは、変化の可能性の豊かさである。」

安岡正篤
「理想を持つと、その理想に照らして、現実に対する反省・批判が起こってくる。即ち「見識」というものが生ずるのである。」

諸葛孔明
「優れた人は静かに身を修め、徳を養う。無欲でなければ志は立たず、おだやかでなければ道は遠い。学問は静から、才能は学から生まれる。学ぶことで才能は開花する。志がなければ学問の完成はない。」

大村はま
「優劣のかなたに」
優か 劣か
そんなことが 話題になる、
そんなすきまのない
つきつめた。

持てるものを
持たせられたものを
出し切り、
生かし切っている
そんな姿こそ。

優か劣か、
自分はいわゆるできる子なのか
できない子なのか、
そんなことを
教師も子どもも
しばし忘れている。

思うすきまもなく
学びひたり
教えひたっている、
そんな世界を
見つめてきた。

一心に 学びひたり
教えひたる、
それは 優劣のかなた。
ほんとうに 持っているものを生かし、
授かっているものに目覚め、
打ち込んで学ぶ。
優劣を論じあい
気にしあう世界ではない、
優劣を忘れて
持っているものを出し切っている。

できるできないを
気にしすぎていて、
持っているものが
出し切れていないのではないか。
授かっているものが
生かし切れていないのではないか。

成績をつけなければ、
合格者をきめなければ、
それはそれだけの世界。
それがのり越えられず、
教師も子どもも
優劣のなかで
あえいでいる。

学びひたり
教えひたろう
優劣のかなたで。
     


竹鶴政孝
「文化国家というものは、嗜好を高めることにある。自分の舌と鼻に自信を持ち、主体性をもってよいものと、わるいものを見分けるよう心掛けてほしい。そのことは人生を楽しむことに通じていると思う。」


竹内敏晴
「苦しんでいる人がいる。と、近づいて背をさすり、肩をかして横になるのを手伝い、水を飲ませ、経験のあるものなら似た現象を確かめて、足を温めたり薬湯を煎じたりもするだろう。やがてしだいに息が楽になって、ふっとからだが弛むとき、一緒にほっとする。これが素朴な形での「共に癒えてゆく喜び」であって、医療という行為の原点に違いない。教えると学ぶも、同様に、交わり合う一つの行為「共に気づいてゆく喜び」であるだろう。それぞれの子の独自の思考の筋道があって、それに乗らねば一切の鍵は開かない。少しずつそれに手がかりができ、やがて、ある瞬間に、ぱあっとイメージがつかめる。それに立ちあうのが「出会い」であり、「共に生きる喜び」であって、このとき教えると学ぶとは二つのことではない。」

 

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